<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
土産物の行方
荷車がごとごと。時々、小石に乗り上げこっつんかっつん。そんな感じに時折躓きながらもえっちらおっちら進んでゆく昼下がり。
「すまないな、王子自ら」
「いえ、客人の安全を守るのも役目の一端ですからお気になさらず」
天空に広がるのは澄みきった青、煌びやかに存在を主張する太陽の光は純白。目にも鮮やかな季節の中、漆黒の衣装に身を包み、それでも一滴の汗もかかずに荷車を引くのはグリーンキングダムという王国の王子、パンプキン・北統(−・ほくと)。
ちなみに彼が引いている荷車はごくごく普通の木製のもの。一応高貴な生まれらしい彼が引っ張るには絵面が微妙だが、そんなことは気にしちゃいけない。だって、彼はそういう国の生まれの人だから。
でもって、北統の隣を歩いているのは清芳(さやか)。つい先ほどまでグリーンキングダムの客人だった、これまた総黒尽くめの宣教師服に身を包んでいる凛とした風情の女性。修行第一の真面目さん――それが嵩じてたまにステキなボケを発揮してくれる。
そんな二人がどうしてこんな所にいるか、というと。
「ここだ、ここ」
「着地地点が良かったようですね、思ったよりも近い」
清芳が馴染んだ一軒家の前で足を止める。それを眺め、北統も僅かに表情を緩めた。
別段、荷車を引くことが苦痛だったわけではない。が、しかし。彼が距離を気にするにはちゃんとした理由があった――それは荷。つまり、荷車に山と積まれたもの。
「馨さん……今、帰ったが……」
扉をどこか遠慮がちに押し開き、そっと中の様子を清芳が覗きこむ。瞬間、清芳の足元を小柄な何かが走りぬけた。
軽やかな旋風に、清芳の長衣の裾が僅かに翻る。
「しまった! 北統さんその猫を――」
「こら、モモ! 何処へ行くんですか――おや、清芳さん。お帰りなさい」
捕まえてくれ、と続くはずだった清芳の言葉は、家の奥から現れた青年の出迎えの声に遮られた。
馨(かおる)、それが異界からこのソーンの地に舞い降りた志士である彼の名。そして清芳の伴侶でもある人。
「……ただいま」
おかりなさい、ただいま。
何気ない日常のやりとり、だけどそれは特別な者同士にだけ許された絆の証。
柔らかな馨の笑みに、少し照れたように清芳は俯きながら応えを返す。瞳の中に常にある風景の中のような安心感に抱かれる感覚を、清芳はけっして嫌いではなかった。
「で、お取り込みのところ非常に申し訳ないのですが……」
出来上がりかけた二人だけの空間に、北統の声が申し訳なさげに忍び込む。
「っは! そうだった」
「清芳さん、お客様ですか?」
体を傾いで清芳の肩越しに視線を屋外へ向けた馨、彼はそこで不可思議な光景を目の当たりにした。
それは、自分の愛猫である灰縞模様の子猫の百華を抱き抱えた青年と――その背後にある、とんでもない量のフルーツがてんこ盛りにされた荷車の姿。
そう、これこそが北統が移動時間を気にした理由。だってフルーツは傷みますから、腐るまではいかなくても味が落ちちゃいますから。
「……清芳さん?」
なんとな〜く、嫌な予感が馨を襲う。
背筋を冷たい汗が、タラリと伝って流れ落ちた。
こういう直感は絶対に当たる。日々の鍛錬は伊達ではない――というか、隠しようのない確かな存在感を主張しまくるフルーツの山が、今、目の前に。
「あぁ、此方はグリーンキングダムという国の王子で北統さんと言うんだ。さっきまで私が行っていた場所なんだが」
「初めまして、突然の訪問申し訳ございません。本日は、清芳さんのお土産をお届けするためにご一緒させて頂きました」
全く悪気のない笑顔――清芳にいたっては喜びに輝きいつもの数倍増し――がこんなにも恐ろしいものだとは知らなかった馨、御年27歳。ひきつりそうになる頬を、必死の精神力でカバーする。
「グリーンキングダムという国は凄いんだぞ、馨さん。甘い果物がそれはもう山のようになっているんだ! 頂いたお土産などとは比べ物にならないくらいに」
いや、できたらそんな量の果物、一生見なくて良かったから。否、もっと人数がたくさんいれば別だけど、それこそ王宮に集う人々くらいいてくれれば。
心の中の声を、馨は腹の末くらいで締め上げる。そう、清芳さんが喜んでいるんだから、きっとこれは喜ぶべきことなのだ。現にほら、いつもは感情が読みにくい――馨には分るけど――彼女の表情が、あんなイキイキと。
「それでは、私はこの辺で」
「えっ!? 帰ってしまわれるのですかっ!?」
「そうだ、せっかくだからせめてお茶の一杯でも……」
清芳宅まで土産物を届けるという本懐を果たし終えた北統は、速やかに退散すべく頭を下げた。ちなみに、それを引き止める清芳と馨では「引き止め度」の温度が違う、ニュアンスが違う、篭もる思いが異なる。
清芳、純粋に労を労う。
馨、こんな膨大な量の果物消費人員一人減らしてなるものか。
「いえ、私もあまり仕事から離れてはいられませんので」
が、しつこいようだが北統は王子様。ついでに国境の砦の警備の任についている。だからあんまし長居ができないのは至極当然で――多分。だから北統は馨の心の叫びには決して気付いていなかったはずだ……きっと……おそらく……だと、いいな。
「それでは清芳さん、また機会があればお会いしましょう」
「む……残念だが仕方あるまい。今日はわざわざありがとう」
優雅に一礼し、腕の中の百華を清芳へ託すと黒衣を翻す北統。微かな甘さを含んだその仕草は、あくまでも爽やかで。
「あ、そうそう。果物は傷んでしまいますので、お早めにお召し上がりください」
パンプキン・北統……まるで5月の薫風のごときまま、妙な爆弾を投下してとっとと退散した――ように馨の目には見えたらしい。
「……清芳さん、一応お伺いしておきますが。この果物、全部食べる気……ですか?」
「当たり前だろう? 食べ物を粗末にしてはいけないと馨さんは習わなかったのか?」
「いや、それでもこれは一気に消費するには色々な意味で無理が……」
「大丈夫だ、百華も喜んでるし」
ぐっと清芳が親指を突き出す。
見れば彼女に抱かれた馨の愛猫は、果実の山に興味津々、瞳きらきらどきわく。その様子に、まさに百華を猫可愛がりしている馨の心も、グラリと傾ぐ。
「……って、そんなわけないじゃないですかーっ! いや、モモが喜んでればそれでいいとか、そういう話ではないんですっ!!」
かくして、恐怖の果実漬け――漬物じゃないのよ、それはそれで美味かもだけど――の日々が幕を開けたのであった。南無南無ちーん。
干せそうな果物は、とりあえず軒先に干してみた。
すぐにぶーんっとハエが寄ってくるような気候でないソーンに、馨はそっと胸の中で感謝の祈りを捧げる。
「まるで果実のカーテンのようだな。うむ、甘い香りがここまで漂ってきていい感じだ」
部屋の奥から、簾のように下がる果物を眺めて清芳がうっとりと目を細めた。
清芳がグリーンキングダムから戻り、早くも3日。
初日は馨の独断により――だって清芳を混ぜると、全部が『もったいない病』の対象になってしまうから――足の早そうなものを選び、ご近所さんに配布する作業から始まった。
もちろん、朝・昼・晩の食事に様々な果物が取り入れられたのは言うまでもない。
それでも。それでも、だ。
配ってまわるにしたって限界があるし、二人と一匹で消費するのにも限界がある――というか、清芳はまだまだ食べる気満々のようだが、作る側の馨にも良心の呵責というものがあり、いくら清芳が太りにくい体質とはいえ暴飲暴食をすすめることができない。
幾度、いっそのこと守護聖獣と心を通わせ、出てきてもらおうと思ったことか。
そんなんかんじで、今日に至る。
とりあえず、当面の保存食が確保できそうな事くらいには感謝してもいいかもしれない。振り返ったら、そんな気持ちが霧散してしまうことは確実だが。
キッチンに背を向け、風に気持ちよさ気に揺れるブドウの房を眺めて馨も現実逃避。清芳が言った通り、一帯の空気そのものが甘酸っぱい香りに染まっている。
悪くない。悪くないかも、しれない。
無邪気に喜び、そしていつも以上に箸が進む清芳も、ころころ転がる林檎のジャレつく百華と共にあれるような今も――
「……なわけ、ないですよね……ははは……」
くるりと身を返し、既に癖になりつつある一点に視線を馳せることをやってしまい、馨の肩は浮上しかけていた気持ちとは裏腹にがくりと落ちた。
どれだけ消費したか分らないのに、彼の視線の先には相変わらずの果実の山。近くの氷室から切り出した氷で保冷に努めてはいるものの、それも幾日もつか分らない。
「馨さん……顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
僧兵である清芳の清廉な手が、ふっと馨の額に伸ばされる。直前までよく冷えた桃を齧っていた彼女の体温はやや低く、かすかに汗の滲んだ馨の額に心地よく馴染んだ。
「何か無理でもしているのだろうか? それならそうと……」
「やー…まぁ、大丈夫ですよ。えぇ」
何がどうなっていて、今がどれくらいの窮状なのかを清芳が理解していないらしいことをまざまざと突きつけられ、馨の意識が軽く遠のきかける。
しかし、二人揃って滅入らない分、それはそれで良いのかもしれない――というか、これで滅入るような感覚を持ち合わせていれば、こんだけの果実を清芳が土産にもらってくるわけないのだが。
嬉しいような、悲しいような、切ないような、いっそ弾けちゃいたいような。
「ん?」
「え?」
ぐるぐると思考の迷路に陥りかけた馨の視線の端に、ふっと動く何かが映った。つられた清芳も、ひょいっと顔を上げて馨の目線を追いかける。
「お客人?」
ひょこひょこと、二人の家の庭を覗き込むような動きをしている人影が三つ。百華も気付いたのか、北統が訪れた時と同じように颯爽と玄関めがけて走り出した。
「こら、百華! 勝手に飛び出しては!!」
慌てて追いかける清芳。ぱたぱたと消える背中を一度見送り、それから馨は見知らぬ人影を見直す。
悪しき思いがあってここを訪れた風でないのは、彼らの明らかに『こっちに気付いてくれ!』な行動から見てとれた。
ならば、答えは一つ。
「……消費者が増えた、そういうことですね。えぇ、今回は逃がしませんよ……」
くくっと馨が黒く笑ったように見えたのは、きっと気のせいだ。
「わしら王子から荷車を引き取ってくるように言われたんだ」
「そうそう。お邪魔になっちゃいかんじゃろーって」
「違うよ、王子はそんな言い方しないよ。迷惑になるといけないから引き取ってきてくださいっておっしゃったんだ」
「なるほど、お三方は北統さんのお使いだったんだな」
庭に出されたテーブルと、大きさはまちまちな4つの椅子。降り注ぐ陽光は、茂る樹木の葉が適度に遮ってくれる。
一見すれば、優雅なお庭でのティーパーティ。
その実体は――と、言うと。
「はいはーい、焼き上がりましたからね。まだまだたくさんあるから、どんどん食べちゃってください。フルーツジュースも色々種類あるから、追加注文は喜んで♪」
「「「「おおー!」」」」
嬉々とした声に、感動の声が4つ重なる。ついでに清芳の足元でキウイフルーツにじゃれつく百華も、嬉しそうににゃーんと高く鳴いた。
丸いテーブルの上、並べられるのは馨渾身の作のフルーツケーキ。桃に始まり、バナナに繋がり、名も知らないフルーツへ続き、果てはパイナップルに結するという超ロングな大作。
それ以外にも、メロンを凍らせてつくったらしいシャーベットや、オレンジの黒蜜かけ、さらには定番のフルーツ餡蜜と彩りも鮮やかに、ここぞとテーブルの上に幅を効かせていた。
「名付けて、訪ねてきた人にも美味を味わってもらおう料理大会です」
さぁ、どうぞと氷を浮べたグレープジュースを各人に配る馨の姿は、なぜか割烹着装備モード――彼の本気が十二分に窺い知れるそのいでたちに、されどグリーンキングダムから訪れたらしい客人と清芳は幸か不幸か気付かなかった。
そう、3人も客人が現れたのだ。これを活かさず何とする。
しかも相手は北統の命を受けて荷車を引き取りに来たグリーンキングダムの住人。元々グリーンキングダムにあったものを、その正当な持ち主――の胃袋に――返すことに何のためらいがあろうかっ!
やや馨にブラック降臨している気がするが、彼がそれくらい追い詰められているのだと理解してもらえば是幸い。緊急事態は人を変えるものだ。
「さぁさぁ、まだまだどんどん作りますからね♪ 日は長いことですし、ゆーっくり味わっていってください」
「それにしても馨さんは本当に器用だな。今朝飲んだつぶつぶが入った飲み物も美味しかったし、これも本当に良い香りで食欲をそそる」
「ほんとに。ワシらの作った果物がこんなステキな料理になるなんて、嬉しいこった」
「はっはっは、遠慮は無用ですよ。まだまだまだまだまーだまだありますから、どんどん食べちゃってくださいね」
目がマジだ。
で、お日様がくるりと中天を過ぎ、西の空に傾く頃まで時間を早回し。もちろん、その間もずーっとずーっと大会は継続開催。
「流石に腹が膨れてきたな。お客人」
東の空は僅かに藍色に染まり、西の空が朱に彩られる頃、清芳が箸を止めた。
「ははは、そうですね。少々苦しくなってきたかのー……なんて……」
さすさすと己の腹をさする清芳、しかし外見上の変化は限りなく乏しい。に対し、グリーンキングダムからの客人3名はと言うと――それはもう、見事な腹具合。ぽってりぷっくりぽっこり。あなた方、お腹にスイカを幾つ隠してますか? という状態。
だのに、彼らの歯切れが悪いのは……
「そんな、遠慮は要らないと申し上げてるじゃないですか。さぁさぁ、どうぞどうぞ。今度は梨とドラゴンフルーツで煮っ転がしなんて作ってみたんですよ?」
新たにデンっと置かれた大皿には、田舎のおばあちゃんもびっくり、これは天を目指して建てられたバベルの塔か何かですか? と言いたいくらいのフルーツ煮っ転がしが盛られていた。甘酸っぱいフルーツの香りと、和風調味料の香ばしい匂いが不思議にマッチ。
もちろん、持ってきたのも作ったのも馨だ。かれこれ数時間、キッチンに立ち続ける彼の額には汗が垂れるのを防ぐ為の手拭いハチマキなんてのが加わっている。オトコマエな疾風迅雷の料理人、ここに見参――正しくは彼は地術師ですが。
そう、この彼の無言の笑顔のプレッシャーこそが、客人に箸を置く事を躊躇わせているのだ――それこそ馨の暗黙の狙いだとも気付かずに。まぁ、気付いたところできっと食べるのを止めるなんて出来なかったと思うけど。
「あぁ、それから夕飯に定番ですけどフルーツカレーを作ってみようと思ってるんですが、お客人は甘いのがお好きですか? それとも辛め? 付け合せにマンゴーとドリアンの酢の物を予定してますけど、酸っぱいのは平気でしょうか?」
キッチンに戻りかけていた馨がくるりと振り返り、にっこり問いかける。
「「「ひぃっ」」」
優しい笑顔なのに、どうしてだか緑の瞳の奥に逃れられない光を感じてしまい、客人3名が短い悲鳴を上げた。けれど、言えない。もう、帰りますからと。明日の農作業に響くから、今日はこの辺でお開きにしましょうと。っていうか、いったい何時間食べ続け=作り続けるんだと。
その時、唐突に救いの光が差し込む。
清芳がよいしょっと椅子から腰を上げたのだ。彼女の椅子の下で転寝していた百華が、慌てたように馨の元へ駆け出す。
「馨さん、ここらでちょっと休憩にしないか? これ以上食べるのは私も苦しくなってきたところ……」
パキリ。
空気が微妙に凍りつく。
そして馨の表情も劇的に変化した。満面の笑みから、これ以上はないというほど深いショックに心を抉られたような傷ついた顔へ。
雲一つなかった晴天に、俄かに雷雲が立ち込めたような変貌に、清芳は瞳を見開き口を噤む。
百華も、そろーりと主の顔を見上げた。
ふるふると、小刻みに震える肩。悲しみに凍て付いたような瞳。
「そんなっ……清芳さんは私の愛情を食べられないと言うんですね……」
蚊の鳴くような細い声は、馨の中に走った衝撃を誰の目にも明らかにする。まさに、うなだれしょんぼり。吐き出された溜息に、青白い魂の色が透けて見えそうなほどの落胆様。
「や……私はそんなことは一言も言ってないが」
清芳がうろたえ、客人に目を馳せる。あんなに肩を落とす馨など見たことがない、自分は相当酷いことを彼に言ってしまったんだろうか? と無言の言葉を視線に乗せて。
「んだんだ、わしらもまだまだいけますじゃ」
「兄さんの料理は美味だし、姉さんは幸せもんじゃ」
「だ!」
客人らが、清芳に目配せする。行け、行くなら今だと。それに背中を押され、清芳は再び椅子に腰を下ろして、むんずと箸を掴んだ。
「そうだ、私が馨さんの愛情の篭もった料理を食べられないはずなどないだろう? どんと来い、まだまだ来い、馨さんの愛情が続く限り!」
そのまま、勢いにまかせて目の前のフルーツの煮っ転がしを一気に煽る。その見事な食べっぷりに、馨の顔が再びぱぁーっと晴れ渡った。
「そうですよね、清芳さんが私の愛情を食べられないはずなんてないですよね。疑ってすいませんでした――それに、お客人の皆さまも」
ぺこりと頭を下げて、馨が再びキッチンへと姿を消す。足取りが今にもスキップし出さんくらいに軽やかだったことに、テーブルを囲む4人はほっと安堵の息を吐き出した。
「馨さんは案外繊細なんだな……」
「男女間の問題は、なかなか難しいもんじゃ」
「「だ」」
ちなみに、いつの間にか気持ちをすりかえられていた彼女&彼らは気付いていなかった。これから再びフルーツ料理攻めが始まるということに。
ちなみに。
さっきのしょんぼり仕様の馨が本物か、それとも作戦だったかは本人しか知らぬこと。否、ひょっとしたら彼を間近に見ていた愛猫の百華だけは真実を知ることが出来たかもしれないけれど。
かくして狂乱の料理大会が幕を下ろし、数日後。
二人の家にあったフルーツは、保存食にされたもの以外はきれいさっぱり消費され終わっていた。その大半が、件の一日に消え去ったのは言うまでもない。ついでに不運な客人らが翌日から腹具合を悪くしたのも、言うまでもないことで――清芳はちょっぴり体重が増えたようだったが、それも翌日には元に戻っていた。
「清芳さん、生ものを頂いてくるときは気をつけてくださいね」
「そうだな。一度に食べなくてはならないのは勿体無いしな」
穏やかな昼下がり、二人並んで庭のブドウで出来たカーテンを眺める清芳と馨。
と、その目に漆黒の黒衣を纏った青年の姿が映り込む。
誰? と思う間もなく、玄関の扉をノックする音に、二人は連れ立って走り出した。
馨の脳裏に再び嫌な予感が浮かぶ。
まさか、そんなはずはない。
清芳の顔に、期待の色が浮かぶ――貴方、まだ微妙に懲りてないでしょう。
「こんにちは。先日は、私の使者がご馳走になったと聞き、御礼を持ってまいりました」
開けられた扉の向こうには、律儀な笑みを浮べたグリーンキングダム、第一王子の姿。
彼の後ろには、当然の如く荷車数台が控えていたとかいないとか――全ての真実は闇の中……かもしれない。
お後が宜しいようで?
「宜しいわけないですしっ! というか、何か恨みでもあるんですかっ!?」
「フルーツは甘いなぁ。しかし腐ってしまうのが勿体ない。馨さん、腐らない魔法なんてのはないだろうか?」
結論。
誰かが喜んでくれれば、土産物はそれで良し。
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