<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


星降る夜に

 白山羊亭の入り口で、ルディアは、大股で歩いて行く、女性を見つけると、休憩に立ち寄っていたキャラバンの団長、キャダン・トステキに笑いかけた。

「キゃダンさん、ほら、あれが『どんとこい亭』の大将。フロッターのクロウリィよ。あーあー。また、すごい勢いで歩いて」

 その女性は、大きなな笹と共に歩いていた。大人一抱えもある青い磁器に入った小さな竹林。
 小さいとは言え、笹の背丈はゆうに3mに届くかというほどの高さがある。
 ゆさゆさと揺れながら、上手くバランスを取って歩いている。
 ルディアに呼び止められて、連れて来られたのは、大柄な気性のはっきりしていそうな面構えの美丈夫だった。

「あたしに何か用かい?」
「いや、用というほどの用では無くて済まない。フロッターが近くに居ると聞いていたので、会ってみたいと思っていた。それが、用かな」
「そりゃ、重要な用だ!」

 からからと笑うクロウリィは、ぽんと手を打った。

「今から、裏通り『ステファンナ』で星祭をするんだが、良かったら一緒に行かないか?願い事を短冊に書いて、この笹に吊るして、後は宴会だ!」

 そこに居るあんた達も、どうだいと、白山羊亭を出入りする町の人達にも、声をかけると、また、デカイ声で笑うクロウリィに、キゃダンもつられて笑った。
 
「いいんじゃないですか?」

 御者台で、話しを聞いていたのか居ないのか分からなさそうな青年が、キゃダンに頷いた。よく見れば、くるくると笑う少女をはじめ、ソーン中を旅するキャラバンの面々が、幌馬車や馬の合間から顔を出して笑っていた。

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 ソーンに降り続いていた雨も、すっかりと上がり、とても見事な星が、降るように瞬いていた。
 裏通りステファンナでは、笹に祈りや願いを書いて吊るすと叶うという、異世界の行事が始まろうとしていた。
 スサ診療所のスサの住んでいた元の世界で行われていたという、行事を聞き込んだ、どんとこい亭のクロウリィが発起人だ。ただでさえ狭い裏通りが、大勢の人が行き交う。
 3mもある背の高い笹の植った青い磁器が、スサ診療所の入り口をふさぐように鎮座ましまして、子供たちの書いた色とりどりの短冊が、ひらひらと花のように踊っている。
 何やら、怪しげな顔のついた笹が、いつの間にやら増えていたりもする。
 本来の星祭の物語の起源などは知らない人のほうが多い。だが、知らなくても、願いを込めることも、楽しく過ごすことも、同じで。

「こんばんわ」

 スサ診療所の窓を全開にし、机を設置して、診療所の中から短冊を配っていたスサに、馨から声がかかった。

「馨さん」
「七夕…ソーンにもこんな風習があるのですね」

 身長のある馨だが、こんなに込み合っていても、決して目立つ事も無い。
 子供等や、お年寄りにねだられるまま、短冊を手渡している、樹木医の姿を見つけて微笑んだ。
 わさわさと揺れる笹を抱えて歩くクロウリィの後をついて来たら、ここに辿り着いたのだ。
 丁度、長雨の後、暑くなりかかるソーンが、馨の故郷とだぶり、笹に七夕を思い出し、つい、懐かしくて着いて来たのだ。そうしたらば、七夕祭りをやっていて。

「馨さん…は、七夕…ご存知なのですか?」
「おや。それでは…ご同郷ですか?」

 七夕を知っているという顔のスサに、馨は軽く目を見張る。
 ソーンは、様々な場所から人が渡る。
 自ら望んで渡る者、落ちて来てしまった者。
 同郷の者も少なくは無い。が、多くも無い。

「1985年の地球…日本出身です」
「それは、また、ずいぶんと未来な場所からお越しですね。私は、もっとずっと前です。場所は…同じですが」

 青碧がかった黒い瞳をくゆらせて、馨は微笑む。
 ゆっくりと、言葉を選んで話す、この樹木医を、馨は気に入っていた。自分が地術師だからかもしれない。なんとなく、彼が人より樹木のような気がして、馴染みやすいと思うのは。

「そうそう、先日はお世話になりました」
「こちらこそ…。とても助かりました」

 長雨の降る過日、紫陽花に引かれ、ここに来た。
 自ら命を捨てたがっていた紫陽花も、今は馨の家の庭で満開に咲き誇っている。ソーンの種なのか、桃色と空色の二種類の色が同じ木に咲く。やがてその二色は、藤紫に変わり、最後には瑠璃色に変わってお終いになる。咲き始めは、真っ白な花弁に淡い薄萌黄色がかった清楚な色なのに、次から次へと変わり、雨の庭がとても華やかだった。

「元気ですよ。それは見事な花を咲かせています」
「もう?」
「はい、翌日には」
「それは…おふたりの庭だからでしょうね…良かった」
「今頃子猫と一緒に、この夜空を見上げている事でしょう」

 夜空を見上げる余裕が出来たのは何時だろう。
 夜空を見上げて、星が美しいと思えたのは何時だったろう。

「一枚、貰っても?」
「あ…気がつか無くてすいません。どれでも…どうぞ」

 スサが広げた色とりどりの短冊に、白から浅黄色に流れ、金粉の撒かれた短冊が目に飛び込んできた。苦笑しつつ、それを選ぶと、墨筆では無く、インクに羽ペンを手渡されて、今度は微笑んだ。
 本当に、様々な時代、様々な人が集う、やさしい場所なのだと、路地に切り取られた星空を仰いだ。

 願うのは。

 黒髪に、水の青を映したような瞳の配偶者の姿が浮かんだ。
 ソーンに来るまでは、苦労していた彼女。その彼女の笑顔を見ることが、最大の祈りであり、願いなのだけれど。
 馨を呼ぶ、妻の声が聞こえてきそうで、短冊に目を落として微笑んだ。笑顔は、馨自身が彼女にもたらしたいのだから、祈ることでも、願うことでも無い。

 歓声が、路地のあちこちで上がっている。
 見知った顔が、大きな鮪を狭い路地で解体しているようだ。何処から鮪。
 本当に、ソーンは、何もかも飲み込んで、誰をも許す。

 ここに居て良いのだと。

 それは、勝手な思い込みかもしれない。
 だが、そう思うのだ。

 キャラバンが、来ているという。
 よく見れば、旅装束の面々が、短冊片手にしていたり、ビールジョッキを持っていたりする。様々な種族がごっちゃになり、幌馬車で旅をしているとの事だ。
 それは、まるで、ソーン…この世界の様で。

「この世には、見知らぬ土地や世界が沢山ある…のでしょうね」
「そう…ですね」

 歓声が上がる方向を眺めて呟いた言葉に、スサから答えが返る。少ない言葉だったが、彼もまた、ソーンの内懐の深さを垣間見る人なのだろう。短い言葉の重みが、馨に届く。
 ひとりの人の思う気持ちなど、たかが知れているかもしれないが。ふと、ある思いが馨をよぎった。

「…全ての人が、幸せである事は難しいですけれど…」
「はい」

 馨は、一息吐くと、羽ペンを揺らし、流麗な文字を綴り始めた。

 願うのは。

 ―――万人が幸福であるように。

 誰も、泣かなくて済めば良い。
 誰も、苦しまなくて済めば良い。
 誰も、傷つかなくて済めば良い。
 誰の元にも訪れる朝が、光に満ちた物でありますよう。包み込む夜が、穏やかなものでありますよう。

 それは、理想。果ての無い夢。
 それだからこそ、馨は短冊に祈りを願い綴る。

 青い鉢植えから天に伸びる笹は、ほどよく頭を垂れており、そのアーチのような枝のひとつに、こよりで結ぶ。よく見れば、隣にある顔のついた笹にも、結構な数の短冊が括られていて、ソーンの許容範囲の広さにまた、笑ってしまう。
 口元だけで笑う、嘲笑では無く、本当に、ソーンに来て良く笑うようになったと馨は思う。
 ざわめく路地を見、窓の向こうで微笑むスサに、笑いかける。

「良かったら、明日、紫陽花を見に来てはくれませんか?」
「え…?お邪魔では…」
「何が邪魔なものですか。満開の紫陽花、見損なったらまた来年ですよ?残念がりますよ。紫陽花も」

 きょとんとするスサに、畳み掛けるように言葉を繋ぐ。なんとなく、この樹木医なら、こう言えば、必ず来てくれそうだと思ったのだ。あいまいな約束や言葉では、逆に、絶対に動かないだろうという事もわかる。
 案の定、彼は断る事が出来ないでいる。

「う…」
「明日。絶対ですよ?」

 あの、雨の中、救った紫陽花を見たくない訳が無い。だが、人の家の庭に収まった紫陽花を見に行って良いものか、考えてしまうのだろう。そんな気遣いは無用なのに。だから、あえて強引に言葉を継いだ。それいくらいして、丁度良いだろう。
 しばし、考えていたスサだったが、馨の顔を見て、苦笑し、その苦笑は笑みに変わって行く。そうして、ゆっくりと馨に頭を下げた。

「ありがとうございます」
「こちらこそ」

 ソーンに出来た、ひとつの繋がり。
 ひとつ。またひとつと、その繋がりは広がり、瞬く星空のように増えていくのだろう。だから、どれも大切にしたいのだ。
 まるで、寄せては返す波のような笹の音が耳に響いた。
 馨は、スサに、軽く会釈をすると、降るような星空の下、咲き誇る紫陽花と、小さな灰縞模様の子猫と、大切な人の待つ家へと歩き出すのだった。





 今ここに居る幸せを…感じながら…。
















   ++ END ++















+++登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+++

3009:馨(カオル)/性別:男性/年齢:25歳/職業:地術師



NPC:スサ/性別:男性/年齢:18歳/職業:樹木医
NPC:クロウリィ・サガン
NPC:キャダン・トステキ(キャラバン)
NPC:ルース(キャラバン)



+++ライター通信+++

馨(カオル)様。ご参加ありがとうございます!スサに会いに来て頂いて、嬉しかったですっ!!
 勝手にスサを気に入ってもらっちゃいました。スサ丸儲けです。あんまり、話さない奴ですいません。と、いうか、尊敬モードです。憧れの先輩の前?そんな感じです。地術師さんというだけで無く、かっこいいな〜て(^^ヾ割と、腹黒な奴なのに、妙にしおらしいです。馨さんマジック?です♪
 短冊は某新○組の羽織の色です。色々、印象深かったのでは無いかな〜て。
 叙情的なプレイングでしたので、心情重視で、ほんのちょっぴり、もう一方の情景を混ぜてみました。
 馨さんの姿勢がとても好きです。願う事と、自身の行う事とをきちんと分ける。他力本願の私としては、とても見習いたい姿です。
 気に入っていただけたら嬉しいです!ありがとうございました!!

 OPに、大勢NPCが登場しています。これは、キャラバンという、ソーン中(クリエイター個室)を転々と回って行くNPCです。ノベルの内容を次に移行させる事や、反映させる事は出来ませんが、リレー的に受注が出来たら楽しいなぁという、一部クリエイターの企画です。
 スサ診療所を出たキャラバンが向かうのは、  鎧馬大佐WR個室『情報屋・常闇の住人』  です(^^ノ~~
 ご観覧の方々、よろしければ、幌馬車に乗って彷徨ってみませんか?