<東京怪談ノベル(シングル)>
ラフィタとゾロ・アー
アセシナート公国の中で、ラフィタは貴重な存在だと考えられていた。もちろん、その聖獣の能力の為である。会うだけでも、普通の手段ではなかなか難しいと思えた。
ラフィタの宮殿の近くまでやってきたゾロ・アーは、どうしたものかと考える。力を使えば、進入する事も出来ない事では無さそうではあったが、例えラフィタに会えても、警戒されて話が出来なくては意味が無い。ラフィタが一人で街を出歩くような事でもあれば良いのだが、ほとんどありえない話だった。
数日、宮殿の近くに宿をとって、ゾロ・アーは様子を伺った。
やがて、機会は訪れた。
ある日の事である。ラフィタ・アセシナートは、いつものように部屋に居た。彼は、あまり、部屋から出た事は無い。
宮殿の外へはもちろん滅多に出ないが、宮殿の中でも、出歩いて良いと言われている範囲は限られていた。身体が弱いから、出歩いてはいけないと言われていたのだ。
その代わり、ラフィタの所に出向いてくる者は、少なくなかった。
毎日、誰かしらがラフィタの元を訪れる。家庭教師や楽師等、世間の事を都合の良い様にラフィタに教える為、大臣達に雇われた者達だ。
今日は、珍しく、1人の少年がラフィタの元を訪れていた。
かごに入った一羽のオウムを連れた少年だ。動物使いのゾロ・アーと言った。
『たまには同世代の者と会いたい』、ラフィタが言ったからだ。
すぐに、10歳前後の少年少女が街で集められ、ラフィタに謁見する事になった。
その中に、ゾロ・アーの姿もあった。
今日は、ラフィタを楽しませられる能力を持っていると認められた者たちが、交代でラフィタに謁見する日だった。ゾロ・アーは適当に生命を与えたオウムを一匹連れて、ラフィタの所にやってきた。
「オウムを見るのは、初めてですか?」
ゾロ・アーが言った。
彼の一つ一つの言動を、ラフィタのお供の者たちが監視している。
ゾロ・アーとラフィタは、玉座のある大広間で会っているわけではなかったが、あくまで公王に対する謁見であった。誰か監視の者が居るのは仕方の無い事だった。
「うん。どんな鳥なの?」
ラフィタが、オウムを見ながら言った。
「コンニチハ、コトバヲハナス、トリダヨ」
ゾロ・アーの代わりに、オウムが甲高い声で答えた。
「このように、人の話を聞いて、言葉を返す鳥でございます」
オウムに続いて、ゾロ・アーが答えた。実際は、ゾロ・アーがオウムに答えさせているのだが…
「鳥なのに、しゃべるんだね。
少し、お話してもいい?」
「もちろんでございます」
ゾロ・アーがうなずいた。
「君は、飛べるの?」
「ハイ、トベマス」
「鳥だものね。
カゴの中は好き?」
「カゴ、ソラ、リョウホウ、スキデス」
「そっか…」
甲高いオウムの言葉を聞いて、ラフィタは頷いている。
それから、ラフィタはしばらく、他愛もない質問をオウムと繰り返した。
(宜しければ、後で部屋まで伺いましょうか?)
「え?」
ラフィタが首を傾げた。
(思念で言葉を伝えております。ここでは、なかなかオウムとも話せない事もあるかと思いますので…)
謁見の間で監視されているのは、ゾロ・アーだけではなかった。ラフィタ本人も監視の対象である。
(うん。出来るの?)
(はい、多分)
(じゃあ、夜に来てよ)
(参りましょう)
ゾロ・アーとラフィタは思念で会話をして、謁見をひとまず終わらせた。ゾロ・アーは謁見の間を離れる。
思った以上に、元気の無い子だと、ゾロ・アーは思いながら宮殿を後にする。
夜になって、ゾロ・アーは再び宮殿を訪れた。今度は浸入である。ラフィタの手引きで、彼の部屋まで行った。
「待ってたよ、ゾロ・アーさん」
暗い部屋の中だったが、昼間より、多少生き生きとした様子をラフィタは見せた。
「その、オウム、ボクにくれないかな?」
「どうぞ、差し上げますよ」
適当に生命を吹き込んだオウムですし。と、ゾロ・アーはラフィタにオウムのカゴを差し出した。
ラフィタはカゴを受け取ると、窓の側でカゴの入り口を開けた。
オウムが、空へと飛んでいく。
「昼間、お話してわかったんだけど、オウムさんはやっぱり空が好きみたい」
ラフィタが言った。オウムは、あっという間に見えなくなる。
「あなたも空が好きですか?」
「ボクは、この国が好きだから、ずっとここに居るの」
ラフィタは言った。少し寂しそうにも見える。
それが、ラフィタの本心かとゾロ・アーは思った。色々と、わかっている事もあるようだった。
「ゾロ・アーさんは、誰かに頼まれて来たの?」
「いえ、誰にも。ただ、気になったから様子を見に来ただけです」
「そうなんだ。ありがとうね」
ラフィタは頷いた。
それから夜更けまで、二人は他愛も無い話をした。
「また、遊びに来てね」
ラフィタの言葉に、ゾロ・アーは静かに頷いて宮殿を後にした…
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