<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


オレを鍛えて!


「オレを鍛えてくれる冒険者はいないのかっ!?」
「…………え?」
突然黒山羊亭に怒鳴り込んで来たのは幼い少年。
年齢は恐らく10歳前後であろう。
手には山で拾ってきたであろう木の枝が武器として握られていた。
「随分と小さなお客様ね」
少年の視線に合わせる様にエスメラルダは身を屈めたが、それが気に食わなかったらしい少年は頬を赤くして怒鳴った。
「オレをお子様扱いするなっ!オレは立派な剣士なんだぞっ!!」
「……えぇ、そうね、ごめんなさい。その立派な剣士さんはどんな御用でいらっしゃったのかしら?」
エスメラルダの質問に、急に少年のテンションは落ち 、大きな瞳にはうっすらと涙も浮かびはじめる。
「オレの母ちゃんが悪い奴等にさらわれちまったんだ!でも、うちの父ちゃん弱いから助けられなくて……」
「お母さんがさらわれた?」
「そうだっ!だから、オレが助けに行くんだっ、一人でっ!!」
「一人で?」
「当り前だろっ!?だから、その前にオレを鍛えてくれる奴を探してるんだっ」
エスメラルダはしばらく黙り込み少年を見た。少年の瞳は真っ直ぐでとても冗談を言っている様には見えない。
「お名前は?」
「キオ!いつか世界一の剣士になるキオだっ」
手に握っていた枝を天井へ向けて高く掲げる勇者的ポーズを決める。
微妙に自分に酔ってしまっている少年キオの後ろには人影が三つ。
それに気付いたエスメラルダは小さく微笑んだ。
「随分と威勢のいいボーズが来たもんだな」
「立派な剣士なら、こういった場所で易々と剣を掲げるもんじゃない」
「子供のくせに、ポーズだけは一丁前だし」
オーマ・シュヴァルツ、シルヴァ、湖泉遼介、腕に覚えのある三人が興味津々そうに立っていた。





こうして同じ場に偶然居合わせたのも何かの縁。
三人はテーブル席にキオを呼び、詳しい事情に耳を傾けた。
詳しい事情と言っても、キオの口から出る言葉は"母親がさらわれた""父親は弱虫""悪い奴""一人で助けに行く"。
全く持って事の事情は理解出来ない。一体何の為に、誰に、何処へさらわれたのかも分からないのである。
「あのなぁ〜、悪い奴ってだけじゃ探しようが無いだろ?」
呆れた様に遼介は呟くと、手に持っていた飲み物をいっきに喉に流し込んだ。
「悪い奴は悪い奴だろっ!?」
遼介の言葉にキオはムッと顔をしかめ、そっぽを向いてしまう。
だが、オーマやシルヴァも遼介と同意見な訳で……。
三人の微妙な雰囲気を感じたキオはガタッと席を立ち上がり、小さな手で思いっきりテーブルを叩いた。
「別に悪い奴を見つけてくれって頼んでるんじゃないっ!オレを鍛えてくれって頼んでるんだっ!!」
小さな体から発せられる大きな声。
机を叩いた小さな手は、痛みとは別の意味で小刻みに震えている。
よくよくキオを見てみれば、先程から微かにではあるが体が震えていた。
一瞬の沈黙。シルヴァは表情を崩さずキオを見つめ、遼介は驚いた様に目を丸め、オーマは小さくため息を吐いた。
「ま、ボーズ。お前の言いたい事は分かったから、とりあえず座れ」
「……ボーズじゃない。キオだ」
思いっきり不機嫌な顔を浮かべたキオに、オーマは笑顔で"悪かったな、キオ"っと訂正した。
しばらく黙って様子を見ていたシルヴァが、ポツリと言葉をこぼした。
「俺は別に構わないぜ」
空になったカップを意味もなく弄りながら言葉をつづける。
「そいつの心意気、マジみたいだし……どうせ暇だしな」
「本当か!?」
沈みかけていたキオの顔に明るさが戻る。
キオの瞳に映ったシルヴァの顔は真剣そのもので、少しだけキオの明るさが再び翳る。
「あぁ、本当だ。だが、やるなら死ぬ気でやれよ。お遊びの修行なんてごめんだからな」
既に修行が始まっているかの様な緊張感にキオは黙り込む。
「俺も付き合ってやるぜ?……強くなりたい気持ちは分かるし」
シルヴァにつづき、遼介も協力の意を表す。
キオは伏せていた瞳を持ち上げ、シルヴァと遼介を交互に見る。
そして、ポンッと背後からの衝撃に、キオは軽く前に体を進めた。
気付けばいつの間にか背後に移動していたオーマが豪快に笑っていた。
「良かったな、キオ。こんな色男三人の指導を受けられるなんてそうそうない名誉だぜ?」
「三人?」
キオは視線でシルヴァと遼介を見て数を確認する。
その様子を見て、更にオーマは笑いを高めた。
「俺を忘れんな。さ、善は急げだ。お前のお母さんの為にもしっかりがっつり鍛えてやるからな」
「――お願いしますっ!」
目の前に立った三人の師匠。
キオの目にだけは、三人の背後に強い光がさしている様に見えていた。





そう遠くでやる事でもないだろうと、シルヴァの意見で場所は近くの広場となった。
遼介とオーマは、シルヴァのお手並み拝見っとゆう事で広場の隅に腰を落ち着けている。
「んじゃ、始めるぞ」
そう言ってシルヴァは足元に落ちていた木の枝を足で蹴り上げ手でキャッチする。
剣を手にしないシルヴァにキオは不思議そうに頭を傾げた。
「剣使わないのか?」
「当り前だ。今のお前には枝で十分。……ほらっ!」
「っ!」
一瞬を突き、シルヴァの枝がキオの枝を空高く弾き飛ばした。
あまりにも早い動きで、キオは反応を返す事が出来ず呆然と立ち尽くす。
ポトリと地面に落ちた枝。シルヴァは自分の肩を枝で軽く数度叩く。
「俺に枝を弾き飛ばされない様に避け続けろ。余裕があれば攻撃をしかけてみろ。地の理を活かせ」
「……?」
「落ちている石、ぬかるんでいる土、無造作に生えている草。全てを利用しろ」
「……はいっ」
キオは力強く頷き、地面に落ちている枝を改めて握った。
シルヴァから放たれる真剣な気合に、キオは後ずさりしそうになるが、精一杯の勇気で踏みとどまる。
(……心意気はやはり冗談では無いみたいだな)
キオに見えない様に小さく口の端を持ち上げると、シルヴァは地を蹴った。
勿論それなりに手加減はしている。
「そこっ、スキがあるっ!」
「はいっ!」
「いいか、相手の動きを先に読め!自分がどう動いたら相手が困るか、相手をどう動かせば自分に都合がいいか!考えながら動けっ」
「っ、はいっ!」
激しく枝が絡まる。キオなりにシルヴァの言葉を理解して必死に立ち向かう。
シルヴァからしてみれば、それこそ猫がじゃれ付いて来ている様なもの。
しかし、キオの真剣な姿に指導にも熱がこもる。
「……甘いっ!!」
「っ!!」
いきなり顔の横に突きつけられたシルヴァの枝。
キオはそれを避けようと、反射的に枝と反対側に体を動かす。
ガッ!
「うぁっ!」
足の裏に硬い感触。キオの避けた足元には大きな石が一つ。
それによりキオはバランスを崩し、思い切り転び体を地面に打ち付けた。
オーマと遼介は駆け寄ろうと腰を軽く持ち上げたが、シルヴァの視線に抑えられ再び地面に腰を下ろした。
「……どうした、立て」
「……っ!」
上手く自分が誘導されていた事を理解しているキオは、悔しさに涙を浮かべ拳を握る。
「何故立ち上がらない?」
「……ちくしょっ……」
悔しくて、悔しくて、自分の弱さに苛立つキオ。
一筋の涙が頬に流れた時、強いシルヴァの声が響いた。
「倒れるなら死ね!」
「っ!」
ビクリとキオの肩が震えた。
視線を上げれば、目の前にはしっかりとキオを見下ろすシルヴァの姿。
「弱音吐く暇があんなら、てめぇに出来る事を考える方が有意義だ。何かを守るってそういう事だぜ」
「…………」
「一度倒れたぐらいで、一度己の弱さを知ったぐらいで泣くな。倒れても、倒れても、何度でも立ち上がれ」
差し出される木の枝。震える手でキオはそれを受け取る。
くるりとシルヴァは背を向け、キオとの間合いをあける。
「……相手を観察する動きはいい。でなけりゃ、さっきの俺の攻撃はお前に直撃していた」
「…………」
「自分の動きと、自分の周りを観察する事が疎かになっている。……そこを意識してやればもっと強くなれる」
「…………」
「細かい動き、教えてやる。……行くぞっ」
身構えるシルヴァに、慌ててキオはグッと涙を腕で拭き、力強く身構えた。
「はいっ!」





なんだかんだとやっている内に、気付けば夕焼けに辺りが包まれていた。
そろそろ終わりにするか……っと師匠である三人が同時に思った時、その声は響いた。
「コラッ!!キオッ!!!宿題終わってから遊びなさいって言ったでしょっ!!」
仁王立ちでそこに立っていたのは小柄な女性。一体なんだと、師匠三人組みは動きを止める。
名を呼ばれたキオだけが瞳を輝かせてその女性に駆け寄っていく。
「母ちゃんっ!!」
「「「母ちゃん!?」」」
寝転んでいたオーマと遼介は勢い良く体を起し、シルヴァは身構えのポーズのまま停止している。
「あんたはっ!全く……」
「母ちゃん!悪い奴から逃げ出して来たのか!?」
「悪い奴?」
「だって、父ちゃんが母ちゃんは悪い奴にさらわれたって……」
「あの人はっ……!!」
女性は小さく握り拳を作り、家でのんびり寝ているであろう亭主を思い浮かべた。
「悪い人にさらわれたりなんてしてないわよ。お友達とお買い物に行ってただけよ」
「えっ……」
「「「…………」」」
微妙にそんな事であろうと予測していた三人は、"やっぱりな"っと揃ってため息をつく。
全て父親の冗談であった事をやっと理解したキオは、今までで一番顔を真っ赤にさせて怒りだした。
「父ちゃんっ……!!」
「本当に、他の方にご迷惑までかけて……息子がご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした」
女性は深く三人に頭を下げ、キオも小さく"ごめん"っと頭を下げた。
「いえ、何事も無くて良かったですよ」
オーマから学び
「俺が教えた事、忘れんなよ」
シルヴァから学び
「また機会があったら教えてやるよ」
遼介から学んだ大切な事。
三人の師匠から得たそれぞれの"強さ"。

それは、幼い少年キオの心に深く刻まれ、毎日を強く生きる為の糧となり未来に向かう道しるべとなるだろう。



―fin―



*******登場人物(この物語に登場した人物の一覧)*******

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】<受注順>

【1856/湖泉・遼介/男性/15歳/ヴィジョン使い・武道家】
【1800/シルヴァ/男性/19歳/傭兵】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


*******ライター通信*******

シルヴァ様

初めまして、ライターの水凪十夜と申します。
幼い少年キオに、優しく厳しく手ほどきありがとうございました。
母親誘拐疑惑は、父親の茶目っ気から生まれたデマでしたが……(笑)
それでも、キオが強くなりたいと思っている気持ちは嘘ではないので。
この日、シルヴァ様から学んだ大切な言葉・戦術はしっかりと一生の宝として少年キオの心に刻まれました。
最後のセリフ「俺が教えた事、忘れんなよ」の時、優しく微笑んでいるっとゆう設定です。
それを見て、キオも思いっきり微笑み返してます。
誤字脱字がございましたら申し訳ございません。それでは、楽しんで頂ける事を願って……。