<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


魔法の薬の材料は?

●オープニング-------------------------------------

魔法学園のオチコボレ、エルーテに頼まれ、魔法の薬を集める事になった。
さて、どんな薬が出来るのか…?

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 やいのやいのと押し問答しているエルーテとカグヤを尻目に、店の中には相変わらずエキゾッチックで幻妖な曲が流れ続けている。
 
 その曲に合わせ、ステージ上で妖艶華麗な舞を披露しているのは、踊り子である、レピア・浮桜(れぴあ・ふおう)。

 ドラゴン云々、という単語と騒ぎに引き付けられて野次馬になった一部を除き、大部分の客は彼女の舞に見とれ、それ以外は目にも耳にも入っていない。
 あまりに神業めいた超絶の舞は、そのあまりの魅力の代償なのか、踊るレピア自身に様々な災いすらもたらした、のだが。

 この場合。
 災いに近付こうとしているのは、どうやら――レピア自身のよう、だった。

 曲が終わり、舞を収めたレピアが、歓声の中、身軽にステージを降りた。
「…話は、聞かせてもらったわ。面白そうじゃない」
そう言われ、押し問答中のエルーテ・ジェイマインとカグヤ、そして傍で固まっているアステルが、レピアを振り向いた。
「魔法の薬の原料、ね。魔力を帯びたものなら、何でも良いの?」

 彼女の視線は、主にエルーテに注がれている。
 エルーテは彼女と視線を合わせ、はっとした。
「あ…貴女は!? …!! 咎…人!?」
 エルーテの眼鏡は、どうやら魔法の品らしい。エルーテの素性を見抜いたようだ。 

 レピアは、にっこりとした。誰もが魅了される花のような笑みに混じる、逃れえぬ運命に対する悲しみ。

「私の髪の毛でどうかしら? 大分長い事、今のような状態で過ごしているから、多分石化の魔力はあるわよ」
衣装の一部であった短刀で、瑠璃のように青く輝く髪を、一房切り取る。
「…良いんですか!? ありがとうございます!!」
 差し出された美しい、緩やかにうねる髪を受け取り、だが、エルーテは、ふっと顔を曇らせた。
「あの、でも…石化の魔力を帯びて…という事は、貴女は…」

 レピアは、「咎人」だ。
 罪ある者とされ、神罰として、太陽の光ある間は石の像として過ごす事を余儀なくされている。見た目は二十三歳だが、実際には数百年をそのような姿で生かされているのだ。

 レピアは、改めて安心させるように微笑んだ。
「あたしの事なら、気にしないでいいの。こうなって永いもの…それより、魔法の薬の材料、幾つ必要な訳?」
軽くエルーテの肩を押し、近くのテーブルに落ち着かせる。カグヤ、アステルも座った。

「あ…えっと、三種類以上必要なんです。それで、えーと…」
ちらっとカグヤを見ると、カグヤはええい、と言って腕を放り出した。籠手を外す。
「血が必要なんだな? 入れるモノはあんのか?」
「はい、これ…あっ!」
カグヤは差し出された小さな壷に、反対側の籠手の先端で切り裂いた腕をもって来た。血が注がれる。

「これで二種類、か」
レピアは首を傾げて考え込んだ。
「材料が、あたしの髪とこちらのドラゴンさんの血…やっぱり、石化関連のものが欲しいところね」
「石化…石化モンスターの体の一部、とか? 危険じゃあないのか?」
 アステルがぽつりと呟いた。
 石化はかなり高度な魔術的能力が必要とされ、生来の能力としてそれを持っているモンスターは、軒並み手強い連中ばかりだ。

「あたしにに心当たりがあるの」
 レピアはエルーテ、そしてカグヤを見た。男性に興味が薄いせいで、アステルはそっけない扱いである。

「『輝石の谷』に、メデューサがいるの」

まるで、通り道の途中に珍しい花でも見付けたかのような口調で、彼女はそう切り出した。
「メッ…メ、メ、メデューサですかぁっ!?」
ローティーンの少女であるエルーテは、眼鏡の奥でとび色の目を白黒させていた。
「その爪が、ね。石化解除に効果がある薬の原料になるって、昔聞いたわ」

 一日の半分を石として過ごす運命から逃れたくて、あらゆる文献に当たった、その副産物としての知識だった。自身の石化を解く方法そのものは…未だ、見付からないけれど。
「ドラゴンさんがいれば、勝てるでしょう? 石化の視線は…あたしに良い考えがあるわ」
艶然と微笑み、その美しさにエルーテが何となく顔を赤らめた。

「…えーと、あの、僕は…?」
遠慮がちに言ったアステルに返って来た返事は。
「オメーはお留守番だト。その辺のゴブリンでも、暇つぶしに掃除してな」
「…がーん…」
パートナーにそう言われ、がっくりするアステルであった。

「ご、ごめんなさーい」
エルーテの目礼に見送られ、アステルはワインを注文してから部屋に戻る。
「じゃ、作戦会議と行きましょうか。出来れば夜の内に出発したいんだけど…」
「夜? そう言や、踊り子さん、アンタ、夜にしか見かけた事ねーんだけど、夜って何かあるのか?」
 酒場の一角で、女性三人のパーティが冒険の打ち合わせにかかり始めた。



そして。

「…なるほど、こーゆー事かぁ」

 背中に、美しい石像を背負ったまま、カグヤが呟く。
 肌も露わな装束のまま、石と化したその姿は、忠実にあの踊り子レピアをなぞっている。

「…自分が悪い訳じゃないのに…昼間は石になる罰を受けて何百年も…あんまりですッ!!」
 抑えていた感情がとうとう迸り、エルーテは叫んだ。大きな目に涙が滲む。
 カグヤの背のレピアは、自分の為に泣く少女を認識する事すら出来ず…
「理不尽だな、確かに。だが、こうなっちまった以上、酷いだ理不尽だ言う以前に、元に戻す方法を探すしかねー。本人にしてみりゃあ、な」
 カグヤが呟く。何処となく機嫌悪そうに見えるのは、彼女もやはり、レピアの背負わされた運命に憤っているからだろうか。
 その一方で、等身大の石像を背負っても、彼女の足取りに乱れは無い。ドラゴンの化身の体力ともなれば、荷物の内にも入らない重量でしかないのだ。

「…いつか、オメーが、大魔法使いになってな、この姐さんを元に戻せる薬とか呪文とか、作り出してやんな」
 何気ない、カグヤのその一言に、エルーテがはっと顔を上げた。
「…私に、出来る、でしょうか? 私、なんか…」
 オチコボレで。
 魔法のセンスも無いし。
「その時代に天才って言われるようなヤツってのは、往々にしてガキの頃はオチコボレだったりするモンだぜ…ほら、もう『輝石の谷』だ」

 目の前に、何かチラチラ光る、広大で深い大地の裂け目が見えてきた。
 一般に「輝石の谷」という呼び名で知られ、様々な宝石が産出されて「いた」のだが、今では寄り付く者も少ない。
 深奥には、極めて貴重な、魔力を帯びた宝石がまだまだ眠っている、とされるが、滅多に入り込む者もいないのは…ここに住み着いたモンスターたちの強力さ、厄介さに拠る。

「あれが、輝石の谷…」
「レピア姐さんは夜を待てって言ったからな。ここで少し待つか。水汲んでくっから、ここで姐さんを見ててくれ」
 背中から石化したレピアを下ろし、カグヤは谷を見下ろす大木の根元に、荷物を置いた。
「でも、疲れてるのに…」
自分の荷物しか運べなかったエルーテは申し訳なさそうに口ごもった。
「ドラゴンと人間の差ってヤツ。じゃ、行ってくっからなー」

 カグヤを見送った後。
 柔らかい布の上に横たえられたレピアを見て、エルーテは呟いた。
「…レピアさん。私なんかに、貴女の苦しみが救えるんでしょうか? この恩を、お返しする事が…出来るんでしょうか?」
 小さな手の中に握られた、エルーテの青い髪を見詰めながら、彼女はそっと、罪無き咎人の肌に触れた。
 ほのかに、温かい。


「うーん、ようやく夜になったみたいね。カグヤ、運んでくれてあんがと。さて、と。後はメデューサね」
 肉感的で同時に柔軟な体をうーんと伸ばし、レピアは立ち上がった。店にいる時と同じ、踊り子の衣装のままだ。
「ううっ、暗いですねぇ。大丈夫ですかねぇ」
昼間とは打って変わった周囲に雰囲気に、エルーテは怯えているようだ。
 輝石の谷、とは言われているが、無論深い場所へは入り組んだ坑道を抜けていかねばならず、野外探索と同様、という訳には勿論行かない。
この場合、採りに行くのは宝石ではなく、モンスターの爪ではあるが。

 カグヤの持っていた、灯りを灯すアイテムで頭上に光の球体を浮かべ、咎人の踊り子、成績の危うい魔法使い、何故か冒険者のドラゴン、という変則パーティは、坑道に踏み込んだ。

「…メデューサのいる谷底ってのは、どっちなんだ? 何か方向が分からなくなって来たなー」
 大きなトカゲかサンショウウオに似たモンスターを撃破した後、カグヤは呟いた。
 入り組んだ坑道が幾つにも分かれたその交差路。
 メデューサが住み着いているのは、レピアによれば、坑道を一旦抜けた先の、開けた谷底の一角だと言うが。
「こっち、よ」
 レピアが幾つか分かれた道の一つを指す。
「風がこっちから吹き込んでる。メデューサがいるのは、坑道の中じゃなくて、『谷底』。野外よ」

 エルーテが、ごくりと唾を飲んだ。
「ああ、エルーテ。あんたは谷底に出ずに、谷底に近い坑道で待ってるのよ?」
 レピアにそう言われて、エルーテは、でも、と言いかけた。
「オメーじゃ、まだ闘えねーダロ。ま、何とかするから待ってな」
カグヤにも釘を刺され、渋々エルーテは頷く。
 レピアはそっと手を伸ばし、その柔らかそうな少女の頬に触れた。
「大丈夫。心配しなくても、上手く行かせてみせるから」
エルーテはもじもじしながら、上目遣いに踊り子を見た。
「あの…きっと、戻って来て下さいね。薬は…別の材料でも…。仕方ない時は留年しても…」
「大丈夫って言ってるでしょ! 信じなさいよ!」
 エルーテのほっぺを軽く引っ張ってから、レピアは軽やかな足取りで谷底へと続く出口へと向かった。


「あら、待っててくれたんだったりして? あはは」
「…いきなり、来たかぁ!?」
 坑道を一歩出て、谷底に散らばる宝石の原石を踏み締め、レピアとカグヤは口々に言った。
 三つに分かれた、切り立った谷底の反対側、崩れた坑道跡から、何かが這い出てきた。髪の毛に当たる部分はぐねぐねとうねり、月の光に長い爪が映える。
 光る目に捉えられる前に、カグヤは素早く身をかわし――
 レピアは、まるで踊り始める直前のように、緩やかに身を揺らせた。
「はぁい、メデューサさん! 夜遅くにお騒がせしてごめんなさいね!!」
 まるで酒場の常連客にでも話しかけるかのように、砕けた口調。
 シャアッ、と鋭い吐息が吐き出され、月明かりの下にメデューサがその全身を現した。

 うねる金髪と見えたものは、無数の黄金の蛇。
 青銅の顔色に、背中には後光の如く、翼が突き出し、下半身は大蛇と化している。
 伝説のメデューサの放つ禍々しい気配に、流石にレピアは身が震えるのを感じた。

 瞬時に、まるで舞台を待つ踊り子が体を温めるかのような緩やかな動きで、彼女は背後を向いた。メデューサが戸惑うのが気配で分かる。
「…実はさぁ、ちょっと、分けて欲しいモノがあるのよね」
 巧みに目を合わせないように、腕で目元を庇って方向転換。
「お宅の、爪、さぁ…」

 瞬間、メデューサが軋むような声で唸り、蛇の下半身をうねらせ突進した。爪が光る。
 咄嗟にミラーイメージで身をかわした。
 が、しかし。
 僅かな角度の違い。そのせいで、口も目も大きく見開いたメデューサと、至近距離で目が合った。

 しまった。

 そう思う間も無く、レピアの肉体が石化し始める。
 朝日が差す瞬間にいつも味わうあの独特の不快な感触が、手足の先端から這い登る。

「コノヤロォーーーー!!!」
怒りの叫びを上げるカグヤが、ドラゴンの力が宿る籠手から光る刃を伸ばしたのが、視界の端に見えた。

 彼女が、上手くやってくれる事を祈りつつ。
 レピアの意識は、完全な石化と同時に閉ざされた。



『レピアさん…レピアさん…!?』

 誰かが、呼んでいる。
『レピアさん、しっかりして!! 起きて下さい!!』

 ふと、意識が戻った。

 視界が明るくなり、五感が動き始める。
 見覚えのある室内の風景が、レピアの目に映った。酒場のすぐ側、冒険者用の宿の一室だ。

「…良かったーーーーー!!」
 目の前で、エルーテが泣いている。片手に、何か薬品が入っていたらしい瓶を持ったままだった。
「…もしかして、上手く行った?」
にっこり問うと、
「上手く行った。有り難うな、姐さん」
と、カグヤが応えた。

「うっ…ぐすっ…ごめんなさぁい、レピアさん…私の為に、あんな事に…」
 エルーテは、眼鏡をずり上げながら、ぐしぐし泣いていた。まるで、ちょっとした悪戯がとんでもない結果を招き、途方に暮れて泣いている幼児のよう。実際の年齢よりずっと、幼く見える。
「あら、何気にしてるの? ああなる事は織り込み済みよ。どうせ、エルーテが作る薬で元に戻ると思ってたし…ん? どうしたの?」
 エルーテ、そしてカグヤが、やけに自分の背後に目を向けている事に、レピアは気付いていた。

「いや、その…」
「レピアさん、実は、石化解除の薬は…合成出来た、んですけど、副作用が…」

 その言葉に、はっと背後を振り向く。
 何か、ヤケに綺麗な色彩の大きなモノが動いた。
 明らかに、今着ている衣装ではない…。

「!? な、何コレ!?」
「ふ、副作用なんです…大急ぎで作ったもので、その…多分、すぐ消えるとは思いますけど…」
 悲鳴じみた叫びを上げたレピアに、エルーテがオズオズと説明する。

 見事石化が解けた彼女の背中に副作用として生えたモノ。
 守護聖獣が、パピヨンだったからかどうなのか。

 見事な蝶の翅が、きらびやかに存在を主張していた。

 いや、美しい。
 確かに、見た目は美しい。レピアの雰囲気と合っている、実に妖艶な翅だ…が。

 しかし、自分の肉体から、直接これが生えたら、いくら何でも心配というモノだ…。

「…なぁ、エルーテちゃんよぅ。ドラゴンの血と、咎人の髪と、メデューサの爪をどう配合したら、背中にチョウチョの翅が生えるんだ!?」
 カグヤは流石に呆れてしげしげとそれを見ていた。
「ううっ、ごめんなさぁ〜い…」
半ベソで、上目遣いに、エルーテはレピアを見上げた。

 レピアは驚いた顔をしていたが、すぐに微笑んだ。
「素敵よ、コレ。悪くないわ」
 ますます恐縮する、エルーテであった。

「あ、そうだ、お礼…」
荷物からアイテムを取り出そうとするエルーテを、レピアは制した。

「キスしてちょうだい。それがいいわ」

 エルーテは、ちょっとはにかんだが。
 小さな唇をレピアの頬にそっと寄せ――そして、微笑んで、ありがとう、と言った。




 <終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【1926/レピア・浮桜(れぴあ・ふおう)/女性/23歳(実年齢歳)/傾国の踊り子】

NPC
【 ― /エルーテ・ジェイマイン/女性/13歳/魔法学園のオチコボレ】
【NPC0538/カグヤ/女性/17歳/冒険者もどき】
【NPC0539/アステル/男性/17歳/冒険者、マテリアルクリエイター】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの愛宕山ゆかりです。この度は、「魔法の薬の材料は?」にご参加いただき、有り難うございました。

さて、今回ご参加くださったレピア・浮桜さんは、罪を着せられ「咎人」として数百年を生きる…という重い宿命を背負った方。
しかも、見た目に似合わず男性より可愛い女の子好き、というライターのツボに入った方で、書いていて物凄く楽しい方でした。
咎人の宿命にも押し潰されず、まさに人生をステージとして舞い続ける女性、というコンセプトで描いたのですが、お気に召していただけたら幸いです。

この後、エルーテが大魔法使いとなって、石化の神罰を解除できるようになるまで、是非待ってやって下さい。オチコボレていますが、彼女は本気でそれを目指しているらしいです(笑)。

では、またお会い出来る日を楽しみにしております。