<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


星降る夜に

 白山羊亭の入り口で、ルディアは、大股で歩いて行く、女性を見つけると、休憩に立ち寄っていたキャラバンの団長、キャダン・トステキに笑いかけた。

「キゃダンさん、ほら、あれが『どんとこい亭』の大将。フロッターのクロウリィよ。あーあー。また、すごい勢いで歩いて」

 その女性は、大きなな笹と共に歩いていた。大人一抱えもある青い磁器に入った小さな竹林。
 小さいとは言え、笹の背丈はゆうに3mに届くかというほどの高さがある。
 ゆさゆさと揺れながら、上手くバランスを取って歩いている。
 ルディアに呼び止められて、連れて来られたのは、大柄な気性のはっきりしていそうな面構えの美丈夫だった。

「あたしに何か用かい?」
「いや、用というほどの用では無くて済まない。フロッターが近くに居ると聞いていたので、会ってみたいと思っていた。それが、用かな」
「そりゃ、重要な用だ!」

 からからと笑うクロウリィは、ぽんと手を打った。

「今から、裏通り『ステファンナ』で星祭をするんだが、良かったら一緒に行かないか?願い事を短冊に書いて、この笹に吊るして、後は宴会だ!」

 そこに居るあんた達も、どうだいと、白山羊亭を出入りする町の人達にも、声をかけると、また、デカイ声で笑うクロウリィに、キゃダンもつられて笑った。
 
「いいんじゃないですか?」

 御者台で、話しを聞いていたのか居ないのか分からなさそうな青年が、キゃダンに頷いた。よく見れば、くるくると笑う少女をはじめ、ソーン中を旅するキャラバンの面々が、幌馬車や馬の合間から顔を出して笑っていた。

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 波の音に似た笹の葉の揺れる音に、敏感に反応した者が居た。
 それは、人のようで人で無く。

「何?一目惚れ?」

 色とりどりの模様が描かれ、金彩も施されている、大人が一抱えほどもある磁器に、太い竹が一本植っている。その竹はゆうに2mを越していた。太い幹から生い茂る笹の葉は大きく、見事な笹竹だった。
 が。
 その笹竹の太い幹には、笹だけで無く、ほひょんとした顔が、丁度竹がしなる場所についていた。
 ほひょんとした顔は、生意気にも微妙にほほ染めて、何やら可愛らしいと思えない事も無い。
 
 人面笹。

 ソーン広しといえども、この手のモノの近くに居る人物といえば、決まっている。
 笹と同じ身長のオーマ・シュヴァルツが、ため息交じりで、わさわさと揺れる3mの笹を眺めた。
 
「見合い?笹がっ?!」
「駄目かね?」

 宵闇迫る裏通り『ステファンナ』で、おこぜの甘煮に木の芽を散らした大皿を片手に、もう片手には、ほひょんとした顔を、ほんのりと染めた笹竹の植わっている磁器を抱え、オーマが真剣な面持ちで立っていた。真剣な顔でも、その姿は、決して真剣なモノでは無く。クロウリィの馬鹿笑い声が響き渡る。

「スサ!仲人やれ。仲人!」
「…クロウリィ…声大きい。こんにちは。オーマさん。笹さん。…嫌って訳じゃなさそうですから…隣にでも…置いてみては?」

 樹木医のスサは、樹木の気持ちがわかる。人面笹の顔は、確かにほひょんとしていたが、気持ちは誠実そうだった。それに反して、クロウリィの探してきてくれた笹は、以外に暴れん坊で。だが、暴れん坊故に、ほひょんとした笹竹を嫌いではなさそうなのだ。

「おー!感謝する!」
「美味そうだ」
「どれ、よこしなさい若いの」
 
 オーマの持って来た大皿は、あっという間に、ご近所のお達者クラブ…もとい。スサ診療所に通う老人達に奪われる。クロウリィはからからと笑い続け、机やら椅子やら、空き箱やら、に、酒やら料理を運び始める。子供達の歓声が上がり、瞬く間にから揚げ系が消えうせる。そうして、スサの用意した、スサ診療所の窓からセットした机の上に積んだ、短冊がみるみるうちに無くなって、クロウリィの用意した笹と、何故か横に置いてある人面笹にも、怖がらず、たくさんの願い事が吊り下げられる。

「心に在りしを曇らせたが故の一年に一度の逢瀬……か」
「オーマさん?」

 七夕の由来は、異世界人の誰だったか忘れたが、聞いた記憶がある。お互いが好き過ぎて、仕事をサボって遊んでばかりいた為に、離れさせられる。という、なんともはや、身も蓋も無い話であった。だが、そうまでしても離れがたかった。一年に一度でも会えれば幸せになれる。そんな、宿世のふたりなのだろうとも思う。39年前の辛い出来事が、七夕を見てじわりと胸に広がった。傷口は、癒える事など無く。ふさがったと思っても、ふとした出来事で、真新しい古傷に出会ってしまう。もう、傷との付き合い方も知ってはいるが、やはり、あまり馴れる事は無い。
 けれども。
 それに浸るほど若くも無い。

「ああ、いや、前に誰かに聞いてね。七夕っていう祭りがあるってね」
「オーマさん?」
「せっかくの祭りなんだ。催し物が無いと!」

 問いかけるスサの肩を叩いて、オーマは想いを馳せる顔から、一変、非常にその…悪い笑みを浮かべた。
 そうして、くるりと、集まってわいわいしているキャラバン隊に体を向ける。
 キャラバン隊の面々は、強烈な視線に、思わずオーマ達の方を向く。まさに、お見合い状態。芸達者な面々が居るのだから、それを見たくない訳が無い。

「酒のつまみに、一芸大会!なんてどうかね?」
「お!良いね!」
「私は…芸無しだぞ」

 団長のキャダンがため息を吐く。
 にやりと非常に嬉しそうに笑うオーマと、クロウリィに、キャラバンの数人が抑えられる。
 ご老人達のやんやの歓声が響き渡る。
 宵闇は、いつの間にやら、真っ暗な夜に変わっており、子供等の姿もまばらになってきた。変わりに、未だ元気な老人達や、どんとこい亭の従業員やら客やらが路地に沸いて出て、路地はあっという間に大人の祭りと変わって行った。
 いつの間にやら、スサは抜け出て、診療所に入り込み、黙々と短冊を並べて、羽ペンなんかを、後から来た人達に渡したりしている。人数に不足なしと、逃げを打った模様だった。

「マッチョ超特大特級鮪解体実演!」

 言い出しっぺのオーマは抜かりが無かった。
 ソーンの海は豊かで、豊富な魚場がある。回遊魚の鮪を釣るには、時間もかかる。鮪を手に入れるのは並大抵では無かったが、丁度、手に入った一本鮪があったのだ。故郷は魚が死滅している。よどんだ海には魚など居ない。だが、ソーン下僕主夫日和は魚をさばく腕も上げ、心まで豊かに変えてくれた。
 何の手妻も無く、巨大な鮪を包丁を変えながら切り身にしていく様に、歓声が上がる。
 クロウリィが、酢飯を持って現れると、瞬く間に、その場は屋台寿司の盛り上がり。大トロ、中トロ、赤身に中落ち。骨周りからのこそげ落ち巻きに頬の炙り寿司。繰り出される手業に見とれる間も無く、次から次へと手が出て、巨大鮪からとれた寿司種は、あっという間に無くなりそうだ。

「そこ!伴奏よろしく!」
 
 クロウリィはフロッターである。歌を歌うのかと思いきや。腹に差し込んだ短剣を引き抜くと、大道芸よろしく、夜空に向かって放り投げる。だが、くるくると回転して落ちてくるその短剣を、受け止めるのを、見る事は出来なかった。今夜は見事な星空が広がっている。と、いう事は。

「ま、そういう事で!」

 ぐぉらぐぁらと笑う大人の拳大の、アマガエルが、落ちて来て、石畳に突き刺さった短剣の上に、器用に足をかけて笑うのだ。
 フロッターは、月の無い夜空を見ると、カエルに変身する。一芸というか、一迷惑というか。すかさず現れた、どんとこい亭の従業員一同のお辞儀と共に、クロウリィは持っていかれる。絶妙な間合いに、仕込んだコントかと思わせられて、見ている者は大笑いだったが、素で忘れてたな。と、以前そういう現場に立ち会っているオーマは軽く斜線を背負いながら走る従業員達を見て黙祷する。
 何分、狭い裏路地で、見せるモノといっても限りがあったが、キャラバンの腕の見せ所でもあり。くるくると回る少女や、先ほどからクロウリィに指差された吟遊詩人の伴奏や、トランプを飛ばす少年やらに、歓声は何度も何度も沸きあがる。
 そろそろ、宴もお開きになりかかる時間、キャラバンのメンバーやら、ご老人数人を残し、込み合っていた裏通りから、潮が引くように人が居なくなりかかるその時。
 
「お!カップル成立か?!そいつはめでたい!」

 鮪寿司を、取りに来なかった人や、スサに配っていたオーマは、どうやら、めでたくカップル成立の笹ふたつ。いや。ふたりに、笑いかける。ほひょんとした、人面笹は、非常に幸せそうだ。
 鮪の皿を受け取るスサに、変わりにとばかりに、短冊と、羽根ペンを差し出されて、オーマは相好を崩す。羽根ペンをくるくると回して、一枚書くと、あることに思い当たったようだ。

「そういや、七夕といえば、雨が降ったら、鳥が橋になり、ふたりをを渡すんだよな」
「七夕…をご存知ですか」
「おお、聞きかじりだがな!愛を繋ぐ翼ってのも筋肉浪漫だってか!翼って言えば、こんな感じで!」
「オーマさん、ぶつかりますし…」
「ちちち。マッチョ☆平気!」

 獅子変身。
 翼持つ銀色の獅子が、淡い銀光に包まれて、ゆっくりと現れる。
 
「せっかくの七夕だ!遊覧飛行と洒落込まないかね?」

 獅子の顔が、目を細め、くしゃりと笑顔に歪んだ。
 オーマの獅子変身は、その大きさ変幻自在で、小さめの姿で大通りまで出ると、居残った人数を軽く背負える大きさまで巨大化する。柔らかい銀毛を掴みつつ、次々とオーマの背に乗せてもらう。

「万事OKってか!」

 地響きのような笑いが、銀獅子の上に乗る皆に伝わった。
 降る様な星の海を、銀獅子が滑空する。
 ひときわ川のように流れる星の固まりに沿うように、飛ぶと、その、星の固まりから、ひとつ。またひとつと、小さな流星が現れた。星の流れは、空を飛ぶ皆を祝福するかのように降り注ぐ。

「長生きはするもんじゃ」
「これは見事な…」
「いいんじゃ…ないですか…」
「神様からの贈り物って感じだな!」

 神様が居るのか居ないのかは置いとくが、今、この時、こうして、皆と過ごせる幸せに、感謝を。
 オーマは、降る星を眺めて、じわりと広がった暖かい心を確認し、また、星を眺める。こうして、幸せにしていられるのも、ソーンだからこそで。 ソーンは、自分を再構築してくれた、大切な場所で、いつまでも居ても良いと言ってくれる場所なのだが。
 オーマはが短冊を吊るし願った一枚は。

 ―――ソーンの皆との、想いと繋がりが、永久とある様に。
 
 幸せだから。
 今が、とても幸せなのだから。
 けれども。

 遊覧飛行から帰宅し、三々五々解散し、笹二つを引き取るというオーマに、後片付けを手伝って貰っていたスサは、オーマの書いた、短冊の隣にある、不思議な文様のような文字の短冊を見つけた。これは、何だろうと、オーマに振り向く。オーマなら、読めるのではないかと思ったのだ。もしくは、オーマが書いたのかなとも。その視線に気がついたオーマは、軽く眉を上げ、いつに無く、穏やかに微笑んだ。
 とても、静かな微笑みだった。
 スサは、その笑みをみてると、ひとつ頷いた。そうして、何事も無かったかのように後片付けの続きをはじめ…。



 降るような星空しか、二枚目の彼の願いを知る事は無いのだった。

















   ++ END ++















+++登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+++

1953:オーマ・シュヴァルツ 性別:男性 年齢:39歳 職業:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り


NPC:スサ/性別:男性/年齢:18歳/職業:樹木医
NPC:クロウリィ・サガン
NPC:キャダン・トステキ(キャラバン)
NPC:ルース(キャラバン)




+++ライター通信+++

オーマ・シュヴァルツ様。いつもご参加ありがとうございます!
 最近は、私が、オーマ様を楽しませることが出来ているのかというよりも、私がオーマ様に楽しませて貰っているのでは?と、プレイングを拝見する度に、頭が下がります。獅子変身書かせて頂けて嬉しいですっ!!銀獅子分厚い翼付き!きゃ〜!はっ(汗;すいません。
 どうしようも無く明るく元気で気のつく人は、どうしようも無い何かを見てきているのだろうなぁと、いつも思います。そんな、ふっとした場面や心情を、オーマ様のご希望通りに書けているでしょうかっ(汗;
 気に入っていただけたら嬉しいです!ありがとうございました!!

 OPに大勢NPCが登場しています。これは、キャラバンという、ソーン中(クリエイター個室)を転々と回って行くNPCです。ノベルの内容を次に移行させる事や、反映させる事は出来ませんが、リレー的に受注が出来たら楽しいなぁという、一部クリエイターの企画です。
 スサ診療所を出たキャラバンが向かうのは、  鎧馬大佐WR個室『情報屋・常闇の住人』  です(^^ノ~~
 ご観覧の方々、よろしければ、幌馬車に乗って彷徨ってみませんか?