<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


闇夜の黒山羊亭


 現実社会でも異世界でも冒険を楽しもうというのなら、まずは先立つものがなければならない。ティエラから帰還した者の感想を聞くうちに『冒険』という言葉に胸が高鳴りを感じた少女は、今まさに冒険の舞台であるベルファ通りの『黒山羊亭』で給仕と皿洗いのバイトに精を出していた。
 彼女の名は真紀。まだ幼さが抜けない顔立ちでおとなしそうな雰囲気を持っているが、現実世界ではアーチェリーの経験がある。そんな彼女なら別に働く口もあっただろうが、あえてこの酒場の主人であるエスメラルダに「働きたいんです」と必死に頼み込んだ。雇い主は『お給料は全部お酒でいい』とか『仕事の合間にダンスの練習を』と言い出さないかと心配したが、相手は「店主さんが女性だったから」と普通に語るではないか。そんな真紀の真剣な表情を見ながら女主人は首を大きく縦に振り、少し微笑むとその申し出を聞き入れた。こうして彼女は仕事と寝床を手に入れたのである。


 さて今夜もいつものように店じまい……という頃、エスメラルダは客ではない者たちの相手をしていた。この地域を守る騎士たちである。剣こそ鞘に収まっていたが、戦いに出る時のような重装備。何やらただならぬ雰囲気を感じさせる。彼らは冗談を交えながら場の空気を和やかにする女主人に対し、「暗くなったら勝手口の戸も早めに閉めてください」などと伝えた。なんでも最近、近くに棲みついた盗賊団がちょくちょく悪さをしに来るらしい。それを掃討するために、常にいでたちでいるのだ。彼女は「ふふっ」と口元を妖艶に緩ませながら「わかったわ、皆さんもお気をつけて」とお引き取り願い、さっそく台所に通じる扉を開く。まず最初にここを選んだのは、真紀がここの勝手口を日常的に使うからである。
 エスメラルダは何のためらいもなく扉を開いたが、目の前に立っていたのは静かにはにかむ少女ではなく、物騒を絵に描いたかのような覆面の男たち。顔がバレないように長い布をグルグル巻きにした、まるでミイラのような風貌の連中は女主人を押さえつけようとする。だが、彼女を束縛するまで騒がしく暴れたものだからたまらない。さすがの連中も音が外に漏れていないかを念入りに確認した。エスメラルダが抵抗する際に真紀がピカピカに洗ってキレイに拭いた後の皿が積み上げられている机を乱暴に蹴ったりするから、覆面の男たちもさすがに大慌て。それを聞きつけた仲間が援護に来たところで、ようやく彼女を押さえつけた。そしてすでに捕まっていた真紀と同じく、手足を縛られ猿ぐつわまでされて仲良く横に並べられてしまう。
 もちろん、真紀の表情が心配の色を濃くしていたことは言うまでもない。しかしそれとは対照的に、女主人は涼しい顔をしておとなしく座っていた。今の状況を悲観する様子もなく、どこか毅然としているようにも見える……覆面たちは金目の物と一緒に女たちもアジトに連れ去る計画を相談しているというのに。そう、彼らこそが騎士たちが言っていた『盗賊団』なのだ。

 真紀はある盗賊へと真剣に念を送った。しかし目の前の荒くれ者たちに向けてではない。親友であるチェリオ・リュームに、だ。この表現は悪いかもしれないが、彼女は盗賊に育てられ、その技術を少なからず身に付けている。元・盗賊と呼んでも差し支えはないだろう。年の頃は真紀と同じで、少女も同じくヴィジョンコーラーだ。彼女がこの状況を察知し、自分の「助けて」の念を受け取ってくれればと思ったが、そうは問屋が卸さない。無理なものは無理だ。彼女の奥の手であるヴィジョンカードも、今は盗賊に奪われている。ここは自分でこの難局を乗り越えなければ……真紀の気持ちが固まった時、初めて冷静に周囲を見ることができた。
 盗賊どもは戦利品をまとめて運ぶ馬車が到着するのを待っていた。さっきやってきた騎士団の連中を欺くため、酒屋が商品を納品にやってきたかのようなカモフラージュを施している最中らしい。おそらくアジトではその作業に手間取っているのだろう。黒山羊亭に誰もいないことを確認し、従業員も手元に置いてすっかり油断している彼らを出し抜くのは今しかない。彼女は隣にいるエスメラルダを見た時、ふと思い出した。さっき彼女は盗賊を相手にむやみやたらと暴れていたが、その足の動きだけはなぜか軽やかなステップを踏んでいるかのようだった。本当に抵抗するなら、皿を持って投げた方が早いのに……真紀は彼女の行動がどこか引っ掛かっていた。すると女主人は目配せをした。そしてすっと視線が地面へと落ちる。同じように頭を下げると、真紀は思わず声を漏らしそうになった。いつの間にか自分の手の届くところに、割れた皿の破片が飛んでいるではないか。やはりあの時の行動は、真紀の見当違いなんかではなかった。それを見た女主人はわざともがくように地面へ倒れこむ……

 「はっはっは! どんなにもがいても無駄だ! アジトに行けばお前らもおとなしくなるって……へへへ」
 「く……っ!」
 「さすがはベルファ通りで有名な美人だ。だけどそんなに暴れたんじゃ〜女っぷりが下がるぜ? おとなしくしてな!」

 余裕を見せつけるためか、下品な笑いを響かせる盗賊たち。しかし、そんな口を叩けるのはここまでだった。エスメラルダがその身で隠した皿の破片と捕われの真紀が重なった時、黒山羊亭の反撃が始まる!

 「あなたたち、覚悟しなさい! ウインドスラシュッ!!」

 盗賊の束縛から放たれた真紀を誰も止めることはできない。右腕を一閃すると真空破が生まれ、幾人もの盗賊を薙ぎ払っていく! 彼らは全身を壁に打ちつけ、そのままぐったりと倒れこんでしまった。

 「ぐげっ!」
 「おがっ!!」

 完全に虚を突かれた盗賊団だが、頭数だけはまだまだいる。外で見張りをしていた連中も騒ぎを聞きつけて狭い厨房の中に入ってきた。すでに真紀は祈るような姿で手を掲げており、その手に奪われたはずのカードを具現化している!

 「あれは……ヴィジョンカード! おっ、俺が奪っておいたはずなのに!!」
 「召喚っ!」

 彼女の呼びかけに応じ、両者の間に幼き天使が現れた。そして圧倒的なパワーを発揮し、盗賊を確実にひとりずつ叩きのめしていく。こうなると盗賊団はただの烏合の衆と化した。運よく後ろにいた連中が我先にと勝手口から逃亡を開始する。
 しかし敵の前で背中を見せれば「倒してください」と言っているのと同じ。ヴィジョンは天使の姿をしているが、悪に情けをかけるほど自愛に満ちてはいない。敵をどんどん倒していくが、最後のひとりだけはドサクサに紛れて逃げられてしまった。このままでは仲間たちに作戦の失敗を報告されてしまう……ヴィジョンと共に勝手口から飛び出す真紀だったが、そこで彼女が見たのは前のめりになって倒れていく盗賊の無残な姿だった。

  バンッ! バンッ! バンッ!
 「なんだ、俺はいらないのかと思ってたら……ダメだな、まだ詰めが甘いな」
 「チェリオちゃん! 助けに来てくれたのね!」

 念が通じたのかどうかはわからないが、チェリオが黒山羊亭に戻っていた。だがいつもとは違う雰囲気をすぐに察知し、軽い身のこなしで物音や声などを聞きながら状況を確認。その後、真紀が戦況を有利に進めているのを知り、自分は逃げる敵をひとり残らず黒光りする魔力銃で気絶させようと待機していたのだ。事情を知って個人的には大満足の真紀。実は『やっぱり気持ちが通じたんだ』と思っていた。


 その後、捕われのエスメラルダを解放。逆に盗賊どもをひとり残らず縛ってステージ上に積み重ね、今や遅しと3人は騎士団の到着を待った。しかし真紀はどうも腑に落ちないことがあるらしく、不思議そうな顔をしてチェリオに話しかける。

 「チェリオちゃん……別に盗賊団なら放っておいてもよかったんじゃない? 地面に倒れこんでたんだし……」
 「チェリオの言葉を借りるなら、『詰めが甘い』ってところね」
 「えっ? エスメラルダさん、何か目的があってこんなことを……」
 「俺たちが盗賊団を倒したってことを騎士団に伝えたら、ちょっとくらい出るだろ。金がさ」

 真紀は唸った。さすがは元・盗賊、さすがは現役・女主人。少しでも金が絡むと機転が回るのは、もはや才能というより他にない。でも彼女は密かに『それは詰めが甘いのかなぁ……』と首を傾げていた。
 この事件は翌日には周囲に知れ渡り、酒場が盛り上がる要因に繋がった。まさかエスメラルダがこのことを宣伝にまで利用するとは、チェリオも思っていなかったかもしれない。やはり商人はあなどれないな、チェリオは素直にそう思った。