<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


稀にはこういうことも
 はぁ。はぁ。はぁ。
 荒い呼吸が、己の口から発していると言うのに遠くから聞こえてくる。
 壁に肩をもたれながら、ゆっくりと歩いた。右手に剣をぶらさげたまま。左手は腹部を押さえたまま。その手には、真っ赤な鮮血がにじむ。やがてそれは彼女の身体を伝って、ぽた、ぽた、と地面に彼女の歩いた軌跡を落としていった。
 しくじった――長い黒髪を揺らしながら、ジュリスはそう思った。
 先刻の事だ。依頼を受けて彼女は二人でこの洞窟にやってきたのだ。この洞窟の奥にある苔が特定の病に良く効くらしく、だがこの洞窟には魔物が住み着いていて中々取りにいけない。それで冒険者であるジュリスは酒場でその苔を採取するという依頼を受けて此方までやってきたのだが――。
 無事苔は採取したのだが、そこから帰る途中に魔物に襲われたのだ。
 あの子はどうしているかしら――おぼろげな思考でそんなことを考えた。
 あの子――一緒にこの洞窟にやってきたミリア。魔物に襲われた時に離れ離れになってしまったようだった。
 姿の見えないあの子に気を取られて、この私がこんな傷を負うだなんて――そうジュリスは自嘲した。眉間に皺を寄せながら、唇は笑みの形に歪む。
 だが、次の瞬間、がくん、と彼女の膝が折れる。
「くっ……」
 咄嗟に、剣を杖代わりに身を支えたが――ジュリスは地面にそのまま倒れこんだ。
 はぁ。はぁ。はぁ。
 なんとか、仰向けになるものの、起き上がる気力が無い。
「ミリア……無事で……」
 そのまま、彼女の赤い瞳が自身の目蓋で覆われて行った。



「たぁっ!」
 大きな掛け声が響き渡る。それほど高くない天井と、それほど広くない洞窟内で、幾重にもその声はこだました。
 爬虫類タイプのその魔物の固い皮膚に、栗色の髪の毛の少女の蹴りが炸裂する。ひっくり返ったそれのおなかの柔らかいところに、そのまま彼女は踵落としを見事に決めた。魔物は胃の中のものを吐瀉し、ぴくぴくとそのまま動かなくなった。
「これで…終わり、ですわね」
 ふう、と一息ついて、ミリアは己の背後を振り返る。そこには彼女が特技の足技で文字通り蹴散らしてきた魔物の死体が転がっていた。
「早くジュリスさんを探し出さないと…。何処に行ってしまわれたのでしょうか」
 とりあえず、来た道を戻ってみることにした。己の積み上げた死屍累々を横目に、ミリアは優雅なお嬢様らしい歩き方で颯爽と歩む。
「怪我などなさっていなければよろしいのですけど…」



 ミリアがジュリスを探し出して十分程経っただろうか。地に落ちる鮮血の跡を発見し、それを辿ってようやく探し当てた探し人が仰向けに血を流しながら倒れていて、ミリアは血の気が引いた。
「ジュリスさん…っ!」
 慌てて、ミリアはジュリスの名を呼んで駆け寄った。かつかつと彼女のブーツのヒールが響く。
 ミリアはジュリスの側にしゃがみこみ、細い腕でジュリスの肩を抱き上げた。
「ジュリスさん!大丈夫ですの?!ジュリスさん!」
 叫ぶ彼女の声は、虚しく洞窟内にこだまし、だがその声は名前の主には届かない。低く呻き声を漏らしただけで、その瞳は開かない。いつも名前を呼んでくれる時の、優しい眼差しの赤い瞳はほんの数ミリの目蓋によって遮られていた。
「う…」
「ジュリスさん!……早くお医者様のところにお連れしないと…。生きてはいらっしゃいますのだから、早く…!」
 見たところ、深い傷は腹部だけで、残りは擦り傷切り傷程度で大したことはなさそうだ。
 よいしょ、とミリアはジュリスの腕を自分の肩にのせ、彼女を抱えあげた。
「さあ、早く――」
 と、振り返ったところだった。そこには、魔物が数匹。爬虫類型のと、獣型。どちらもせいぜい彼女の身長と同じぐらいか半分ぐらいのサイズだ。うう、と唸り声を上げながら、今にも彼女らに襲い掛からんと、禍々しい瞳を光らせていた。
 ぎゅう、とジュリスを抱くミリアの手に力が篭もる。
「よろしかったわ…貴方がたのような魔物で。口にするのもおぞましいですけど、虫のような魔物でしたらわたくし、戦えませんもの」
 抱えるジュリスの息が弱々しい。なるべく早く街に戻って医者に診せなければなるまい。
「少々お待ちになっていてくださいませ、ジュリスさん。すぐに貴方をお医者様の下にお届けしますわ!」
 迫り来る魔物。唸る声。そして――響く彼女の掛け声と、魔物を倒す彼女の姿。
 その細身の姿のどこにそのような力があるというのか。長身のジュリスは、女とはいえ少女の身であるミリアが簡単に抱えて動けるほど軽いとは言いがたい。だがしかし、ミリアはジュリスを片腕で抱えながら魔物の攻撃をかわしながら、その細い足で魔物に攻撃を加えていくのだ。
 魔物の足元をなぎ払い、体勢を崩したところにすかさず強く蹴りを入れる。そして倒れこんだところに全体重をかけて片膝を落とす。そしてすぐさま立ち上がり。ジャンプしながら、そのまま飛び蹴りを――。確実に、ダメージを与えていく。
 あまり激しく動いてもジュリスの身に障るし、だが時間をかけて倒しても出血でジュリスの身が危険だ。従って、短期決戦と心に決める。確実に、一発で無くていい、だが早くこの魔物達にとどめをさすのだ、と。
 ――わたくしはいつもこの方に守られてばかり。こういうときこそ、いいえ、こういうときだからこそわたくしだって、貴方をお守りいたしますわ!
 そう思いながら、ミリアは確実に魔物にとどめをさしていった。



「ん…」
 目蓋がゆっくりと開き、数時間ぶりに赤い瞳がのぞかせる。
「ジュリスさん!お目覚めになりましたのね!」
「ミリア…?」
 おぼろげな思考のまま、ジュリスは身を起こそうとするが、腹部に走る痛みに、思わずうめき、再びベッドに身を沈めた。
「まだ起き上がってはいけませんわ。そのまま寝ていらして」
「…ああ、そう……私は……。貴方が助けてくれたの?」
「ええ。ご安心なさって、ちゃんと依頼はこなしましたから。ちゃんとお届けしましたわ」
「…そう……。ありがとう、ミリア」
「いいえ。いつも助けてもらっているのですから、当然のことですわ」
 ミリアはベッドサイドでジュリスに向かって微笑んで、
「もう少し怪我が快方に向かったら、一緒に甘いものを食べに参りません?」
「そうね――報酬も入ったことだしね」
 ベッドに横たわったまま、こちらを覗き込むミリアに向かって、赤い瞳を細めて、ジュリスも微笑んだ。