<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


サーカスの華はあなただ!

□Opening
 その男は、大きな図体を机にうつぶせて、酒の匂いを漂わせていた。四人テーブルを一人で占領し、テーブルの上には山のように空の酒のビンが並んでいる。
「ちょっと、あなた……、大丈夫なの?」
 流石に飲み過ぎでは無いのか。こんな所で酔いつぶれられてはたまったものではない。エスメラルダは、しかし、優雅に男の隣へ腰を下ろした。
「……、何が『すとらいき』か……、もうテントの準備まで出来て居るんらろ」
 多少、ろれつが回っていない。しかも、全くエスメラルダの質問に答えない男。エスメラルダは、どうしたものかと首を傾げた。
「……、姉さん見た所踊りをするのか? ワシのリングで踊ってくれんか?」
 男は、ちらりとエスメラルダを見た後も、勝手に話し続けた。
「どう言う事? よかったら、詳しく聞かせてくれないかしら?」
 しかし、何か困っている様子なのだ。男の身なりから、文無しと言うわけでも無さそうだ。エスメラルダは、そこに、仕事の匂いを感じた。
「この先の広場で、サーカスのテントが張られているじゃろ? あれは、ワシのテントじゃ」
「ああ、あのリッパな……、確か、チラシも配布されてたわね」
 そう言われてみると、広場に派手なテントが登場していた記憶がある。大サーカスがやってくると、楽しげな噂も耳にしていた。エスメラルダは頷きながら、記憶を手繰り寄せる。確か、公演は……。
「公演を明日に控え、団員がストライキを起こして消えてしまったんじゃ……、勿論、動物達も連れて行きおった……、なぁ、この辺に代理の芸人は居らんか?」
 だん、と、テーブルに拳をぶつけ、男はエスメラルダに顔を近づけた。
 困るかしょげるか、代理人を探すか、どれかにすれば良いのに。そう思いながら、エスメラルダは、確認した。
「演目は何でも良いのね? 報酬は、勿論あるわね?」
 エスメラルダの言葉に、男は何度も頷く。
 ならば話は早い。エスメラルダは、この男を助けてくれるような冒険者を求め、辺りを見まわした。

□01
 本日は晴天なり。
 既に、観客が集まり始めたテントの側で、団長を囲むように彼らは集まった。
「なぁに……これでも家計火の車アニキの為によ、日々獅子での雑技団バイト常連LVUP筋★な俺なんだぜ?」
 むん、と、何だか訳の分からない事を口走り、団長の肩に手を回したのはオーマ・シュヴァルツ。
「な、な、なんじゃ貴様は……」
 がしりと肩を掴まれて、あわあわと惑う団長を全く気にも止めず、オーマは遠い目をした。
「そりゃぁ吐血号泣モンになぁ……」
 ふぅと、日々のバイト生活における彼の苦労を滲ませながら、オーマは暗い影を背負う。
 まぁ、この場所にいると言う事は、今日の舞台に協力をすると言う事なのだろう。
「でさぁ、そもそも、ストライキの原因は何なんだ?」
 げはげはとようやくオーマから逃れた団長に、湖泉・遼介が質問した。
 勿論、手伝うつもりなのだけれども、やはり団員がきちんと戻ってくるようにも協力したい。
 遼介のまっすぐな視線に、団長は少しだけ横を向いた。
「むぅ、それが……さっぱり分からんのじゃ」
 そして、首を横に振り難しい顔になってしまう。
 どうやら、本当に分からないのだろうか。
「それは、俺も聞かせてもらいたいなぁ」
 オーマのそのまともな質問にも、首を横に振るばかりだ。
「そ、それはそうと、皆舞台を手伝ってくれるのか?」
 そうこうしている内に、開演の時間は迫っていた。団長も、その辺り緊張してきたのか、一同を見まわした。
「あたし、踊りならできるよっ♪」
 その時、ぴょこんと彼女は現れた。
 旅芸人のロレッラ・マッツァンティーニだ。旅のキャラバンで歌や踊りを披露している彼女。団長は、ロレッラの身形を見て少しだけ首を傾げた。
「お前さん、所属の団が有るんじゃないのか? ウチに協力しても良いのか?」
 勿論、団長にしてみれば、プロが手を貸してくれるのはとても有り難い。けれども、後々同業他社に手を貸した事が彼女にマイナスになるのではと、危惧したのだ。
「んー、武者修業してらっしゃいって言われたよっ」
 難しい事は良く分からないけれども、多分大丈夫っぽい。ロレッラは、団長の渋い顔をにこやかに眺め元気欲頷いた。
「そ、そうか、助かるぞ」
 彼女の様子に、団長も取り敢えず安心したようだ。
「演目は何でも良いんだよな?」
 何故ストライキは起きたのか。気になるけれども、開演の時間が差し迫って来ている。遼介は、若干の疑問を抱えながら団長に確認した。
「う、うむ、それは特に制限しない、出来る事を演じて欲しい」
「わかった、手伝うよ」
 遼介のその言葉に、団長もぱっと表情を明るくした。
「よしよし、んじゃぁ、ビバ★開幕筋と行くかっ」
 話のまとまった頃合を見計らい、オーマはばしばしと団長の背を叩いた。
 勢い付けの意味合いを込めたのだろうか、彼の豪快な笑い声にロレッラもにこりと笑みを漏らし、遼介は勢い欲頷いた。
 ともあれ、即席サーカス団の幕開けと相成った。

■03
「俺は、剣で曲芸やるよっ、あんたは的を投げてくれ」
 遼介は、手の中の剣を確かめながら、舞台袖で団長と相談していた。
「分かった、幸い、機材はいくらでもあるぞ」
 団長は、曲芸と聞いて手際良く足場になりそうな機材を一式揃え、舞台を準備した。
 あとは、演目を待つ客の前へ、踊り出るだけ。
 遼介と団長は、一度呼吸を合わせてから、舞台へと向かった。
 わっと言う歓声と拍手。観客は、皆、演目に期待している。遼介は舞台中央でぺこりと挨拶をした後、何度かたんたんと足を踏んでリズムを取った。
 ぐるりと舞台を見まわし、団長に目で合図を送る。
 ピエロ姿の団長は、頷き、おどけた様子で何枚か木の板を空に放り投げ始めた。
 遼介は板の動きを眼の端で捉えながら、じりじりと横に動き体制を整える。
「……い・く・ぞっ」
 自分の言葉を合図に遼介が踏み込む。
 団長は、タイミングを見計らい、板を投げる。その板めがけて、剣を振りぬいた。すぱんと、軽い音を立て、板は真っ二つに弾け飛ぶ。一つの破片は団長の手の中に、もう一つはからんと舞台の端に落ちた。
 まだ少し動きは固いが、その真っ直ぐな太刀筋は観客をすぐに魅了した。
 大きな拍手を背に受け、今度は、飛んでくる板を一つは剣で斬り、一つは素早く体勢を立て直して蹴りで砕いた。
 飛んだ欠片を、団長は器用に踊りながら広い、また、遼介めがけて放り投げる。
 何度か板を斬ると、緊張もほぐれ、舞台に慣れて来た。
 煌く舞台照明や観客の歓声が遼介を後押しする。
 飛んできた板を蹴り上げ、舞台に設置した機材へ身体を躍らせた。ついて来た板をもう一度蹴り、狭い足場で気合一閃、またも、綺麗に二つに斬って見せた。
「よっし」
 板の欠片が団長の元に飛んだのを確認し、次に綱渡りをする柱に向かい飛んだ。
 はっと息を飲む客を感じ、遼介は上機嫌で笑顔を作った。
 遼介の次の行動を見越したか、団長はコミカルな踊りで舞台に散らばった板の破片を拾い集め、舞台の端に引く。
 柱の周りを素早く確認し、体を反転させる。片足で柱を蹴り上げたら、そのまま空中へ飛んだ。ぐるりと視界が回転する。あんなに広かった舞台が、遼介の剣舞で全く狭く感じる。手にした剣を身体に添わせ、空中で回転し丁寧に着地した。
 着地と同時に、いっそうの拍手が会場にこだました。
「へへ、んじゃ、サービスしようかな」
 遼介は、客の素直な反応が嬉しくて、団長に目配せをする。
 ピエロ姿の団長は、遼介が柱を使って飛んだ間に、大きな板を何枚か用意していたようだ。
 舞台の端から、団長が一枚ずつ、その板を投げる。
 遼介は、着地の姿勢から体を起こし、剣を構えた。
 これまでの、二つに板を斬るのとは一味違う。神経をよりいっそう集中させ、飛んでくる板を正確に捉えた。
「やっ」
 それは、瞬間の出来事だった。
 遼介の剣さばきを、どれほどの者が捉える事ができたのか。
 剣から離れた板は、くるくると緩やかに空を舞い、客席へ飛んだ。その形は、見事な星型。それを知った観客達は、我先にと手を伸ばし、その板を欲しがった。
 何枚か、団長が板を放り、遼介が星型に斬って飛ばす。
 舞台の締めくくりに、盛り上がりを見せ、それは大成功だった。

□Ending
 オーマ、遼介、ロレッラ。
「皆のおかげで、舞台は大成功じゃ、感謝するぞ」
 さて、観客もまばらになったテントの裏側で、団長は三人を集め上機嫌だった。
「なーに、困った時はお互い様だぜ、……ぐし」
 水槽のマジック演出が良くなかったのだろうか。
 若干鼻声で、オーマが胸を張る。このままでは、夏風邪をひいてしまいそうだった。ああ、夏風邪は、ばか者がひくとどこかで聞いた事があるような。いやいや、まさか、そんな事は。
 とにかく、団長の差し出した、報酬入りの袋を受け取った。
「あのさぁ、俺、報酬よりもスケートボード、無い?」
 前から欲しかったんだよな、と、遼介は笑った。
「ふむ、それでは、ワシのを持って行くと良い、ピエロで使っているものだが」
 団長は、そう言うと、ごそごそと道具箱をあさり出した。
 出て来たのは、少々使い古された感の有るスケートボード。
 本当にコレで良いのだろうか? 団長はものを見せて遼介を見たが、遼介は嬉しそうにそれを受け取った。
「あのぅ、失敗してごめんなさい……」
 喜びはしゃぐ遼介の隣から、ロレッラが消え去りそうな声で呟いた。
 舞台で転んでしまった事で、少し落ち込んでいるようだ。
「何を言う、言っただろう、良い躍りであった」
 団長は、そんな彼女を励ますように、がははと笑う。
「そっかぁ、良かったっ」
 ロレッラは、団長の様子に、ようやく笑顔を取り戻し報酬の袋を受け取った。
「良し、報酬の分配は終わったの、んじゃば、飲むかっ」
 三人に報酬を配り終え、団長が意気揚揚と叫んだ。
 手には、本日の見物料がそのまま入った金庫が。
「お、おいおい、まさか、その金全部……」
 いや、酒は好きなのだが……。
 オーマは、団長の嬉しそうな顔を見て、幾ばくかの不安を胸に抱く。舞台で背に乗せた少年の、『終われば分かります』その言葉が、頭をよぎった。
「ええ、まさか、そんな事は無いだろ?」
 ほんの冗談だと思ったのだ。遼介は笑いながら、手を振った。
「そんな事あるんですよっ、マスター、あんたまた酒にその金全部注ぎ込むつもりですか」
 と、突然鋭い声が団長の背後から響いた。
 そこには、先ほどの舞台でオーマの背に乗った少年が、拳を握り締めながら物凄い気迫で仁王立ちしていた。
「な、な、なんじゃとっ、儲けた金を酒に使って何が悪いかっ、と言うか、お前何故ここに居る」
 驚いたのはオーマや遼介、ロレッラばかりでは無い。
 団長も、おろおろと少年を見ている。
「俺は、団の代表で舞台を……、マスターの様子を見に来たんだ」
 突然現れた少年は、首を何度か横に振りながら、団長を見据えた。
「あ、もしかして、ストライキ?」
 ロレッラは、はっと口を押さえ、オーマと遼介を交互に見た。
「どうも、そうらしいな」
 オーマは、頷き大事そうに報酬を懐に収めた。
「うん、てか、酒ってどう言う事だ?」
 遼介も事態を飲み込んだのか、神妙な面持ちで団長と少年を見比べた。
「何を言う、公演が終われば酒っ、これ常識じゃ」
 団長は、少年におおいばりで胸を張る。
「ちょっとは団のための資金を残せって、マスター、それさえ無ければ俺達だってストなんかっ」
 少年と団長のにらみ合いを見ながら、三人は心の中で同じく思った。

――これは、
――どう見ても、
――団長が悪い……

 ぽん、と、オーマが諭すように団長の肩に手を伸ばした。
「まずいぞ、その金全部はやりすぎ筋満点」
 遼介は、オーマの言葉に頷きながら、団長を見上げた。
「そうだぞ、団員、ちゃんと戻ってきたほうが良いしっ」
 ロレッラも、二人の意見にうんうんと頷き、真剣に団長を見る。
 よくよく考えれば、団長は黒山羊亭でも酒浸りだったような……。
「そ、そうかのぅ……」
 三人にそのように言われると、団長は少し意思が揺らいだようだった。
「そうですっ、お願いしますよ、マスター」
 団の少年も、たたみ掛けるように団長の説得にかかる。
「……、そうかのぅ」
 しかし、団長はどこか寂しそう。
 皆が、そうだと頷く中、一人力弱く首を傾げた。
「そう、か……」
 やはり、団長の味方は一人も居なかった。
 団長は、しょげたように、金庫を少年に差し出した。
「偉いぞっ」
 オーマは、その様子を盛りたてるように、ばしばしと団長の背を叩く。
「そうだよっ、これで皆も戻ってくるかもな」
 遼介も、良かった事だと、頷いた。
「そだよっ、その方がきっとずっと良いよね」
 ロレッラの笑顔に……。
 ついに団長は、頷いた。
 三人と、団の少年は胸をなでおろす。
 これで、団員も戻ってくる。たぶん、きっと。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1856 / 湖泉・遼介 / 男 / 15 / ヴィジョン使い・武道家】
【1968 / ロレッラ・マッツァンティーニ / 女 / 16 / 旅芸人】

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■         ライター通信          ■
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 この度は、ノベルへのご参加ありがとうございました。ライターのかぎです。
 □部分が集合描写、■部分が個別描写になります。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

■湖泉・遼介様
 こんにちは、はじめまして、初めてのご参加有難うございます。舞台はいかがでしたでしょうか。剣を使った曲芸と言う事でしたので、楽しいばかりではなく、緊張感なども伝わればと思い描写させて頂きました。ちょっと古いものですが、スケボーはどうぞお持ち帰りください。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。