<東京怪談ノベル(シングル)>
夜と昼の双子 〜二つの言葉
国盗・護狼丸は少しでもエルザードの事を知ろうと、観光ガイドブック片手に通りを徘徊していた。
「……お?」
そして、護狼丸は見たことのある姿――マーニ・ムンディルファリの姿を見つけ、その顔に笑顔を浮かべる。
これも神の偶然か、護狼丸は丁度いいとばかりに片手を挙げた。
「よっ」
スタスタスタスタ……
「…………」
笑顔で片手を挙げた護狼丸の横を何食わぬ顔で通り過ぎていくマーニ。
護狼丸は足音が小さくなっていく事にはっと我を取り戻し、軽く駆け足でマーニを追い越すと、腰を折り自分の顔を指差して、フードを覗き込み、
「俺だ、護狼丸だ」
と、にっこり。
「!!?」
覗きこんだ瞬間、果てし無く機嫌の悪い瞳が護狼丸を迎えてくれた。笑顔が凍り、少しだけ冷や汗が浮かぶ。
「何のようだ」
どうやら自分のことを覚えていてくれたらしい事に、護狼丸は顔を明るくしてそのまま歩きながら言葉を続ける。
「あの後、変な奴に絡まれたりしなかったか?」
スタスタスタスタ。
「あなたには関係ない」
スタスタスタスタ。
「あぁ、そうそう、会ったところでちょうどいいや」
スタスタスタスタ。 ―――ゴン。
「っつううう!!」
マーニは目的に向けて一直線、しかし護狼丸はそのマーニに視線を向けて真横を歩いていたため、思いっきり側頭部を街頭に打ちつけその場にうずくまる。
うずくまってさえもどこか大きい護狼丸を見下ろし、彼女の銀狼もそれに見習うようにして視線を下げた。
「迷惑だ」
そして、するりとマントを翻して立ち去ろうと歩き始める。
「少し聞いてくれ。二つほど言いそびれたことがあったんだ」
止まる足音。振り返る顔。
そのまま無言であった事を了承と判断したのか、護狼丸は蹲ったまま顔だけを上げてマーニに視線を向ける。
眉を寄せた上目遣いを大の男から見るとは思わなかった。
「この前は人質なんかに取らせちまって、ごめんな」
と、パンと両手を合わせて頭を垂れる。
「ちんぴらをのすことより、護ることの方が先だったよな。ごめん」
「その必要はない」
マーニの声に抑揚はない。それが当然だと思っているから。
「あたしは弱くないから」
「いや、それはそうだけど」
あの時、一瞬にして自分を捕まえていたごろつきを悶絶させてしまった腕を見てしまったのだし、その言葉が嘘でない事も分かる。
だが、不安では―――なかったのだろうか。
それだけならばもう行くぞ。とマーニの瞳が無言で語る。
護狼丸は急いで言葉を続けた。
「あ、ごめん。これが一つ目」
そして、二つ目は……と、マーニのように蹲った自分を見下ろす銀狼を見る。
「スコールだっけ、その狼」
野生でないならば触れるだろうか。とふと手を差し伸べれば、
カプリ☆
「のぉぉおお!!」
「止めるんだスコール。病気になったらどうする」
勿論このマーニの言葉には「スコールが」という枕詞がつく。
噛まれた手をもう片方の手で支えて痛みをこらえる護狼丸の様子は、さながら小躍りでもしているよう。
それでも護狼丸は涙目でくっきりと歯形がついた手に息を吹きかけ、
「ま…まぁ、それよりも」
話を戻すように護狼丸は鼻の下を一度こすりコホンとせきを一つ。そして、今度はマーニを見下ろした。
「スコールを見つけたとき、小さかったけど、笑ったよな」
「覚えていない」
だからどうした。と、言わんばかりだ。
「うん、かわいいと思った」
「は?」
にっこり笑顔で悪びれもせず、ましてや照れることなくそう言いきった護狼丸は、言ってしまった事で威勢でもついたのかそのまま言葉を続ける。
「でも、だからこそ、ちんぴら共の目にも留まりやすくなる。必要がなければ、裏通りはできるだけ通らないようにな?」
真剣な眼差しで訴える護狼丸が本気である事は分かったが、マーニの瞳にだんだんと怒気が含まれていく。
「あたしが何処の道を通ろうがとやかく言われる筋合いはない」
そしてふっとプレッシャーが散逸し、諭されているのに逆に諭すような口調で続ける。
「あなたも巻き込まれたくなければ其処へ近づかなければいいだけのこと」
「いや、そうじゃなくて」
「話は、以上だな」
反射的に護狼丸は違うと口にするが、ただ心配しているだけなのだと告げる前に、マーニから会話を打ち切られてしまった。
「だから…!」
違うと口にしてもマーニは振り返らなかった。たぶん待ってと言っても待ちはしないだろう。
マーニは今度こそマントを翻し、そっとフードを被る。
引きとめようと伸ばした手もまるで空気を掴むように行き場をなくし、その場で虚しく伸ばされたまま。
「…ま、いいか」
会って自分の気持ちを伝えたかっただけだったから、たぶん今引き止めても言う言葉が思いつかない。
だって言いたい言葉は全て伝えてしまった。
走って追いかけるのは確かに容易い。
だが、出会い伝えたかった思いを全て伝え満足した護狼丸には、今追いかける理由はなかった。
to be...
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