<PCクエストノベル(2人)>


ヤーカラの隠れ里 〜捕らわれの美女救出編〜

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【冒険者一覧】
【1070/虎王丸/男性/16歳(実年齢16歳)/火炎剣士】
【2303/蒼柳・凪/男性/16歳(実年齢16歳)/舞術師】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
【ツォール】

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凪:「ちょっと、虎王丸」
虎王丸:「…………」
凪:「……虎王丸! こおーまる! ちょっとあそこ――」
虎王丸:「うるせぇ! 地図を見てるときは静かにしろってんだ!」
凪:「いやでも、ホラ……」
虎王丸:「あぁもう、お前、このままこの森が終の棲家になってもいいのか!?」

 奥深い山のど真ん中で、いらいらとした虎王丸の声が響き渡った。

 豪雪地帯を見たいと連呼する虎王丸の騒がしさに耐えかねて北を旅してきた。北の地は息を飲むような美しい白銀の世界で、最初は嫌々だった凪もかなり満足して帰ってきたのだ。
 だが……雪も久しく見なくなったのでそろそろエルザードに到着するかと足を急がせていたら。
 数時間前に通過したはずの、地図にも目印として載っている巨木が再び前方に見えてきたのだ。
 二人は目を疑った。慣れない豪雪地帯を歩いてきたせいで疲れがたまり、幻覚を見ているのではないかと考えたほどだ。
 嫌な予感にさいなまれながらも念のため木にナイフで印をつけ、そのまま歩いて数時間。

 また例の巨木が見えたのだ。

虎王丸:「ここって迷いの森か何かか? セクシー魔女が俺をここから出すまいと画策してたりな!?」
凪:「セクシーはまずないと思う。それにここは山だから迷いの山だし」
虎王丸:「いいんだよ、そーゆー細かいところに突っ込まねぇで!」

 虎王丸は叫ぶついでに持っていた地図を地面に叩きつけた。
 時は宵の初め。
 もちろん太陽は出ていないし、頼りの星も雲に隠れていて見えない。
 灰色の空の下、二人はにっちもさっちも行かなくなっていたのだった。

虎王丸:「とりあえず野宿にしようぜ……。夜の間に歩くのは無謀だ」
凪:「いや、そうでもなさそうだ。ホラ――」
虎王丸:「お前が舞で雲を払ってくれるってか? あー、そりゃありがてぇこって! 雨乞いの踊りにならなきゃいいけどな!」

 日があるうちにエルザードへ着くという予想が大きく外れたせいでイライラしていた虎王丸を、凪は背後から無言で突き倒した。
 腐葉土が厚く積もっていたせいもあり、もちろん虎王丸に怪我はない。

虎王丸:「って、この野郎! 喧嘩売ってんのか!?」
凪:「それはこっちの台詞だ。少しはひとの話を聞け」

 凪の冷静な……と言うよりは冷えた声に、虎王丸は思わず身を硬直させる。
 ……凪の赤い目が輝いたように見えたのは気のせいだろう。気のせいということにしておこう。

凪:「あそこにやぐらのようなものが見える。人がいるかもしれないし、行ってみないか?」
虎王丸:「ん〜? ……お、ホントだ。お前目がいいんだな」
凪:「かもな」

 観察力の違いだよ、という言葉は胸の奥にしまっておく。

凪:「どうしようか? 野宿しても北国みたいに凍死の心配しなくていいし、覚えたての鳥料理を今披露してもいいけど」
虎王丸:「とりあえずあそこまで行ってみようぜ。どうせなら軟らかい寝床のほうがいいしな!」



 + + +



 やぐらの周りには、さほど大きくない家が数十軒固まって建っていた。
 木造一階建て、屋根は三角、瓦のようなものが敷いてある。

凪:「これはもしや……噂に聞く龍人の隠れ里?」

 凪はその村を驚きの目で見つめていた。
 それらは聖獣界ソーンではとても珍しい様式で、凪が元住んでいた世界の様式とよく似ていたのだ。
 懐かしさとともに愛おしさを感じる。

虎王丸:「それのしてもずいぶんと静かな村だな……。やぐらに人も立っちゃいねぇし」
凪:「そういえば。……無防備すぎる」

 二人は村をぶらぶらと歩いたが、人に会わないのはもちろん、家には明かりも灯っていない。
 村民全員が早寝早起きを遵守しているという可能性もあるかもしれないが、それにしても人の気配がなさ過ぎる。いびきの一つでも聞こえてきてもいいと思うのだが……。

 十分ほど歩くと村の端が見えてきた。
 そこから先はうっそうとした森があり、人が住んでいるとは思えない。

虎王丸:「ここはゴーストタウンか? 人知れず酷い疫病が蔓延したとか」
凪:「嫌なことを言うなよ……。疫病だったらここにいる俺たちもまずいぞ」
虎王丸:「うわっ、しまった! 逃げるぞ凪!」

 とたん焦りだす虎王丸。
 凪も疫病の可能性を捨ててはいなかったが、それにしては畑は荒れていないし、家の脇に置いてある道具類も埃をかぶっていない。

虎王丸:「……んん?」

 あわあわしていた虎王丸が、何かに気がついたようで大人しくなった。

凪:「どうかしたか?」
虎王丸:「何か匂いが……。これは、煙の臭いだ!」
凪:「ということは」
虎王丸:「人がいるかもな! あっちだ!」

 虎王丸が駆け出したのは、うっそうと茂る森の奥だった。
 闇に包まれた森は足元が見えず何度もつまずいたが、できる限り早く匂いの元にたどり着こうと足を止めなかった。
 それは、疫病などという太刀打ちできない恐ろしい可能性を完全に否定するための必死さだったのかもしれない。

 森の奥に進むにつれ、進行方向に明かりが灯っているのが見え隠れし始めた。
 それはわりと大きな明かりのようで、ゆらゆらと揺らめいては木々の影を妖しく踊らせ、うっそうとした森を異様な空間に作り上げている。
 その異様な空間に警戒心を強めた二人は、光に照らされないように茂みに身を隠すことにした。そのままじりじりと進む。

 やがて見えてきたのは、いくつものかがり火に照らされて銀色に輝く鎧兜の男たちと、それらに取り囲まれた一つの山小屋だった。
 鎧兜の男たちはいずこかの国か領主に仕える身なのだろう。胸には所属を示す紋章があり、動きはよく統制がとれていた。

凪:「ずいぶんと物々しいな。こんな山奥で何があったっていうんだ?」
虎王丸:「兵士が数十人も集まって、しかもかがり火の中におかしな薬草を落とし込んでるとなりゃあ……これから起こることが穏便に運ぶはずもねぇってな」

 凪と虎王丸は兵士たちが動き回る姿が確認できる程度の距離をとり、依然藪の中にしゃがみこんでいる。
 直接かがり火の光が当たるようなことはなかったが、木々を照らす明かりが弱く反射していたので、互いの表情はかろうじて確認することが出来た。
 凪は不安そうな表情で虎王丸を見た。

凪:「薬草だって? 一体どんな……」
虎王丸:「動きが麻痺する類のものだろうな。そんな匂いだ」
凪:「それを先に言えって! 俺たちも動けなくなったら洒落にならない、布で鼻をふさいでおこう」
虎王丸:「どおりで兵士たちは頑丈そうな兜をかぶってんのか……。暗い場所なのに余計視界を悪くしてどーすんだと思ったぜ」

 二人は懐に入れていた手ぬぐいで鼻と口をふさぎ、布の両端を頭の後ろで縛った。

凪:「あの兵士たちに見つかったら何かよくないことが起きそうだし、さっさとここから離れよう」
虎王丸:「いや、凪。こう考えることはできねぇか」
凪:「うん?」

 虎王丸がやけに真剣な表情で、ぴっと人差し指を立てた。

虎王丸:「あの小屋の中にはセクシー魔女がいて、何らかの理由で兵士たちの恨みをかっちまった。で、一人じゃあ二進も三進もいかねぇから密かに結界を張って助けてくれそうな冒険者を村へ導いた。そうであれば彼女を助けるのが道理ってモンじゃねぇか!?」

 一気にまくしたてられ、凪は目を白黒させた。
 そして、(いつものが始まった……)といささかうんざりして、小さくため息をつく。

凪:「……一人で盛り上がらないでよ。小屋の中にいるのが魔女であって、ましてやセクシーであるかの根拠はこれっぽっちもないだろ。一人で妄想膨らませすぎ」
虎王丸:「お前はもう少し夢を持て! そんなんじゃ二十歳にして心は老人になっちまうぞ?」
凪:「きっと虎王丸はシワシワでヨボヨボになっても女の人を追っかけるんだろうな」
虎王丸:「素敵じゃねぇか!」
凪:「見苦しいとも言うけど」
虎王丸:「おまっ……! お前は今、世界中の好色爺さんを敵に回したぜ!?」
凪:「好色って言い方も相当アレだよな」

 ……などと言い合っていたので、二人が潜む藪に近づいてきた影に気がつくことができなかった。

???:「助けを求めてるのが美しい女性であれば、手を貸してもらえるのですか?」
凪&虎王丸:「うわっ!?」

 背後から急に声をかけられたので思わず声をあげてしまった。
 慌てて口を押さえ、恐る恐る背後を振り返る。

 まず、小枝のようにほっそりとした手足が目に入った。長いスカートだったのだろうが、森の中で走り回るうちにどこかに引っ掛けてしまったようだ。裾に幾本かのスリットが入ってしまっている。
 次に、肩にかかる深緑の髪が目に入った。肩は軽く突き飛ばしただけで折れてしまうのではないかと思われるほど細い。髪は暗闇で見ると黒く見えるが、わずかに光が当たった箇所が緑色に反射している。
 最後に、大きな金色の瞳と桃色の可愛らしい唇が見えた。おびえている様子はなく、瞳には強い光が宿っている。
 その少女は凪や虎王丸と同じ年頃に見えた。

ツォール:「私はツォールと申します……龍人です」
凪:「じゃあやっぱり、この村は龍人の隠れ里なんだ。……あなた以外の龍人はどこに? 村には人気がなかったけど」
ツォール:「私以外の龍人は祖先の龍を奉る、村から離れた祠へ行ってしまっているのです。私は……あの山小屋に住む姉の様子が気になって、こうして戻ってきたのですが……」

 ツォールは唇を噛むと、大勢の兵士に囲まれる山小屋の方を見た。……とは言っても、藪に阻まれて実際に見えることはなかったが。

ツォール:「あの兵士たちの領主はどこかで、龍人の血を飲むと偉大な力を得るという噂を聞いたのでしょう。しばらく前から村の周りをうろついて機会を狙っていたようなのです」
虎王丸:「手伝ってもいいけどよ、龍人ってのは龍になれば巨大な力が出せるんだろ?」
ツォール:「そうです」
虎王丸:「なら手っ取り早く変身して、兵士たちをぱぱーっと蹴散らしちまえばいいじゃねぇか」
ツォール:「それは……」

 ツォールは言葉を詰まらせた。虎王丸は不思議そうな表情でそれを見ている。

凪:「虎王丸、龍ってものがどれほど大きいかを考えて言ってるのか? 龍に変身したら遠くからでもその存在がばれちゃうだろうし、そうなったらもっと多くの人間がツォールたちの血を求めてここへくるだろ」
虎王丸:「な、なるほど……図体がでかいってのも不便なんだな」

 力の強い者には何かしらの枷がつけられているのが世の中というものなのだろう。
 炎帝白虎へ完全に変化できないことで腹立たしく思うこともしばしばだが、本領発揮できないからこそ今の生活がスリルに溢れていて退屈しないともいえる。
 ……もっとも、虎王丸がそのように考えることはできないだろうが。

虎王丸:「しょうがねぇ、困ってるやつをほっぽっておくのも気分が悪ぃしな……手伝ってやるよ」
ツォール:「本当ですか! ありがとうございます!」
虎王丸:「……ところで、お前の姉さんは美人なんだろ?」
ツォール:「えぇ。すっととおった鼻筋と、鋭くも知性的な瞳、そしてしなやかな体が印象的な成人女性です」
虎王丸:「へぇ」

 グラマーな人ではないようだが、美人な成人女性であるのなら期待してもよさそうだ。

 ……凪が睨んでいるのに気がついたが、虎王丸は知らん顔で作戦を練り始めた。
 助けた後に楽しみがあると分かると、俄然やる気が沸いてくる。

虎王丸:「敵が数十人もいて、それに対してこっちは三人。凪とツォールが囮をやって、兵士たちの注意が小屋から逸れた隙に俺が姉さんを助け出すとか……」
凪:「却下。無理。駄目駄目。脳味噌まで筋肉?」
虎王丸:「てめっ……そりゃ言いすぎだろ! 冗談じゃねぇかよ、ジョーダン!」
凪:「冗談言ってる場合じゃないだろ。兵士たちがツォールのお姉さんは身動きとれない状態だと確信する前に助け出さなきゃならないんだからな」

 そう注意する凪だけではなく、凪の後ろで話を聞いているツォールも厳しい視線で虎王丸を見ていたので、虎王丸は慌てて真面目に考え始める。

虎王丸:「わ、悪かったよ……。じゃあ、凪が卑霊招陣あたりで兵士の動きを邪魔して……その間に俺が兵士たちを昏倒させて、ツォールは姉さんを助けに行くと。これでどうだ?」
凪:「ま、そんなところだろうね」
ツォール:「姉を担いで逃げるのは無理でしょうし、家の地下に流れている地下水路を通りましょう。流れが速いのでそこから山小屋に入ることは出来ませんが、途中で何本にも分かれているので逃げるにはうってつけです」

 三人は頷き合うと、比較的兵士の数が少ない裏口へ回った。

 虎王丸とツォールの二人は比較的山小屋に近い藪に身を潜めた。凪は兵士の目に届かないように山小屋から少し離れ、舞術を使え、かつ明かりが届かない場所に立ち一対の扇を構えた。
 全員が位置につくと、凪は心を落ち着かせるために目を閉じゆっくりと大きい深呼吸を繰り返し、脳裏に兵士たちの姿を思い描いた。

 卑霊招陣――。
 それは対象の肉体にダメージを与えるものではない。
 まず低級霊体を召喚する。そしてそれらを対象のものに憑依させ、憑依させられた本人の意思とは関係なく服を脱いだり品のない踊りを躍らせる舞術である。
 傍目にはかなり滑稽に見える術ではあるが、その効果はなかなか侮れない。
 何しろ被術者は己の体を自由に動かすことができなくなるのだ。その間に束縛されるなどすれば一巻の終わりである。

虎王丸:「兵士たちの動きがおかしくなったら、早いとこ姉さんを助けてやれな」
ツォール:「はい」
虎王丸:「口や鼻を布でふさいでる状態じゃあ、長い間は踊れねぇから――」

 そこまで言って、虎王丸ははっと気がついた。
 ツォールは口に布を当てていないのだ。

虎王丸:「龍人にはこの薬草がきかねぇのか?」
ツォール:「はい。龍人は他の人種よりも、毒の類に対する耐性が強いようです」
虎王丸:「なら、お前の姉さんはなんで地下水路から逃げねぇんだ?」
ツォール:「それは……あっ。兵士たちの動きが!」

 ツォールが指し示した先で、兵士たちがゆっくりと服を脱ぎ始めた。その表情は困惑に満ちていて、自らの意思でそうしているわけではないということがよく分かった。

ツォール:「行きましょう!」
虎王丸:「お、おう……」

 釈然としないまま、虎王丸は奇妙奇天烈な踊りを始めた兵士たちの元へ、ツォールは姉を救出するべく山小屋へ駆けていった。

 卑霊招陣にかかった兵士たちは、まるで女子供を相手しているかのように弱く感じた。
 最初は兵士たちを峰打ちで倒していた虎王丸だが、それもだんだん面倒になってきたらしい。刀を鞘に納めると、拳と足を使い始めた。

凪:「それじゃ、普段やってる喧嘩と変わらないぞ……」

 虎王丸がさっさとかがり火を倒したとはいえ、簡単に薬草の煙が消えるわけでもなく、依然凪は口に布を当てていた。
 そのせいで、普段よりも圧倒的に早く息が切れてきてしまう。
 と、突然山小屋の中から叫び声が聞こえた。

虎王丸:「ちっ……ツォールに何かあったか!?」

 山小屋の外にまだ兵士が残っていたが、危険が迫っているであろう少女を放っておくわけにも行かない。
 急いで山小屋の中に駆け込んだ。

 山小屋の中は部屋が一つしかなく、床にはよく乾いた藁が散らばっている。
 ツォールは部屋の奥、翼竜の手前で尻餅をついていた。

虎王丸:「早くそのドラゴンから離れろ!」
ツォール:「ち、違います! 敵はあなたの横に……!」
虎王丸:「あん?」

 横を見ようとした途端、体が横殴りに吹っ飛び、壁に激突した。
 くらくらする頭を振りながら衝撃が来た方向を見ると、裏口の扉の影から魔術師風の男が現れた。
 凪の舞が効いていないところから考えると……。

虎王丸:「くっそ、結界か何かを張ってやがったな!?」
魔術師:「相手は龍人だ。魔術の類に対する準備は怠らぬ。……最初この小屋の中でドラゴンを見つけたときは失望したが、上手い具合に龍人が釣れてほっとしたわ。これで領主様のお怒りを買わずに済む」

 暗い笑みを浮かべた魔術師は、体重を感じさせない動作でツォールに近づいていく。
 ツォールの隣にはぐったりと伏せる翼竜。そして山小屋の中には他に人の姿はない。

虎王丸:「ツォールの姉さんは逃げた後か……?」

 つぶやきながら右手を目の前に持ってくる。
 半眼になり、己の中に渦巻く白焔を手に集めるイメージを浮かべる。

 そして……放つ。

魔術師:「うっ!?」

 強烈な光を直視してしまい、魔術師は顔を抑えてよろける。

虎王丸:「結界とはいっても、光は防げねぇよな!」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、結界が緩んだ隙に拳を鳩尾に叩き込んだ。
 魔術師が床にくずおれるのを確認し、ツォールは床板をはがし始めた。
 細長い床板を五枚外すと、一辺が3mほどの穴が開いた。そこから激しい水音をたてて流れる水路が見える。
 もちろん明かりなど灯っていないので、水路に入ったらすぐにあたりは闇に閉ざされるだろう。

ツォール:「目的は達しました。さぁ、ここから逃げましょう!」
虎王丸:「凪! 逃げるぞ!」

 山小屋から離れた森の中で舞っていた凪だが、虎王丸の大声はそこまで響いてきた。

凪:「ふぅ、やっとか……」

 満足に呼吸ができず疲労もピークに達していた凪は、その声を聞いてふうっと大きく息を吐いた。
 舞いをどんどん緩やかにしていき、そしてとめた。
 兵士たちは元の動きを取り戻すだろう。ここでぐずぐずしていたら、虎王丸とはぐれることになる。凪は出来る限りの早足で山小屋に向かった。

虎王丸:「いやぁ、姉さんは逃げた後みたいでよかったじゃねぇか。……会えなくて残念だけどよ」

 凪がこちらへ向かってくることを確認し、虎王丸は水路に飛び込むための準備運動を始めた。
 ツォールによるとこの地下水路には山脈の雪が溶け出したものらしい、恐ろしく冷たいであろうことは簡単に想像できた。

ツォール:「え? 一体何を言っているんです?」

 ツォールは翼竜の背中を撫でつつ、きょとんとした表情で虎王丸を見ている。

ツォール:「姉ならここにいますよ、こんなに美しい翼竜が」

 虎王丸の時が、止まった。

 目の前にはエメラルドグリーンの鱗が美しい、体長4mほどの翼竜がうずくまっている。
 虎王丸が知っている翼竜よりも体がほっそりとしていて、たしかに女性的といえるかもしれない。
 が、それは虎王丸が求めるような美しさではなかったのだ。決して。

虎王丸:「嘘だろぉ〜〜〜〜〜〜!!!」

 虎王丸の絶叫は、地下水路の轟音に紛れて消えていった。



 + + +



 卑霊招陣から開放された兵士たちが山小屋に押しかけてくる寸前、三人と一匹は水路の中に飛び込んでいた。
 水は思ったとおり冷たく、すぐに体温が奪われてしまう。
 水深が深いので勝手に流される分には楽だったが、何度も壁にぶつかり体中が痛んだ。
 周りが暗闇に包まれているので、構えようもなかったのだ。

 そして……気がつくとあたりは明るくなっていた。
 空を仰ぐと丸く切り取られた空が見える。

ツォール:「凪さん、虎王丸さん。出口です」

 出口……それは古井戸だった。

 三人はかじかむ手で綱をよじ登り、なだらかに続く草原に横たわった。
 翼竜は古井戸の壁に爪を立てて自力で上ってきた。薬草の効果は切れたようだ。
 草原は日中浴びた日の光で温められていたので、地下水で冷え切っていた体に気持ちよかった。そのままずっと寝転がっていたいと思った。

凪:「残念だったね、虎王丸」
虎王丸:「……るせーや」
ツォール:「どうかしましたか?」
虎王丸:「何でもねぇ……」

 ツォールの美しい姉というのが翼竜だったのが相当ショックだったらしい。
 だが凪は、目の前に横たわるエメラルドグリーンの翼竜はとても美しいと思った。
 龍とは違うが、似通っているもの。どうしてツォールの姉として生活していたのかは分からないが、それを聞くのも野暮というものだろう。

 凪は地面に肘を突いて上半身を起こすと、遠くに見えるエルザードの町を、エルザード城をじっと見つめた。

凪:「無事エルザードに着けそうなだけでも儲けものだって。あのまま山をぐるぐるしても、エルザードに辿り着けるかは怪しかったし」
虎王丸:「俺はエルザードなんてどうでもいいぜ……重要なのはセクシーな姉ちゃんと旨い料理だ……」
凪:「その思考回路、ある意味羨ましいよ」

 ふぅ、と軽くため息をつく。

 体が十分温まり、エルザードまで歩いていける状態になると、凪と虎王丸はツォールに別れを告げた。
 別れ際、あの美しい翼竜は凪と虎王丸を抱きしめるかのように翼で包み込んだ。
 その仕草は優しさに満ちていて、凪はなんだか嬉しくなった。隣を見てみると虎王丸も悪くなさそうだった。

 そして、エルザードへ続く道を再び二人で歩いている。

虎王丸:「エルザードについたらまず飯だ」
凪:「あぁ」
虎王丸:「ついでにセクシーな姉さんがいればなおよしだ」
凪:「じゃあ黒山羊亭へ行こう。エスメラルダさんが出迎えてくれるだろうし」
虎王丸:「よし! そうと決まったら早く行くぞ!」

 とたん元気になって、虎王丸は走り始めた。

 ……凪は、龍人と共に故郷の面影と別れを告げた。


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■ライター通信■
こんにちは、糀谷みそです。
このたびはクエノベをご発注くださり、ありがとうございます。
初めてのクエノベ執筆でしたのでこれでよいものかとそわそわしながらお届けします。

実は敬語を使わない凪さんを書くのは初めてでして、口調をどうしたものかと悩んでしまいました。
荒っぽくはなく、優しすぎず。加減が難しいですね。
おかしな口調になっていなければいいのですが……。
虎王丸さんには鎧兜の兵士を倒してもらいましたが、『素手で鎧兜を!?』とか突っ込まないで下さい。
きっと虎王丸さんは丈夫なんです(笑)。

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。