<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


月下の花

 今回呼ばれたのは、エルザード王宮にほど近い、海の良く見えるお屋敷だった。
 ソーン風というのだろうか、和洋折衷の広い庭から、1段低く作ってある半洞窟のような庭があった。その石壁一面に、這うようにして、月下美人の樹がある。
 月下美人は、年に1度、夜に開く美しくも幻想的な花だ。
 1度開いてしまえば、よほど手入れが良くなければ、2度は咲かない。1年に1度、たった一晩の花見となる花である。
 特に、このお屋敷の月下美人は特別で、3年に1度しか花開かない。
 淡く虹色にけぶる白い花が、壁一面に咲き誇る様は見事なのだが、今年は、蕾がつく気配が無い。
 必ず3年に1度花が咲いていただけに、屋敷の主人は悲しげに顔を歪めた。

「咲きますよ」

 樹木医のスサは、背丈の2倍ほどもある石壁を眺め、月下美人の樹木に手を当てて、何度も確かめた。
 蕾を宿してはいる。
 けれども、何かに怯えている。

「夜に…海から来る鳥が居ます…それが…花を食べる鳥のようです」
「それを退治すれば、咲いてくれるのか?」
「はい。その夜にでも…大事にしてくれている…貴方に見てもらうのが…この子の喜びですから」

 そうか。と、少し太った屋敷の主人は、嬉しそうに月下美人を見て頷いた。








 西の空が茜色から紫紺の緞帳を落とす夕暮れ時、エルザードのお屋敷に集まってくれる人達が居た。
 2mを越す巨漢がふたり並んで歩いてくる様は、壁?と問いかけたくなるかのようだった。よく見ると、その背後に、背の高い少女も見え隠れする。
 巨漢の名は国盗・護狼丸とオーマ・シュヴァルツ。少女の名は千獣と言った。

「済まないね、世話をかけるよ」

 屋敷の主人が、腹を揺すりながら、件の石壁まで三人を案内する。
 門をくぐり、10分ほど、手入れの良く行き届いた庭を歩く。それらは、全て屋敷の主人が世話しているという。

「もちろん、庭師と一緒にだけれどね。好きなんだよ、庭をいじっているのが…この子は特に大事にしていてね…鳥退治…よろしくお願いしますよ」

 鳥退治。
 その言葉に、三人は一斉に屋敷の主人を見た。
 誰も彼も、鳥を退治する気などさらさら無かったからだ。

「協力はするがよ、やっこさん達に想いを伝えなきゃならねぇのは誰なんかね?」

 主人が、庭の樹木を大切にする気持ちはわかった。だが、ならば鳥も大切にして欲しいとオーマは思うのだ。

「……説得、でも……いい、ん、だよね……?」

 小首を傾げて、千獣が依頼主の顔を見る。太い首を左右に振り、パキリと大きな音を出した護狼丸が軽く自分の顔を叩きながら頷く。

「まぁなぁ……鳥だって食べなきゃいけないのは、わかるけど。だからって好き放題全部食べられちゃあ、月下美人だって困るよな」
「そうです、お願いしたいのは鳥退治…」
「わかった。何とかしてみる。鳥も食べなきゃいけない。だから、食べるなとは言わない。加減して食べるように説得する」
「えええっ?」

 てっきり鳥を退治してくれると思っていただけに、オーマと千獣の言葉に、うろたえた主人は、護狼丸が退治してくれそうだと、ホッとするが、すぐに彼も鳥説得にあたるらしいと気がつかされて、なんともなさけない顔になっていた。
 そんな主人の肩を、オーマが軽く叩く。

「ご主人。ご主人がどれほどこの花を咲く事を楽しみにしているか、どれほどこの花を愛しているか。それが鳥に伝われば、鳥だって気も変わる」
「しかし!相手は動物ですよ?止めろと言って、止めますかどうか」
「……いい、なら……説得、して、みる……」

 主人を千獣の赤い目が覗き込む。真摯な目だった。




 夜はすぐにやって来た。
 空には、ぽっかりと浮かぶ銀色の満月。
 その満月を背に受け、ちいさな点が現れる。
 羽音が聞こえてくると、やがてそのちいさな点は二羽の鳥のシルエットに変わる。
 ケェともエェともつかない鳥の鳴き声が、満月に照らされる岩壁に響く。
 岩壁の上部をぐるぐると旋回すると、二羽の鳥は、岩壁の一番上に止まった。
 月光の明かりで、鳥の姿がよく見えた。
 翼を広げた大きさ1m。瑠璃色の光沢を持つ羽、黒いくちばし。黒い目。七色の冠のような頭飾りの羽。大きくて美しい鳥だった。

「なんと綺麗な…」

 思わず漏れた主人の声に、鳥達は反応した。
 一段高い声が響く。

「ご主人、ここを動かないで」

 オーマは鳥と花と主人との思いを繋げようと同行して貰っていた。だが、まずは、鳥を落ち着かせるか、弱らせるかが先のようである。警戒音を発した鳥達は声の発せられた場所に、敵意剥き出しで飛んで来る。
 その軌道上に、護狼丸が立ち塞がる。

「おおっと、まずは俺たちが相手だ」
「……ん……」
「雌雄で攻撃に個体差があるかもしれん」

 気をつけて。そうオーマが言おうとした瞬間、鳥達は、目前で二方向に別れた。
 右を護狼丸。左を千獣が警戒する。
 二手に別れた鳥は、一度旋回すると、高い位置から角度を付けて二人に襲い掛かった。
 幾分大きめの鳥が、千獣目掛けてその鋭い嘴の切っ先を向ける。

「……」

 その異形の手が顔をガードする為に振るわれると、鳥は、一瞬怯んだ。幾重にも巻かれた呪布が、はらりとなびいた。何かを感じ取った鳥は僅かに軌道を変えて、千獣の頬を掠めて反対側へと飛び去る。
 一方、護狼丸の方に攻撃をしかけようとする鳥は、大きく口を開けた。
 何を食べるでもなく、噛み付こうとするわけでもなさそうなその口に、嫌な予感を感じて、護狼丸はとっさに忍術を使う。鳥の巻き起こす風を利用して、鳥に撃ち付けた。打ち付けられた鳥は、エェェともケェェともつかない声を上げて、風圧に押しやられてくるくると舞った。

「天下の大泥棒、護狼丸様たぁ俺の事よ! ……ま、修行中だけどな!…て、大丈夫か?」
「……痛み、で、気付け……傷、は、大丈夫……痛い、けど……すぐ、治る、から……」

 護狼丸の方から発せられた鳥の声で、千獣は酔った。
 ちいさく聞こえただけなのだが、それだけで十分甘いめまいを起こさせる。また、同じ攻撃を貰ったら倒れる。そう考える前に、千獣は己の爪で己を傷つけていた。
 大丈夫。そう言うだけあって、護狼丸の目の前で、にみるみる傷口は塞がって行く。護狼丸から、軽く口笛が出るのはしょうがないだろう。

 もちろん、それだけでは鳥達は攻撃を終わらせるつもりも無いようで、上空を旋回し始めている。どうやら、花盗人に花盗人と間違われているようである。
 広い庭なのだ。
 ここが、人の手によって育てられているという感覚が鳥には無い。大事な餌場を荒らす者として認識されたようなのだった。
 再び、鳥達が動きを変えた。また、角度をつけて二人に遅いかかるつもりだ。
 その時。
 淡い光が月下美人の花の近くから発せられた。
 今にも急降下しようとしていた鳥達は、その光に興味を抱いたのか、攻撃する為の滑空を止めた。大きな翼を羽ばたかせ、岩壁へと飛んで行く。
 ルベリアの花。
 オーマがソーンに持ち込んだ、偏光色の花弁持つ、人の…全ての生き物の心を映す花である。

「想い…伝えれるぜ?」

 オーマは、主人と花と鳥を見た。
 
 ───食べても良いの。
 ───食べても良いの。
 ───食べても良いの。

 囁くような、やさしい音が、何重にも響いてくる。
 千獣が軽く首を傾げ、近寄ってくる。護狼丸は、初めて見るソーンの不思議花に金色の目を丸くする。

「……」
「すげ…これ…」
「月下美人の気持ちだろうよ」
「何と…では何故咲かなかったのだね?」

 主人の問いかけに、月下美人は、答える。否定する言葉であっても、先に許しがあるその言葉は、とてもやさしかった。その言葉の裏には、見てほしいから。と暗に主人に向かう気持ちも込められて。
 
 ───全部は駄目。
 ───全部は駄目。
 ───全部は駄目。

 二羽の花食い鳥は、石壁の上で、耳を澄ますかのように、じっと止まっている。
 説得するなら、今しかない。千獣はそういう機を見誤らない。二羽の鳥を見上げると、月光を受けながら話し出した。淡い銀色の光が千獣を照らす。海風に、長い黒髪が揺れ、呪布もふわりと揺れた。

「……食べる、こと、自体、を……否定、する、わけじゃ、ないよ……生きる、には……何か、食べなきゃ、いけない……でも、ね……何でも、かんでも……全部、食べ、つくす、のは……ダメ、だと、思う……もし、今、ここ、で……満足、する、まで、全部、食べ、ちゃったら……今年、は、それで、いい、かも、しれない、けど……次……その、次、も……ずっと……食べられ、なく、なる、よ……? 生きる、ため、以上、には……食べない……これ、約、束……」

 ほう。と下を向き、一息吐くと、千獣はもう一度二羽を見つめた。
 銀色の月を背に、二羽のシルエットは動かない。護狼丸は、やれやれとばかりに、頬を掻く。

「……俺だって、あくどい奴らからちょいと頂戴してくるけど、だからって奴らの全てを巻き上げるわけじゃない。他人の全てを奪い生きるだけじゃ、いつか自分が生きられなくなる。鳥でも人でも、生きるってのは相手あってこそなんだぜ?」

 二羽の鳥が、ケェと鳴いた。

 ───ごめんね。
 ───ごめん。
 ───ちょっとなら良い?
 ───ちょっとだけにする。

 良いよ。と、月下美人が笑ったかのようだった。
 館の主人は、なんともいえない笑顔で、頷いた。

 その瞬間。

 銀色の月に照らされた岩壁に這う月下美人の樹から、淡い白い蕾が次から次へと盛り上がって行く。
 岩壁は、高さも横幅も、十分にあり、その全部に花開く月下美人の花から、甘い香りがひそやかに海風に乗って皆に届いた。
 千獣が呟く。

「……綺麗……」
「酒貰っても良いんだろ?」
「ああ、もちろんだ。仕度はすぐだ」

 護狼丸の笑顔に、館の主人も笑顔で返した。屋敷から、主人の合図で、テーブルと椅子が持ち出される。
 その間も、月下美人はゆっくりと開花して行く。
 白い蕾は、淡く銀色に光を受け、ほろりと開いた花弁からは、よく見ると、七色の光がまぎれて。月下に光るその色は、けして自己主張するほどの光では無いが、とても心震わす光だった。
 淡く七色に光る白い花。
 オーマは、月下美人の花言葉を思い出していた。
 花言葉は、『優しい感情を呼び起す』である。
 ふうっと、笑うと、持ち込まれた、後口の爽やかな清酒に舌鼓を打つ。

「美味い酒だね」
「ああ、こんな見事なもん見れるなんてな!」
「よろしければ、3年後、ご招待しますよ?」
「……来て、良い、の?……」
「もちろんです」

 館の主人は、目を細めて微笑んだ。
 羽音がする。
 花食い鳥が、二羽、仲良く並んで咲ききった花を、まるで挨拶でもするように、頭を振ってから、食べていた。その食欲は、とりたてて、騒ぐほどの事は無く、いくつか美味しそうに飲み込むと、ありがとうと言わんばかりに、高い声を上げながら、上空を旋回し、銀色の月へと向かって飛んでいった。
 いつの日か、彼らの子供もまた、この地に来るのかもしれない。
 儚い花を咲かせる月下美人だったが、多分、彼らより長い年月を生きるのだろうから。

 はらり。はらり。
 静かな宴は、翌朝の光を受けるまで続くのだった。
















   ++ END ++















+++登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+++

1953:オーマ・シュヴァルツ/性別:男性/年齢:39歳(実年齢999歳)/職業:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
3087:千獣/性別:女性/年齢:17歳(実年齢999歳)/職業:異界職【獣使い】
3376:国盗・護狼丸/性別:男性/年齢:18歳(実年齢18歳)/職業:異界職(天下の大泥棒(修行中)


NPC:スサ/性別:男性/年齢:18歳/職業:樹木医



+++ライター通信+++

オーマ・シュヴァルツ 様
 いつもご参加ありがとうございます!
 壁扱いすいません。つい、巨漢の方々が並んでいる姿を想像いたしました。褒め言葉です!(力説!) 
 ご無理されませんよう。いつもやさしい心配りをありがとうございます(^^ヾ
 書かせてもらえて嬉しかったです♪

 何かございましたら、連絡頂けると幸いです。今後の指針にいたします。
 気に入っていただければ嬉しいです!ありがとうございました!