<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


旧き森の中、古き竜は眠る


***


旧い森、其処には苔生す岩が点在する。…岩の一つが動いたのだろうか。…否
あれは鱗か…、瞼らしき鱗がまた動いた。開いた其の目は澄んだ緑色。
年輪を深く刻んだ鱗は、傷を負って罅割れている。


私が悪だと誰が決めたか…

お前等だけが善だと誰が決めたか…

驕るのも大概にするが良い…

善も悪も、お前等が思っているほどに

単純なものではない…


*********************************************


「結構集まるもんだ、助かるよ」

集まった面々に、アリシアは緩い笑みを向けた。
集ったは4人。少女が3人に中年が1人。それでも十分な人数だと、アリシアは満足そうだ。
ただ一人ひとり、少しずつ表情が違う。ドラゴンに対して、何らかの思いでも抱いているのだろう。それが見得たアリシアは依然緩い笑みを浮かべたまま、集まった4人の客たちをテーブルへと招いたのだった。


「…ねぇ……」

適当に、皆が自己紹介を済ませた後、微かな声が上がる。酒場の喧騒はそのままだと言うのに、すぐに耳へと届いたその声の方へと皆が目を向けた。目線の先にいるは、包帯を身体に巻いた少女、千獣。
赤い瞳は濁りがなく、じっとアリシアを見つめて問いかける言葉を紡ぐ。

「…聞いて、いい……?」

「良いとも、なんだい」

アリシアは緩く笑いかけ、千獣の言葉を聞きやすいように、体を傾け千獣と向かい合う。他の面々もまた少しほど身を乗り出して、千獣の話を聞く体勢に入った。

「その、ドラゴンは……街の、人に……何か、したの?」

…其の質問には、他の面々もまた興味があったのだろう、返答は如何にとアリシアの顔をうかがった…が、浮かべているのは困ったような笑い。そこから何か汲み取れるとすれば…

「何にもやってなかったりするのか?」

すぐに其の推理へと至ったのは、オーマ・シュヴァルツだ。グラスが、ランプの光に瞬き少しほど眩しさを与えたらしく、アリシアは少し目を顰めた。

「…ああ、らしいね…。依頼では、森にドラゴンが棲み付いている、何とかしてくれ…ってサ」

「…へえ、少しばかり、街で事情も聞きたいな。何故そんな事になったのか…」

「………」

オーマのグラスが再度光を反射した、少々街の事に関しても疑問を感じるものがあった様子…顎を軽くなでながら、考えるように目を細める。…そして、千獣もまた、答えを聞いて黙り込み、静かに何事かを考えているようだった。

「……退治するほどのことなのでしょうか?ただ、棲んでいるだけですよね…?」

一言物申したのは、蒼い髪と眸を持つ少女、影李。ぎゅっと、どこか苦しげに胸元のぬいぐるみを抱きしめる手に力を入れた。ぬいぐるみには、少しほど皺が寄ってしまう。
そうして、すっと影李は立ち上がった、眸はもの優しげな雰囲気を宿したまま、力強い光を持っている。アリシアは困ったように頭を掻いた、影李のしようとする事は判っているらしく。

「お嬢ちゃん、何処行くんだい…ドラゴンの所へなら、皆一緒に行った方が安全だよ」

「そうだよ、俺も貰い受けたいもんもあるし」

立ち上がった影李を止める言葉を掛けたのはユーア、軽く足を組み影李を見上げている。それでもまだ、影李は納得がいかないのか、もごもごと口を動かし目を忙しなく瞬かせた。
貰いたい物?ユーアの言葉にオーマが声を上げた、ドラゴンに会うと言う話だと言うのに、一体何を貰い受けるつもりなのだろうか…と、疑問がよぎったらしい。

「鱗を数枚、ね。乾かしてから粉末にするんだ、お茶や料理、薬にだって使える、もらえる時にもらっておかなきゃあね」

「おお、それは俺も欲しいねえ」

ユーアの話を耳にして、どうやら、オーマの興味にも火がついてしまったらしい。詳しい話をユーアからここぞとばかりに聞き、ユーアも其れに熱心に返す。…ようよう、こうも個性のばらけた者が集まった物だ、アリシアは苦笑を浮かべ、再度頭を掻いている。
…しかし、一旦和やかになっている空気も、千獣も立ち上がった事によって破られ、しんと獣も眠る夜の森のように静まった。目線は皆、千獣の元へ。

「私が……その、ドラゴンに……話、聞いて、くる」

「えっ!ちょっと、お嬢ちゃんまで何言い出すのさ!」

余りのことにアリシアは慌てて立ち上がる、流石に少女を一人ずつ見送り出せるほどの無神経さでもない。二人ともが普通の少女でないのはわかっているが、そう易々と送り出せるものでもなかった。
立ったまま考え込んでしまっていた影李は、千獣の言葉に驚いたように目を瞬かせている。そうして、一歩遅れて後にまた意志の強い目を取り戻した。

「私も、行きます!」

「…ああ、もう、お前さんたち…随分と頑固な子達だねえ…」

アリシアの緑の髪が揺れたのは、アリシアが首を緩く振ったからだろう。毛先は椅子の足にぶつかっては離れ、其れを何度か繰り返していた。

「仕方ないね、じゃあ、分けよう。ドラゴンの元へ行くのと、街で情報収集するのと!」

ばん!と、勢い良く机が叩かれた所為で、机の上のグラスががたがたと揺れた。叩いた当の本人、アリシアは真面目と言うよりは何処となし怒っているようにすら見える顔つき。
ユーアは少しほど肩をすくめ、まあまあ、そう言わんばかりに手を上下させアリシアを宥めようとしている。

「じゃあ、俺は街に行くぜ。ドラゴンも気になるが、街の住民にも話を聞かねえと解決にはならんだろう」

オーマは緩く笑い、そう皆に告げた。アリシアは一つ頷いて、千獣と影李の双方を交互に見遣る。

「お前さんたちは、ドラゴンの方へだね?あたしもついて行くよ、森の中だから危ないしね」

「あ、じゃあ、俺もドラゴンの方に。鱗もらいたいし…移住させるつもりなら、ドラゴンの棲家も知ってるぜ」

アリシアの言葉に続き、ユーアも挙手をしての応答をした。一人ずつ、己の行きたいほうへの意見を述べるのも終わった頃、…一人の青年がテーブルへと近寄ってくる。
銀の髪を揺らし、額にある宝石は、青年の眸と同じ…鋭く赤い光を放った。

「ドラゴン…と、言ったな?」

「ああ、なんだい?」

青年は一つ考えるように目線を落としている、どうやら先ほどまでの話、聞かれていたのだろう。何も話していないというのに、青年の目には何処となく確信めいたものが見え隠れしている。
そうして、青年はゆっくりと再度口を開く。紡がれた言葉は…

「我も行く、少々、そやつに覚えがあるのでな…」

「へえ!顔見知りがいるとはねえ!」

「……我はシェル・コーライルと言う、宜しく」

青年…シェルの肩には乱暴に引っ掛けでもしたのか、肩掛けの紐が少々よじれている猟銃。少しばかり古ぼけてはいるが、威力と鋭さは新しいものには負けないと言わんばかりに、銃口が鈍く光った。
シェルの自己紹介が皆に行き届き、男手が一人増えたとなってアリシアの機嫌も最高潮だ。



「何だよ、俺だけ?」

さて、たった一人で街へと赴くことになったオーマは、少しほど不平そうに口を曲げていた。アリシアはオーマの背をバンバンと強く叩く、本人としては励ましのつもりだったろうが…。
オーマは少しほど咽てしまっている。其れにも気づかず、アリシアは眠たげな瞼を軽く擦りながら言葉を紡いだ。

「しょうがないさ、これ、街への地図…と、ついでにあたしの署名も。仲間だって言えば、宿もタダだから」

「…判った」

暫く、オーマは地図を見て後、薄く笑えば地図を持った手を緩く振るった。色々と頭の中で考えていることも在るのだろう、一つ、アリシアは息を吐く。

「さ、ドラゴンのいる森は深いんだ、夜明けと共に行くから、今日は早く寝るんだよ!」

このアリシアの一言で、今日の所は解散…と言うことと相成ったのだった。



太陽は未だ山際に寝そべり、顔を少しほど覗かせたほど…そんな時刻に集まった、少女3人と女性が1人、青年が1人、中年が1人…と言う妙な取り合わせのグループ。

「さ、ここから街と森への分かれ道だ。オーマ、悪いね」

名前を呼ばれたオーマは、大きく口を開け、はわはわと大あくびをかましていた。アリシアの言葉には軽く手を振り応えている。少々、あくびの所為で滲んだ涙を指で拭きながら、オーマは後のメンバーを見回した。

「お前さん方、気をつけろよ。下手にドラゴンを興奮させたらお仕舞いだからな」

「オーマ、そんな事言わなくたってわかってるって。父親じゃあ在るまいし、ねえ?」

「そういう問題じゃあねえだろっ!」

オーマの忠告に関しては、ユーアが笑いながら冗談を返す。それにオーマのムキになった強い声音が朝の街に少し響いた。
千獣は、ドラゴンがいるだろう森へと既に目を向けていた。朝の冷たい風に、体中に巻かれた包帯がそよぐ。少しほど目を伏せ、千獣はなにやら考えているようだ。

「さあっ!皆さん早く行きましょうっ!退治されてからじゃ遅いんですよーっ!」

少し森へと急いでしまったのだろうか、影李は一行より少し離れた場所で何度も飛び跳ね、手招きをし急かしている。少々涼をとっている様にすら感じられるほどの、透明感のある蒼の髪を上下に揺らしていた。

「ちょっと待ちなって、早々焦って山道を歩くもんじゃないよ」

アリシアの言葉に影李は少しほど大人しくなるが、いても立ってもいられないらしい。どうにも、もじもじとして落ち着きがない。その様子に、アリシアは少し笑ってしまった。

「…仕方ないね。じゃあ、オーマ…街の方は頼んだよ」

「任せとけよ、アリシアも…って、あれだけいりゃあ大丈夫か」

はっは、オーマは快活そうに笑ってからグループと別れ、街へと足を進め行く。寝ていたはずの太陽は、既にほぼ顔を山際より起こしていた。


ドラゴン一行の歩みは意外に早く、森の中頃まで来るのに難はなかった。皆が皆、山なれでもしているのだろうか、歩く足取りは軽いもの。地面から突き出た木の根を飛び越え、岩を踏み、苔の上を歩いた。
木の枝を踏み、ひょいひょいと軽い足取りで木の上を飛び行くは千獣。本当、獣のような足取りで森を進んでいっていた。

「…あと…どのくらい…?」

千獣が木の上から見渡せど、見えるものは木に、苔に、枯葉に、岩だけだ。これ以上進んだところで、見える景色が変わろうとは到底思えないのも、頷けてしまう話。
アリシアは千獣の言葉に耳を傾けたか、少し足を止め天を仰いだ。

「あと少しなんだがねえ、見えないかい?」

「…まさか、もう、退治されてしまったんじゃ…」

影李の顔が段々と青ざめて行き、ぬいぐるみを抱き寄せる手にも力が篭ってしまう…が、震える肩にとんと手が乗せられた。

「按ずるでない、我の知る限りそう易々とは斃れぬ奴よ」

シェルの落ち着いた言葉に、影李はただ黙ってこくんと小さく頷くだけだった。…これでは参る、アリシアは剃り上げた側頭部を掻き、再度千獣へと声をかけ、問う。

「本当に見えないか?大きな岩のようなやつだって聞いてるんだがねえ」

「……岩…?……あれ、かな…」

アリシアの言葉を聞いた千獣は、赤い瞳を瞬かせた。其の目の先には、苔生す大きな岩肌が見える。それは大きくは動かない、だがよくよくとみれば、岩の破片と思しき物体が微かに動いているのが見て取れた。

「やあっと着いたか〜…もう、足が棒になっちまう」

旅人ゆえに、体力は自信のあるはずのユーアと雖も、山道にはうんざりとした様子で言葉を息と共に吐いた。苔で滑りやすくなっているお陰で、おちおち気も抜けはしない。
時たまに、おっと、と声を上げ何とか踏みとどまることも多々あった。金の目を少しほど足元へと遣る、ユーアの眸に深々とした森の冷ややかな空気と、陰鬱とした暗さが見えた。

「…此処も大分、様子が変わったのだな…」

シェルとしても、何か思うところがあるらしい。手入れもされず鬱蒼と茂った草や、無造作に崩れたままにされている土砂や岩。シェルの見た時代では、このような事などなかった筈。よほど信仰も薄れてきたのだろう、其れを思えば、溜息も禁じえないものだった。


「…大分、近く、に………!」

道案内役となっていた千獣の言葉が途中で途切れる、其の直後だ、硬い岩のようなものが低い木々を掻き分け鋭く伸びる。近くにいた影李は慌てて飛び退き、事なきを得た。アリシアは素早く銃を構え、岩へと向ける。
千獣も木の上から参戦準備を整えていた…だが、シェルは身構えることはない。ただ、赤い目を確りと岩へと向けているだけだ。とっさの出来事だと言うにも拘らず、シェルは既に岩の正体を見抜いている。

「久方ぶりよの」

『……御氏は…!今更何用か!さっさと、去るが良い!!』

ひび割れたような、年輪を声帯にそのまま刻んでしまったような声が森に響き渡る。シェルの見つめる先、そこには激昂する古き竜の姿があった。苔生す岩の鱗はひび割れも目立ち、旧い…そう形容されようと可笑しくはない姿。
シェルは少しばかり目を伏せ、考えるように口を動かす。

「汝と戦うは、何時振りだったか…。だが、この様な争いは好かぬ。」

『何を戯けた事を!長年会わぬ内に更に空けとなったものだな、さっさと、連れてきた者たちと共に去れ!わしの森へ立ち入るでない!!』

再度竜は怒鳴り声を上げる、シェルの眉根は僅かに顰められた。

「…落ち着け、馬鹿者」

静かにシェルの一言、それは水の波紋の様に森へと響き、ドラゴンも思わず黙り込んでしまう。影李や千獣はシェルを見つめ、アリシアとユーアはドラゴンへと目を向け、攻撃に備えて臨戦態勢を崩してはいない。

「…成長し、守護者を邪魔者扱いしようとするは生きるものが通る道。先ほど見た、大分放られていた様だな」

『……黙れ、黙らぬかっ!!』

そうして、繰り出される攻撃。皆としてはドラゴンと争う気はまったくない、最もドラゴンとは近しい血の一族である影李は、必死に宥めようとしているが…健闘空しく、頭に血が上ってしまった年老いたドラゴンは留まる事はない。
太く長い尻尾が揺れる、それはがつんと太い木の幹に当たる。丁度その木の上にいた千獣は少しよろめくも、何とか体勢を立て直していた。

「大丈夫か、千獣!」

「………うん」

ユーアがドラゴンの爪を避けながら、千獣へと声をかける。ユーアの服は既に木の葉や草、苔に塗れ所々の色すら違う風にも見えた。
一つため息を吐き、安全圏内へと入ったユーアは金の眸を瞬かせ、ドラゴンを見上げ一言、息と共に吐いたのだった。

「全く、とんだ頑固爺だな」



シェルの足取りは軽い、重々しいドラゴンの攻撃を悠々と避け行く。白銀の髪は活き活きと踊り、その一糸すらもドラゴンの爪にはかすりもしない。

「今が潮時だと言う事だ。別の何処かで、新しき営みでも始めたらどうなのだ」

シェルの言葉を他の4人は聞く暇も無い、次々とドラゴンの尻尾や爪、砕け飛び散る岩に草を避けるのに精一杯だ。ドラゴンは目の前のシェルに躍起になっているのか、夢中に前足を振るう。数本、若い木が倒され繁った草むらへと沈んでいった。
其れを見たドラゴンは、申し訳無さそうな、痛ましいような表情を目に灯し、前足の動きを止める。それと同時に、シェルも話を聞く体制にと動きをやめた。動くのは周りの草や木々の葉のみ、シェルの髪も風に遊ばれそよいでいる。

『…わしに、わしに何処へ行く場所があるという…!』

「…此処を離れている間にな、我にも色々と、収穫があった」

シェルの眸は、確りとドラゴンの眸を見つめる。全くと、ドラゴンの質問に対して応えるものではない返答。そして、再度口を開く、丁度其の時ドラゴンの前足が振るわれた。風を斬り、木の皮を抉り、岩を砕き、草を浚った、その一撃。
其の一撃が巻き起こす風を、首筋に感じようともシェルの口の動きは留まることはない。

「我は又、汝と酒を酌み交わしたいのだよ」

「っ!危ないです!!シェルさん!!」

思わず影李がシェルとドラゴンの爪の間に割り込もうとするが、上手くは行かない。足元の苔がすべり、転びそうになりながらも駆け寄るが、ドラゴンの爪はすぐもうシェルの首を掻き切らんと間近に寄せられていた。
風は止み、ざわついていた木々も静かに黙った。散った岩の破片は草に埋もれすでに見えない。

『……好きに、するがいい』

ドラゴンの声は低く、森を吹きぬける微風のように穏やかだ。爪はシェルの首へと食い込むことはなく…、寸での所で止められていた。



所代わって、ドラゴンを斃さんとする街へとたどり着いたオーマ、情報収集といえば酒場かと足をふらふらさ迷い歩く。田舎町なだけあり、夜中に煌々と明かりをつけているのは一軒しか見当たらない。

「あれか…」

ふらり、再度足を動かし明かりの方へと進み行く。オーマの考えは的中したらしい、まあ深く考えずとも当たるだろう。犇く明かりの中で、むせ返るほどのアルコール臭。人々の話し声や笑い声が入り混じる、明るい酒場だ。
ほぼ身内のような者たちばかり集まっているのか、オーマが酒場へと足を踏み入れれば客と従業員たちの好奇の目線がぐっと注がれた。オーマはそれにも拘らず、適当な席へと腰を下ろす。相席に成ったのは、小難しそうな老人だ。

「…爺さん、少し聞きたい事があるんだが」

「……珍しいのう、このような田舎町に旅人か?」

オーマは注文を頼んで後、相席になった老人へと話しかけた。老人はしわくちゃの顔をゆがめることはない、縮れた髭を軽くなでオーマを軽く一瞥したのみだった。

「爺さん、それは良いからさ、ドラゴンの事、教えてくれねえかな…」

老人はオーマの言葉を聞いて、軽く片眉を上げる。そうして、おもむろに腕を上げた、其の腕は肉も筋肉も削げ落ち棒切れのようになっている。

「見ろ、若いの。わしも歳を食ったものじゃ、昔は3倍ほど太かった」

「?あ、ああ?で、ドラゴンは…」

「いや、5倍かねえ。丸太のようだと騒がれたもんじゃ…」

「…はあ」

一向にオーマの話を聞きはしない、参った、そう呟いたのかオーマの唇が微かに動く。どうやら、オーマの人選は失敗だった様子。
酒場では、空が白むまで賑やかな笑い声が路地へとはみ出していた。



「今日は此処で野宿なのか?寝心地悪いな、寝袋でも持ってくればよかった…」

ごろごろ転がる岩を蹴り、野宿である事には至って不満はないのだが、どうやら寝る場所が中々定まらないらしいユーアは、服の葉や苔を払い落としながら腰を小さな岩の上へと落ち着けた。

「ま、そう言いなさんな。ドラゴンに食われなかっただけでもマシと思いな」

アリシアはマッチをすりながら緩く笑っている。火のついたマッチは月、ランプ、その次に明るい物体となり、其の明かりはアリシアの咥えた煙草へと種を移した。紫煙が木々の間をすり抜け、虚空へと線を描きながら消えて行く。

「痛そうですねえ…」

影李はドラゴンの傍へと寄り添い、ひび割れた鱗を何度もさすってやっていた。ドラゴンは其の言葉に対し軽く目を俯かせるだけで応答する、影李は判ったのだろうか、少し息を吐き、また何度も鱗をなでる仕草を繰り返している。
千獣は、と言えば…早々に木の上で寝そべってしまっている。顔は見えず、起きているのかどうかは定かではない。ただ、身体に巻かれた包帯だけが、生きた蛇のようにひらひらと風に空を舞っていた。

「全く、その様な体になるまで此処にいるとはな…」

『…わしには、御氏と違い此処しか居場所は有らぬ』

シェルの言葉に一つ考えたように、ドラゴンの低い声が森に木霊した。それは薄く延ばされ、皆を包み込むような柔らかさを夜気に与えている。ドラゴンはこの森に愛されているのだろう事は、すぐに判った。

「俺、良いドラゴンの棲みか知ってるぜ」

一つ手を挙げ、声を発したのはユーアだ。自信ありげに笑っている、紫煙を燻らせながら興味を持ったかアリシアがへえと頷いた。

「でも、あそこには若いドラゴンがわんさと居やがるからなあ…仮に行ったとして、爺さんの血管じゃあ、長く持つかどうだかな」

『っ!失礼な小僧め!わしがそれ如きで参ると…!』

「小僧じゃない、どれかって言うと小娘だな」

ユーアの挑発じみた冗談にまんまと乗ってしまう、ドラゴンの怒髪天を突きそうな様子にユーアはケラケラと笑って、更に怒らせそうな言葉を投げかけてドラゴンで遊んでいる様子。

「…落ち着かんか、それでは先が思いやられる…」

『む…』

呆れたようなシェルの声、そこでやっと興奮していたドラゴンも落ち着いたのか、腰を浮かせかけたのを止め再度地面へと落ち着けた。

「そうですよ、怒ってばっかりじゃあ良い事も逃げちゃいますよ。きっと、新しい場所でも仲良の良い方も出来るはずです」

影李は慰めるようにしてドラゴンの鱗をさすり、優しく笑った。月は煌々と光り輝き、一行を照らす。木々の葉から漏れる月光は、昼の木漏れ日と違い何処と無く涼やかで、淡い。


皆、眠ってしまったろうか。微かな寝息が数人分、聞こえて気遣る。
他には風にゆれ葉のこすれる音、獣たちも寝てしまったのだろう。風が地を這い駆け回る音しか森にはない。

「…あのー、一つ…聞いても良いでしょうか?」

起きているのだろうか、寝ているのだろうか、其れすら定かではないドラゴンの冷たい鱗を軽くなで、影李はドラゴンへと問いかける。
少しほど、岩は動き苔が揺れる。起きていたようで、緑の目を薄らと開け影李を見定めた。

『…何かね』

「あの…っ、いままで一人で寂しくありませんでしたか?……死にたい…と思ったことは、ありませんでしたか…?」

影李の問いかけに対し、ドラゴンは何も言わない。少し目を伏せただけだ、其の行動ですう十秒間濱が開いただろう。其の間も、風たちは忙しなく森の木々の間をすり抜け、時折、影李の髪を掬いながら遊んでいる。

『寂しいと、思うことは幾度とも無く…。だが、死にたいとは思わぬ』

ドラゴンの穏やかな声は、簡潔にして閉められた。其れを聞いた影李の表情は幾分すっきりした様子。ほっと息を吐き、己の胸を撫で下ろした。

「良かった、まだ、生きる気力は失われていないのですね」

『無論だとも』

「…早く、寂しくなくなると良いですね」

影李の言葉に対し、ドラゴンはまたしても簡潔にああと答えただけだった。影李はそれだけでも、満足したような表情をしている。胸のぬいぐるみを抱えなおし、ドラゴンに背を預けようやく深い眠りの階段へと下っていくのだった。




さてと、難しい事になった…。
オーマは1人、ドラゴンへと向かった一行を待つ間ひたすらに考えあぐねていた。単独で街の有権者たちと会い、話したのだが…

「困ったねえ…」

「何が、困ったんだい?」

ふと後ろから掛けられる声、聞き覚えがあるかどうかなど、無防備にしていた時ゆえに考える暇も無く慌てて振り返る。そこにいるのは、5人。

「…おう、全員無事な様で何よりだ」

オーマは軽く手を挙げ笑う、が、先ほど呟いた一言は相当興味の火を燃やしだしたらしい。少女3人に体躯のいい女性、背の高い若者にあっという間に囲まれてしまう。

「何があったというのだ、我らにも話を詳しく聞かせろ」

「そうですよう!もしかして…ドラゴンさん絡み、ですか…?」

一気に捲くし立てるように喋りかけられ、オーマは待て待てと皆を制する…少しは大人しくなったものの、皆落ち着きはない。

「街の人間は、兎に角、ドラゴンを退治したいんだと。邪魔どころの話じゃあない、邪神だとか言ってたぜ」

其の言葉に顔を青ざめさせたのは影李、ぶんぶんと頭を振るって何かしらの否定の心象を只管に表している。

「あの、ドラゴンさんは…そんな方じゃありません!言いがかりです!」

「………落ち、着いて…。他、に…方法…ないの…?」

千獣は静かに影李を宥めた、赤い瞳を何度か瞬かせオーマに問う。皆も同じ眼差しでオーマを見れば、オーマは軽く笑うのだった。


「まあ、俺に任せときな。良い作戦がある…手伝ってくれ」

オーマの笑みは何処と無く意地が悪そうに見えたのだが、皆は顔を見合わせて一つ頷き、作戦会議と相成った。




「ああ、今日はなんだか雨が振りそうだわねえ」

「森のドラゴンがそうしてるのさあ、性質が悪いのよ」

いやあね、なんて…街のご婦人方の会話にまで、ドラゴンは悪役にされてしまっているのかと思えば、其れを耳にした皆の顔も曇りがちだった。

「…全く、信仰が薄れると言えど、此処までとはな…あやつが捻くれてしまうのも、判らんでもない…」

シェルは尚更にドラゴンの事を気遣っている様子、一つ溜息をついて曇天を仰いだ。

「………人は、そういう物、なんでしょう…?」

…千獣の言葉に、シェルも少し黙り暫くしてから頷いてしまう。それは抗え様のない事実でもある、今更違うといったところで、何の庇護にもならないだろう。

「ま、あの爺さんももう少し柔軟さがあれば、何とかなりそうだけどな」

ユーアはやはり寝心地が悪く寝不足なのか、大きなあくびを一つ言葉と共に吐き出した。ユーアの言葉に対し千獣は無言で首を傾ぐ、新たな情報を頭の中で整理しているのだろうか。
影李は心配そうにドラゴンのいる森の方角を見つめている、作戦は不安なのか、落ち着きが無い。
……今、固まっているのは4人のみ。シェル、千獣、ユーア、影李と言うメンバーだ。アリシアとオーマは各々の作戦の為に、出払っていた。

「この作戦、上手く行けば良いのだが」

シェルの望みは皆にとっても同じらしく、影李は深く頷き、千獣は目を伏せ、ユーアは緩く笑ったのだった。


「キャア!!!」

街の広場から、甲高い悲鳴やざわめき声が上がる。4人は足を慌てて広場へと向けさせた、遠めで見ても判る…人々の混乱様。様々な方向へと散り散りに逃げ、4人のほうへも多くの人々が掛けてくる。
それら、人の波を掻き分け漸く辿り着いた広場には…銀の鬣をなびかせ獣が牙をむき、威嚇のように大きな翼を広げ、街は己のものだと言わんばかりに方向を上げている姿だった。

「…フ、あのおっさん、演技上手いんだな」

「しーーーっ!ですよ、ユーアさん!」

思わず含み笑いを零すユーアに、影李は注意を促し作戦通りの配置へと足を向ける。

「こりゃあ参ったね!あたしの銃でも歯が立たないよ!」

アリシアが芝居めいた台詞を吐けば、シェルへと目配せか、ウインクのように片目を瞑って薄く笑っている。シェルはその目配せに応えるように軽く頷いた、そうして振るわれるのは、鈍い光を放つ猟銃だ。
シェルはもともとの無表情だからだろう、こう言うことにも余り表情は出ない。薄く眉間に皺を寄せ、銃を唸らせた。銃口から放たれるのは鉄の塊ではなく、紅蓮の炎だ。それは銀の獅子を覆いつくしていくが、シェルは巧みに火を操り獅子を覆い隠すようにしているだけ。

「っく…まさか、これも利かないとはな…」

シェルが悔しそうに呟く、ユーアは思わず笑ってしまいそうに成ったのか、慌てて口元を押さえた。それはどうやらシェルの目に止まったらしい、演技ではない眉間の皺は残ったままだ。
ユーアは苦笑いをしながらも、軽く手を挙げシェルに振るった。シェルは睨むだけで気は済んだらしく、一つ頷けばすぐに配置へと歩んでいく。さあ、次はユーアと影李と千獣だ。
火を浴びせようと鉄の塊を打ち込もうとも、ビクともしない翼の生えた獅子に街の人たちは慌てふためき逃げ惑っている。中には広場で5人の戦闘を応援しているものもいるが、獅子の目が向けられれば即座に建物の影へと隠れた。

「ほら!これでもくらえ!」

ユーアお手製の薬瓶が飛ぶ、それは獅子へと当たるが全く持って何も起こりはしない。無論中身は毒薬でも何でもない、ただの傷薬。瓶の素材も壊れやすいもので出来ており、獣には全くダメージは無い。
ユーアは大仰な演技で飛び退いた、何てことだ、あの秘薬すらも利かないなんて…など、相当な法螺も平気で吐いている。獅子は悠然とした様子で尻尾を振るい街を襲う。

千獣と影李は助けを呼ぶ振り、大きく手を振るって少女特有の声音を上げている。だが助ける者などはいる筈も無い、皆遠巻きにして逃げるか、建物より見守るだけだ。千獣の背後、大きな影が現れる。人々の間から甲高い悲鳴が聞こえた、千獣の背後にいるのは、銀の鬣を勇壮に揺らす獅子。
振り返った千獣は、少し口を開けるもそれ以上のリアクションは出来ないのかそのまま固まってしまう。あちこちから逃げろと声が飛ぶも、千獣の足は一向に動かないまま、果ては浮いてしまった。千獣の襟首は確りと獅子の口に咥えられてしまっている。

「…わ、ぅわ……」

「せ、千獣さんっ!大丈夫ですか?!」

ぶんぶんと、オーマは千獣に何かしらの反応を引き出させようとしてか首を振るって、まるで千獣の首を引きちぎるような動きを見せるが、それは襟首。全く千獣に害は無いのだが、ただ揺られる動きは少々激しい。思わず小さく声を零していれば、見ていた影李が心配して声をかける。
千獣は少し頷き、大丈夫だということを示したが、依然獅子の動きは収まらない。いい加減千獣の目も回り始めてきた頃だ、遂に来りし影は上空より姿を見せた。
ばさ、ばさ…と大きな羽音、地に立てば瓦礫が崩れたかのような音がした。古きドラゴンは、何十年ぶりとも言えるほど長い年月を経て、守護している街へと降り立った。

『…お前等を護るのではない、わしはこの街の風景を護るために降り立った。誤解はするでないぞ』

ドラゴンは、これでもう終わりかと落胆していた街の人々へと声をかける。街の人々は野次を飛ばすものもいれば、黙り込む人とそれぞれの対応をドラゴンへと放った。
野次を飛ばされようともなんとも思ってはいない風に、ドラゴンはひび割れた尾を緩く振るう。少しほど街路に敷き詰められた煉瓦のタイルがはがれるも、気にせず振るっている。

『さあ、其の子を放して貰おうか。先ほど会ったばかりだが、良い子なのだ。…御氏らも此方へ、危ない』

千獣はドラゴンの言葉に少しほど目を瞬かせた、余り話していないというのに、自分を良い子と称するのは意外に思えたらしい。影李とユーア、シェルにアリシアも此方へと言われたとおりにドラゴンの背後へと駆け寄った。
影李はやや心配そうな顔で、双方のやり取りを見つめる。ドラゴンはこの作戦内容を知らないはず。獅子がもし大きな怪我でもしたら…と、気が気ではないらしい。早鐘を打つ心臓を押さえようと、胸元に抱いたぬいぐるみをぐっと強く抱き寄せた。

ドラゴンと獅子はにらみ合う、其の間に挟まれた千獣はといえば獅子の口からぶらぶらとぶら下がったままだ。獅子がうなれば千獣も同じリズムを刻むように揺れた。ドラゴンは苔色の目を細め少しほど体制を下へと取る、それは、恰も獲物を狙う爬虫類のような姿勢。
獅子もまた低い体制を取り、いつでも対応できるようにと動かした。其の時だ、千獣の足はぶら下がり揺れたままだが揺れが途端に大きくなり、傍目から見れば思い切り、獅子の首元へと千獣の足が当たってしまう。獅子はびくともしないが、少しほど頭を揺すった瞬間に、千獣はするりと獅子の口から逃れ出た。
ほっとしたのか、観衆たちからどよめきが上がる。ざわざわとした中、ドラゴンが動きを見せる。ぐっと大きく伸ばされた前足は獅子へと向かい、風も何もかも掻き切る様に振るう。爪は鋭くは無いもの、当たればとてつもない痛みだろう。
獅子は背後へと吹っ飛び、銀の鬣を靡かせ建物にぶつかる前に敷き煉瓦を多数剥がしながら倒れてしまう。暫くすれば、与太ついた足取りで何とか立ち上がるも、まるで負け犬のように尾を垂らしながらよたよたと去っていったのだった。そして…今度はどよめきではない、れっきとした完成が観衆たちから上がる。わあわあと遠巻きながらも騒ぎ囃し立てられる中、ドラゴンの表情は誇らしげにも見えたもの、見え隠れする寂しげな表情は消える事は無かった。



「行って、しまうの…?」

千獣の問いかけに、ドラゴンは微かに頷いた。
剥がれた煉瓦が多く残された広場、騒ぎ疲れ街の民が全員家へと戻り寝静まった頃…既に空は白み、小鳥がさえずっている。影李は緊張の糸が途切れたのか眠たげに目を擦り、ユーアもまた同様らしい、大きく口をあけてあくびをした。シェルはアリシアと共に未だ戻ってはこないオーマを気に掛けてか少しばかり話し合いを。
山際から覗いた太陽は、荘厳な黄金の光を放つ。その朝陽に照らされ、ドラゴンの岩肌は微かに黄金を帯びていた。

『悪に仕立てられた事は、早々消えるものではあるまい…』

「………善いとか、悪いとか、じゃ、なくて……」

千獣は言いたい事が纏まらないのか、少しほど口をもごもごと動かしてから口を開く。ドラゴンは微かに首を傾いで、千獣の声を待ち。

「……あなたが、どうしたいか、が……大切……どう、したい……?」

千獣の問いかけは、的をとても射た物だった。ドラゴンは少しほど目を伏せ、考えるように少し喉を鳴らす。それは微かな地響きにも聞こえた。

「……昔……街を、守って、いた、とき、みたいに……もう、一度……街の、人たち、と……生きたい……?」

『わしには、もう其の勤めは出来まい』

ドラゴンは、既に諦めていたかのように、言葉を紡ぐ。他の皆もまた同様の意見らしく、口を噤んでしまった。

「まだ、……まだ、大丈夫かも、知れ、ない…。一緒に、生きたい、なら……街の、人たち、に……そう、伝えて、くる、よ……?」

『…良いのだ、仕方ない事だったのだ。…御氏は真に良い者だな』

ドラゴンは目を細めてそう言葉を付けた。少しほど岩が揺れ、ドラゴンは笑っているようにも見えた。柔らかな朝陽は、ドラゴンの背後から来る。千獣は眩しそうに目を細めた。


「っあー、参ったねえ。どうしたい、この惨事は?」

「…オーマ!どこ行ってたんだい、お前さん!」

ふらりと現れたオーマは何も知らなかったような言葉を吐きながら現れた。軽く首を擦りながらへらへらと笑っている、そして、軽くドラゴンに対しては挨拶のつもりだろう。軽く片手を上げて振るった。

「よう、お前さんが例のドラゴンか、初めまして…だな」

『…初めまして、か…?ふふ、御氏、わしを舐めてはいかん。あの銀獅子の正体は御氏だろう』

「!なんだよ、バレバレだったのか…?」

オーマが少しほどめがねの奥で目を見開いたのに、ドラゴンは可笑しそうに喉を揺らせた。目を細めて何度か顔を上下させて頷く。既に事の次第は年老いたドラゴンには判っていたらしい、しかし楽しそうにドラゴンは口を開く。

『無論よ、臭いをかぎ分けられぬほど老いてはおらぬ…それに、明らかにあの時…手応えは無かったと言うのに、あの銀獅子はあっさりと倒れてくれた』

「…あれには当たりたくはないもんでね。おい、千獣、ちっとは手加減しろよ?」

「……した、つもりだった」

つもりかよ!と、唇を尖らせわざと拗ねたような口振りで千獣に言いながらもドラゴンと笑い合う。日は昇り、段々と明るさを増して行く街。そろそろ行かねばと、ドラゴンは少し穴の開いた翼を広げた。


「俺が案内してやるよ、その代わりあんたの鱗少しくれよ?駄賃代わりにさ」

ユーアがからからと笑いながらドラゴンに言葉を放り投げた。仕方がないと、ドラゴンは呆れたように行っているが、表情は何となくだが嬉しそう。ユーアは颯爽とドラゴンの首へと登り、頂上へと腰を落ち着ける。
ドラゴンは少し首を擡げ、皆を見遣る。逆光で、岩の鱗は薄く後光でもあるかのようだ。シェルは少し其れに目を細め、少し笑った。

「新しい地でも、また良き友を…見つけられると良いな」

『ハッハ!御氏が良き友だとでも?御氏は何時まで経とうと、わしの悪友よ』

「…汝と言う奴は、いつから頑固な頭が洒落好きになったのか」

シェルはそのドラゴンの思いもしない言葉に、目をまあるく見開いたがドラゴンの快活な笑い声につられ、微かに口端を持ち上げる。ドラゴンは幾分満足そうにしてから、影李の頭に軽く頬を摺り寄せた。
影李の蒼色の髪に、少しほど苔がついてしまっているが、当の本人、影李は嬉しげに笑っている。

『優しい娘よ、御氏もわしの友人だ。近しい匂いもする』

「お友達になってくれるのですね!…あ、私も竜族なので!またお会いした時は…」

『宜しく…わしは若くは無いが、色々と出てみよう。御氏にもまた会いたい』

影李より先に宜しくと告げたドラゴンに、影李はまた嬉しげに笑い今度は影李から頬を摺り寄せた。蒼い髪が鱗に触れれば、ドラゴンは目を少し伏せさせる。
そうして、お次はオーマへと鼻面を近づけ匂いをかぐような仕草を見せた。オーマは何がなんだかと言った風に、嗅がれるままに。

「なんだよ?」

『ふふ、また騙されようとされては敵わん。匂いを覚えておこうとな。…御氏もまたわしの友人よ、今回の事礼を言う』

「はは、もう其の必要はねえから、安心しろよ。俺は何にもしてないぜ、当然の事をしたまでだ。…友達なんだろ?」

オーマの言葉にドラゴンは緩く目を数回瞬きさせ、ドラゴンはまた快活そうに笑うのだった。オーマもまた、得意げな笑みを浮かべている。
次に顔を向けるのは千獣。白い包帯は風にはためき揺れている、千獣にもまた頬を摺り寄せた。

『御氏もまた、わしの友人だとも。今日は災難だったな、襟足を解れさせてしまった…』

「…良い、の…。でも……、あの、森…寂し、く…なるね…」

『…あの森には、礼を近日告げに行こう。御氏が気に病むでない、森もまた、喜んでくれよう』

千獣は少し目を伏せる、そこにドラゴンの硬く湿った鱗が又押し付けられ、優しく千獣の頬を擦った。千獣の黒髪はドラゴンの鱗に少々引っかかるものの、すぐにさらりと千獣の元へと戻る。
皆に別れを告げたドラゴンは、今一度…大きく、年月を感じる翼を広げた。ユーアはドラゴンの背で確りと掴まっている。

『落ちるでないぞ!確り掴まっておれ!』

「んな事はわかってるよ、じーさん。さっさと行こうぜ、街の奴等が起きちまう」

確かに。もう既に朝日は昇り、獣が襲来し夜遅くに寝たとしてもそろそろ起きて来る頃合だろう。今見られれば、先ほどの芝居はきっと台無しになってしまう。そうすれば、あの森を手入れされることも無いだろう、それを思えば、ドラゴンは早くに立ち去らねばならない。

『ではな、皆の衆。世話になってしまった、この礼は、いつか必ず』

ドラゴンは下へ下へと頭を垂れた、背のユーアは落ちないようにと踏ん張っている成果背を反らせた状態は大変そうだ。
やっとドラゴンが頭を上げれば、ユーアは落ちなかったことに、ほうっと安堵の息を吐いたのだった。



「さ、行くぜ。アリシア、他のフォロー頼む」

ユーアからの頼みごとに、アリシアは緩く笑って片手を振るだけで応える。其れを見たユーアはドラゴンの背を軽く小突いて。

「ほら、じーさん、さっさと行こう」

『爺さんと呼ぶでない!…では、御氏らに幸多かれと願っておこう、ではな!』

ぐんとドラゴンは姿勢を低くした、後ろ足の力を利用して跳躍し、空で羽を振るえばそのまま上手く風に乗る。影李は眩しそうに目の上に手をかざしながら、頭上のドラゴンの影を見た。
水色は透き通り、たなびく雲は黄金色…荘厳な風景の中、ドラゴンは新地へと旅立ってゆく。

「みんなもさ、あんたが幸せになるのを望んでるよ…街の奴等は判んないが」

『…彼らのみでも十分だ、御氏にも幸が来るといい』

ドラゴンの言葉にユーアは思わず笑ってしまう。上空の空気は少し冷たく、ユーアの頬をなでている。頬に張り付いた髪を、頭を振るって払い再度目の前を向けば、小金に輝く太陽が見えた。
少し下を見れば、アリシアたちは未だ見える。点の様ではあるが、ユーアは軽く見えないだろうと思いながらも手を振るった。

「俺は美味しいものが食べられれば十分」

『欲が無いと言うのか、欲があると言うのか…』

今度はドラゴンが笑う番だった、翼で風を切り何度か翼を古いながら上空を進み行く。




朝日は眩しく、飛び行くドラゴンを照らし、古い街も照らした。黄金色に輝く鱗は、街の家々の屋根と酷似し…ドラゴンの緑の眸は、街の活き活きとした木々の色に似ていた。
街と共に生き、街そのものと成っていたドラゴンは、少し笑うように息を吐き出した。

『鱗の苔も落とさねばな』

背に乗る友人の笑い声が聞こえたが、ドラゴンは満足そうだ。心機一転、心新たに、今度は己と成ってみようとドラゴンの心は生まれたばかりの者と同様に、沢山の好奇心で溢れていただろう。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳(実年齢999歳) / 異界職】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【3264 / 影李 / 女性 / 12歳(実年齢12歳) / 水操師】

【2542 / ユーア / 女性 / 18歳(実年齢21歳) / 旅人】

【3042 / シェル・コーライル / 男性 / 20歳(実年齢517歳) / マテリアル・クリエイター】

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■         ライター通信          ■
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発注有難う御座います、ライターのひだりのです。

■千獣 様
いつも有難う御座います!
ドラゴンも街も双方気遣いを見せていただき感謝です!あと、作戦に一役買っていただきました!
アクションもちらほらと入れてみました!お気に召していただけると幸いです!
千獣さんのアクションはとても楽しいです!

□オーマ・シュヴァルツ 様
いつも有難う御座います!
街の方への探索へ出かける方がお1人で申し訳ないです…。しかも、おじいさんに絡まれて…。
素晴らしい作戦も、ちゃんと描写できていますでしょうかっ!
獅子姿のオーマさんが描写できて楽しかったです!

■影李 様
初めまして、ご参加有難う御座います!
優しいお言葉をドラゴンに有難う御座います!心配している描写も楽しく!
ちょっと癒し系な感じで描写してみましたがどうでしょうか!
ぬいぐるみを抱いている仕草など、可愛らしい感じ力を入れてみました!

□ユーア 様
初めまして、ご参加有難う御座います!
ちょっと挑発的になってしまいましたが、結構ドラゴンは楽しんでそうです!
新しい住処を知っているのがお一人だけあってご案内して頂きました!
鱗の事をちゃっかり頼んでみたりしたのですがどうでしょうか!

■シェル・コーライル 様
初めまして、ご参加有難う御座います!
シェルさんの口調はとても好きなので、台詞が凄い楽しかったです!お酒は飲み交わしてくれますでしょうか…。
ドラゴンは悪友と言っていましたが心持は親友な感じで…!
演技も出来るとかちょっと、新発見な感じを開拓してみましたがどうでしょう!


皆様楽しんでいただけていたら幸いです!ドラゴンはとても満足したことでしょう。

これからも、より精進を続けて行きますので
機会がありましたら是非、皆様書かさせて頂きたく思います!