<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


これがオトコの海水浴


 ギラギラと照りつける太陽が、白い砂浜を焼く。
 海には程よい波があり、体の力を抜いて水面を漂っていると実に心地よい。
「夏といえば海!」
 砂浜で仁王立ちになった虎王丸が叫ぶ。
「そして海といえば水着の美女! 砂浜を歩く艶めかしい肢体が俺を誘うぜ!」
「ふーん」
「オイオイ、ここは健全な青少年として、張り切るべきところだろ?」
 虎王丸は、背後の木陰に避難している凪に向き直った。
 今日の凪は普段の重い装束ではなかった。草色の浴衣に葡萄色の帯を締めている。手に雌雄の鳳凰があしらわれた絹扇を持ち、いかにも涼しげだ。
 対する虎王丸は、赤い六尺褌一丁である。肌が露出しているので涼しそうではあるが、見ているほうとしては暑苦しさを覚えるのも確かだった。
 虎王丸は最初、海水浴用に派手な海パンを買いたいと言っていた。だが家計を握る凪に、
「俺たちが貧乏なのは知ってるよな? ……どうせ一日しか穿かないのにもったいない。持ってる褌で我慢しろよ」
 と言われ、断念せざるを得なかった。
 しかし、海パンを買わなかったのはある意味正解だった。
 この海水浴場で褌を締めている人物は他に見当たらず、かなり目立っていたからだ。
 ……それがいい意味なのか、はたまた悪い意味なのかは、いささか判然としなかったが。
 周りの目などかけらも気にせず美女に突進していく虎王丸を眺めながら、凪は少し羨ましく思った。
 刀を手に敵に向かって突撃できる逞しい体は、毎日の鍛錬を怠ったことがなく、十代の少年としてはかなりしっかりとした筋肉が付いている。
 凪も体の鍛錬をしているとはいえ、それは主に舞術をより正確に、より美しく舞うためのものだ。それでは虎王丸のようながっしりとした体にはなりっこないとは、よく分かってはいるのだが……。
 少しばかり、悔しかった。
「……ふぅ」
 凪は木陰から出ると、海の家でかき氷を買おうと歩き始めた。
 海を見るのも悪くないと思い虎王丸と共に訪れたのはいいが、褌姿の虎王丸と違い、凪は海水浴ができない。かと言って、海辺でナンパをするなどもってのほかである。
 そうすると、凪にできることといえば限られてくるのだ。
 海を眺めながらかき氷を食べたり、海辺で遊ぶ子供たちを見守ったり。
「それで楽しいかぁ?」
 海に着いたとき、服や鎧を脱ぎながら虎王丸が言ったものだ。
「虎王丸とは海の楽しみ方が違うんだよ。お前はきれいな女性に付きまとっていれば楽しいかもしれないけど――」
「付きまとうって言うな! それじゃあ痴漢かストーカーみてぇじゃねぇかよ!」
「あれ、違ったのか」
「全然違うわ!」
 そんな会話を思い出し、虎王丸のほうを窺い見た。
 砂浜に寝転がり体を焼いている美女二人。その横で虎王丸も寝転がって、なにやら話しかけている。
 虎王丸は満面の笑みで楽しそうだが、美女二人はちょっと迷惑そうな顔をしている。
「懲りないな、虎王丸は……」
 海の家でかき氷を頼む。
 壮年の店主は四角い容器に入った水を魔法で凍らせると、それを氷かき機に設置し、勢いよくぐるぐる回し始めた。
 くるくると回る氷は光を反射し、とてもきれいだ。
 ほどなく、半分に割った椰子の実の容器にかき氷が山盛りになった。
「シロップは?」
「ミルク金時で」
「あいよ」
 お金と交換でかき氷を受け取り、気持ちよく食べられる場所を探した。
 砂浜に座れないことはないが、熱いし、第一浴衣が砂だらけになってしまう。
 ちょっと重いかき氷を手にうろうろしていると、砂浜の端に磯を見つけた。そこには見晴らしのよさそうな崖があり、ちょうど木も生えている。
 そのあたりは人も少なく、砂浜の人ごみも遠い世界のように感じる。
 木陰で金時のかき氷を食べながら海を眺める。
 するとどこからともなく風鈴の音色が聞こえてきて、まるで自分の故郷に帰ってきたような気分になった。
「みんな、どうしてるかな……」
 故郷の人を想い、しんみりしているとき。
 突然、背中を勢いよく叩かれた。
 そして……。


 次の瞬間、凪は水面が迫ってくるのを感じた。


「…………」
 凪は虎王丸に助けられ、ざぶざぶと海から砂浜に戻ってきた。
 浴衣を着ているので、一人では上手く泳げなかったのだ。
「大丈夫か? 怪我はねぇよな?」
「……怪我はないけど……」
 さっきまで崖の上にいたのに、自分はなぜ海から砂浜に向かって泳いでいるのだろう?
 ぼんやりしていたので魔物の襲来に気がつかなかったのだろうか?
 ……もしそうだとしたら冗談ではすまない。命を落としていたのかもしれないのだから。
 ふと、隣を見る。
 虎王丸がなにやら気まずそうな顔をしている。
「……虎王丸なのか?」
「えっ?」
「さっき、俺の背中を叩いたのは、お前なのか?」
 凪を見る虎王丸の顔がわずかに引きつった。
「いや〜、まさか落ちるとは思わなかったぜ……」
「俺を驚かせるためにあんなことをしたとか言ったら、殴るぞ?」
 思わず、持ったままだった椰子の実を握り締める。
 ……と、なにやら腰の辺りに違和感を感じた。
 驚いて振り向くと、そこには水着姿の美女が一人、凪の帯に手をかけていた。
「なっ……」
「すぐに洗わないとせっかくの浴衣が駄目になっちゃうわよ〜。ほら、お姉さんが洗ってあげるから脱いで脱いで!」
「じ、自分でできますから! やめてください!」
 耳まで赤くなった凪が、慌てて美女から身を離した。



 + + +



 海水に濡れた着物をそのままにしておくのはよくないというのは、凪にもよく分かっていた。
 だから海の家の近くにある井戸で洗うことになったのだが……。
「浴衣で海にくるなんて、珍しい子ね〜」
「私が浴衣を洗ってあげようとしたら照れちゃって、本当にかわいかったわ〜」
「艶やかな黒髪に、宝石みたいな赤い瞳! 大人になったらさぞいい男になりそうねぇ」
 先ほどの美女の友人なのだろう、数人の水着美女がきゃいきゃいと騒いでいる。
 その中心には、相変わらず褌姿の虎王丸と、虎王丸の服を借りた凪がいた。
 浴衣を洗うには、もちろん浴衣を脱がなければならない。
 虎王丸が堂々と赤フン姿でいるのだから、凪が褌姿になってもおかしくないだろう。
 だが、凪は他人に裸同然の姿を見せるのに躊躇いがあった。しかも周りに水着美女がいるとなればなおさらだ。
「……虎王丸はすごいな」
「何が?」
 着物を洗いながら、凪が小さく囁く。
「女の人に囲まれても、オロオロなんてしないもんな」
「……あのな、普通はしねぇぞ。喜ぶことはあってもな」
「そう……かな?」
「そうなんだよ。ったく、お前はお子ちゃまだなァ。もっと恋愛とかした方がいいぜ?」
「虎王丸は恋愛してるのか?」
 凪の問いに、虎王丸が目を丸くして聞き返す。
「はぁ? お前何言ってんだ? いっつも俺がナンパしてるのは何だと思ってんだよ?」
「……お遊び?」
「俺はそんなに軽い男に見えるか!?」
「うん」
 即答。
 虎王丸はなにやらショックを受けた様子だが、その反応は凪にとって意外だった。
「あのなァ、俺はその時その時、本気で恋愛してるんだぜ!?」
「じゃあ、何ですぐに別れちゃうんだ?」
「そりゃあ……別の美女が俺を呼んでるからだ!」
「……俺には理解できないな……」
 浴衣を洗い終えると、近くの木の枝にそれを干した。
 絞っていないので水が滴っているが、この暑さであれば夕方には乾くだろう。
 ……夕方には。
「乾くまでは暇だな……」
 ぽつりと呟く。
 それを耳にした虎王丸が呆れたように言う。
「お前な、海に遊びにきたのに暇だって言うヤツがあるか。しかもこんなキレイな姉ちゃんたちに囲まれて!」
「う……そうだった」
 水着の美女たちが自分と虎王丸を囲んでいたことを、すっかり忘れていた。
 美女たちはニコニコして二人の少年を見つめている。……主に、凪の方を見て。
 おそらく、凪のように純粋な少年は新鮮に感じるのだろう。
「暇なら私たちと遊ばない? ビーチバレーとかどう?」
 ビーチバレーを知らない凪は、視線で虎王丸に訊ねる。
 虎王丸は、柔らかそうなボールを軽く投げ合っている一団をあごで示した。
(球技か……ほとんどやったことないんだよな)
 故郷ではわいわい球技をやるような身分ではなかったし、ソーンにきてからは球技をやるような機会にあまり恵まれなかった。
 どうしようかと考えている凪の前を、バケツと熊手を持った少年が通った。バケツの中にはアサリがたくさん入っている。
 凪がよほど羨ましそうな顔をしていたのだろう、美女の一人がくすりと笑い、海の家からバケツと熊手を借りてきた。
「じゃあ、潮干狩りにしましょう」



 + + +



「元気だな、アサリって」
 鍋に満たした水の中で、たくさんのアサリが呼吸を繰り返している。
 アサリを山ほど採り、美女たちと別れた後。
 二人は自分たちの家――冒険者の宿に帰ってきた。
 虎王丸は名残惜しそうだったが、凪としては早く宿に帰ってアサリの味噌汁を作ってみたかったのだ。
 そして今、こうしてアサリの砂抜きをしている。
「アサリなんかよりも、美女を見てるほうが断然面白いぜ」
「それは人の好みによる――って、うわ! 真っ赤だなー。痛くないか?」
 部屋の入り口には、風呂上りの虎王丸が半裸で立っていた。
 もともと肌が小麦色の虎王丸だが、今日の日差しは相当強かったらしい。体が赤く焼けていた。
「オトコは痛いなんざ簡単にいっちゃいけねぇんだ!」
「ふーん」
 胸を張って言う虎王丸の背中を、パチンと叩く。
「いってぇ!!!」
「簡単に言うじゃないか」
「日焼けでジンジンしてるってぇのに叩くんじゃねぇよ! お前は鬼か!」
 その夜、エルザードの夜空に大きな花火が上がった。
 二人は部屋の窓からそれを眺めつつ、アサリの味噌汁をゆっくりと味わっていた。



■ライター通信■
海水浴の話なのに、締めがアサリの味噌汁ですみません(笑)。
プレイングでは色々とネタを上げていただきましたが、最終的にはけっこう地味な話になりました(゜v゜;)
NPCを出せたら虎王丸さんか凪さんの、ひと夏の恋、みないなものを書いてみたかったんですが(笑)。

何かありましたらお気軽にお申し付けください。