<PCクエストノベル(2人)>


天翔る花

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1854/シノン・ルースティーン/神官見習い】
【1879/リラ・サファト/家事?】
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 一瞬だけ。
 ほんの一瞬だけ、我が目を疑った。
 普段見慣れたアクアーネ村の姿とは違っていることに。
 でもそれもすぐに順応して、雰囲気と空気に溶け込んでしまう。
 存外単純だねと笑い合って、少しだけ早足になって人ごみの中へと紛れていった。

 空と花。

 その二つが大好きな少女のために、少女は親友の手を引いて歩く。
 並んで歩いて見える風景は、いつもとは少し違う色。
 かんざしの鈴がちりんと鳴って、これだとまるで猫みたいだと少女は言う。
 それも素敵だと少女は目を輝かせ、親友の手を嬉しそうにぎゅっと握った。
 
 夏のアクアーネ村では、年に一度の大イベントのために数日間に渡って大きなお祭りが開催される。その時期には多くの観光客が訪れるために並ぶ屋台の種類も世界各地の名産に及び、目だけでなく口でも愉しむことが出来るのが特徴だ。
シノン:「リラ、次はあっちの屋台に行ってみようよ」
 リラ・サファトの手を引っ張ってシノン・ルースティーンは次々に屋台を渡り歩いていく。見たこともないような色取り取りの食べ物に目と心を奪われながらも、それでも厳選して何とか片手に持てきれる一杯だけに持つことに留めておく。太陽の色をしたお菓子は甘く、空の色をしたお菓子は少しだけしょっぱい。屋台の上に描いてある大きな文字は殆ど目に入らず、今口の中に放り込んだお菓子が一体どんな名前をしているのかは分からない。
 リラのライラック色をした髪の毛が遅れてなびき、抑えるようにと白い手が伸びる。同じ色の目は橙に染まる空と、多くの人と日常を写し込む。
 男性に女性。
 大人に子供。
 家族に恋人。
 誰もが皆笑い合い、このお祭りを愉しんでいるように見える。きっとそれは事実なのであろうし、リラ自身もその一部に含まれていることを感じ、嬉しく思えた。
シノン:「ぼーっとしちゃって、どうかした?」
 シノンの言葉にはっとしながら、リラは視線を正面に向ける。
リラ:「……いいえ。皆愉しそうだなと思いまして」
シノン:「そうだね。あたし達も目一杯愉しもうね!」
 食べ物を持った手を宙高く掲げ、歩みを再開する。
 すれ違う人の多くはどこかの民族衣装のような、蒸し暑い気候に最も適した服を着ている。イベントの正式名称である『七夕祭り』というのはそのようなお祭りなのだとリラに聞かされたのを思い出し、シノンは「そういえば」と自分の服を見てみる。シノンの浴衣は、リラに選んでもらった薄地に青、黄、水色のコスモスがあしらわれているもので、リラの浴衣は濃紺地に白抜きで薊の花があしらわれてある。どちらもリラの選んだもの。言葉で感謝を述べるのと同じくらいに、シノンは幾度も生地をぎゅっと抱きしめては嬉しそうにしていた。
 七夕会場となっているアクアーネ村の中心付近は特に気候以上に熱気が溢れ、風通しの良い浴衣姿での移動は最も理に適ったものであることが、すぐに分かった。屋台でも火を使用しているものが多く、更に熱気を増させている。水に面した村であるために水上露店も幾つか出展されており、露店と露店の境界を示すかのように笹の葉が立てられている。風になびいては揺れる葉には、薄い長方形の紙に願い事のようなものが書かれており、そこに開けられた穴に通された紐を介して幾枚も幾枚も笹に結われている。確か短冊と呼ばれているんだっけ、と事前知識を呼び起こす。
リラ:「シノン……どうかしました?」
 それまで勢い良く歩いていたシノンが急に惚けたように何かを見ているのに気付き、リラも同じように目線を合わせる。

 ずっとずっとかぞくといっしょにいられますように

 世辞にも綺麗だとは言えない字。幼い子供が書いたのであろう短冊を指差し、シノンは嬉しそうに微笑んだ。
シノン:「いいね、こういうの」
リラ:「……そうですね」
シノン:「羨ましいな」
リラ:「はい。……でも言葉に……文字にしなくても伝わるものはありますよ」
 つられて微笑むリラに、シノンは頷く。
 折角だから自分達も何か書こうということになり、すぐ隣で水上屋台を出していた青年――どちらかと言えばガイドに向いていそうな外見ではあったが――の手渡してくれた紙とペンにそれぞれ願い事を書き始めた。書き終わったら見せ合おうという約束をして、見せ合った時には二人ともあまり差異がない内容にどちらともなしに笑い合った。

 チャイをシノンくらい上手く作れるようになれますように

 リラの書いた短冊は青い紙に書かれていた。

 リラに美味しい料理を作ってあげられるようになりたい

 シノンの書いた短冊は緑色の紙に書かれていた。
 慣れているからと申し出た青年が笹に短冊を結わい付けてくれた。風が吹く度に笹同士の擦れる音がする。
リラ:「……そろそろ、行きましょう」
シノン:「そうだね」
 それだけを残して、二人はその場を離れた。

 夜も更けてきて、空は次第に黒を増させていく。輝く星に魅入る暇もなく、村の中央に位置するステージでは、司会者が大声を張り上げて今日の最大のイベントがこれから始まることを告げた。賑わっている人ごみの中では言葉が単語単語として切れ端としか聞こえない。
シノン:「『天の川』……『夜景』……天文観測かな」
リラ:「……でもそれでしたら、普通のことですよね」
 それから暫くは司会者の言葉に耳を傾けてみるも、やはりよくは聞き取れない。仕方なしに離れ離れにならないようにとしっかりと手を握り合って、人ごみの中から抜けることにした。人と人との壁を必死に抜けて出てきたのは、水路沿いの屋台街道だった。それでもまだ人は多かったために更に移動し、人ごみから少し離れ川面の近くまでやってくる。
 ふいに気付いたのは何故か皆足を止め、空を眺めていたことだった。先刻の司会者の話を思い出し、やはり天文観測かと二人も空を見上げる。
 直後、夜空に花火が舞った。
 少し遅れて轟音が響くも、それすらも一種のエンターテイメントのように溶け込んでしまっている。

 初めに舞ったのは、大きな赤い花。
 続けるようにして、青い花。
 小さな黄色い花が連続で打ち上げられ、尾を引きながら地上へと向かって落ちていく。

 一発打ち上げられるごとに周囲では大きな拍手が沸き起こり、お祭りのテンションをより一層高いものにしていく。

 白い、一際大きな花火が打ち上げられたのは、丁度天の川の真横。

 丁度今日は年に一度、神サマに離れ離れにされた男女が会うことを許された日。
 天の川は、彼らのための路。

 全てが空に溶ける。
 花火も。
 星も。
 その中で唯一、天の川だけが白く輝いているような気がした。

 天の川と花火。

 手を伸ばしても届かない風景に、それでも人を魅了して放さない光景に、目が放せない。
シノン:「ね、リラ」
 リラに顔を近付けて、シノンが言う。話が良く聞こえるようにと、リラは顔を少しだけ近くに寄せた。
シノン:「来年も、一緒に来たいな」
リラ:「……花火を見に、ですか?」
シノン:「それもあるけど、親友二人で一緒にどこか行くってのが本音かな」
リラ:「……でしたら、私はリラと一緒ならいつでもどこでも構いませんよ?」
シノン:「それも嬉しいけど、何か一つトクベツがあるのも嬉しいんじゃないかなって思ったんだ」
 『トクベツ』という言葉に、リラの顔が思わず綻ぶ。答えとして、まず首を一度縦に振って答えを示した。全てを言葉にするよりも、態度で示す方が――気のせいであるかもしれないが――思いは伝わるような気がしてならない。偽善でも取り繕いでもない態度で、リラはゆっくりと口を開いた。
リラ:「……私もです。来年だけでなく、再来年も一緒にいられたら、素敵だと思います」
シノン:「それだけじゃなくて、これからずっと、ね」
 くすくすと囁き合う二人の頭上には、花火が絶え間なく花を開かせる。決して忘れぬようにと心に刻み付けて、瞼の裏に焼き付けるようにと目を伏せた。

 空と花。

 いつか離れ離れになることがあっても、今この時だけは一緒に時を。





【END】