<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
巨大卵騒動
惣之助がギルドに戻ってきたのは、彼が王都を旅立ってから三日ばかりが過ぎた日の事だった。
惣之助は、ソーンに存在している、あらゆる動植物を絵に認めるのを趣味としている。それで絵図を作るのだと息巻いている彼であるから、ある時ふらりと王都を離れて旅に出るといった事は、決して珍しいものでもない。
「アイザック! アイザック殿! 此れを!」
入り口のドアを勢い良く開け放ち、半ば転がり込むような勢いで、惣之助はアイザックに詰め寄った。
対するアイザックはといえば、ひどく落ち着き払った面持ちで惣之助の顔を一瞥し――そのすぐ後に、惣之助の手の中にあるものに視線を向けた。
「……なんだ、それは」
アイザックが片眉を吊り上げてそう問うも、惣之助は揚々とした声音で目を輝かせるばかり。
「卵でござる!」
「……いや、それは見れば分かるんだが」
「道中で知り合った旅の商人から譲り受け申した。何の卵かは判らねど、何やらぼうやりと薄く光っていて――ほれ、美しゅうござろう?」
云いつつ、差し出したそれは。
それは、片手では持ち上げる事が出来なそうなほどの大きさをもった、白い卵だった。両手で持てばどうにか持ち上がりそうなそれは、それなりの重量を持ち、――何よりも、ぼうやりとした光を放っているのだ。
「……何の卵だ」
「? だから、何の卵かは判らねど」
穏やかに微笑みすら浮べながら首を傾げた惣之助に、アイザックは深いため息を一つ。
数分後。ギルドの前に、一枚の張り紙がなされるところとなったのだ。
「しかしなんだな。命在りしも無きもだな、絶対ぇに奪っちゃならねぇモンってのを間違っちゃいけねぇよな」
腰に両手をあてがった姿勢で、オーマ・シュヴァルツは日焼けした腕で頭をわしわしと掻きまぜる。
オーマの視線の先にあるのは、惣之助が持ち帰ってきた時よりもさらに強い光を放つようになってきた、大きな卵の姿。接客用のテーブルの上に置かれたそれは、呼吸をしているかのような瞬き方を繰り返している。
「まあ、冷たい言い方になっちまうが、目に付いた物珍しいものを採取したくなるというのは、人間であるがゆえの本能だとも言えるしな」
黒衣の下の目を細め、アイザックが深々とした息を吐いた。
「ところで、オーマ。おまえ、これ、今度はどんな薬だ、これ」
オーマが持って来た薬の瓶を前に、アイザックは苦虫を潰したような表情を浮かべている。
見るからに、何やら以前と異なる色味をしているような気がしなくもないが――
「ああ、それか。今回は俺様特製、プロテイン増量処方薬だ! プロテインはイイぞ〜。知ってるか、アイザック。プロテインの持つ効能はだなあ」
言うが早いか、オーマの瞳は爛々とした輝きを放ち、背丈の違うアイザックの顔を覗き込むような姿勢を取って揚々とした口ぶりを続けた。
「……おまえ、俺の肉体改造でもするつもりか」
大仰なため息を吐くアイザックの横では、瑞々しい湖面の色を映したような髪を持った少女、シルフェが、おっとりとした微笑みを浮かべている。
「でも、本当に。確かに綺麗ですねぇ。もう孵化も間近なのかしら」
言いつつ、シルフェは卵をこんこんとノックしながら「もしもぅし」などと言葉をかけている。
「うふふ。ここでこの卵が割れたら、わたくし、この子のお母さんになるのかしら。それも素敵かもしれませんねぇ」
「刷り込みってやつか」
横手から口を挟みこんできた声に、シルフェはふるりと顔を上げた。
そこにはシェアラウィーセ・オーキッドの姿があり、シェアラはシルフェの視線を受けるとすうと双眸を細めて笑みを浮べるのだった。
「ま、なんにせよ、だ。見たとこ、こいつの孵化は確かに間もなく始まるようだ。なるべくなら親鳥の前で孵化させてやりてえところだが」
オーマは腕を組み、しばし思案顔をする。
「ところで、こいつが何の鳥の卵か、知ってるヤツぁいねえのか?」
訊ねたオーマに、しかし、場にいる全ての者が首を横に振る。
オーマは最後に惣之助の顔を見遣ったが、惣之助は呑気な顔で卵の絵をしたためているばかり。
「旅の商人殿は、どこぞの平野で見つけたものだと申しておった。恐らくは母鳥が卵を抱えて移動していた折、誤って落としてしまったものではなかろうか、と」
「平野で見つけた卵、だって?」
オーマの目がきらりと光り、それから改めて卵の全容に向けられた。
「――なるほど。こいつぁ、あれだ。平野を巣に見立てて子育てするとかいう、巨鳥の卵かもしれねえ」
「え? それでは、この卵は落とされたものではない、と?」
シルフェが、薄い笑みを浮べたままで問うた。
「多分な。ああ、だとすれば、こいつの親鳥は鳳凰にも似た鳥だ」
「なるほど、だからこの卵の内部はこのようにぼうやりと照っているのか」
シェアラが深々と頷く。
「あらまあ……それじゃあ、この子の母鳥からすれば、この子は誘拐されたも同然ですのねぇ」
頬に片手を添えて、シルフェはひどく呑気な口調でそう告げた。
その場にいる全ての者の視線がシルフェのもとへと寄せられ、シルフェはそれら全てを見つめ返した後、にこりと穏やかに首を傾げた。
「ひとまず、なんだな。激昂した親鳥がこの王都を来襲してくるって可能性もあるな」
アイザックがぽつりと落とす。
「まあ。もしもそのような事になりましたら、わたくし、皆様の治療と、避難勧告ぐらいな事でしかお役に立てません」
「しかし、この卵を抱えて王都の外に出るというのは、万が一にも余計な危険に繋がるかもしれん」
「卵ゆえに、不用意に割れてしまったり――といった懸念もあるという事か?」
シェアラの言葉で、シルフェとオーマとが互いの顔を見合わせる。
シェアラは肩を竦めるようにして笑い、それから手織りの布を一枚取り出した。
「この布は卵を包むために織ったものではないのだが」
小さく頬を緩めながら、シェアラは視線だけを持ち上げて周りを囲う者達に笑みを送る。
「こうしておいて、さらに術を上掛けしておけば、普通に持ち歩くよりは幾分か頑丈にもなるだろう。――確かに、万が一に親鳥が王都に襲撃にでも来たら厄介だしな」
「さて、それじゃ、事は迅速に行え、だな。孵化するまでに、なんとしても親鳥に返しておかなくてはならんだろう。さもないと、俺がママンでアイザックがパパンになっちまうかもしれんからな」
ガハハと豪快に笑うオーマに、アイザックは少しばかりうんざりとした眼差しを向けた。
「どうでもいいから、さっさと行け。親鳥雛鳥もろとも抹殺しろなんていう触書が出てもなんだしな」
「おお、それでは拙者が同行いたす。天かける巨大な鳥! なんとしても絵姿をしたためおきたいところでござる!」
アイザックの横で、惣之助がいそいそと旅支度を始めた。
シェアラがかけた布にくるまれた卵は、ぼうやりとした光を放ち、それを見つめるシルフェの瞳を照り返し、瞬いている。
「生まれてくる雛鳥はどんな姿をしていらっしゃるんでしょうね。はやく生まれてこないかしら、なぁんて」
それから一時間ほどの時間が流れ、四人は王都を外れ、一面に広がる平野部に足を踏み入れていた。
じりじりと照りつける太陽の熱が、暑さの季節の到来を否が応でも知らしめている。しかし、平野を流れる風は涼やかなものであり、王都内にいるよりは幾許か気持ちの良い温度を運んでくるのだ。
「どの辺りからいらっしゃるのかしら」
片手をかざして空を仰ぎ、陽光の眩しさに両目を細めてシルフェが告げる。
「それが知れれば苦労もいらんだろうさ」
オーマがぐるりと辺りを見渡し、
「親鳥は鳳凰に似た姿をしていると言うが、鳳凰は神鳥だ。神の乗り物だとする地域もある聞く。似ているのは姿形ばかりなのか?」
布でくるんだ卵を大事に抱え持ちながら、シェアラがオーマに目を向ける。
オーマはシェアラの視線を受けてニヤリと笑い、それから意味ありげに空を仰いでかぶりを振った。
「そこまでは、俺も詳しくは知らん。だが、俺が見聞した事のある限りの情報だと、こいつの親鳥はそれなりの知識を持った種のようだ。ということは、だ」
「――あら、あちらに」
オーマの言葉を遮る形で、シルフェが呑気な声を発した。
「ほら、あちらの空。なにやら大きな影がこちらに向かってまいりますわ」
ごうあ、どどう
シルフェが、空の一部を覆う黒い影に向けて指を示した、そのすぐ後。
それは、大きな炎の鳥だった。
大きな炎の塊が、大きな両翼を広げ、四人が居る平原の上で動きを止めたのだ。
両翼が仰ぐたびに強い風が吹き、草の海をざあざあと大きく薙いでゆく。
「……風で、卵が……」
シェアラがぎりと表情を強張らせる。
「大丈夫ですか?」
吹き荒れる風が、シェアラと卵を吹き飛ばしそうなほどに、その勢いを増していく。
両手が塞がり、半ば無防備ともいえる体勢となっているシェアラを、シルフェの両手がしっかりと抱き包む。
「見事でござる! 見事な巨鳥でござる!」
惣之助ばかりが嬉々とした面持ちで空を仰ぎ眺め、必死に筆を走らせている。
「興奮してやがる」
上空を仰ぎ眺め、オーマが両目をついと細めた。
「まずはこいつの興奮を収めてやらねえとな」
呟き、どこからともなく取り出したものは、一目で使い古されたものだと知れる、木製の鳥笛だった。
鳥笛が発する音色が、人には解せぬ言葉を伴って空を昇っていく。
――が、親鳥は、その鳥笛の音を聞きとめてか否か、大きく上下させる両翼の動きを止めようとはせずに、耳をつんざくような鳴き声を一声響かせたのだ。
空から羽が舞い落ちてくる。
「炎の鳥というわけではないのですね……」
シルフェが目の上に片手をかざし、落ちてくる羽を一枚受け止める。
「何という声で鳴く鳥だ。振動で卵が……」
腕の中に卵を抱えつつ、シェアラが小さくそうごちる。
「興奮して我を失ってやがる」
再び鳥笛を口許に持っていきながら、オーマがため息まじりにそう告げた。
親鳥の両翼が再び大きく羽ばたき、平原に大きな波が訪れる。
――――ちィん!
疾風と化した風を弾き返したのは、シェアラが張った『大気の壁』だった。
「しかし、実に見事な巨鳥でござるな!」
一人、呑気な口調で親鳥を絶賛している惣之助。
シルフェが惣之助に顔を向け、かすかに首を傾けて目を細ませる。
「惣之助様。――よろしければ後程親鳥と雛鳥の絵、わたくしにも描いてくださいませね」
「むろんでござるよ!」
穏やかな笑みを交し合う二人のズレたやり取りに、シェアラが思わずがくりと肩を落とした。
「よし、もう一度だ。もう一度鳥笛を試してみよう。それでもしもまだダメそうだったら」
「その時は、正気づかせるために、やむを得ないかもしれないわね」
オーマとシェアラが顔を見合わせ、頷く。
鳥が両翼を大きく振りかぶったのと同時、オーマが再び笛を吹く。
まっする〜
鳥笛は、しかし、ありえない音をたてて広がった。
「まあ」
「これはまた珍しい音色を奏でる笛でござるな!」
「おもしろい笛ですわ。わたくしにも貸してくださいませ」
「……一応つっこんでおいたほうがいいのか?」
シェアラばかりががくりと脱力している中で、オーマは「テヘ☆」と肩を竦めて頬を染めている。
しかし、この時。
ごうと吹き荒れていた平原が緩やかに凪いでいき、四人の上空を飛んでいる親鳥の動きがゆったりとしたものへと変容したのだった。
「……うそだろう」
シェアラがぼうやりと目をしばたかせる。
その腕の中、卵が小さな綻びをみせていた。
地上に降り立った親鳥は、間近に見れば、よくよくとその巨大さが窺えた。
真紅の羽毛は、遠目に見れば確かに焔に見えなくもないかもしれないものだったが、荒々しいものではなく、むしろ艶を帯びた美しいものだった。
そして、今しがた生まれたばかりの雛鳥はといえば。
「子供の内は、羽の色も幾分か薄めですのね」
たどたどしい動きで親鳥に擦り寄っていく雛鳥に微笑みを向けながら、シルフェは頬に片手をあてた。
「臙脂の薄い色味というべきか。炎と見るには少しばかり赤みの足りない色ではあるな」
オーマが深々と頷く。
「しかし、ともかくも、親鳥との再会に間に合い、本当に良かった」
シェアラが小さな息を一つ吐き出しながら目を細ませる。
三人の言葉に応えるように、親鳥が一声響かせた。
「さてと。親鳥、雛鳥共に描き終え申した」
さわりさわりと流れる風の中、惣之助が筆をしまいこみながら満面の笑みを浮べた。
三人は思い思いに惣之助がしたためた絵を覗き込み、それから連れ立って飛び立った親子の鳥に視線を向ける。
晴れ渡った蒼穹の中、焔のごとくに見える巨鳥が、生まれたばかりの雛を連れて飛んでいく。
「今度、わたくし達を乗せてくださいませねー」
シルフェが大きく手を振った。
「今度は親同士、子供の話でもしようや」
手を振りながら、オーマは再び鳥笛を吹く。
まっする〜
狙いすましたかのように、なんとも言い難い音色が風に乗って空を昇っていった。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1514 / シェアラウィーセ・オーキッド / 女性 / 26歳(実年齢184歳) / 織物師】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2994 / シルフェ / 女性 / 17歳(実年齢17歳) / 水操師】
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ライター通信
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このたびは「巨大卵騒動」へのご参加、まことにありがとうございました。
今回のノベルは、コメディ……といいますか、ライトな感じなノリで書かせていただきました。
鳥の正体(?)をどうしようかと考えたのですが、今回はわたしの創作上での鳥ということにしました。
鳳凰もどき、といった感じでしょうか。
>オーマ様
お世話様です。
まっする〜とか鳴る鳥笛というのが、ありえなさ過ぎて笑い転げてしまいました(笑)。
オーマ様のプレイングは、シリアスでありながら(そして核心をついてくださる!)、でもオチ的な部分も用意してくださっていて、毎回楽しく拝見させていただいています。
それでは、今回はありがとうございました。少しでもお気に召していただければと思います。
また、後日、久保しほILの方で今作の冒険ピンが募集されるかと思われますので、よろしければ合わせて御検討くださいませ(礼)。
では、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。
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