<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
『怪盗D.Rの予告状!?〜飢えた子供〜 』
「なんだこりゃ? ヒクッ」
酔っ払った常連客が目をこすりながら、白山羊亭掲示板に貼られた文章を読む。
満せんげつのんよせるんぐんせじ。
カサラ美術館せちかんにせんねんむせる、本せもんのせの白雪のペンダントをんいたせだきにせ参せじょんうせするせ。
くはははははーっ。
―怪盗D.R―
「カサラ美術館って、ここの近くの?」
「だろうな」
「白雪のペンダントっていうのは、どこかの成金富豪が展示してる、貴重な宝石が散りばめれた豪華なペンダントのことだよな……」
それがどうしたというのだろう。
不可解な文章に客達は首を傾げる。
その文章の右下には、小さな落書きある。
なんだかよくわからない三角に棒を引っ張ったマークだ。
子供のいたずらと判断し、客達は話題を他の依頼に移していった。
1人、ウェイトレスのルディアだけが、その怪文書を見ながらくすりと笑っていた……。
********
怪盗D.R。
その名を見て、思い浮かんだ人物が一人いる。
『ダラン・ローデス』
トラブルメーカーとして名を馳せている少年だ。先月誘拐騒動を起して以来、鳴りを潜めていたのだが…… 。
単に目立ちたいだけなのか。
蒼柳・凪は、考えをめぐらす。
それとも何か理由があるのか……。
満月の夜、凪は友人の虎王丸と共に、怪文書に記されていたカサラ美術館へと向うのだった。
装飾された白い石造りの建物は、その建物自体がまるで美術品だ。
館内に入ると、物物しい警備が敷かれていた。
「見えねぇー。展示してる意味ねぇじゃんか」
警備員に塞がれて、白雪のペンダントはちらりとも見えやしない。どうやら、警備員の監視の下、一人ずつ鑑賞するより他ないようだ。
虎王丸はペンダントには特に興味はないため、展示者を探しに行ってしまった。
凪は警備員に許可をとり、白雪のペンダントを間近で見した。
雪の結晶を形どったペンダントだ。プラチナで作られているらしい。
ちりばめられている白い石は、真珠にダイヤ……他にも見たこともない純白の石が繊細に配置されている。
このペンダントが似合う人ってどんな人だろう。
凪の脳裏に、優しい雰囲気の女性の姿が浮かぶ。
色白で、華奢で、美しくて、どこか果敢なげな……そんな女性だろうか。
「おーい、凪、やっぱあのオッサンだったぜ〜」
そうしているうちに、虎王丸が小太りの男の手を引いて戻ってきた。
ダラン・ローデスの父親だ。ダランの誘拐事件の際、知り合った富豪である。
「お久しぶりです」
凪は頭を下げる。
「いや〜。その節はお世話になりました」
高価なペンダントが狙われているというのに、誘拐事件の時と違いローデス氏は落ち着いていた。
「怪盗捕まえたら、報酬くれるってよ!」
虎王丸から報酬をねだったのだが、ローデス氏は快く了承した。怪盗捕縛時には夕食フルコースに、屋敷のパーティで食べ放題を虎王丸に約束したのだった。
「このペンダントはダランの生みの母親の形見でねぇ。今年の命日にダランにやろうと思っていた矢先にこんなことになるとは……」
おじさん……そのダランが犯人かもしれないのですが!?
その言葉を凪は飲み込み、話の続きを聞くことにする。
「まあ、このペンダントが似合う人物といったら、息子くらいですからねぇ。怪盗の狙いがコレだったとしても、豚に真珠がいいところ」
……親馬鹿だ。この父にしてあの息子と言うべきか!?
いや、親が子供を特別視するのは当たり前じゃないか。それにしても、あのダランにこのペンダントこそ、豚に真珠……!
凪は内心葛藤していた。
虎王丸はそんな話は上の空で、白山羊亭の美味しい食事のことで頭の中はいっぱいであった。
打ち合わせを済ませ、二人が警備についたその時だった。
パン、と小さな音が響いた。
辺りが一瞬、ピンク色に染まる。……紙ふぶきだ。
紙ふぶきの中、一枚だけゴッツデカイ!紙が落ちてくる。
虎王丸が飛び出し、紙を掴む。
満月の夜9時。
怪盗D.Rが狙いし「白雪のペンダント」を戴きに参上する。
―筋盗D=R―
「た、た、大変だ! 筋盗D=Rが来るぞ!」
虎王丸が紙を広げて皆に見せる。
「何!? あの筋盗D=Rが!?」
凪が即座反応する。
……二人とも、口調や動作が大袈裟すぎてわざとらしい。
なぜなら、二人はこの筋盗D=Rの正体を先の打ち合わせで聞いている。
わけのわからない怪盗に、更に筋盗という得体の知れない者が現れるというのだ。会場が騒然とする。
美術館は先ほど閉館したのだが、野次馬達が館を取り巻いている状態だった。
――そして、夜9時が近付く。
カラン、コロン。
9時を知らせる音楽が館内に流れた。
その瞬間。
階上の大きな窓が突然ピンク色に染まる。
射し込む光。浮かび上がるシルエットは……筋肉隆々の巨体。
待ち構えていたかのように、窓が左右に開け放たれる。
豪快な笑い声と共に現れたのは、桃色アイマスクにマント姿の男。
「現れたな、筋盗D=R!」
凪が叫び、警備隊が一斉に階段を駆け上がる。
「ふはははは、捕まえるものなら、捕まえてみろ〜」
ピンクのスポットライトを浴びながら、筋盗D=Rはヒラリと手すりを飛び越え、展示場に降り立つ。
警備員を寄せ付けもせず、会場内を風のように走り抜け、翻弄する。
「白雪のペンダントは渡さんぞ! 捕まえろー!」
外に待機をしていた警備員も続々と現れ、総出で筋盗D=Rを取り囲む。
「ちょっと待った〜っ! そいつは偽物だ、俺がホントの怪盗D.Rだ!!」
バン、と扉を開け放ち、堂々と正面口から黒いマスクとマントを羽織った人物が現れる。
白雪のペンダントを護っているのは、虎王丸と凪の二人だけだ。他の警備員は筋盗D=Rに翻弄され、走り回っている。
「おいこら、『よせるんぐんせじ』にはちょっと遅えんじゃねーの!?」
黒マントの人物に剥がしてきた予告状を見せながら、にやりと笑う虎王丸。
「いや、警備のおっさんにつかま……じゃなくて! ふふ、暗号を解くとは、さすがと言うべきか。貴様の脳はただの筋肉の塊ではないようだな」
腕を組むと頷く怪盗D.R!
「はっはっはっ。はーっはっはっ。捕らえてみるがいい〜」
しかし、野次馬も警備員も桃色いっぱい走り回る筋盗D=Rに釘付けだった。
「てか、お前らー! 俺がホントの怪盗D.Rだっての!」
力いっぱい叫ぶ怪盗D.R! 声はむなしく響き渡るだけだ。
「わかってるって。さーて、ちゃっちゃと捕まえっか!」
たった一人の理解者? 虎王丸がD.Rに飛びかかる。
「わ、わわわわっ」
バタバタと逃げ出す怪盗。どうやら、逃げ足は速いようだ。ちょこまかと狭い空間を選んで走り、置物と置物の隙間を駆け抜ける。
しかし、何もない空間が突如、怪盗D.Rの足を打った。
「へぶし…」
派手に転ぶD.R!
ドン、とその上に虎王丸が座る。
「勝負あったな。さーて、お前を突き出したら、夜食だ!」
軽く首を締め上げると、D.Rは悲鳴を上げて、ギブギブギブ!と叫んだ。
「ダラン!」
D.Rと虎王丸が顔を上げると、目前に厳しい形相の凪の姿があった。
先ほどD.Rの足を払ったのは、彼であった。
「ダラン!?」
虎王丸が尻の下の人物を見る。
「お、おまえダランか!?」
驚いて腕を離す虎王丸。
「ダラン、何故こんなことをする?」
凪は静かに怒っていた。
「い、いや……このペンダントは……じゃなくて、ダランなど知らんわ。俺は怪盗D.R! って、わっ、やめろーー!」
虎王丸が暴れるD.Rのマスクを引っぺがす。
……と、念の為なのかなんなのか、素顔が真っ黒に塗られていた。その顔を見て、虎王丸は床を叩いて大爆笑である。
塗られていようが、知り合いなら輪郭で解る。彼は間違いなくダラン・ローデスであった。
凪は目的を見極めようと静観していたのだが、ダランは皆の興味を引こうと必死であり、ペンダントは二の次のようであった。
侵入も正面から。捕まっても、父親の力でお咎めナシで終わるだろうと思っての行動だろう。
「やっぱり、単に目立ちたいから、それだけなのか。まだ懲りていないのか?」
「今回は、誰にも心配かけてねーだろ」
確かに、今回は自分を囮に心配をかけるようなことはしていない。正体も彼なりに完全に隠しているつもりだ。
しかし、それだけの問題ではない。
とりあえず、反省させねばならない。
凪はロープを取り出す。予告状を見た瞬間、こういう展開を予想し、用意しておいたのだ。
「ちょ、ちょっと何すんだよ〜〜〜〜っ!」
抵抗するダランを押さえつけ、柱に縛り付ける。
「ふ、ふふふふ、こんなことをしても無駄だ! 貴様等は大きなミスをした。そこに飾ってあるペンダントは本物ではないわ! 本物は……」
「ああ、本物なら既に、俺様が頂いた! 地下に厳重に保管されてたがな」
踊るように筋盗D=Rが現れ、その逞しい胸をはだけた。
分厚い筋肉には不釣合いの美しいペンダントが輝いている――。
「くそーっ、それは俺んだーーーー!! なんなんだ、お前はD.Rは俺だぞーーー!!」
じたばた暴れるダラン。
「ふふ、我が名はD.Rではない、"大胸筋るんるん"だ!!」
大胸筋るんるん……略してD=R。ちなみに、本名はオーマ・シュヴァルツ!
「だ……る、んるん?」
唖然とするダラン。
「フッ、完勝のようだな。さらば小僧!」
桃色の風を起しながら、るんるんは去っていく。さっきまで鬼ごっこ状態だった警備隊が、敬礼して道を開ける。皆グルのようだ。
「さーて、ダランちゃんよぉ、俺の手下になるってんなら、解いてやってもいいんだぜ?」
ぺちぺちと虎王丸がダランの頭を叩く。
「お、お前が俺の手下になるってんなら、この縄解かせてやってもいいぜ」
「ほほう、この口は壊れているようだなー」
「いいいいぃぃぃ」
虎王丸はダランの口に指を入れて左右にひっぱった。
「お前、金持ちなんだろ? 毎日俺に美味しいもの食わせろ」
「おはえがほれのへひはひはるはら、ふわせてやっへもいいほ」
(訳:お前が俺の手下になるんなら、食わせてやってもいいぞ)
「何いってんのかわかんね〜。手下ってことでいいな?」
「おはえはな!」
(訳:お前がな!)
「虎王丸、帰ろう」
ローデス氏に報告をしていた凪から声がかかる。その凪の手には封筒が握られている。
「報酬もらったのか。メシメシ〜。……っと、その前に」
凪に駆け寄ろうとした虎王丸は、思い出したかのようにダランの元に戻ってきた。
腰の剣に手をかける。
「おお、縄切ってくれんのか。サンキュー。俺の手下!」
にやりと笑って、虎王丸は剣を突き立てた――。
ダランの病気はそう簡単には治らないらしい。
多分、育った環境にもよるのだろう。父親はダランにお金はかけるが、躾というものは一切していないらしい。
あの性格故に、親しい友人もおらず、何を始めても長続きせず、協調性もなく仲間もいない。
「人に飢えているってことなんだろうな……」
呟きながら、虎王丸の夜食に付き合う凪。
でもそれなら、自分だって――。
遠い故郷を想い、凪は一人目を閉じた。
さて、カサラ美術館には、現在世にも珍しい展示品が存在するという。
その黒々とした生物が括りつけられている柱には、刃物で彫られたかのような文字で、こう彫られている。
――珍獣D.R――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2303/蒼柳・凪/男性/15歳/舞術師】
【1070/虎王丸/男性/16歳/火炎剣士】
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■ ライター通信 ■
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お世話様です。ライターの川岸です。
ダランは虎王丸さんをライバル的に思っていそうです〜。
今後も、妙な予告状等出しそうですが、見掛けた際にはまた構ってやっていただければ幸いです。
ご参加ありがとうございました!
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