<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
『夏山の冒険〜後編〜』
脳にかかる霧を、意志の力で振り払う。
極力小さな動作で、ダラン・ローデスのリュックから、彼のマントを取り出す。
急ぎ、ダランの体をマントで覆うと、既に動かないダランの頬を2、3発叩き、片手を口に押し当てる。
「息を止めろ。銃を出すんだ」
言って、ダランから手を離すと、蒼柳・凪は自らも銃型神機を抜く。
土砂の位置からして、多分、あの辺りだ。
暗闇に、目も慣れてきた。
「俺と同じ方向を撃つんだ。力を篭めろ――」
狙いを定める。かすかに光が差し込む、その場所に。
今必要なのは、新鮮な空気だ。
時間を費やせばそれだけ、危険は増す。
「いくぞ」
震えているダランの腕が、凪の腕と重なる。凪はもう片方の手で、ダランの腕を掴んだ。
引き金を引く瞬間、体内の全ての空気を声に変え、凪は友の名を叫ぶ。
「虎王丸ー!!」
ダーン!
銃声と爆音が響いた――。
三人分の水筒に水を目一杯汲んで、虎王丸は二人が探索している場所へ戻る。
自分の水筒に、見慣れた凪の水筒。そして、一つだけ豪華なのが、今回の同行者ダラン・ローデスのものだ。
「冒険に、装飾なんて不要だっての」
ポーンと空中に投げて、キャッチする。
そうだ、水の中に山葵でも入れてやろうか……。
虎王丸が悪戯心を膨らませたその時、微かな声が耳に入った。
次の瞬間、鈍い爆発音が響く。
「敵か!?」
虎王丸は瞬時に刀を抜き放ち、白焔を宿らせる。
聞きなれない爆音だった。その直前に微かに届いた声は、凪のものだ。
斜面を滑るように下り、音の場所にたどり着く。
土砂が崩れたと思われるその場所だが、一箇所だけ、今尚砂が流れている場所がある。
開いたばかりと思われる空間、その先に付近の土砂が雪崩落ちようとしている。
「凪? そこか!?」
体を張って土砂を防ぎ、鎧を脱ぎ捨て塞き止める。
薄暗い穴に刀を差し入れ中を見る。
……凪と、重なるように倒れているダランの姿があった。
「凪!」
手を伸ばすが届かない。
虎王丸は刀を力任せに振り、周囲の岩を削り落とす。そのまま、刀を支え柱にし、中へと身を躍らせる。
異臭がする。冒険に慣れた者が、このような場所に入り込み長居するようなミスは犯さない。
「凪、何やってんだ? お前らしくないぞ」
呻きながら、凪の体を起す。……上着が燃え、はだけている。
凪に庇われていたダランは、一見して怪我はない。
虎王丸は凪の体を抱え上げ、洞窟から引きずり出す。
爛れた彼の体に水筒の水を掛けると、再び洞窟に戻り、ダランを引きずり出す。
「馬鹿野郎……っ」
虎王丸は二人をそれぞれの肩に抱え、先ほどの水場へと急いだ。
この季節でも、山の水は冷たい。
小さな泉にたどり着くと、虎王丸は凪の体を水に浸した。一見異常なさそうなダランも、泉に落とす。
凪の意識はすぐに戻った。
「凪、大丈夫か?」
伸ばした虎王丸の手をしっかりと掴んで起き上がる。
「ああ、すまない……」
頭を振る。軽い眩暈を感じるが、大丈夫なようだ。
腕と、胸の辺りが、ひりひりと傷む。
あの瞬間――。引き金を引くとともに、空気が爆発した。
一瞬のことであったが、腕と体の表面を炎が弄った。
上半身に纏いついている服の残骸を脱ぎ捨て、凪は泉に浸されたダランの手を取った。
右手だけ、爛れている。あとは、大丈夫なようだ。
立ち上がって、凪は肺に空気を取り入れると、舞いを踊る。
虎王丸には見慣れた舞いだ。今日は、彼の為ではない。
周囲の空間に精気が満ち溢れる。
虎王丸が不機嫌そうに、ダランを泉からあげて、3人は木陰で休むことにする。
説明を求める虎王丸に、凪は今回の事故について話して聞かせる。
「まあ、そんなとこだろうな」
虎王丸が吐息をつく。
聞かずとも、大体わかっていた。
つまり、ダランのせいで、凪が危険な目に遭ったということだ。
虎王丸は、足を伸ばして、ダランの体を軽く蹴る。
「大した怪我もしてねぇのに、いつまでも寝てんなよ!」
「う、うーん……」
目を開けたダランは、虎王丸の姿を見て、一瞬不思議そうな顔をした。次の瞬間、がばっと起き上がる。
「お、俺、あれ?」
「あれじゃねぇよ」
胸倉を掴み上げ、虎王丸はダランを立たせる。
虎王丸の真剣な表情に、ダランは息を飲んだ。
ダランは虎王丸のこのような顔を見たことがなかった。
悪戯をして拳を向けられた時も、彼の瞳はどことなく楽しそうであり、余裕を含んでいた。
しかし、今は明らかに、怒りの感情を向けられている。
「冒険に出てぇんだったら、自分を鍛えろ」
突き飛ばすようにダランを離すと、虎王丸はドカドカとその場を立ち去ってしまう。
ダランは何も言えず、ただ立ち尽くしていた……。
「……ダラン」
静かな声が響いた。
顔を向ければ、凪がいる。
ほっとしかけて、ダランは、凪の腕や胸が赤く爛れていることに気付く。
「凪……俺……」
「座れよ」
「あ、あのさ、ええっと……その怪我、どうして……って、痛っ」
座ろうとして、地に手をつき、自分の腕の火傷にも気付く。
引き金を引いた後のことは、覚えていないらしい。
「あの洞窟、ガスが吹き出ていたんだ。銃の衝撃で軽い爆発を起してな……まあ、お互い大した怪我じゃなくてよかったな!」
凪は笑って見せる。
しかし、ダランは押し黙ってしまう。
少しの間、二人は沈黙した。
凪の作り出した癒しの空間が、二人を暖かく包み込んでいる。
少しずつ、痛みがひいていく。
ダランにも、なんとなくそれが分かるようだった。
「ダラン、ありがとな」
凪の言葉に、不思議そうな顔をするダラン。
「なんで……お、怒らないのかよ、いつものように……」
過去に2度、ダランは凪にきつく叱られたことがある。
でも、今回は凪はダランを叱らなかった。
「前は、凪には迷惑かけてなかったのに、怒ったくせに。今日は、怪我、したのに……なんで、ありがとうって……」
「叱る必要はないさ。だってお前、何がいけなかったのか、わかってるだろ?」
凪の言葉に、素直に頷くダラン。
「あの時、ダランが神機を一緒に使ってくれなかったら、脱出できなかった。だから、ありがとう」
手を伸ばして、ダランの金色の髪をくしゃりと撫でる。
「お前、魔法の才能あるよ。鍛えれば伸びる。絶対だ!」
「ほ、ホントか?」
強く頷いてみせると、ダランは一瞬いつもの輝いた目を見せた。
「凪、あ、あのさ……」
ダランは凪の隣に座ると、彼から目をそらし、俯き加減で言った。
「俺、ちゃんと鍛えてもっと役に立てるようになったら……あー、でも、俺って何をやっても続かないんだった」
ダランは頭を抱え込む。
今まで、色々な学校に通った。色々な知識を得ようと、学ぼうとしてきたのだが、何をやっても続かなかったのだ。
理由は様々だが、どうしても学ぶということがダメらしい。
「勉学が性に合っていないんだろ。実技を学べばいい」
その凪の言葉は、ダランの悩みを一瞬にして解消した。
今まで、ダランを分かろうと思ってくれる友はいなかった。
でも、凪には手に取るようにわかる。
ダランがいかに行動的な男であるか。
そして、留まっていることを……縛られていることを嫌う為、教室での勉学は不向きであることが。
「そ、そっか……習ってみよっかな、魔法!」
頷く凪の視界の端に、あの草があった。
凪は手を伸ばして草を抜くと、ダランに手渡した。
「この草、必要なんだろ?」
シリス草という草だ。秋の初めに小さな白い花を咲かせる、さして珍しくない草花である。
「あ、うん……。今は必要ないんだ。それに、俺が欲しいのは、もっと沢山に分かれてるやつだから」
凪から受け取った草を、ダランは土に戻した。
そして、小さな声で、呟くように言ったのだった。
「沢山に分かれている葉を、1枚ずつ持ち帰ると、持ち帰った奴等に深い絆が出来るっていう話があるんだ」
だから、何だとはダランは言わなかった。
でもあの時、凪と一緒にいる時に、ダランがこの草を探していた理由は言葉にせずとも、凪に伝わった。
「そ、それじゃ、薬草採って帰るか! 凪は休んでろよ、俺が採ってくるから〜」
「お前、薬草の選別できないだろ」
「あ、そっか」
笑いあって立ち上がり、2人は薬草採取に戻ることにする。
「ホント俺、足手まといで何もできない……」
ダランの呟きが凪の耳に入る。
でも、その台詞は決して悲観的な口調ではなかった。
「でも、きっと」
ダランはその後の言葉を口には出さなかった。
続く言葉は、自分自身に対し、心の中で語った。
決意と共に。
薬草の採取にそう時間はかからなかった。
夕方には服も乾き、凪はダランの上衣を借り、街に下りた。
その後夕食に誘ったのだが、ダランは首を横に振って凪に虎王丸のところに行ってくれと言ったのだった。
「虎王丸によろしくな。ごめんって伝えておいて……」
気まずいのだろうと思い、凪は「わかった」と言って、ダランと別れる。
ダランは凪と別れた後、数歩歩くと振り向いて、凪の後姿を見ていた。
今はまだ、足手まといだけれど。
今はまだ、2人の中に入る権利なんてないけれど。
いつか、きっと――。
●ライターより
こんにちは、川岸満里亜です。
思わぬピンチに陥りましたが、無事依頼を終えることができ、書き手としても、ほっとしています。
ダランにとってはとても学ぶことが多かった冒険です。
後日彼の職業を変更したいと思います。よろしければご確認ください。
ご依頼、ありがとうございました!
|
|