<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
夜と昼の双子 〜ハートブリゼ
とりあえずこの聖都エルザードで一番物が揃うとすれば、やはり此処天使の広場だろう。
数々の店が軒を連ね、屋台や露店も数多く店を広げている。
冒険に役立つものを買い求める人々や、今晩のおかずを安く交渉して食費を上げようと頑張る主婦。
そんな中、例に漏れず国盗・護狼丸も何や役立つアイテムはないものかと、天使の広場へと足を踏み入れた。
野菜などの露店ではなく、冒険者が集まる露店を探して、護狼丸はぐるぅりと辺りを見回す。
そして見回す途中で護狼丸の視線が止まった。
視線の先には見知ったフード。
あのフードは―――
護狼丸はにっと笑うと大股で天使の広場の中心にある噴水へと歩いていく。
沢山の人が行き交う中、フードはただ一点を見つめたまま動く気配はない。
まかりなりしも大泥棒。足音を消すくらいは造作ない。
「よっ、どうしたい、こんなところで」
フード――マーニ・ムンディルファリは、いきなり声をかけられた事に一瞬びくっとして、無言のまま顔を上げた。
そして目の前に立っていたのが護狼丸であったことに、その表情を徐々に変化させていく。
「……人の顔見て渋顔になるなよ」
そんな眉を寄せてぎゅっと口を閉じているマーニの顔に、護狼丸はホロリ涙のトホホ気分。
しかし護狼丸はそんな事では挫けない。
「……まぁ、いいや」
と、すぐさまいつもの自分を取り戻すと、ストンとマーニの隣に腰掛けた。
「いつもスコールと連れ立ってるよな」
その逆側で、前足に上に顔を置いて寝ていた大きな銀狼の耳がピクリと動く。
銀狼はのそっと顔を上げると、今まで寝ていた事が嘘であったかのように護狼丸を視線で射抜く。
一瞬護狼丸はびくっとガードするように両手を組む。しかし予想に反して銀狼は大きく欠伸をすると、その頭をまた前の両足の上に戻した。
心なしほっと胸をなでおろす。また噛まれては敵わない。
寝息が聞こえてくるわけではないが、マーニはそっとスコールの背をなで、ほっとしたような小さな笑みを浮かべる。
「マーニにとって、スコールは友達なのか? マーニはスコールと話すとき、いつでも優しくなるからさ」
質問だけではなく、護狼丸はそう思った理由を含めて尋ねる。
どうしてそう考えたのか。と聞く隙間がなかったのは、きっと護狼丸が本当にそう思いそのままを口にしたからだろう。
「スコールは」
やっと口を開いたマーニに、護狼丸は視線を送る。
「あたしの家族だ」
「そっか」
何となく予想していたような答え。
「なら、大切にしてやらないとな」
家族ならば信頼もするし、表情が和らぐのも当たり前だ。
穏やかな空気と言ってしまってもいいと思うのに、なんだろう二人から発せられる周りを切り離したような雰囲気は。
うーんと、その理由を考えてみるが、護狼丸にはどうにも思いつかない。
そして、次にあったら話そうと思っていた事をふっと思い出す。
「……あぁ、そうだ、言っておくことがあったんだっけ」
どこかポカンとしたような護狼丸の声に、マーニが視線だけ護狼丸に向ける。
その視線は「またか」と言っている様にも取れたけれど。
「人の話は、もう少しちゃんと聞こうな。危ないところに近づくな、とは言ったけど―――」
「必要ない」
すぱっとマーニは言い捨てる。
「聞くかどうか、聞く価値があるのか決めるのは聴衆だ」
なんか難しい事言っているようだけれど、護狼丸はそれをさらりと聞き流して言葉を続ける。
「え、あ、うん、それに、俺は巻き込まれて迷惑だなんて言わなかっただろ?」
「なるほど、あなたは巻き込まれたい性質なのだな」
「いや、そうじゃなくて。この前といい、早とちりは良くないぞ」
護狼丸は少しだけむっとして、つい突っ込みを切り返す。
一瞬マーニの肩が上下する。笑顔とか微笑みには程遠いけれど、ふっと笑ったようだった。
(…………)
なーんか、ちょっぴり先ほどむっとした気持ちがチャラになったような気がして、どうにも腑に落ちないような、けれど得したような。
「……昨日今日会った奴を信じろってのも、無理かもしれないけどさ」
ふと出来上がった沈黙を誤魔化すように、護狼丸は軽く頭をかいてそう告げる。
そして、あのマーニと出会った時を思い出すように、
「俺はあの場に居合わせて良かった。マーニもスコールも怪我がなくて良かった。できれば危ない目にあってほしくない」
「人が絡まれた場に居合わせて、良かった?」
怪訝そうに眉間にしわを寄せたマーニの声は低い。
「そうさ。マーニを助けられた」
無事であった事、そして、出会えた事が純粋に嬉しい。
「俺はそう思ってるんだ」
言いたかった事はそれだけ。と、護狼丸は自分の気持ちを伝えられた事に、どこか満ち足りたような微笑を浮かべる。
「見返りを求めず他者を助ける者をお人好しと言わずに何と言う?」
啖呵を切るようにマーニは突然立ち上がり、噴水の縁に腰掛ける護狼丸を正面から見据える。腰掛けていても思いのほか大きく、視線がほぼ同じ高さになってしまった事に、たじろぎつつも、叫ぶように言葉を続けた。
「あなたは、あの場で絡まれていたのがあたしでなくても助けただろう? それが性分だ!」
護狼丸は余りの剣幕にただ瞳を瞬かせる。
「助ける奴は助ける。助けない奴は助けない。それが“人間”だ!」
彼女の顔は何かを必死に堪えるように、きつく眉を寄せていた。
「危険な所に近づくな? ならば、危険に飛び込み、傷を負うリスクを伴いながら助けるという行為は危険にならないのか!? この矛盾は何だ!!」
戦慄く拳を握り締め、そう言い捨てると、体裁などかなぐり捨てるように、ばっと自分に手を当てる。
「あたしは咎人だ! 助ける価値などない!!」
太陽の名を持つが故に。
「マーニ…?」
なんで、泣きそうなんだよ。
マーニはぐっと唇をかみ締め。瞳をそらす。
「行くぞ。スコール」
ばさりとマントが翻る。
「マーニ!?」
瞳から涙が流れているわけじゃない。
だけれど、どうしても泣かせてしまったような気がして、護狼丸は後を追いかける。
泣く女の子を追いかけないなど男ではない。
(は…早い……!)
流石ごろつき達をのしてしまうだけの力を持っているだけのことはある。
(感心してる場合じゃないだろ俺!)
女性には優しく。だけれど、彼女にはその優しさがどうやら痛いらしい。
追いかけているとバレたら彼女は尚更逃げるだろう。
「な…スコール?」
まるで空から舞い降りるように護狼丸の前に降り立った銀狼。
ぐるぐると八の字を描くように道を塞ぐ銀狼。
まるでこの先は行かせないと言っているかのよう。
「…お兄ちゃん……」
瞬間、銀狼の姿がまるで雲のように掻き消えた。
入り組んだ細い路地の日陰の中、マーニは崩れ落ちるように両膝を抱えて蹲る。
銀狼はそっとその頬をなめた。
(…………)
路地の角。
―――咎人……
護狼丸は出て行けずにただその呟きにぎゅっと唇をかみ、音を立てないようその場を離れた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3376】
国盗・護狼丸――クニトリ・ゴロウマル(18歳・男性)
異界職【天下の大泥棒(修行中)】
【NPC】
マーニ・ムンディルファリ(17歳・女性)
旅人
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
本当はもっとソフトな感じで話を書く予定だったのですが、キャラクターが一人歩きするとでもいいましょうか、言う事聞いてくれませんでした。かなり…というかちょっと言い過ぎた感がありますが、めげなでいで下さると本当に助かります。
此処まで声を荒げた理由を察していただければいいのですが、少々遠回りな言い方をして誤魔化しています。
それではまた、護狼丸様に出会える事を祈って……
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