<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
+ 水晶玉〜それは異世界への扉〜 +
「もし、そこの貴方」
真夜中のベルファ通り。帰宅を急ぐ貴方を呼ぶ声が通りに響き、声の主を見ると、ウェーブのかかった灰色の髪に小さなティアラを乗せた女性が机を前に座っており、目が合うとニコッと笑った。
20代前半といった顔立ちだが、雰囲気はそれ以上のような気がする女性だ。
「占わせて頂けないかし……あら、あなたですか」
それは前にもそう言って、水晶玉の中へ入れた占い師。何を思ったのか手を上げ、魔法をかける。
突然、体がふわりと浮き、椅子に座ってしまい、
「さぁ、この水晶玉を見て」
言われるがままに体が動いてしまうのだった。
水晶玉は白く半透明で、机がぼやけて見えたが、徐々に灰色、そして黒と変化していき、水晶玉自体が真っ黒になったとき、貴方の姿はどこにもなかった。
女性は水晶玉に手をかざすと、呪文を唱え始めた。
底の無い、闇の中。どこまでも落ちてゆく感覚に襲われる空間に、あなたはいた。
おぼろげな光に包まれ、光をつかむと、その光だけは温かかったが、他は凍てつくような寒さである。
ふと、斜め前にも同じような光があることに気づいた。数えると、自分を含めて3つ。何かを取り囲むような位置にある。その中央を見ると、もっと濃く深い闇があるような感じがした。
声を発する。
しかし、口からは息しか出ない。
もう一度、声を発する。
やっと声が出た、が、中央で何かが蠢いた。
目を凝らすと、そこには、あの占い師。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!」
頭を抱えながら当り散らしている。
「みんな、いなくなればいい! 夢さえ見させれば、いつかそこに留まるはずだ。そうやってッ!」
「おまえ」
ある光から男の声がした。光でよく見えないが、金色の髪をした男だ。
口を開いた金色の髪の男は、占い師に指を指されると、
「やれやれ、だ……」
周りの闇に飲み込まれていた。男は抵抗する様子もなく、口を少し動かし、こう言った。
『それでお前さんはどうなる?』
キッと睨みつけ、地を這いながら、2つの光に向かう。
「おまえに“らぶ”はねぇのか?」
「ダマレ! 何ガわかる」
「そう、私などにはわからないから。それはあなただけにしかわからないから」
髪を逆立て、目を赤くし、服は破れ、そこから見えた肌はこの闇のよう。
「この闇は、おまえの心……だな」
指を指され、光が闇に飲み込まれるが、飲み込まれながら男はこう言った。
『本当にそのままでいいのか?』
残り1つになった光はおぼろげながらも輝き、
「あなたのことをさして口を挟む気はない。が……一言だけ」
「聞キタクナイ! おマエ等ニ何ガわカル。誰ヲ、何ヲ、信用スレバ良イノカわからない、この私の心ヲ、オマエ等ハ、オマエ等ハ!」
『今のままで良いのかな?』
最後の光と占い師は姿を消し、闇は渦と化した。
【桃太郎?】
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
すると、川上の方から、どんぶらこどんぶらこ、と大きな桃が流れてくるではありませんか。
おばあさんは腰が抜けるかと思うほど、たいそう驚きましたが、今日食べるものにぴったりだと思い、その桃を川から引き上げ、家へ持って帰ることにしました。
大きな桃を抱えながら、やっと家についたものの、おじいさんはまだ家に帰っていません。
「やれやれ、じいさんはおらんから、ワシが切るのかのぉ。面倒くさいが、スパーンと割るかの。スパーンと」
おばあさんは、まるで鬼婆が持っているような包丁をかまえると、スパッと桃を真っ二つに切ってしまわれた。おじいさんは、その様子を窓から見ていたが、今帰ってくると、桃のように真っ二つにぶった切られた感じがして、また、芝刈りと称して愛人の家に行くのであった。
日が沈みかけたころ、おじいさんが意を決して帰ってみると、なんと、おばあさんが赤ん坊を抱いているではありませんか。しかも、愛人と同じ金髪の女の子を。
おじいさんは浮気がばれたと思い、さっと血の気がひいてしまわれた。昼間に見た、あの包丁で切られるかと思うと、いますぐにでも家出したかった。
が、おばあさんがこちらを向いたとき、その表情は天にでものぼっているかのようだった。
「おじいさんや、この子を育てたいと思うのじゃが、ええかの?」
おじいさんは目一杯、縦に首を振った。
まず、おばあさんはこの子に名前をつけることにしました。
「おじいさんや、この子の名前は何にしましょうか。やっぱり、桃から生まれたんで、『桃子』にしましょうか。いや、ありきたりでは、名前がかぶっちゃうかもしれないわね。それじゃあ、『桃姫』。うーん、これはその辺の、城の姫の名前かなぁ。憎たらしッ。じゃあ、『キング桃』! まぁ、かっこいいわねぇ。うふふ」
年甲斐もなく、話し口調が若くなったおばあさん。赤ん坊から若さを吸い取っているのではないだろうか、と思われるほど肌につやがあり、声が透き通ってきている。
「うーん、どうしましょうかねぇ……あら?」
おばあさんが桃を見ていたとき、中に何かあるのに気づいた。
「なになに? 『この子の名前は“オセロット” 大好物はきび団子です』って、あらあら中々可愛い名前じゃない。これに決定」
この子の名前は“オセロット”に決まった。その決定におじいさんは胸をなでおろした。
『桃子』だったら、愛人とかぶってしまうからのぉ。ふぉふぉ。
なにはともあれ、オセロットはこの夫婦に育てられる事となった。
「いってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」
あれから数十年と数年。オセロットは誰もが振り返るような美しい娘さんに成長し、同時におばあさんも誰もが振り返るようなマダムになっていた。シワ、シミ、クスミなどはなく、あのおばあさんと同一人物だとは思えないくらいだ。
それはと言うと、あれからおじいさんの浮気がばれてしまい、案の定、おじいさんはおばあさんに真っ二つにされてしまい、その肉体から回春の妙薬をつくりだし、それを飲み始めたから、もう誰も婆だとは思わなくなった。とか。
さて、おばあさんのことはどうであれ、町へ出れば声をかけられるオセロット。おばあさんに教わった小刀の技をさらに極めるため、師のもとへ行くのだ。
「なあなあ」
と声をかけられれば、無視し、素早く走るのがおばあさんに教わった逃げ方。というか、時間に遅れそうなのだ。
こうして町へ出ては走り回り、オセロットはいつもくたくたになって帰るのだった。 こういう生活をしているので、歳相応の遊びなど、まったくする暇もない。
「ああ、どこか遠いところへ行きたい」
こう思うようになっていた。
さて、
世間一般では、人が多く集まるところには、“噂”というのも多く集まり、その中に、
『鬼が島、という島には、とてつもなくデカイ鬼がいて、その鬼は莫大な宝を持っているらしい』
というものがあった。
噂というのは信用できないものも多いが、これは真実であった。
現に今、オセロットの家にその鬼がいるのだ。
「おうおう、宝をよこしやがれ。そうじゃねぇと怒られちまうんだ! 親父のハートはガラスなんだぞ」
と言いながら、おばあさんに詰め寄るのはピンクのパンツをはいた鬼。花柄である。
「んなもんないよ! 他をあたれって、どっかに行ってくれよ!」
「嘘をつくんじゃねぇ! 仏の目は騙せても、桃色パンツと俺の目は誤魔化されねぇ。“回春の妙薬”はここにあるんだろ?!」
「ないってば! しつこい鬼だね、まったく。そんなんじゃ、女に逃げられちまうよ」
「なんだと! それどういう意味だ?」
「だからね」
ふむふむと頷きながら、おばあさんの話を聞く桃色鬼。だが、その隙に手下の人面草に薬のありかを探させていたのだ。
「親父! ありましたゼ」
「おうおう、よくやった。じゃあな、マダム。薬はもらっていく!」
気づくのが遅かった。見た目は20代でも、中身は70歳以上のおばあさんのままだったので、そんなに神経を働かすことができなかった。
「待ちなって! 返してくれよッ! …ッ!! アイタタタッ……」
おばあさんは桃色鬼のあとを追っていたが、そこは舗装もなんにもされていた山道。足をくじいてしまい、その場にうずくまってしまった。
「おっと、すまんよ。らぶりー」
オセロットは何かよくわからない者とぶつかってしまったが、すぐに謝られて、走り去られてしまった。
「何も……言っていないのに」
もう、その者はいない。
オセロットが、また家に帰る道を向いたとき、誰かの叫び声が聞こえた。
「おーい、誰か来ておくれよぉ! わたしゃ、歩けないんだよぉ」
おばあさんだ。
オセロットが駆け寄ると、おばあさんは目を輝かせながら手を振り、
「ああ! オセロット、ちょうど良いところに来てくれた。桃色のパンツをはいた鬼に大事な薬をとられたんだ。ほら、お母さんが毎晩飲んでいる薬があるだろ? あれだよ。ねぇ、お母さんの代わりに、返してもらってきてはくれないか? あいつはたぶん、最近噂の鬼が島の鬼だと思うし、身なりだって、武器だって、食料だって家にあるから、それを持っていったら良い。ねぇ、お願いだよ」
オセロットはすぐに頷き、おばあさんをおぶって家に帰った。
帰るとすぐに用意をしはじめ、研いだばかり小刀を武器に、白と黒の着物に袖をとおし、おばあさん手作りのきび団子が入った袋を持った。
「鬼が島は、ちょっと行けば、すぐに着くさ。いってらっしゃい、気をつけるんだよ」
「いってきます」
オセロットは旅立った。こんなにうまく事が進んで、何か落とし穴があるのではないかと思ったが、まぁ、そのときはそれを乗り越えれば良い。
きび団子を頬張りながら、旅路についた。
―――しまった!
こう思ったときには、時、すでに遅し。
辺りはまっくら闇につつまれてしまっていた。日が沈んだのだ。
途方もなく歩いても、狼の餌になるしかない。オセロットは草むらの中へ隠れ、夜を明かすことにした。
が、なにやら先客がいるようだ。
「どうしたんだ、嬢ちゃん? 迷子か?」
金色の毛並みがまぶしい、犬である。と言っても、なんだか体のほうは人間のような。
「気にするな。こんなときもあんだ。それよりよ、嬢ちゃんはどうして、こんなところに? 俺みたいに飢えた狼がいて危ないぜ」
「鬼が島へ鬼退治に行きたいのだが、1人ではいささか不安で……あなたも一緒に行かないか?」
狼に会ってしまった―――が、オセロットはこの犬と、前に会ったことがあるような気がした。襲われないと直感した。
だが犬のほうは思わぬことを言われて、びっくり。腕を組みながら、じーっとオセロットを見て、こう切り出した。
「…いいが、1つ条件がある。実は、腹が減って死にそうなんだ。何か食べ物をくれねぇか?」
そんなこと、朝飯前だと、オセロットはきび団子が入っている袋を取り出し、1つ犬に渡した。
受け取った犬はきび団子を口の中へ放り込むと、嬉しそうな顔をして、
「ありがとよ。俺の名前はトゥルース・トゥース。よろしくな。オセロット」
ここまで来て、自分を知っているものがいることに呆れたが、気を取り直し、
「よろしく。トゥルース」
2人は握手し、もう1つきび団子を渡した。
夜が明け、朝日のまぶしさを肌で感じながら、オセロットはきび団子を1つ、口に入れた。もう1つ食べようかと袋の中に手を入れたが、ない。
ないのだ。
ため息をつき、その辺にはえていた野いちごと湧き水を飲み、オセロットとトゥルースは歩き出した。
鬼が島は、あともう1山越えれば着くだろう。
山を越え、船を借り、海を渡り、やっと2人は鬼が島へとたどり着いた。
が、
「うわっ。思ったよりデケェな、おい」
オセロットもトゥルースも身長がとても高いはずなのに、門の前へ立つと、常人と変わらない大きさに見える。
「入ろう」
「えっ、おいッ! 待てよ!」
そんなことなど、おかまいなしにオセロットは入ってゆく。トゥルースはそのあとを追いかけるが、すぐに追いついた。
オセロットの前に、敵が現れたのだ。
「おうおう、なんだい。桃色見習いになりにきたのかぁ?」
目の前に現れたのはオセロットの家で薬を盗んだ、あの桃色鬼。今日、改めて見ても桃色のパンツは花柄だ。
「それにしても、ちょっとぶっそうじゃねぇのか? 小刀をもった和服美人に、いぬっころなんてよ」
「いぬっころじゃねぇ!」
大口を開けて笑う桃色鬼。こんな状況でなければ良い奴そうだが、そんな悠長なことは言っていられない。
「母から盗んだ薬を返せ。素直に返せば何もしない」
「そうだ、俺も何もしねぇ」
桃色鬼は少し考え、ため息をついた。
「そうしたいのは山々だがよ。俺にだって家族がいんだ。その家族に良い思いさせるには、こうするしかねぇんだ。だから薬は返せねぇし、もしかしたらもう、飲んじまったかもしれねぇ。まぁ、座れよ」
いつの間にか、足の生えた花が椅子を持ってきていた。
一応確認するが、どこにも仕掛けはない。2人が腰掛けると桃色鬼はにこやかに、
「っと、自己紹介が遅れちまったな。俺はオーマだ。オーマ・シュヴァルツ。まぁ、ここの鬼だが、町に行って家政婦もしてるぜ」
聞いてもないことをペラペラと話すオーマ。なんだか2人のやる気が失せてくる。
「やっぱりトマトは暑い夏に食べるのがうまいが、他のやつらに気づかれないうちに帰ってくれないか」
突然、そんな話をされては聞き逃してしまうのではないか。
出された重箱をつっつきながら聞いていた2人は思った。
「前までは、農作業や釣り、機織なんかして町へ売りに行くだけで、盗みなんかはまったくしてなかったんだ。だがよ、急にリーダーが代わっちまってから、ほとんどの奴らは外の仕事をやらされ、島にいんのはリーダーだけのときもあってよ。何しているかわからねぇし、みんなとも会えねぇ」
オーマは何かを思い出すように、語り続ける。
「リーダーはおっかねぇ女でな、俺のハートが砕け散るかと思ったぜ。あいつが来てから盗みをやらされるようになったし」
「それじゃあ、その女をこらしめりゃ、平和になるってか?」
杯をかわしながらトゥルースは問う。
「そうだろうな。あいつの部屋は入ったことねぇが、盗んだものがわんさかあるだろうな」
オセロットとトゥルースは大きな声では言えないが、食べ物さえ買えないくらい懐が寒い。
ちょっと貰っていって肥えた土地と小さな家くらい買ってもいいだろう。
「そいつはどこにいるんだ。案内してくれ」
「懲らしめてくれるのか?」
2人は頷いた。
「ありがたい。俺らもあいつの存在には困ってたんだ。こっちだ、行くぞ」
3人は走り出す。鬼が島の中にある、巨大な鬼御殿の中を。
オーマは大きな焼けた木でできた扉の前に立ち止まった。
「ここだ。この扉の向こうに奴はいる」
「案内ご苦労……で、オーマはどうするんだ?」
「俺はここで待っている。帰ってくるときに船でも出してやるさ。あと、親父特製愛情たっぷり重箱も持っていけ」
親指をビシッと立て、手を振るオーマを背に、2人は扉を開いた。扉を開けた瞬間、中から凍てつく冷気が覆い被さってきた。2人はそれでも振り返らず、中に入っていった。
「誰です、ノックもなしに」
足を踏み入れてすぐ、若い女の声がした。
……コイツは、ヤバイ。
トゥルースは嗅ぎ取り、感じ取っていたのだ。この部屋には闇の気配がする。
「ちょいとあれだ。おまえに恨みはねぇが、な」
トゥルースはアイコンタクトをし、オセロットは小刀をかまえた。戦闘経験がないはずなのに、自然とどうすればいいのかわかってくる。
「あなたたちは私を倒そうとするのですか?」
「死なねぇ程度にな。ちょいと、おいたがすぎる鬼をこらしめる程度さ。お手柔らかにな」
「そう、なの……」
爆音とともに戦闘は開始した。
トゥルースは深手を負わせない程度に拳を突き出すが、相手は魔法使いだった。盾を召還され、砕くが逃げられる。
オセロットは隙を狙っては利き腕を狙うが、かする程度で大したダメージを与える事ができない。
それに、足場が凍り付いていて滑りやすい。
「なんて奴だ」
―――鬼は、2人に攻撃しない。2対1の不利な状況で鬼は盾を召還しては交わし、まるで……疲れるのを狙うか、時間を稼いでいるようだ。
「なにッ?!」
鬼は時間を稼いでいた。
「う、腕が」
2人の腕が指先から凍り始めていた。周りの冷気がまとわりついてきて凍りつかせているのだ。どれだけ氷をはらっても徐々に凍りついてくる。まるで針が突き刺さるが如く、痛みが走る。
「甘く見ないでちょうだい。お2人さんもここでずーっと氷像として飾ってあげるわ♪ 毎日温度を保ってあげるから、抵抗せずに。ねぇ?」
「だれが、そんなもんに……ッ!」
「あらあら。抵抗しないほうが痛くないのに……」
「ッ!」
腕が凍ってしまうと一気に速度を上げ、全身が凍ってしまった。
2人はもう動かない。
「かわいいわぁ。オセロットちゃんって素敵な髪をしているし、トゥルースさんはこの威圧感がたまらないわぁ」
2つの氷像を眺めながら、グラスにワインをそそぐ。血のように赤いワインは冷気でさらに冷やされ口にふくまれる。
女はうっとりしながら氷像に見入っていた。
「おっせぇなぁ、あの2人。もしかして…… いや、ありえない。あの2人なら……うをー! 気になるぜ!」
立っては座りを繰り返しながらオーマは扉の前で待っていた。すると、いきなり扉が開き、女が出てきた。
「と、トイレー!」
生理現象には勝てないらしい。が、あれ? あの2人は?
女が閉め忘れた扉から部屋へ忍び込んだ。
「?!!」
そして、みつけたのだ。
部屋の中央には武器をかまえたままの男女の氷像。壁側には花をもった少女と強気そうな女性の氷像。他の壁にはたくさんの男性の氷像。そして机の横には毛並みがいい猿と雉の氷像……
1人1人の顔を見ては、驚き、事の真相を悟った。
オーマはここ数日間、知り合いとまったく顔を合わせていない。最近、急に外での仕事をすべて押し付けられ、その余裕が無かったのだ。
「おまえら…こんなところで……」
即にあった氷像はオーマの家族と仲間達であった。
「おまえらも……」
すべての氷像の表情を思い出すと、オーマは唇を噛まずにはいられなかった。
後ろで扉が閉まる音が響き、振り返った。
「あら、ダメじゃない。見つからないようにあなたを外の仕事にしたのに。努力が無駄だわ」
「……」
「あら? 何も言わないの?」
「……言えねぇよ」
「ん?」
「こんな酷いことされちゃあ、誰も何も言えねぇ! 今すぐ皆を元に戻せッ!!」
「いやよ、私のだもの」
女がオーマのほうへ手のひらを出すと、そこから吹雪が飛び出した。
吹雪を全身に浴びるオーマだが、体が凍らない。
「しぶといわねぇ! でも、私を倒しても元に戻らないわよ!」
女が手を回すと、吹雪は回転しながらオーマの体にまとわりつき、頭上から氷雨と氷柱が降り注いだ。
オセロットとトゥルースは、底の無い闇に、堕ちた―――
オセロットが目を覚ますと、底の無い、闇の中にいた。
体は前と同じように光に包まれている。
「私は結局、何をしたのだろうか」
オセロットが呟くと、隣から苦々しく口調で話す声が聞こえた。トゥルースだ。
「…やりきれねぇってぇか……。あいつは何がやりたかったんだ……」
「そうだな……しかし、オーマが言っていた言葉を思い出したんだ。ここはあいつの心の中。こんなにも寒く、暗い心―――
私たちは光っているのに、ここには光がまったくない」
その言葉を聞いて、トゥルースはニマリ。
「いや、光はあるぜ」
「え?」
「俺たちだ」
葉巻に火をつける。あがる煙がキラキラ輝いている。
オセロットも煙草を取り出す。
「火ぃ、貸すぞ?」
「いや、自分で持っている」
オセロットはもう、あの世界での姿ではなかった。黒い軍服のようなコートを着た、大人の女性。煙草に火をつけ、煙をあげた。
寒く、暗い空間に光の粒が舞い続けた。
「ッ! なかなかやるなぁ」
オーマの右腕には氷の矢が刺さり、そこから凍り始めていた。
「ふふふ。あなたも私が綺麗に飾ってあげるわね」
「ケッ! 俺みてぇなデリケートな親父をおまえなんかが扱えるかよ」
「あら、元気がいいわね。好きよ、そういうひ…と……」
突然、女は倒れた。すると、部屋の温度が急にあがりはじめ、オーマの腕に刺さっていた矢が溶けた。近くではガラスが砕けるような音が響き、咳き込む音がする。
近づくと、そこにはオセロットとトゥルースの姿が。
「おまえら!」
「戻ってこられたぜ」
「もう、凍るのはごめんだ」
オセロットはコートについている氷をはらう。ここはもう寒くない。
「他にもいる奴を見てくる。それから、もうこんなところ出ようぜ。また氷にされちまったら、たまらんからな」
オーマが奥へ行こうとした時、女が急に、
「お姉ちゃんッ!」
叫んだ。
「みん、な…どこに行くの……なんで、私を置いて、いくのぉ。1人に、しない……でぇ……」
3人の目線が女に向く。女は涙を流しながら、何かを掴むかのように手を動かし、
「どうやったら、ウルディ‥アンに開放され……ル、ノ……」
涙をぬぐうように目をこすり、顔にまとわりつく髪をどかした。
すると、そこには黒い、角。
「こいつでは鬼ではなく、魔人だ。しかも呪われてやがる」
トゥルースは目線をそのまま呟くように言った。
「“ウルディアン”は悪魔の名だ。たしか一族はみな消されたはずだったのだが、……生き残ってやがったか」
「でも、ウルディアンに開放されるのって」
「ウルディアンが狩られた理由は、人間を魔力で別のものに変えたり閉じ込めたりできるからだ。だから、こいつも……そうでもしたら呪いが、心が、安らぐかと思ったのかもしれねぇが、やりすぎだな」
トゥルースは拳に力を込めた。
「何をする」
「こいつを、狩る。理由は聞かないでくれ」
そのまま拳を振り下ろしたが、寸前のところで拳が止まる。
「なに?!」
「あのね……私」
女は目を開き、ゆっくり話し出す。
「お友だちが、欲しかった…んだぁ。でもねぇ、みんな私を見ると逃げちゃったり、剣をむけたりするの……私、どうすればいいか、わからないから。死にたくなかったから……
そうしていたらね、なんだか自分が自分でなくなるような気がしてきたの……それにやっとね、信用できる人ができても、裏切られるんじゃないかって思うと、自分で思ってもないことをやっちゃって……もう、罪を償えないよね。それくらい酷いこと、しちゃったよね……」
微笑みながら涙を流す。トゥルースの拳は止まったまま。
「お兄さん、早くやっちゃって。もう生きていても、何かにトリツカレテサ、さ。自分が自分でなくなッ…るからね!!」
女はいきなり立ち上がり、3人に向けて吹雪を放った。
「ハハハハ!! 私に楯突くから、こうなるのよ! みんな凍り付いちゃえばいんだ!」
さっきとは比べ物にならない吹雪が襲い掛かってくる。
「ハハハハハ! 苦しめ! 苦しむがいい!!」
腕やコートで受け止める。体が凍ってゆく感覚に襲われながら、さっきの女の様子を思い出す。
『本当にそのままでいいのか』
意を決して女のほうを向くが、誰もいない。吹雪もなく、場所も見慣れた場所である。
「ここは……ベルファ通り?!」
「戻されちまったか。中途半端に」
朝靄がうっすらたちこめるベルファ通りでは、徹夜で客に付き合っていたエスメラルダが気分転換に腕をのばしている以外、誰もいない。
エスメラルダは3人に気づくと、黒山羊亭に招きいれ、ホットミルクを置いた。
朝靄は、3人が去ったのを見送ると、すぅっと消えた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り/鬼】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー/桃太郎】
【3255/トゥルース・トゥース/男性/38歳/異界職/伝道師兼闇狩人/犬】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、田村鈴楼です。ご参加ありがとう御座いました!
なにを考えているかわからない占い師のことを、少しでも理解して頂けたら幸いです。
■オーマ様
毎回ご参加ありがとう御座います!
今回はプレイングでお書きになった鬼の役をオーマさんにやっていただきました。花柄を付け加えましたが。
最終的には悪役ではありませんが、みんなを愛し、できるだけ戦闘を避け、サポートする。そういう役がオーマさんに合うと勝手に思いまして、あのようにさせていただきました。
皆様にまたお会いできることを祈って。
ありがとう御座いました。
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