<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
『夏山の冒険〜前編〜』
「簡単な依頼なんだし、ちゃちゃっと行って終わらせちまおうぜ。なあー、凪〜!」
相棒の虎王丸が不満そうに蒼柳・凪の腕を引っ張る。
「アイツなんか、足手纏いになるだけだって」
「戦力として連れて行くわけじゃないだろ」
「そ〜だけどさ〜」
日は次第に高くなる。
強い日差しが二人を照らしている。
特に虎王丸に、夏の日差しはよく合っている。
小麦色の肌が、夏の風景と強い日差しによく似合う。
「ダランはお前の舎弟なんだろ? だったら、面倒見るのは当然だと思うが」
「ま〜そ〜だけどさ〜」
虎王丸はあまり乗り気ではないらしい。
ダランに一緒に冒険に行こうと話を持ちかけたのは凪だった。
彼にとって初めての冒険ということもあり、とても簡単な仕事を選んだのはいいが……。
虎王丸としては、なんとなく、腑に落ちない点がある。
元々物事を深く考える方ではないので、何がと言われると、冒険にダランは邪魔だからとしか答えられないのだが……虎王丸とて、ダランが嫌いなわけではない。むしろ、からかいの対象として共にいる時間を楽しくも感じている。
「まあ、いっか」
考えるのが億劫になったのか、虎王丸は待ち合わせ場所の時計台の下に、どかっと腰掛ける。
時計を見上げながら、凪が日陰に移動しようとしたその時、待ち人が現れた。
「おっ待たせ」
途端、2人の力が抜ける。
「なんだその格好は!」
「え? 変か?」
待ち合わせ場所に現れたダラン・ローデスの格好といえば。
黒い大げさな程大きなマントに、黒い帽子、黒い服、黒い靴。つまり全身真っ黒であった。まるで、葬式か隠密だ。いや、寧ろ黒子。
荷物は走れる程度に纏めるよう言ってあったのだが、格好までは指定していなかった。
「やっぱ、あれだろ! 依頼っていったら、目立たない服装がベストだろ!」
「そういう依頼じゃねーし。てか、昼間に真っ黒はかえって目立つだろ!」
「そ、そうか……」
虎王丸の言葉に、ふて腐れるでもなく、ダランは自分の格好を確認しだした。
しかし、凪には彼の深層心理がわかる気がした。
自分達にとっては、小さな依頼でしかなくとも、ダランにとっては、始めての大冒険だ。
多分、誰にも秘密で、家を出てきたのだろう。その心理が服に表れたのだ。
「登山に適してる格好とはいえないけれど、まあいいだろ」
凪はダランにマントだけ外させ、3人は目的の山へと出発するのであった。
今回凪が受けた依頼は、魔法の薬草採取であった。
ダランと組むのは始めてであり、彼がどの程度の能力を持っているのかも定かではないため、聖都近くの山を探索場所として選択した。
ただ、多くの冒険者が立ち入る場所であるため、山麓付近の薬草は全て採取されてしまっていた。
山に着くまで小競り合いを続けていた虎王丸とダランだったが、凪の提案で山中では虎王丸が先行し、凪とダランはその後に続くことにする。
「ダラン、武器は持ってるか?」
「もっちろん!」
ダランが得意げに取り出したのは、果物ナイフだった。
「これで、薬草も怪物も狩ってやるぜ!」
「い、いや、これじゃ薬草を傷めてしまうだろ。怪物は……どんな怪物をイメージしてるのか」
凪は思わず苦笑する。
ダランは怪物に遭遇したことがないらしい。大方昆虫や小動物を想像しているのだろう。
凪はホルダーに収めてあった銃を取り出し、ダランに手渡す。
「うっ、うわー……」
両手で受け取ったダランは、未知の物体を見るかのように、しげしげと銃を見る。
「銃型神機だ」
凪はダランの手を取ると、構え方、使い方を教えていく。
銃型神機は、持ち主の霊力を弾丸にして撃ち出す拳銃である。
ダランの霊力は定かではなく、また今回は力の込め方を教えるほどの時間はないため、予め凪が精神力のチャージを行なっておいた。
「それじゃ、あそこを撃ってみろ」
「う、ううううん」
緊張しながら、ダランは凪が示した大きな葉に銃を向ける。
「腰が引けてるぞ。真直ぐ正面を見ろ。両手両足はきちんと伸ばす!」
「う、うん」
つばを飲み込む音が聞こえる。
凪にとっては普通のことなのだが、ダランにとっては始めての体験であり、少し怖いらしい。
淡い光と共に、鉛の弾丸とは少し違う音が響き、驚いた鳥達が飛び立つ。
反動で大袈裟なほどよろめいたダランを、凪が支えた。この程度でこんなにもよろめくとは、本当に体力がないらしい。いや、経験がないだけか。
それより驚いたのは、威力だ。
力の込めかたや、威力の調整については教えていないのだが、凪が想像していたより弾の威力が強かったのだ。
集中力が全くなさそうなダランだが、もしかしたら、彼は多少なりとも精神的能力の才能を持っているのかもしれない。
「うわたっ」
凪が手を離した途端、躓いて転びそうになるあたり、体力絡みの才能はやっぱり皆無のようだが。
「見た? 見た見た? すげーよ、これ。すげーよ、俺!」
ダランの放った弾は、目標の場所から僅かにずれていた。反動に負け、銃口がずれたのだろう。
それでも、ダランは大満足のようだった。目を輝かせて喜ぶ姿が微笑ましい。
「衝撃の度合いも分かっただろう? 次は命中させろよ」
「うん!」
無邪気な幼子のように頷くダラン。
「おーい! 遅ぇよ、二人とも!」
そこに、虎王丸の憮然とした声が響いた。
凪とダランは一先ず訓練はおいておいて、虎王丸の後を追うのであった。
昼を少し過ぎた頃、薬草の生えている場所に到着した。
あまり人の入り込まない場所を目指したため、人道からは外れてしまっている。
しかし、目印もつけてきたし、頻繁に遭難者が出るような山ではないため、問題はないだろう。
少しだけ開けた場所で、休憩をとることにする。
ダランはへたり込んでしまったが、凪が食事にしようと言った途端、嬉しそうに鞄を開きだした。
彼の性格なら、散々文句を言いそうなものだが、ここまでの道中、一度も帰ろうという言葉を出すことはなかった。
山道を歩くということや、凪の指導、虎王丸のからかい、全てがダランにとって楽しいのだろう。
木陰や倒れた木に座り込み、各々持ってきたものを出す。
ダランが持ってきた食べ物は、おにぎりだ。
「おまえ、不器用だな〜。なんだこれは、パンダか?」
「ボールだよ。まん丸だろ!」
少し形がいびつだけれど、ダランが作ったものに間違いないようだ。
「虎王丸は何もってきたんだよ! 一人1品ずつって約束だもんな」
「俺はこれ! すげぇ、美味いんだぜっ」
虎王丸が取り出したのは、贔屓にしている店で買ったカツサンドであった。
取り出すなり、虎王丸はカツサンドを頬張った。
「俺も食べていいか?」
「しゃーねーな、今回は交換が原則だからな。それも食ってやるよ」
ひょいっと、虎王丸はダランのおにぎりを取った。
仕方なさげに、しかし、指についた御飯粒まで綺麗に食べるのだった。
「美味い! ……さすが、金持ち、いい飯使ってんな〜」
「違う違う、料理人の腕がいいのさ〜。飯の炊き方にも拘ったんだぜ!」
「へー、炊飯からやったのか?」
「いや、料理長が、だけど……。で、でも次は炊飯も自分でやるし!」
凪もダランの握り飯を一つ手に取る。野菜や鶏肉が混ぜ込まれたおにぎりだ。
「本当に美味いよ、これ。五目御飯って握るの難しいだろ?」
「うん……いや、大したことないぜっ。楽勝楽勝、一回で出来たぜっ!」
「そうか」
握り飯には努力が目に見えて現れているが、凪はあえて何も言わなかった。
予備の水筒とカップを取り出して、凪は自分の作ってきたものを2人に配る。
冷スープだった。
虎王丸は、まるでビールでも飲んだかのように、一気に飲み干し「うめ〜」と一言言葉を発した。
ダランの方は、凪のスープに首を傾げたのだった。
「ん? ちょっと変わった味だよな。こんなの飲んだことない……」
「口に合わないんなら、飲んでやるぜ、お坊ちゃん」
「あー! ダメダメっ。これは俺の分だ」
カップを抱えて虎王丸から死守するダラン。
それは決してまずいという意味ではなかった。
出身の違いだ。凪の手製のスープは凪の故郷の味付けだったのだ。
ダランは味わうように、少しずつ口に含んでいた。その様子は少し感動した風であった。
食後、談笑をした後、作業に取り掛かる。
虎王丸は、皆の水筒を預かり、近くの水場に水を汲みにいった。
ダランは凪に説明を受けながら、薬草の採取を始める。
「おおっ! これなんだ? 変な虫いるぜっ!」
ダランには何もかも珍しいらしく、作業は捗らない。
凪とて動植物全てを熟知しているわけではないので、全てに答えてあげられるわけでもない。
「ダラン。一応今回は遊びに来ているわけじゃないんだぞ」
軽く叱ると、ダランは素直に凪に従うのだが、少しするとまた珍しいものを見つけて駆けていってしまう。まるで子供だ。
「ダラン……」
「このシリス草……なんだ、違うや」
シリス草という珍しくもない草を手にとっていたダランだが、目当ての草ではなかったらしく、手を離した。
「凪、知ってるか」
叱られるより前に、ダランが草を指さして言った。
「シリス草の葉っぱって普通は2つに分かれてるけど、稀に3つに分かれてるのもあるんだって! それを見つけて……ええっと……」
言い難いのか、ダランは口ごもっている。
そういえば、聞いたことがある。
うる覚えではあるが――確か、葉が3つ以上のシリス草が稀に存在するらしい。
一緒に見つけた者達と、葉を分け合うことで、深い絆が生まれるとか……そんな迷信だ。
「あっ、あそこのは!」
ダランが再び駆け出す。
ほんの僅かな距離だったけれど、ダランの背に凪は不思議と胸騒ぎを覚えた。
「まて、ダラン!」
「あっ!」
ダランが草を掴んだ途端、地面が崩れた。
崖というほどのものではなく、ダランは少しの距離を転げ落ちただけだった。
「いたたっ、あれ? 凪、こんなところに洞窟があるぞ」
狭い入り口に顔を突っ込むダラン。
凪がダランの体を掴むより早く、ダランは洞窟の中に入っていってしまう。
「中は結構広いぜ〜」
凪も中を覗いてみる。
変わった植物が生えている。冒険者に荒らされた形跡もない。
主に洞窟内で採れる薬草もリストにあったはずだ。
「一応探してみるか……」
凪も、ダランに続き洞窟に体を忍ばせた。
多分、体格のいい虎王丸には通れなかっただろう。
地上からの僅かな光では中を見渡すことができない。
火を点けようとした凪だが……鼻腔を擽る臭いを感じ、思いとどまった。
「ダラン、出よう!」
嫌な感覚を受け、凪はダランの手を取った。
――その時。
何かが崩れる音と共に、洞窟内が真っ暗になった。
石と砂が、二人の体に降りかかる。
土砂崩れだ。ダランが滑った時に、緩まった地盤が崩れたのだろう。
「凪〜っ!」
暗闇の恐怖に、ダランが怯える。
互いの顔も見えない。
「大丈夫だ」
入り口の場所は判っている。銃で土砂を吹き飛ばせばいいだけのこと。
凪はホルダーから銃を取り出す。
顔を上げて、狙いを定めようとした瞬間。突如激しい眩暈に襲われる。
「凪……。なんか……俺……」
ダランが小さな声を発しながら、崩れ落ちた。
「ダラン!?」
支えようとした凪だが、共に倒れ込んでしまう。
眩暈に襲われながら、凪は気付く。
さっきの臭いは……ガスだ。
マズイ、すぐに脱出しなければ!
息を止めて、狙いを定めようとするが、倒れ込んだせいで、正確な場所がわからない。
また、濃度の高いガスであるのなら、火花で爆発を起す可能性も否めない。
虎王丸が一緒なら……。
凪は歯噛みする。多分、近くまで戻ってきているだろう。
しかし、大声を上げれば、このまま息を止めていることは困難になる。大量のガスを吸い込むことになってしまいかねない。
自分は、意識を保っていられるか!?
「凪……ごめん……」
小さな声が、洞窟内に木霊した。
迷っている時間は、ない。
――To be continued――
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