<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
屋敷から連れ出して 〜ささやかな晩餐会〜
「ただでさえ金欠なのに、何で屋敷住まいの金持ちに奢らなきゃなんねぇんだ……」
延々と続く草原を歩きながら、虎王丸はぶつぶつと呟いた。
凪が「ノトールさんを宿に招いて晩御飯をご馳走する。俺は手が離せないから虎王丸がここまでご案内して」というので、こうして丘陵の屋敷へ向かっているわけだ。
太陽はすでに頂点を過ぎ、ゆっくりと沈んできている。
とは言え暑さは弱まる気配を見せず、むしろ昼間に地面が溜め込んでいた熱気のせいで、むわっとする暑さが続いている。
(早く屋敷について、冷たい水でももらいてぇな……)
持ってきていた水筒の中身を飲みつくしてしまった虎王丸は、額から流れる汗を恨めしそうにぬぐいつつ太陽の下を進む。
エルザードから北に進んできているのだが、歩いて数時間という距離では気温が大きく変わるわけもなかった。
暑い暑いと連呼しているうちに、虎王丸は一軒の屋敷の前に辿り着く。
クリーム色の壁に深緑の屋根。二階建ての屋敷は、二人で住むにはいささか大きすぎるように思えた。
「俺もこんな所に住めたらなァ。部屋も随分と余ってるだろうし、少しぐらい譲ってくれてもバチはあたらねぇだろ」
などと勝手なことを言いながら、誰もいない門を通って玄関へ向かった。
「あら、お客様?」
途中、庭で薔薇の世話をしている老婆に声をかけられた。
虎王丸は凪が話していたことを必死に思い出し……。
「あー、えーと……凪が世話ンなったみてぇだな。で、ノトールってのはどいつだ?」
「あらあら、ではあなたが凪さんの『相方』さんですのね。ようこそいらっしゃいました」
老婆――アスティアは前掛けで手を拭くと、屋敷の横にある小さな物置小屋へ向かって歩いていった。
中には麻袋に入った腐葉土やスコップ、剪定用の大きな鋏などが雑然としまってあり、そこから目的のものを取り出すのはかなり骨が折れると思われた。
「すみません、アスティアさん。ちょうどいい大きさの煉瓦がなくて……」
「お客様です」
「え? もういらっしゃいましたか」
物置の奥で煉瓦を漁っていた銀髪の青年が、苦労して物置から出てきた。
――半月ほど前のことである。
ノトールの元に凪から一通の手紙が来た。
手ほどきを受けた料理の腕が少し上がったので、味見をしてもらいたいという。エルザードへ買いだしに行くついででいいので、ぜひ自分たちが泊まる宿へ招待したいとのことだった。
楽しいことを探していたノトールはすぐに快諾の手紙を出し、都合のいい日程を伝えた。それが今日だったわけだ。
その返信の手紙で、凪は自分が迎えに行くことは出来ないので相方の虎王丸が向かう、と書いてきた。その手紙には、虎王丸のことをこう記してあった。
「無鉄砲で喧嘩っ早い、野性味に溢れた少年。そして……いささか礼儀知らず、ねぇ」
手紙に記してあった言葉を小声で繰り返してみる。
「あ? なんか言ったか?」
「いや、何でもありませんよ。……ではアスティアさん、夜には戻ると思いますので――」
「そんなことは言わず、二日でも一週間でも遊んでらっしゃいな。たまには息抜きも必要ですからね」
「……はい。行ってきます」
ノトールは手早く作業服からバトラースーツに着替えると、馬小屋から馬車を駆って出てきた。
虎王丸を後ろに乗り込ませ、自分は御者台に座った。軽く鞭を当てて進ませる。
「行き先はエルザードで間違いありませんね?」
「おう。……エルザードに着いたら俺が御するぜ。口で案内するのは面倒だ」
「分かりました」
ノトールが持ってきた水筒から水を貰うと、虎王丸はそれを一気に仰いだ。あまりにも喉が渇いていたので全部飲みそうになったが、それではあまりにも礼儀知らずというものだと思いとどまる。
「虎王丸さんは、凪さんのどういった相方なんです?」
「二人で各地を冒険して回ってんだ。俺が前衛、あいつが後衛で、バランス的にもちょうどいい」
「そして、純粋に仲もいい?」
ノトールが言う。彼は前を向いているので虎王丸には背中しか見えていなかったが、確かに声が笑っていると思った。
そして、虎王丸はノトールの姿をじっくりとながめた。
銀色の髪はつんつんと逆立っており、耳には多くのピアス、両手には大振りの指輪がはめてある。今着ているバトラースーツもかなり着崩している。
……総じて見ると、ノトールがただの大人しく礼儀正しい執事にはとても見えない。
なのに、なぜ彼は……。
「……なぁ、ノトールは何で年下の俺に敬語使うんだ? 嫌になんねぇ?」
虎王丸は思ったことを率直に口に出しただけだが、ノトールが楽しそうに笑い出したので、彼はいささか不機嫌そうに問い返した。
「何かおかしいこと言ったか?」
「いや、いや……。さすが相方ともなると以心伝心だなと思っただけです」
ノトールは肩で大きく息を吸って笑いを収めると、少し振り返ってにやりとした笑みを虎王丸に向けた。
「年下の虎王丸さんにも敬語を使うのは、アスティアさんのお屋敷にお客様として訪れたからです。主人が客人に対して礼儀正しく接してるのに、その使用人がタメ口をきくわけにはいかないでしょう?」
「細かいとこを気にするんだなァ。俺みたく気楽に生きたほうが断然得だと思うぜ?」
虎王丸もにやりと笑う。
……案外この二人は、本質的な部分が似ているのかもしれない。
ノトールは虎王丸よりも年を重ねているので落ち着きと分別を備えているが、この真夏の太陽のような虎王丸と接しているうちに、『屋敷の執事』という外殻が取れてきたのだろう。
「よろしくな、虎王丸」
「凪ともどもよろしく頼むぜ」
二人は力強い握手を交わした。
+ + +
一方、宿で一人料理をしている凪。
彼の前には豚肉、白菜、白ネギ、椎茸、焼き豆腐、糸こんにゃくなどの食材と、調味料が並んでいた。
彼はこれから『すき焼き丼』を作ろうとしている。
……使う肉が牛ではないのは、家計を考えての配慮である。
「……食べれるものができるかな……」
いささか不安になりながらも、料理は思いやりが大切だと気を取り直す。古本屋で発見した料理本を参考に食材を刻み始めた。
彼がソーンでは入手困難な豆腐や醤油を使う料理を選んだのは、ノトールに自分がいた世界の料理を食べてもらいと思ったからだ。その中でもすき焼き丼を選んだのは、虎王丸が肉料理好きだからである。
まず白菜、白ねぎ、焼き豆腐、春菊を一口サイズに切り、椎茸の軸部分を切り取った。麩は水に浸して戻しておく。
食材を切り終わると鍋に脂身で油をひき、醤油とザラメをかけて肉を炒め始める。
肉にちょっと焦げ目が付いた程度で一旦溶き卵に浸し、刻んだ材料を全て入れて、醤油と酒、ザラメをかける。
「ねぇ、凪さん。焦げ臭くない?」
「え?」
振り返ると、脇で他の冒険者たちに夕食を作っていた女将が、匂いの発生源を探ろうと鼻を動かしている。
確かに焦げ臭いと、凪も思った。
すき焼きは焦げていない。とてもいい香りがする。
そして火が通ってきたすき焼きを見て、米の炊き具合を見なければと思った。
結果……。
「あらあら、まぁまぁ」
「…………」
すき焼きに気を取られていた凪は、ご飯の存在をすっかり忘れていたのだった。
ずっと強火に晒されていたご飯はおこげを通り越して、無残な焼死体になっている。
「炊きなおす……としても時間が足りないな……」
炊くだけなら三十分もあれば炊き上がるが、その前の放置時間を合わせるとまず間に合いそうにない。
しかたなく、本日のメニューはすき焼きと溶き卵汁にした。……ご飯がないと虎王丸の旺盛な食欲を満たせるか不安ではあったが、そこは少々我慢してもらうことにする。
「帰ったぞー。メシできたか?」
噂をすれば影とやら、虎王丸がノトールをつれて帰ってきた。
「久し振り。元気にしてたか?」
「お久し振りです、ノトールさん。……虎王丸と一緒にいれば嫌でも元気が出ます」
「おまっ……馬鹿にしてんのか?」
「本当のことだろ。それに『一緒にいると陰気になる』なんて言われるより何倍もマシじゃないか」
「ははっ! それは確かに」
さっそく始まった虎王丸と凪の掛け合いを、ノトールが楽しそうに見ている。
楽しくはあったがそのまま放っておくとすき焼きが干上がるまで言い合っていそうなので、一応止めた。
「そうでした。ご飯の二の舞になられちゃあ堪ったものじゃありません」
「なんだ、早速焦がしたのか? 良家のお坊ちゃまはのんびりしてんだよなァ」
「そうか、虎王丸は肉を食べたくないのか。それじゃあノトールさんの分を増量して――」
「うぉぉぉぉぉおおお、それは勘弁! 申し訳ございません凪様仏様! どうかご慈悲を……!」
「……俺は死人扱いか?」
凪はぶつぶつ言いながらもかき卵汁を器によそい、虎王丸にはノトールを食堂へ案内させた。
食堂には他の冒険者たちがいるので少々ざわついてはいるものの、荒々しい傭兵の類はいないので騒がしいというほどではなかった。
すでにほとんど用意が済ませてある席に座ると、凪がほどなくしてすき焼きの鍋とかき卵汁を持ってきた。
できたての料理は盛んに湯気を立て、よい香りがあたりにたちこめる。
ソーンではあまりお目にかかることのない料理を、他の席の冒険者たちがもの珍しそうに見ている。
「見世物じゃねぇんだ、自分たちの飯だけ見てろ」
虎王丸がそういうと、冒険者たちは苦笑して自分の食事に戻った。言い方がいささか刺々しかったが、その程度で腹を立てていたら日がな一日喧嘩することになるのだろう。
三人は揃っていただきますと声をそろえ、食事を始めた。
やはり食事はできたたてのものに限る。
「あー、暑ぃし熱ぃけど、鍋モンはうめぇな!」
「こんな味の料理は初めてだ。何が入ってるんだ?」
慣れない箸に悪戦苦闘しながらも、ノトールはゆっくりとすき焼きを口に運んでいる。
「俺が生まれた世界にあった食品を主に使っています。味のベースは『醤油』という調味料です」
「『ショーユ』ね、今度探してみるぜ。こりゃなかなかいい香りがしてうまいな」
「そうですか! よかった……」
ノトールにうまいと言われ、凪は明らかにほっとして顔をほころばせた。
そして肉ばかりに手を付ける虎王丸をたしなめ、ノトールにもっと肉を食べろと言おうとして、あることに気がついた。
ノトールは不器用な箸さばきながらも、鍋から取った肉やねぎを溶き卵にくぐらせて美味しそうに食べている。取りにくいであろう糸こんにゃくには手をつけるのに、そのすぐ隣にある春菊には箸をつけようとしない。
「ノトールさんはもしかして……春菊が嫌いなんですか?」
ノトールが気まずそうな表情になる。
「実は……香りの強いものは駄目なんだ」
「気にしないで下さい、誰にでも嫌いなものはありますから」
凪が気遣ってそういったが、虎王丸はきょとんとした顔でぶち壊した。
「俺は嫌いなモンねぇぞ?」
「…………」
ちょっとばかり張り倒したい衝動に駆られる凪だった。
凪が少々物騒な考えに捕らわれていることも露知らず、虎王丸は美味そうにすき焼きを平らげていく。
そして……。
ガリっという音が響いた。
「……なぎ〜。お前、殻入れんなよ〜」
一旦口に入れたものを出すわけにもいかず、虎王丸は嫌そうな顔で卵の殻を噛み砕いている。
「あれ? お前嫌いなものないんじゃなかったっけ?」
一方、凪は涼しい顔で言い返す。
これには虎王丸が返答に詰まった。卵の殻のような非食品的なものは好き嫌いのうちに入らないだろうと思ったが、嫌いなものはないと宣言した手前、文句も言いづらいようだ。
気分を変えるために話を変えた。
「ノトールはどっか冒険したことあるのか?」
「冒険はないな……。アスティアさんに拾われてからずっと、お屋敷で働いてたからな」
「じゃあ戦闘経験もねぇのか?」
「……裏山から下りてきた草食竜度なら。畑を荒らすから罠と弓で退治して、夕食の材料に利用した」
「へぇ、草食竜か。じゃあそこそこ戦えるんだな」
「何かあったときアスティアさんを守れないんじゃあ、格好悪いからな」
おどけた仕草でそう言ったが、言葉は親愛の念に満ちていた。
彼にとってアスティアは育ての親以上の存在であるのだから――。
「セクシーなお姉さんなら守り甲斐があるってもんだけどよ、ばあさんじゃなぁ」
「虎王丸!」
「な、なんだよ」
たしなめる凪の声が予想外に大きくいささか気圧されつつも、虎王丸は自分の意見を変えようとはしない。
意見を簡単に変えるようでも考えものだが、相手のことを気遣って発言した方がいい、ということだ。
「ま、好みは人それぞれだけどな」
ノトールは全く気にした様子もなく、むしろ笑みを浮かべて虎王丸に言う。
「外見の第一印象だけで好き嫌いを決めるのも悪かないと思う。でも本当に好きな人ってのは、中身で決めるもんだろ? だから年齢なんて関係ねぇんだ」
ノトールの言葉に、凪がうんうんと頷いている。
……それは凪がその意見に共感しているというだけではなく、その精神を少しでも虎王丸が見習ってくれればアクシデントが減る、といいたいのだろう。
「……ははぁー。ノトールは本当にアスティアのことが好きなんだな」
「いや」
「違うのかよ?」
「違うな。俺はアスティアさんを愛しているんだ」
凪がむせた。
出会って間もない少年の問いに対して、平然と『愛している』と答えるとは……。
虎王丸も美人な女性に対して好きだの何だのと平然と言うが、それとはまた違ったこそばゆさがある。
しかし……。
自分が好いている女性のことを素直に『愛している』と言えるのは、羨ましくもあった。
凪は考えてみる。自分に好きな女性がいたとして、その女性に対しての感情を友人に聞かれたら、素直に『愛している』といえるだろうか?
それは怪しい、と思った。自分だったら赤面してとても正直に答えられないだろうと思った。
凪が作ったすき焼きが大体平らげられた頃、虎王丸がいったん部屋に戻り透明なビンを持ってきた。
その中ではこれまた透明な液体が揺れていた。
「虎王丸……」
「へへっ、めでたい席で酒を欠かすことはできねぇだろ?」
「いやいや、一体何がめでたいんだよ?」
「ノトールとの交友を深めた祝いだぜ! ったく、凪は鈍いんだよなァ」
虎王丸に鈍いと言われるとは予想していなかったらしく、いささか傷ついた表情になる凪。恋愛関係には疎いかもしれないが、その他のことに関して虎王丸から鈍いと言われるのは心外だった。
「虎王丸はただ酒を飲みたいだけだろ!」
「何でもいいだろーに。……ほれ、乾杯だ」
「お前さんたちとこうして酒を酌み交わせる幸運に」
小さなグラス同士が当たりチンと音を立てる。
虎王丸とノトールはそれを一気に仰いだが、凪は乾杯の後机に置いたまま、手をつけようとさえしない。
「凪は飲まないのか?」
ノトールが、空になった虎王丸と自分のグラスに酒を注ぎながら聞く。
「……飲めないんです。付き合いが悪くてすみません」
「いや、そんなのは気にしなくていい。その年から飲んだくれるようでも困るしな!」
はははっと笑うノトールの横で、虎王丸が微妙な表情になる。
その虎王丸をじとーっと見つめる凪。
「な、なんだよ! 何か文句あるのか!?」
「いや、別に? お酒を買う金があるのなら、もう少し冒険に役立ちそうなものを買ってきてもらいたい、なーんてことは思ってないぞ?」
「思ってんじゃねぇか!」
「まぁまぁ、酒は楽しく飲むべきだぜ」
唸りながら睨み合う二人の少年を、ノトールは羨ましそうに見つめていた。
彼は十一歳の頃に両親を亡くしてから、それまでとは全く違う場所で、違う人生を歩んできた。
アスティアと二人で丘陵の屋敷に住みはじめてからというもの、自分の全てをぶつけられる友人はいなかった。
それというのも、丘陵の屋敷に住んでいると歳の近い人間と付き合う機会が極端に少なかったからだ。それが彼の選んだ道だとはいえ、時々寂しく思うことがある。
両親と一緒に住んでいた家で、生まれた頃から一緒に育った友人たちと毎日を生きていたら、自分はどうなっていたのかと。
酒を飲んで気持ちよくなった頃(虎王丸に無理に飲まされた凪は気分が悪そうだったが)、外はすでに薄闇に包まれていた。
「そろそろ帰るな。今日はありがとう。凪の料理、かなりうまかったぞ」
言うなりがたりと席を立ち、皿の片づけを始めたのは、屋敷で使用人として働く者の性だろう。
「帰っちまうのか? もう遅いし、ここに泊まっていけばどうだ?」
「いつもお屋敷で生活してる人を……こんな場所に泊めるわけにはいかないだろ……」
いくらか青い顔の凪も食器を片付けようとしたが、ノトールが止めた。その代わり、凪に酒を飲ませた虎王丸に机を拭かせる。
「俺だってお貴族様ってワケじゃないからな。厩でだって眠れる自信はあるわけだが、アスティアさんを一人で屋敷に残しておくのは心配でならないんだ」
「じゃあ俺が送ってく。馬車じゃあ盗賊に襲われても逃げきれねぇもんな」
「じゃあ俺も……」
よろよろと立ち上がった凪を、ノトールは苦笑して支えた。
「この調子じゃ無理だ。気持ちはありがたく受け取っとくから、大人しく寝たほうがいい」
「……すみません、そうさせてもらいます……」
「謝ることはないさ。……また屋敷にきてくれ。歓迎するぜ」
別れを告げると、ノトールは馬車に乗り、虎王丸は女将から馬を借りた。さすがに歩いて往復するのは面倒なのだろう。
ノトールは町で簡単に買い物を済ませ、帰路についた。
昼間の熱気はだいぶ失せ、ひんやりとした風が頬を撫でる。
「ノトールはアスティアと二人で生活してて飽きたりしねぇのか? いくら愛してるなんて言ったって、することがなきゃ暇じゃね?」
「そうだな……時間をもてあますこともあるが、あのお屋敷にはいろんな部屋があるし、俺が入ったことがない場所もある。お屋敷の中でも意外とすることは見つかるもんだ」
「入ったことない場所があんのか? もう十数年も住んでんのに」
虎王丸が目を丸くしている。
「そういうのって気にならねぇ? 自分のテリトリーによくわかんない場所があんのって」
「そりゃそうだけどな。……扉はなかなか開かないし、何やら不穏な空気を感じるしな。どうやっても開けたいって気にはならねぇな」
「封印された部屋ってか! 面白そうだなァ」
丘陵の屋敷に着くと、虎王丸は別れを告げてさっさと帰ろうとした。だが、それをノトールが引き止める。
ちょっと待っててくれと言い残すと、馬車を門前に置いたまま屋敷の中に入っていった。
虎王丸が羨望の眼差しで屋敷を眺めていると、間もなくノトールが早足で出てきた。その手には何やら長細い筒のようなものがある。
馬上の虎王丸にそれを差し出してきた。
「お土産だ」
「なんだ、コレ?」
「ここで作ったワイン。……ま、虎王丸には合わないかもしれねぇけど、凪にはちょうどいいかもな」
「おう、ありがたく貰っとくぜ」
ワインのビンが入った筒を左腕に抱え、右手のみで馬をエルザードのほうへ向かせた。
「じゃ。また会おうぜ」
「あぁ、また酒でも飲み交わそう」
二人はにっと笑って別れを告げる。
そしてノトールはぴしっと姿勢をただし、きれいにお辞儀して見せた。
「またのお越しをお待ちしております」
明るい笑い声は、馬の蹄の音と共に遠ざかっていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【1070/虎王丸/男性/16歳(実年齢16歳)/火炎剣士】
【2303/蒼柳・凪/男性/15歳(実年齢15歳)/舞術師】
NPC
【ノトール/男性/26歳/本当は執事】
【アスティア/女性/64歳/屋敷の女主人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、糀谷みそです。
再び『屋敷から連れ出して』にご参加くださり、ありがとうございました♪
虎王丸さんが大きな屋敷に住んでいる姿を想像しにくいのは私だけでしょうか?(笑)
住んだら住んだで、根無し草のような生活が恋しくなるタイプだと思います〜。
凪さんが焦がしてしまったご飯の鍋は、虎王丸さんが必死になって洗ったそうです。
……その後ろには目を光らせる女将さんの姿があったとかなかったとか(笑)。
ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。
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