<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所〜お薬の代金〜』

「大変だ、大変だ、大変だ!!」
 ボロ小屋……もとい、錬金術師ファムル・ディートの診療所に、金髪の少年が駆け込んでくる。トラブルメーカーのダラン・ローデスだ。
 今日はどんなトラブルを持ち込もうというのだろう。
 ファムルは振り向きもせず、ため息をつく。
 まあ、それもいい。
 どうぞ持ち込んでくれ。
 そして、できれば、この小屋を破壊して欲しいものだ!
 ……そうしたら、ダランの父親に賠償させ、駐車場付きの家を建てるんだ。
 研究室は今の5倍の広さが欲しい。
 診療室の他に、入院患者用の部屋も設けて。
 病気の女性を親切丁寧に治療して、あんな展開やこんな展開に発展して。
 “先生、私退院したくありません”
 とか言われたりして。
 “それなら、すっとここにいてくれ”
 って答えて。
 そして二人は末永く……。
「オイ! 何一人でにやけてんだよ! 大変なんだってばっ」
 ダランの蹴りがファムルを妄想の世界から強制的に引きずり出す。
「っ。どうせならもっと強く蹴ってくれ。この程度じゃ治療費請求できんだろ!」
 このオジサン、色々切羽詰っているらしい。
「そう、治療費だよ、薬の金持って来たんだ」
「ほう、だったら払って帰れ。今日は忙しいんだ」
「俺じゃなくて! 綺麗な女の人がっ」
 言った途端、ファムルが普段の10倍の速度で振り返り、ダランの両肩を掴んだ。
「本当か!? 今何処に!?」
「そろそろ診療所に着くはずだぜ! ほら以前腹痛でここを訊ねてきた、ファンってガキ。あのガキんちょ、ホントにねーちゃんを連れてきやがった〜」
 ダランの言葉を聞くや否や、ファムルは彼を突き飛ばすかのように玄関に向いかけ、はっと診療所が小汚いことに気付き、急ぎ片付けを始める。
「ダラン、下駄箱のスリッパを並べておいてくれ!」
「俺に指図すんなよっ」
 ぶつぶつ言いながら、ダランはスリッパを手にして、にやりと笑う。
「並べてやったぜ〜」
 右端と左端に、片方ずつ離して並べてあった。……確かに並べてはある。
「なら、研究室のゴミを外に捨ててくれ」
「はいよー」
 ダランは研究室のゴミ袋を取ると、部屋の外に出して(廊下に)捨てた。

 広場の片隅の建物を見たチユ・オルセンは眉根をひそめる。
 そこは診療所というよりまるで子供達の秘密基地だ。
 もしくは、年老いた魔女が怪しい研究に使っていそうな古びた建物である。
「ファン、ここに間違いないの?」
 傍らの弟……ファン・ゾーモンセンに問いかける。
 ファンは姉の言葉に、こくりと頷く。姉の上着の裾をつかみながら、慎重に小屋を見据える。
 以前、腹痛でここを訪れたファンは、その後暫らくの間味覚を失った。また、使ってもいない薬の請求もされたのである。
 ファンが幼いとはいえ、警戒心を持つのは当たり前であった。
「大丈夫よ!」
 そう言ってチユは可愛い弟をに手を伸ばして、頭を撫で……るわけではなく、頬をぎゅぅっと引っ張って笑った。
「はうー」
「行くわよっ」
 不安げな弟の手を軽快に引いて、再び歩き出す。 
 近付けば近付くほど、怪しげな小屋だ。
 ちらりと傍らの弟を見る。
 チユ達大人から見れば奇妙な小屋ではあるが、子供の目では楽しそうな場所に見えるのかもしれない。
「よぉーうこそ!」
 診療所のドアをノックをしようと手を上げた途端、中からドアが開かれる。
「ささ、お嬢さん、こちらへ〜……って」
「あっ、貴方は!」
 現れた相手を見て、チユは納得する。
 無精髭に痩せた体……。
 この人物なら、この場所で暮していることに違和感はない。
 そして、この人物なら! こういう請求をしてくることも十分考えられる。
「お久しぶりです」
 チユはにっこり微笑んでみせる。
「お、お久しぶりです。以前はどうも」
 ファムルとチユは初対面ではない。
 先日、ファムルは生活に困り、白山羊亭で臨時バイトとして働いていたのだが……。
 生活苦よりも、彼の人生にとっての最重要課題である、嫁ゲットに夢中になり、飲まず食わずでナンパに勤しんでいたところ、チユ達に保護されたのだった。
「お、おおおおお。そうか、ついに旦那と別れたか! 君なら大歓迎だ!! ささ、こっちへ」
 いや、別れてはいないのだが……。
 答える間も、スリッパに履き替えることもなく、チユは半ば強引に肩を抱かれて診療室へと誘われる。途中、ゴミ袋が通路を塞いでいたが、ファムルが蹴飛ばしてどかした。
 後ろについていたファンは片方ずつ並べられているスリッパに首をかしげながら、姉の後を追う。
「これもごみーごみごみごみー」
 しかし、姉を追おうとするファンの行く手を塞ぐかのように、突如大きな袋が現れる。
 前に積み上げられた袋は、ファンの身長よりも高い。
「おっす、久しぶり!」
 袋を掻き分けたファンの目に映ったのは、以前この診療所に来た時に会った少年、ダランだった。
「う、うん。ボク、お姉ちゃんのところ行かなきゃ」
「おおっと、ここはそう簡単には遠さねぇぜ」
「わっ」
 放り投げられたゴミ袋がファンめがけて落ちてくる。驚いたファンは、尻餅をついた。
「ふっふっふっ、お前の姉は頂いた。ここを通りたければ、俺様を倒して行くがいい!」
 全く迫力はないのだが、ダランがゴミの中で仁王立ちしている。
 ファンとしては、玄関でお金を払って帰るつもりだった。
 この間の薬のお陰で確かに腹痛は治った。しかし、あの医者は信用できない。
 もしかしたら、姉も変な薬を飲まされるかもしれない。
「どうした、お姉ちゃんのことは諦めて、ママの所に逃げ帰るか?」 
 ファンは立ち上がって、目の前の敵を涙目で睨み付けた。

「今日の用件はそういったことではなくて」
 チユは応接室に通されると、一枚の紙をテーブルに広げた。
「……これはここを訊ねてきた子供に渡したものだが。ああ、そういえば、さっき貴女の足にしがみついていたな!」
 ダランから話を聞いていたにも拘らず、ファムルの頭はファンの存在を認めていなかったらしい。
「そうか、本当に姉を連れてくるとは、なんて将来有望な立派な少年なんだっ」
 言いながら、チユの手に手を伸ばすファムル。チユはテーブルの上の紙に手を伸ばしてファムルの迫りくる手をかわした。
「で、このお薬の請求書なのですけれど。整腸剤はわかりますが、あとはどういったお薬なんですか?」
「ん、ああ。薬が苦くて飲めないと暴れだしたんでな(暴れてません)、少しばかり味覚を抑える薬を使ったんだ(かなりキツイものでした)。色剤の方は、部屋で休ませていたら勝手に薬品棚から取り出して使っていてな(使ったのはダランだけど)」
「あら……それは申し訳ありません」
 深く頭を下げるチユ。
「いやまあ、子供のやったことだからな。こんなに美しい方の弟さんだと知っていれば、多めに見たんだが」
「でも」
 チユは顔を上げて、ファンのいる廊下に目を向ける。
「薬の管理は医者としての義務ですよね。子供の手の届くような場所において、患者にもしものことがあったら、大変だもの。そんな厳重管理されているようなものを持ち出すなんて、なんて子なんでしょう。帰ったらお仕置きしないと!」
「うっ……もっともだ。何故そんな当然のことに、俺は気付かなかったんだ! 申し訳ない、俺の管理が悪かったんだ。危うく君の大切な弟を傷物にしてしまうところだった〜!」
 ファムルはゴホンと咳払いをすると、今度こそ狙い定めてチユの両手をつかんだ。
「俺と結婚すれば、二人の財産は共有財産になる。責任も薬代も全て相殺ってことで。喜びも悲しみも分かち合おう! この際、そうしてしまわないか。ああ、そうしよう、それがいい!」
 この男と結婚してチユになんの利があるというのだろう。何が分かち合えるというのだろうか。
「それはやめた方が……。で、でも、貴方がどうしてもというのなら、私は……なにも」
「そ、そそそれはOKということだな!」
 チユの手をぶんぶんと振るファムル。
「え、ええまあ……」
 困った笑顔で答えるチユ。
「そうと決まれば、早い方がいい! 気持ちが変わらんうちにな。では、チユさんにはこちらに名前を書いてもらおう」
 ファムルは喜び勇んで引き出しから結婚誓約書を取り出したのだった。

「お、お姉ちゃんを返せー」
「なにぉう、うわっ、頭突きとは卑怯な!」
 玄関付近には、ゴミまみれのダランに、ゴミ袋に入れられたファンの姿がある。
「……何してるの、あなたたち」
 応接室から出てきたチユは、弟の姿に、思わず噴出してしまう。なんだか妙に可愛らしい。
 ゴミとダランを避けながら、下半身をゴミ袋に入れられているファンを抱えあげる。
「お姉ちゃん、大丈夫? 変な薬飲まなかった?」
「うん、何も飲まなかったわよ〜」
 ファンを助け出して、ゴミを払う。 
「なんだ、もうおしまいかよ。ふっ、貴様程度の実力では、この俺は倒せん」
 ゴミまみれな少年が仁王立ちして踏ん反り返っているが、それはほっといて、チユとファンは診療所を後にする。

 屋外の方が室内よりは涼しかった。
 生暖かい風が、雑草を穏やかにゆっくりと揺らす。
 既に日が落ちかけている。
 家に帰ったら、夕飯の準備をしないと……と、献立に思考をめぐらすチユの傍らで、ファンがお腹をさすっていた。
「どうしたの、ファン? お腹痛いの?」
「ううん、お腹空いたの。帰ったら、お姉ちゃんの料理食べたいな。今日はお薬飲んでないから、美味しく食べれるよね」
「そうねー」
「ねえお姉ちゃん、それなに?」
 不信気な目で、ファンはチユの手の中にある袋を見た。どうもファムルに貰ったものらしいのだが……。
「新発売の美容系スキンケアだって」
 チユは紙袋を開いてみせる。
 スキンケアのほかに、様々な薬が入っている。お土産としてファムルがくれたそうだ。
「そんなもの貰っちゃうと、また請求されちゃうよ!」
「ああ、それなら大丈夫よ。きちんと確認したから。“ご足労頂いたお礼”だって。どうしても貰ってくれって言うんだもの」
「ボクのお薬のお金は、払ってくれたんだよね?」
「それは、共有財産ってことで、チャラなんだって」
「きょうゆーざいさん? それどういう意味?」
「いいのいいの。こういうことは深く考えない方がいいのよ。さっ、早く帰ろうか〜」
 チユは歩調を早めた。
「浮いたお金で、今日は美味しいものを作ってあげるね、ファン。食べる前に、お風呂入るのよ?」
「はーい」
 パタパタとファンはチユの後を追い、二人は手を繋いで帰っていった。

「おい、おいってば!」
 ゴミだらけのダランが、応接室でぼーっとしているファムルをゆすぶる。
 しかし返事がない。ただの屍……みたいだ。
 ダランはファムルの手元にある2枚の紙を見る。
 一枚は薬の請求書。ファムルの字で、宛名がファンからファムルに変更されている。
 もう一枚は……。
「結婚誓約書? ファムルと……ファンの?? おい、アイツ女の子みたいだけど、男だぞ? 知ってんだろ? 大体ガキに結婚誓約書なんて書かせたって無効だっての」
 しかし、返事がない。ただの屍っぽい。
 チユを喜び見送ったファムルだが、後になって誓約書の名前を見てみれば、ファンの名前が書かれていたのである。
 薬代の請求書の宛名は、ファンであり、ファンに支払い義務があった。つまりファムルがプロポーズした相手って…………ファン?
「おーい、部屋散らかってんぞ。ちゃんと片付けておけよな〜。じゃあな、俺帰るから」
 散々遊んだせいで、廊下がゴミだらけになっている。ダランが通った診療室やこの応接室にも被害は及んでいた。
 ひゅる〜り。
 ドアから入り込んだ生ぬるい風が、請求書を巻き上げ、屍ファムルの頭に張り付いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3317/チユ・オルセン/女性/23歳/超常魔導師】
【0673/ファン・ゾーモンセン/男性/9歳/ガキんちょ】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
ファン君も一緒で助かりました〜。
とても楽しく書かせていただきました。
発注ありがとうございました!