<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜月下のハスラー



 愛用のビリヤードのキューで肩をポンポンと叩きながら、ランディム=ロウファは家路を進む。
 ちょびっとばかし治安に難ありの路地でも、ランディムにとっては歩きなれた路地だ。
 言うなれば自分の庭――縄張りとまでは言わないが――のようなもの。
 ランディムは月明かり煌く空を見上げ、ふっと息を吐く。
 この聖獣界ソーンへと来てどれくらいの時が経っただろう。
 そんな物思いに耽っていたランディムの耳を喧騒が駆け抜ける。
「何とか言ったらどうなんだ、あ?」
 一般市民ではない。あの男達もまた武器を手にした冒険者か、はたまた傭兵か。
(んなこたどうでもいいな)
 目の前で繰り広げられているのは、どうにも丸腰に見える青年を取り囲み、罵声を浴びせたり時には小突いたりしている姿。
「ったく」
 面倒な光景見ちまったな。と、言いたげな舌打ち。あからさまな正義の味方もガラじゃない。
「何だ?」
 ランディムは頭をかきながら一同の輪をにらみつける。
「確かにお誂え向きな路地ではあるが、何の騒ぎを起こしてやがんだおたくらは」
 近所迷惑だろう。と、ランディムは付け加え、家の明かりも少ない路地の両脇に立つレンガの家をぐるりと見る。
 そんなランディムの登場に、中心の青年がすっと顔を上げ、風と共にフードがぱさりと落ちた。
 まるで今この場を照らしているかのような、月明かりに酷似した瞳がランディムを射抜く。
「金持ちの坊ちゃんよう」
「下々に恵んでくれたっていいだろう?」
 反応のない青年よりも一見ただのハスラーに見えなくもないランディムの方が金がありそうだと踏んだのか、男達の視線は青年から外れランディムへと向う。
 その中で1つだけ感じるプレッシャーのようなもの。だがその正体を探るより前にプレッシャーは散逸してしまった。
 青年の視線は今、ランディムから外れている。
「俺達金に困ってんだよ」
「有り金全部置いていきゃ、何もしねぇ」
 そして男達は勿論「飲む金だがな!」と下品に大声で笑いあう。
 ランディムの眉根がピクリと不機嫌に歪められた。そして男達の主張をはき捨てるような笑いで一蹴し、
「ジョークにしてはいささかきついな」
 俺を恐喝? そんなの冗談だよな?
 まさに手に乗るとはこの事か。
 ランディムはそっとポケットに手をしのばせる。
 手に触れたのは丸い小さな穴が開いたもの。
「それに、あんた達分かってないなあ」
 目を伏せやれやれと首を左右に振り、これ見よがしに長く深くため息混じりに息を吐く。そして、きっと瞳を開け、
「此処は俺のテリトリーだって事を!」

 カーン――…!!

「っあぐ!!」
「なっ!?」
 男達は腰を折り吹き飛んだ仲間を見る。
「ボ…ボタン?」
 男の腹にめり込む直径1センチほどの小さなボタン。
 仲間が一人やられてしまった事に、男達はぎりっと瞳を鋭くしてランディムを見た。
「やっちまえ!」
 男達は一斉に自分の得物を構えランディムに向ってくる。
「いいねえ、悪役ってのはそうでなければな」
 余裕綽々と言わんばかりの風体で、ランディムは口角を弓形に引き上げにやりと笑うとキューを構えた。
 ランディムは足元に転がる小石を蹴り上げるとキューで打ち出していく。
 しかし小石のボールは男達をすり抜け、レンガの壁に当たって跳ね返る音を路地に響かせる。
「っは! このノーコンが!」
 男の一人が馬鹿にするような笑いを浮かべた。
 ランディムは終わったと言わんばかりに構えていたキューを肩に戻す。それを諦めと取ったのか男達は駆け出そうと走り出した瞬間だった。
「な…何!?」
「囲まれてやがる!」
 そう、最初の男を撃沈させたボタン以外の、小石で生成したボールは、縦横無尽に壁や地面を跳ね返り、さながら姿無き牢獄に男達を閉じ込めた。
「The End…だ」
 ボールが一斉に男達に襲い掛かった。
 完全に気を失っている男達を見下ろし、ランディムは一掃除終わったとばかりに手をパンパンと払う。
 そしてツカツカと青年の前へと突き進むと、
「おい坊主、ガキの使いでもこういう場所は通るなって親御さんに教わらなかったのかね?」
 言わなけりゃ気がすまないとばかりに、身振り手振りを加えたマシンガントークが路地に響く。
「今回俺が通りかかったからこそ運が良かっただろうけど、そうじゃなかったらどうするつもりだったんだ?」
「どうもしない」
「はぁ?」
 抵抗も反論も何もしなければああいった輩は、最後に理由なき暴力でもってうさを晴らして去って行っただろう。
 青年はそれを分かっているのか。
「今みたいに誰かが助けてくれるとでも思ってたんだろう」
「…………」
 青年はランディムの言葉をしばし考えるように口元に手を置いて、結論がついたのか小さく頷くと顔を上げる。
「そうしておこう」
「はあ?」
 ランディムのちょっと不機嫌な納得できないと言わんばかりの声が大きくなった。
「だから」
 助けただけではなく、くどくどと説教を始めたランディムを青年はただただ見ている。
「分かったか?」
 同意の言葉を求めたはずだったのに返ってきたのは別の一言。
「物好きな奴だ」
「そうそう、俺は元より物好きな性分なの。ってそれだけかよ!」
 ノリツッコミのようについ答えてしまい、ランディムはびしっと空中に裏拳を放つ。
「……ノリ悪いな、あんた」
 ただその場でぼぉ〜〜っと立つ青年に、ポツリとこぼす。しかし、気を取り直すようにランディムは髪をかきあげる。
「まぁいい。俺はランディム。あんたは?」
「ソール」
「素直だな、おい」
 言う必要はない。なんて言いそうな雰囲気を持っているくせに、素直に名を名乗った事にちょっと拍子抜けしてしまう。
「見た所、一人と一匹のぶらり旅……みたいだけど」
 と、ランディムはソールの腕の中の銀色の毛皮を覗き込む。
 見られている事に気がついたのか、仔狼はぴくっと耳を動かして顔を上げた。
 だが、その視線はランディムではなく、自分を抱くソールへと向けて。
(まさか……)
 泊まる当てもなく、宿屋を探して迷子になり結果絡まれた。なんていう状況だったら、少し言い過ぎたような気がして、ランディムはソールの顔へと視線を戻す。
「………分かった。ハティ」
「はい?」
 突然の呟きに反射的に聞き返す。
 けれどスタスタと何事も無かったかのように行過ぎていくソール。
「あ、おい…!」
 一瞬何が起こったのかと呆けてしまったが、ランディムはすぐさま振り返り呼びかける。しかしソールの足は止まらない。
 去っていく背中を見つめ、立ち尽くし髪をかきあげる。
「……さて、どーしたもんだか」
 あの社会適応率の低そうな――ランディムから言わせれば――坊主は。
 しばしそのまま見つめていたが、ランディムはふっとため息がてら視線を外し、
(俺も帰るか)
 踵を返し家路を急いだ。










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】

【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 余り長くは無いですが、ちょっぴり戦闘部分を書いていて楽しかったです。兄貴という観点から書かせていただいたのですが、どうにも届いているのか不明で申し訳ないです。
 まるでボケがボケと自覚していないお笑いのようです。(勿論ツッキミはランディム様)
 それではまた、ランディム様に出会える事を祈って……