<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
カナシイキオク
「だからだなあ」
湖泉遼介は今日もぶつくさと言っていた。
「何でお前もついてくるわけ?」
「マスターの傍にいるのは俺の使命! 死んでも離れないぜ遼介♪」
「お前死なねーじゃん……」
“ドール”と呼ばれる自動人形であるクラウディスの言い種に、遼介は大きくため息をつく。
クラウディスは役に立つ。役に立つが……それ以上に精神衛生に悪い。うるさいしつこい意味不明の三拍子揃った言動を繰り返すからだ。
今も、遼介を「マスター」と呼び、ことあるごとにつきまとう。
最近では半ば諦めている遼介だったが――
「邪魔はすんなよ、邪魔は!」
目的地の遺跡にたどりつき、遼介はクラウディスに念を押した。
「ここ?」
クラウディスはどこ吹く風で遺跡の入口を見上げている。
――この遺跡に住む魔物が、村人を襲っているという。
遼介は武者修行もかねて、その退治を請け負った。それにクラウディスがついてきたというわけだ。
たいまつに火を灯して遺跡の中へと入り込む。
遺跡の中は、不気味に暗かった。ぴちょん、ぴちょんとどこからか水が染み出している。そう言えば昨日は雨だったと、遼介はどうでもいいことを思い出す。
――遺跡の行き止まりまで、すぐだった。たいまつを捨ててもいい程度に明るい場所。すでに部屋内にいくつかの火が灯されていたのだ。そして、
そこに、退治すべき存在がふんぞり返って、いた。
体型は二メートルそこらだろうか――
巨人にハエの羽をつけたような、そんな奇妙な風貌をしていた。
「ハエ人間? 羽が小さくて飛べなさそー」
クラウディスが茶化す。遼介は「しっ」とクラウディスの横腹を叩いて黙らせる。
「あの羽は合体した証拠だ。ハエの能力も持ってるんだよ」
「ハエの能力なんかもってどうすんの?」
「そうでなくて! 巨大ハエも喰うようなやつだってことだ!」
あるいは――
巨大ハエに喰われたほうかも、しれないが。
「人間型モンスターか……あんまりいい気はしないな」
遼介は周囲を慎重に見渡した。
辺りにブンブンと不愉快な音が立ち込める。
小さな蜂が、どこからか大量に発生した。
「蜂まであいつの指揮下にいるか……うっとうしいな」
遼介は剣を抜いた。
ぶんぶんと飛んでいた蜂は――
やがて、なぜか合体した。
「げっ!?」
ひとひとり分の大きさになった蜂が数匹、遼介につきまとう。
「うわ、まじでうっとうしい!」
「フレーフレーりょ・う・す・け」
どこからか取り出した旗を振りながら、傍観モードのクラウディスが無責任な応援をしてきた。
「お前なあ! 少しは役に立てよ!」
「だって遼介がてこずるような敵じゃないじゃん」
たしかに――
ひとひとり分の蜂は剣の一閃で切り払える。
切り払った蜂は分裂してもとの大きさに戻った。それをさらに剣で一閃して。
「まったく……っ! 敵が複数ってのは楽じゃないんだぞ!」
ぶつぶつとクラウディスに文句を言いながら、次の合体蜂が発生するまでの間に巨大ハエ人間に一歩踏み込む。
巨大ハエ人間は一歩退いた。
そして、片手を遼介に向かってかかげた。
その掌から、視界を覆うような黒い影――
(こっちはハエかよ……っ!)
片目をつぶって視界を全部覆わないようにする。しかし目の前が真っ暗になった。――真っ暗になったような錯覚に陥った。
ちくりと痛みが走った。腕をかまれた。ちくり。また一回。ちくり。ちくり。
「ちっ!」
遼介は片目を閉じたまま剣を一閃する。
黒い視界が切り開かれた。その向こうにハエ人間がいる。
踏み込むと同時、剣を突き込んだ。
手ごたえがあった。しかし致命傷じゃない。
またもやどこからか大量の蜂が発生し、ひとひとり分のサイズとなって遼介を襲う。
「フレーフレーりょ・う・す・け」
この期に及んでも無責任な応援が聞こえる。
ちょっとだけ殺意が湧いたが、今はそれどころじゃなかった。
小さい普通のハエにかまれただけで、ちくりと痛かった。蜂に刺されたらどうなるだろう。毒でも回るかもしれない。痛い、だけではすまないかもしれない。
かがんで敵の攻撃をかわし、下から切り上げる。
合体蜂はそれで粉砕した。分裂したところを横ひと薙ぎで切り払う。
遼介はスピードダッシュでハエ人間に肉薄した。
剣が到達した。これで致命傷の一撃を与えられる――
と、
ふいに、まったく違う気配が発生した。
合体蜂じゃない、人間型魔物と同じ――
今遼介が倒そうとしていた人間と同じように、背に羽を生やし、斧を持った人間型魔物――
思わず遼介は動きを止めた。振り返って見ると、その人間は遼介ではなくクラウディスを狙っていた。
クラウディスが魔法を放とうとしているのが見える。
その瞬間に――
ピッ――
耳の奥を貫くような高音がした。
クラウディスの動きが止まった。魔法を放つどころか、くらりくらりと足元がおぼつかない。
「クラウディス!?」
呼んでも返事がない。
遼介も、たくさんの遺跡を探索してきて分かっていた。今のは遺跡の罠が発動した音だ。
クラウディスの様子を見るに――どうやら魔力中和の罠だろうか。
魔法が放てなくなる。
おまけにクラウディスの動力源は魔力だ。クラウディスは動け……なく、なる。
魔物はクラウディスに容赦なく襲いかかろうとしている。
自動人形であるクラウディスの硬い体には、魔物の牙も針も、武器も役に立たないだろう。それを分かっていても――
遼介は、かばわずにいられなかった。
「クラウディスーーーー!!!」
俊足で駆けた。魔物がクラウディスに到達する前にクラウディスの元まで駆けた。
魔物が大きく斧を振りかざす。
遼介がクラウディスをかばい、
斧がたがわず遼介の背を、
深くえぐっていき、
血が飛んで、
遼介の押し殺した悲鳴がクラウディスの耳元に落ち、
クラウディスの頬に血が飛び、
クラウディスの視界が真っ赤になったかのように血の雨が降り、
クラウディスの視界にヴィジョンが、
古い古い記憶のヴィジョンが、
目の前でその人は倒れていて、
大切な大切なその人は倒れていて、
自分をかばって傷を負って、
冷たくなって、もう動かなくなっていて、
呼びかけても答えてくれなくて、
古い古い記憶が、
古い古い血の匂いが、
ああ――
「マスタ……マスター……!」
クラウディスは遼介を揺り動かした。自身、貧血のようにふらふらになりながら。
「マスター……起きてよ。返事してよ。ねえ、マスター……」
「クラ……ウディス……?」
「返事してよ! マスター!」
遼介は意識を保っていた。何とか立つことも可能だった。
しかしクラウディスは遼介ではなく別の誰かを呼んで、
「マスター、マスター!」
泣きそうな声で叫んでいる。
遼介はすばやく剣を取り直し、斧をもう一度振りかざしてきた魔物を下から切った。
魔物が消滅する。遼介は立ち上がる。
ハエ人間がまだ残っている。
「マスタ、マスター、だめだよ、動いちゃだめだよ……」
クラウディスが子供のように遼介の服の裾を引っ張ってくる。
「大丈夫だから」
遼介は言い聞かせた。「大丈夫だから。もう少しで終わるから。しっかりしろクラウディス」
「マスター死んじゃうよ!」
「死なないから」
「マスター死んじゃう!」
もはや、遼介の言葉などろくに聞こえていない。
ずるり、と遼介の服の裾をつかんでいたクラウディスの手がずり落ちた。
動力がなくなった――
「………っ」
遼介は巨大ハエ人間の様子をうかがった。襲いかかってくる様子はない。
自身血まみれのまま、遼介は動かなくなったクラウディスをかついで、遺跡の罠の範囲外まで移動した。
「マスター……マスター……」
そればかりをくりかえすクラウディスを遺跡の壁にもたせかけて、遼介は剣を握りなおす。
合体蜂が発生していた。今までは楽に倒せていたそいつらも、背から流れる熱い血が意識の奥底で邪魔をしてうまく剣が操れない。
刺された。腕から血が流れる。幸い毒はないらしい。
刺したまま動きを止めているところを利用してそいつを切り払い、遼介はスピードダッシュでハエ人間の元に向かう。
――スピードがでない。
ハエ人間がまたもや大量のハエで視界を真っ暗にしてくる。
背中が熱い。
――クラウディスは無事か?
「クラウディス!」
必死に呼んでみたが、返事がなかった。
まさかあのまま元に戻らないのか? そう考えてぞっとした。
いつものあのうるさくてしつこいクラウディスが、死ぬ?
「クラウディス! クラウディース!!」
目の前の敵をひたすら切り払いながら遼介は喉を枯らすほどに叫んだ。
背中が熱い。自分も貧血気味かもしれない。視界が揺れてきた。
負けるわけにはいかない。クラウディスを元に戻すために――
「クラウディスーーーー!!」
渾身の力で叫んだ。
ぴくり、と。
視界の端で、うつむいていたクラウディスが動いたのが見えた。
「遼……介」
か細い声が聞こえる。
クラウディスは震える手をかざし、こちらに向かって治癒魔法を放ってきた。
体に小気味いい熱さが戻ってくる。揺れていた視界が元に戻った。
「よし!」
ダン!
思い切り地を踏み込んで。
遼介は、剣を、敵の急所へと突き立てた。
**********
クラウディスの元に戻ると、クラウディスはうつむいたままだった。
「クラウディス?」
遼介が名前を呼ぶと、クラウディスの肩が震えだした。
「俺が……俺が油断していたせいで……」
クラウディスは震える両手を見下ろす。
クラウディスの服には、遼介がクラウディスをおぶったときについた遼介の血が大量にこびりついていて――……
ひっく ひっく
クラウディスの目から涙がこぼれだす。
「遼介に怪我、させちゃった……俺が油断してたから……っ」
「―――」
ドールであるクラウディスには血がない。顔色が変わらない。
そのことがいっそう、クラウディスを哀れに見せていた。
遼介は、かつてクラウディスの口から少しだけ聞いていたことがあった。
以前のマスターは、クラウディスが幼い頃に、クラウディスをかばって死んでしまったのだと。
(幼い頃……戻っちまったのか……)
「ばっかだなー。お前はこんなふざけた旗持って無責任な応援してるほうが似合いだっての」
遼介は拾ってきた旗をクラウディスの前で振ってみせた。
「これなに? 俺のために作ってくれた旗なわけ?」
「遼介……怪我、怪我……」
「俺のために作ったからって黄色は嫌味だろ。黄色い声とか言うんだろ? どーせ。俺の声が高いからって――」
「遼介……」
「ていうかお前、わりばしに紙ってないだろ。せめて布で作れ布」
「………」
クラウディスの顔に、微笑みが戻ってきた。
「……だってさ、紙のほうが作り直ししやすいじゃん」
「あん?」
「色んな色作って毎回違う戦闘では違う色で応援するつもりだった」
「おー。黄色いのは偶然か!」
「違う。どんな色でも裏は黄色」
「てめこらクラウディス!」
「だって遼介の声は――」
「言うなーーーーー!」
げしげしとクラウディスのわき腹を蹴飛ばしながら――クラウディスはひょいひょい避けるのだが――遼介はほっとしていた。
そう、クラウディスはこんなでいい。こんながいい。
うるさくてしつこくて意味不明でいい。
そんなクラウディスを連れて、遼介は今日も魔物退治に出かける。
もう二度と、クラウディスの前で“マスター”が死ぬようなことにはさせるものかと、誓いながら……
―Fin―
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