<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


大切な鍵、招来作戦

□Opening
「いらっしゃーい」
 いつものように、賑わう白山羊亭。ルディアは、そのドアを開けた人物にも、元気良く声をかけた。しかし、声をかけられた人物は、それはもうこの上ないほど暗い表情だった。
「……、あれ? 君、もしかしてトットさん?」
 ウサギのような耳に尻尾。その小さな人物に、ルディアは見覚えがあった。
「うう、ううううう、どぉしましょぅぅぅぅ」
 自分の名前を呼ばれて安心したのか、トットは突然ルディアに走りより泣き出した。
「ど、ど、どうしたの? また、鍵を取られたの?」
 またか……。ルディアは、心の中でため息をつきながら、トットに優しく話かける。
「いいえ、いいえ、実は、大切な鍵に……、逃げられちゃったんですぅぅぅ」
 そしてまた、おうおうと泣き出すトット。
 鍵に逃げられた、とは、どう言う事か。とにかく泣く前にまず何かしらの情報が欲しかった。ルディアはトットを励ますように、身を屈め彼の肩を叩いた。
「鍵のメンテナンスを、ほんのちょっとだけ忘れていたんです、そうしたら、広場の泉の辺りで突然逃げ出して……」
「メンテナンス?」
 ルディアの優しい合の手に、トットは鼻をすすりながら頷いた。
「はい、あの鍵は綺麗な物や言葉が大好きで、時々、見せたり聞かせたりしてあげなければ駄目なんです」
 なるほど、つまり、それを怠っていたら、鍵がヘソを曲げて逃げて行ったと言う事か。
「逃げて行った鍵、か、でもそんな小さな物どうやって見つける?」
 ルディアの疑問に、ようやくトットが顔を上げた。
「僕の呼びかけには応じないでしょうけれど、綺麗な物や言葉につられて出てくると思うんです……、多分」
 そしてまた、しくしくと泣き出すトットを横目に、ルディアは何とかしてくれそうな冒険者を探し始めた。

■01
 白山羊亭に美しい音色が響いていた。時に短く軽やかに音は歌い、時に高く遠く音が響き渡る。ロス・ヘディキウムのフルートは、曲を奏でる度、客の心に響いていく。
「お疲れ様、良かったよ」
 数曲演奏の後、ルディアはロスをねぎらうように笑顔で歩み寄り、心の底から拍手を送った。
「ありがとうございます」
 頼まれていた演奏を無事終える事ができたので、ロスはようやく笑顔を見せる。
 フルートを両手で抱え、ルディアに一礼、それから客席に向かっても丁寧にお辞儀をした。
 さて、ロスは一仕事終え、フルートをケースに仕舞おうと分解をはじめた……、のだけれども、その手を止めたのはルディアだった。
「ちょっとね、困っている子が居るんだ、トットって言うんだけど……」
 そう言いながら、ルディアは自身の背後からある人物を招き呼んだ。ルディアの影から姿を現した人物は、しょんぼりと俯きながら、こんにちはと小さく挨拶をした。ウサギのような耳と尻尾が特徴的だった。
 ロスは手を止め、二人の顔を交互に見る。ウサギのような耳と尻尾を持った人物は、ルディアの後ろでぐずぐずと泣いているし、ルディアは困ったように何度かため息をついた。
 何か事情が有りそうだ。ロスは、頷き、ルディアから事情を説明してもらう。
「大切な鍵に家出されたんですか?」
 ロスの言葉に、トットは何度も頷き、また涙目になる。
「綺麗なものや言葉が大好き……、あ、じゃあ、『綺麗な音』でも大丈夫かな」
 トットを励ますように笑顔を作り、ロスは考えた。
 そして、仕舞いかけたフルートを握り直し、管が冷めてしまわないようにふいとフルートに息を通した。
「ううん、綺麗な人が手を伸ばしたら自分から手の中に飛び込んできたりしないかな」
 くすくすと、ロスは笑う。
 本当にそうだと良いのにな。トットは、ロスの笑顔に、少し落ち着きを取り戻した。

□03
「広場の泉の辺りで逃げ出したと言うなら、とりあえずそこへ行ってフルートを演奏してみようかと思うんですけど」
 ロス・ヘディキウムの提案に、オーマ・シュヴァルツは頷いた。
「なら、俺はステージに一花添えさせてもらうぜ」
 何か、考えがあるのだろう。
「あの、お二人とも、どうぞよろしく、ぐす、お願いします」
 と言うわけで、二人とトットは広場の泉へと移動した。
 ロスがフルートの準備をはじめると、オーマは小さな獅子へと変身し、空へ駆け上がった。広場との距離を測りながら、雨雲を呼ぶ。
 そう、オーマと言えば人面雲、勿論、雨雲だって人面雨雲だ。
「よぉ、一仕事頼まれてくれや」
 オーマの呼びかけに、それは気前良く応えた。
「へい、旦那」
 だって、人面なのだから、ニヒルな笑いと力強い口調は当然と言えば当然か。
 人面雨雲は、一度上空を旋回した後、ぱらぱらと夕立を落し始めた。この加減が難しいのだが、オーマは適量の雨を考え、それから万事オッケーと雨雲にサインを送った。
「よぉし、サンキュー兄弟☆」
 オーマの白い歯がきらりと光る。
「がってんでさぁ、旦那」
 人面雨雲の太い眉が片方だけ釣りあがり、こちらも白い歯を覗かせた。雨雲は、オーマのサインを受け取り、雨を上がらせる。
 さて、そこには、夕立が過ぎた後の美しい虹。
 オーマと人面雨雲は、虹が消えてしまわないように、雨の調整を慎重に行った。
 それを、少し遠くでロスとトットが見ていた。
「じゃあ、僕もはじめるか」
 ロスは虹を背後に、フルートを構えた。
「音は広がるから、ある程度まで届くと思うんだ」
 だから、鍵が遠くに居ても大丈夫と、トットを気遣う。トットは、その言葉に何度も頷いた。
「あ、鍵が現れたら、捕獲をよろしく」
「はい、それは、何とかやってみます」
 トットの神妙な態度を、また、励ますようにロスは優しく微笑む。
「大切な鍵、無事戻ってくるといいですね、トットさん」
 はい、と、トットは何度も頷いた。それから、周囲を確認し、ロスとの距離を少し取った。何より、ロスの演奏の邪魔になってはいけない。
 ロスの背後、遠く遥か彼方には、夕立と虹の幻想的な風景が広がっていた。
 やがて、ロスの演奏が始まる。それは、きらきらと葉の間からこぼれ落ちる木洩れ陽のような美しい音色。弾むように音は踊り、高音も低音も優しく広がって行く。
 何て素敵な光景なんだろう。トットは、しばし鍵の事を忘れ、その美しい音と景色のコラボレーションを眺めていた。
 きらりきらりと光る虹の合間の雨。
 ……。
 きらり?
 トットは目をこする。何か、違うモノが光った気がするのだけれども……、例えば、こう、人面チックな白い歯、と言うか……。
 いや、そんなはずは。トットは自分の目をこすりながら頭を振った。
「ふいー、どうだ? こっちの様子は?」
 そこへ、ミニ獅子姿のオーマが帰って来た。
「あ、はい、今ロスさんの演奏が……」
 はじまったんですよ、と、言うトットの声は最後まで続かなかった。
 オーマがぶるると全身を振るわせたのだ。飛び散る水滴。その水滴一つ一つが、……、人面。
 トットは知らなかったが、雨雲自体が人面だったのだ。つまりは、人面雨雲によるイロモノコンボ発生で、雨も水滴も、実は虹さえも人面。
 ああ、虹が遠くで本当に良かった。
 何故なら、遠く眺めていると、本当に美しい虹なのだから。きらきらと輝く白い歯も、見えなければただの美しい輝き……に他ならない。
 さて、背後でそんな人面が大量発生しているとは全く無関係に、ロスの演奏は続く。
 美しく、心地良い音色。
 リズムは速く優雅にゆったりと、テンポを変えて躍る。
 道行く人も、その演奏に足を止め耳を傾けた。
 きらきらと輝いているのはフルートかその音色か。透き通った音は、遥かな空を、広い草原を駆ける風を、開けて光る朝露を、そして、優しく降り注ぐ木漏れ日を思わせた。
 やがて、曲が終わり、ロスはフルートを一度下げる。
 思わず聞き入っていた通行人やトット、それにオーマも、握手でその気持ちを表した。
 コトリ。
 拍手にまぎれて、どこかで、金属の擦れる音が聞こえた。
 まだ、少し遠い。
 オーマはそれに気がついたのかいないのか。突然、変身した。その姿、鈍く光るアクセサリとエナメル質の派手な服が語る、パンクロックファッション。
「オ、オーマさん? ど、どう言う」
 驚くトットに、オーマは語る。
「要は、魂を動かす何かが必要筋☆ってね、ソウルフルに行くぜっ」
 そして、どこから取り出したのか、ギターを腰で持ち、重低音を響かせ始めた。
 ロスの美しい演奏とは対照的に、それは激しく燃え上がる炎の如く。泉のほとりの演奏会では無い、これは、そう、路上ライブと言う言葉がふさわしい。オーマの叫び声は、千里を駆け、文字通り人を建物を木々を震わせた。
「いやぁー、ふぅ」
 それは、未だ見ぬ何かの可能性に託したオーマの思いだったのかもしれない。
 騒々しいまでの、オーマの演目。
 驚きすくみ上がっていたトットでさえも、次第にリズムに身体が踊り出す。
 リズムを刻み行き交う人々、その合間で、きらりきらりと光るもの。くるりくるり回り躍る。
 やがて、オーマの演目は終了し、歓声が上がった。

□Ending
 激しいまでの音楽に、興奮冷め遣らぬ広場。
 そこに、また、美しい音色が響いた。オーマの魂の叫びに応えるような、ロスの演奏だ。興奮し、高ぶった気持ちをそのままフルートの優しい音にシフトする。
 何と言う、気持ちなのだろう。
 ただ、心の奥から温かいものが溢れてくる。最高潮に高まった心が、ロスの演奏に触れて純粋なまでに震えあがったのだ。
 オーマは一仕事終えたと路上に座り込み、ロスの演奏を感じていた。
 そして、その演奏を聞き留めようと集まった通行人の、足元を眼で追う。
 それは、オーマの演奏でくるくると回っていたもので、ロスの演奏が始まるとゆったりとその場で揺れ始めた。
 ゆっくりと近づき、そっと捕まえる。
 それは、金色に輝く、小さな鍵だった。
「あっ、それは」
 ロスの演奏の邪魔になら無いように、小声でトットが声を上げる。
「よぉ、堪能したか?」
 オーマはにやりと笑い、トットとその鍵を見比べ、鍵に声をかけた。
 鍵は、少し恥ずかしそうにひょこひょこと身体を揺らしたかと思うと、トットの手に飛び込んだ。
 フルートの音は、晴れた空に昇って行く。
 雨雲は去り、美しい夕焼けを背に、ロスは演奏を続けていた。
 オーマとトット、それに戻ってきた鍵は、もう少しだけその演奏を聞いていようと、並んで座り込んだ。
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3347 / ロス・ヘディキウム / 男 / 14 / 歌姫/吟遊詩人】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

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■         ライター通信          
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 この度は、鍵の招来作戦へのご参加有難うございます。ライターのかぎです。無事鍵も戻ってきました。よかったです。
 □部分は集合描写、■部分は個別描写になります。

■ロス・ヘディキウム様
 はじめまして、初めてのご参加有難うございます。フルートの美しい音色をきちんと表現できましたでしょうか。個人的に、フルートは大好きなので、書いていて私も楽しませていただきました。
 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。