<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 迷子のメイナネッテさん +



「よお、エスメラルダ!」
「えっ、あなた…」
 笑顔で手を振る少女の名はメイナネッテ。黒髪のポニーテールに白いタンクトップが印象的な少女である。
 元気に話しかける彼女とは違い、エスメラルダは呆れかえった様子で、
「さっき道を教えたばかりでしょ……で、また戻ってきたの?」
「あったりぃ!」
「はぁ……やっぱり」
 彼女は極度の方向音痴により、目的地へ行けずにいるのである。
「しょうがないわねぇ…。ちょっとこの子に『ルナザームの村』まで案内してあげてほしいのだけど、誰かいるかしら?」
 店内にエスメラルダの声が響いた。
 メイナネッテは手を合わせて「すまん」と言った。



「ドキッ★」
 背後から異様な威圧感を感じ振り向くと、窓越しにニンマリ笑った大男が一人、
「『ルナザームの村』か? 俺も一緒にいくぜ! ほら、善は急げだ、行くぞ!」
 偶然黒山羊亭の前を通りかかったオーマ・シュヴァルツが話を聞いていたのだった。
「なぁに、心配はいらねぇ。取って食うのは魚だけだ!」
「オーマなら方向音痴のあんたでも迷わず連れて行ってくれるわよ」
 エスメラルダは苦笑交じりに話したが、メイナネッテは動揺したように、
「えっ、ちょ、でもこの人! なんか別世界へ連れて行かれそうな…」
 汗を流しながらエスメラルダとオーマを交互に見た。
「ワル筋ノンノン♪ フッフッフッフッ」
 逆光で怪しさ50%も増しているオーマは笑った。
「うふふ、さぁさぁ行ってらっしゃい。オーマ、脅かすのはほどほどにね」
「わかってるぜ!」
 親指をビシッと立てる。
「えっ、ちょ、待ッ!」
 いつの間にか店内に入っていたオーマはメイナネッテをひょいと抱き上げた。
「お土産楽しみに待ってるね〜」
 バタバタと四肢をバタつかせ抵抗するメイナネッテを尻目に急いで外に出ると止めてあった馬車に乗せた。木製の馬車は、馬車といっても引き手の馬はいない。
 そんな事を一切気にせず、四肢をバタつかせたが疲れたのでやめた。
「自己紹介は移動中でいいだろ。いいか、そこにずっと座ってろよ」
 パタンと扉を閉め、オーマはらぶりぃキュートな獅子に変身すると、自らに馬車を引く縄を繋いだ。メイナネッテは扉とは逆の壁にもたれかかり、窓から外を見た。
「よし、行くぞぉぉぉ!」
 馬車は動き出した。


◆◆◆◆◆


「おーい、聞こえてるかー」
 エルザードの門を抜け、川を渡った所で突然オーマは話しかけた。
 すると、今まで腕を組み、俯いていたメイナネッテがギッとオーマがいる方向を睨みつけ、
「俺は怒っているんだ! ここから出しやがれッ! 旅の楽しみはな、こんな小せぇ窓から景色を見るんじゃなくて、己の足で一歩一歩と」
「そう怒るなって、俺はオーマ・シュヴァルツ。嬢ちゃんの名前は?」
 予想とは違った反応に、少し熱が冷め、
「…メイナネッテ」
 結局、答えてしまった。
「なんでルナザームの村へ行くんだ? 俺は家族のために魚調達しにいくが、もしかしてナウヤング乙女初めての桃色サマーお使い物語☆ってやつ」
「じゃない! 俺は冒険商人だからルナザールの村で珍しいものを採ってこようと思っているんだ! それだけ!」
 すかさず反論する。だが、オーマは冷静に、
「なるほどなぁ。じゃあおまえさんは色んな国を旅してんのか?」
 その言葉を聞くなり、拳を握りしめ、
「あぁ、そうだ! だからお前の名前もどこかで聞いた事がある。けっこう物知りなんだぜ♪」
 鼻歌を歌いながら時には思い出したかのように笑い出し、
「一刻も早く村についてくれよっ。おまえは、エスメラルダがああ言っていた男だ。変な所には連れていかねぇって、思ってる」
「そうか。ありがとよ、ナウヤング乙女☆」
「そんな呼び方するんじゃねぇッ!」
 ぽとっ……
「ん?」
 メイナネッテの頭上に何かが降ってきた。
「どうかしまちたか〜?☆★」
 頭をおさえつつ、壁越しに異世界の雰囲気を感じる。
 オーマは道中に出会った人面草たちと触れ合っているうちにその数はどんどん増殖していき、仕舞いには馬車を覆いつくすまでとなってしまい、窓から人面草が入り込んできたのである。
「よぉ! ポージングしてるかい☆」
 やけに筋肉質な人面草。そいつがメイナネッテの膝で、ポーズを極めている。
「ヌヲォオオオ!! 水をかけてくれぇぇぇぇぇぇ」
【メイナネッテは窓から人面草を投げ捨てた!】
「ひでぇじゃねぇかよ。あいつは中々話せるやつなんだぞォー」
 霊魂と戯れながらオーマは言った。
「マッハで進んでんだ、ちょっとは俺の身になって休憩をさせてくれよ☆」
「“☆”付けて喋るやつに言われたくないッ!」
 オーマはマッハで進んでいるつもりでも馬車に根をはった人面草とオーマに抱きつく霊魂のせいで通常の速度と変わらなかったが、
「うわっ! また入ってきたッ」
「ポージング、ポージング!」
「ええい、うっとおしいわ!」
【メイナネッテは窓から人面草を投げ捨てた!】
【オーマはスキップしながら馬車をひいている!】
 顔の筋肉はゆるみ、大声で笑いながら、オーマは馬車をひいている。
 一方、馬車はそのせいで激しく揺れ、メイナネッテは両足を埋め尽くす人面草と一緒に揺れていた。
「オラオラオラー!! オーマ一行が通るぜ〜、どいたどいたー☆★☆」
 フィルケリアの村を越え、封印の塔を下から見上げ、オーマは進んで行く。
「むふ〜ん♪ オーマぁ、あたし疲れちゃったぁ、ちょっと休まないぃ〜?」
 テッカテカの体でオーマにすがり付くマッスル男。頬紅を厚く塗り、紅をさしている。
「おねがい〜」
「そうだなぁ、じゃああの大きな岩をどかしてくれ」
 オーマの目の前には3メートルほどの大岩がある。マッハで進むオーマにとってはあと数秒でぶつかってしまうし、避け様とも思わないし、越えようとすれば霊魂や人面草が馬車から振り落とされてしまうかもしれん。
「あらー☆こんなのお安い御用よ♪」
 厚化粧マッスル男が右手で『フンッ!!!』平手打ちすると岩は粉々に砕かれた。
「な、なに?! 何があったの?」
 と馬車の中では何かをあきらめたメイナネッテが人面草と一緒に驚いている。
「友よ! ありがとう」
「お安い御用よ♪」
 抱き合い涙を流す二人。周りではピューと指笛を吹いたり、拍手をしたりしている。
「え、なに? なにがあったのー?!」
 小さい窓から顔を出そうにも出せずにメイナネッテは、気になって気になってしょうがなかった。


◆◆◆◆◆


「おーい、着いたぞ」
 いつの間にか寝ていたメイナネッテが目を覚ますと、目の前にオーマの顔があった。
「うわっ!!! き、貴様!」
「そんなに驚くなって。メイナが寝てる間にルナザームの村に着いたぞ。で、ここはその村の宿屋さ」
「え、あっ……って! 勝手に人の名前を略すな! ……」
 メイナネッテは立ち上がり、その部屋で一番大きな窓を開けた。
 海風を全身で受け、潮の香りを胸いっぱい吸う。
 ここは二階のようで、外を見下ろすと、男たちが水揚げされたばかりの魚を船から陸へ運び、女たちはその魚達をさばいている。
「美味そうだなぁ。朝食が楽しみだ、な?」
 またいつの間にか横にいたオーマに驚きながら、にっこり微笑むオーマの顔を見て頬を赤らめ目線を逸らした。
「失礼します」
 いきなり従業員の声がして我に返ったメイナネッテは扉へと向かった。オーマもその後を追いかけた。

「うおっ、美味しそう〜!」
「流石だな」
「ありがとうごぜぇやす」
 2人の目の前には今が旬のオコゼをメインにイカ、トビウオ……板前の料理の数々が並んでいた。
「あっ、でもお金……」
「大丈夫でごぜぇやすよ! オーマの兄貴からこれを頂やしたから」
 板前の手にはギッシリ実のつまった大きなハート型の林檎が握られていた。
「これこの辺じゃ採れねぇし、好物なんすよ。だからその食事だって宿代だってタダでござんす!」
 それを聞いた瞬間、メイナネッテはまるでリレーでもスタートしたかのように食べだした。
「お? おまえもガッツリ食いつくなぁ! よし、俺も食べるぞぉ」
 オーマは箸を持ち、少し練習すると、イカの刺身を口にした。よく味わった後、オコゼの味噌汁を一口。香りも楽しみながら碗を机に置くと、もうすでにイカとトビウオの料理がなくなっていた。メイナネッテは昨日の昼間から何も食べていなかったのである。
「板前さん! すごく美味かったぞ。これは市場に行けば返るのか?」
 など、板前と楽しく話している。オーマは箸を落としかけたが、残ったオコゼと味噌汁を味わいながら、どの魚を買おうか吟味していた。


◆◆◆◆◆


「うおー、すげぇなぁ!」
 メイナネッテはオーマの食事が終わると、すぐに宿屋から飛び出し市場にいた。後を追いかけるオーマだったがメイナネッテを見つけるのは簡単だった。
「なあなあ、おじさん! 今日あがったばかりの魚でいいやつはどれだ?」
 またある店では、
「なあなあ、おばさん! この加工されたやつってなんだ? もしかしてカマボコってやつか?」
 と、大声で話しかけては根掘り葉掘り聞き、満面の笑顔で去っていく。この少女の顔は瞬く間に村中の人々の記憶に残っていた。
 やっと本人を見つけ、話しかけようとしたとき、メイナネッテは大きなリュックを背負い、クサヤの独特のにおいを漂わせていた。
「おう、オーマ、探したぞ! 村の人とな、相談した結果、生じゃなくて干物にすることにしたんだ。オーマは何か買ったか?」
 オーマの手には2本の釣竿が握られている。
「これから釣りしねぇか?」
「え、あ、う…うん」
 頷くと、2人は村はずれにある、オーマが言うに“秘密の穴場”に来て、オーマが具現化した椅子に腰掛け、釣り糸をたらした。
「やっぱり、この村に来たら釣りが一番だぜ。そう思わねぇか?」
「俺はもっと豪快に網とかマグロの一本釣りのほうが好き…」
 のっけからテンションの低いメイナネッテ。オーマは釣った魚をすぐに入れられるようにと巨大水槽を具現化していた。
 すると、何かをひらめいたようにオーマが、
「じゃあ、競争しようぜ。あの太陽が沈むまでにどっちが一番多く釣れたかよ」
 その言葉にピクっと反応すると、目を輝かせて、
「するする!!」
 メイナネッテは満面の笑みでそう答えたが、すぐに目線を逸らした。
「それじゃあ後ろに水槽を置いとくぜ」
 さぁ、どちらか多く釣れるのでしょう。


◆◆◆◆◆


「おりゃあああ!!」
 メイナネッテが勢いよく引っ張ると針にはイワシに似た、橙の魚がかかっていた。
「なんだぁ、こりゃ?」
「おうおう、それはな、確か……ミとかマとか、なんだったか。とにかく炊き込みご飯にしたウマイ」
「なるほどー」
 まじまじと見るメイナネッテは水槽の中へそっと魚を入れた。
 色とりどりの魚達が、その魚を向かい入れ、一緒に泳いでいる。
「もう、そろそろ日が沈むな。メイナネッテ、おまえどれくらい採れた……か?!」
 メイナネッテの竿には大きなアタリがきていた。
「うをぉぉぉぉ、オーマぁ、てつだえーぇ!!」
 2人で竿を持ち引っ張るが、なかなか引きが強く力強く踏ん張らないと海に引き込まれそうだ。
「なんのこれしきぃぃぃ」
「らぶりぃぃぃ!!!」
 大きな水しぶきと共に海から飛び出てきたのは、大きなオコゼだ。
「きゃああああ!!!」
「おおおおぉぉ!!」
 オーマは釣り上げた魚を抱きつき、メイナネッテは木の陰に隠れてしまった。
「お、おおお、おおおオコゼは苦手なんだ……」
「そうか、そうか」
 だから宿屋でオコゼを食べなかったってわけか。
 何かひらめいたように水槽の中にオコゼを入れると、2つの水槽を交互に見て、
「えーっと、おっ。24対1でメイナネッテの勝ちだな」
 ニヤリと笑いながらメイナネッテを見る。オーマの発言に驚くメイナネッテ。
「へ? オーマは確か40匹くらい釣ってたんじゃ…あっ?!」
 オーマの水槽には悠々と泳ぐオコゼの姿しかなかった。
「まさか」
「さぁな。俺には知らねぇこった。おうおう、これからどうする? 俺は魚の鮮度を落とさねぇためにも今日中に帰りたいんだが」
「それなら俺もそう、したいな」
 メイナネッテは驚きや恥ずかしさがグルグル頭を駆け巡り、心をいっぱいにしていたが、
「早くしないと……ね」
「おうおう、帰る準備ができたぜー」
 オーマはすでに水槽も積み込めるほど大きな馬車を具現化していた。
「あ、いま行くよー」
 リュックを背負い、オーマの待つ馬車へと乗り込んだ。
 帰りは2人でずっと喋りながら星屑でいっぱいの夜空の下、マッハで帰っていった。
 もうメイナネッテが怒ることも、目を逸らすこともない。

 後日、エスメラルダのもとを訪れたメイナネッテの手にはクサヤが握られていた。
 苦笑交じりで受け取るエスメラルダの表情をよそ目に満面の笑みを浮かべるメイナネッテ。
 その様子を遠くから見つめるオーマ。そのまた後ろには人面草と霊魂たち。みんな微笑みながらメイナネッテを見つめる。
「あっ、みんな!」
 もうメイナネッテが怒ることも、目を逸らすこともない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

NPC【メイネナッテ】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつもお世話になっております!
 今回はオーマ様のみということで、できるだけプレイングと設定を重視してみたのですが、どうでしたでしょうか?
 気に入って頂けたら幸いです。

 メイナネッテ、初登場のノベルだったのですが、
 オーマ様にはメイナネッテを優しく見守るような父親的な存在として書かせていただきました。また町のどこかで会ったときもメイナネッテに優しくしてやってください♪

 ありがとう御座いました。