<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『ファムルの診療所〜再会〜』
知人に書いてもらった地図によると、この辺りのはずだ。
とはいっても、辺り一体雑草畑と化しており、目的の場所は見えもしない。
身の丈ほどある雑草を掻き分けて進んでいた虎王丸だが、次第に面倒になり、剣を振り雑草を切り払いながら、目的の場所を探すのであった。
「おー、あったあった」
古びた家がある。
広場の一角、しかも雑草に覆われた家となると、子供達の遊び場として最適だ。
しかし、ここは子供達の秘密基地などではない。
「こんな場所で店開いてたって、誰も来ねぇだろうが。草刈りくらいしろっての」
呟きながらも、虎王丸の表情は柔らかい。
知人に聞いた話では、この診療所の薬師は、性格に大きな問題があるが、薬の調合技術は確からしい。
代金さえ支払えば、どんな薬でも調合してくれるという話だ。ただし、材料の入手が容易いものに限るが。
診療所のドアを開くと、微かな異臭が鼻を擽った。
「お待ちしておりました!」
ドアの向こうから姿を現したのは、白衣を着た痩せた男だった。
「ささ、こちらへ……って、お前は!」
上機嫌で虎王丸を迎え入れようとした男が、虎王丸の顔を認めるや否や、態度をガラリと変える。
「あー! おっさん、あの時の!」
虎王丸の方にも、覚えがあった。
診療所の主……ファムル・ディートとは、何度か会ったことがある。
最初はそう、大食い大会の時だ。
怪しい薬の力を借りつつ、この男は優勝を目指していた。
しかし、薬の力はともかく、薬の使用方法に問題があったため、自滅した。
最近では、白山羊亭の依頼で、行方不明の男を探しに出た時のことだ。
山に水汲みに出かけたまま、行方不明になっている男がいるとのことで、男のことはともかくとして! その山の池に天女が現れるという噂に興味を持ち、探しに出かけた時のことだった。
「あの時はよくも……いや、今は大切な客だ、客とは神。だから……ぶつぶつ」
なにやら1人で葛藤しているファムルを見ながら、ふと思い出して虎王丸は懐に入れてあった、帯を取り出した。
「ほれほれ、羨ましいか〜」
「うおっ、それはまさしく天女の帯!」
飛びつくファムルをひらりとかわして、虎王丸は大切そうに帯を懐にしまう。
ファムルは赤い目を光らせて、獲物を狙う狼の如く、虎王丸を睨みすえている。
「おやあ? それが客に対する態度かぁ?」
金袋を取り出してみせると、痩せた狼は低く唸った後大人しくなった。
ファムルが必要としているものは、主に金と女。
目の前の金と、絶世の美女の帯を天秤にかけ、今回は金が勝ったらしい。
「とんでもない。約束のものはできている。支払いは現金と、その帯と、天女の情報と、天女から手を引くという条件で。ああ、他の女性を紹介してくれても構わんぞ」
……女も諦めていないらしいが。
「うるせぇよ! 集中できないだろっ」
突如衝立が乱暴に払われ、診療室の奥から少年が姿を現した。
その少年も、虎王丸の良く知っている人物であった。
「とら……なんで、ここに……」
顔をあわせて驚いたのは、虎王丸より、相手の方だった。
虎王丸は、その少年……ダラン・ローデスを一瞥しただけで、ファムルへと視線を戻した。
「帯はやらねぇよ、指定された金は持ってきたんだ、それで文句ねぇだろ。他に条件つけるってなら、代金減らしていいんだな? それとも何か? 俺からぼったくろうってのか?」
コツンと、足でファムルの膝を軽く蹴ると、大袈裟なまでに、ファムルは体制を崩す。
「わ、わかった。ったく近頃の若者は、年配者を尊敬しようとは思わんのか……」
呟きながら、ファムルはダランの横を通り、薬を取りに診察室の奥へと消える。
虎王丸は、廊下にある木の椅子に腰掛ける。
ダランの姿など、全く見えないかのように無視である。
「な、なあ、あのさ……」
控え目な足音が近付く。
「ええっと……この間は、サンキュー。助けてくれて」
「……凪を助けたついでだ」
ダランの顔を見ようともせず、不機嫌そうに、虎王丸が答えた。
「俺さ、今魔法の勉強してんだ! でさ、役立つ魔法が使えるようになったら、依頼とか受けてみたいなって」
虎王丸は目をそらしたまま、何も言わない。
「んで、もっと役に立てるようになったら、また……凪と虎王丸と一緒に、行きたいなって……」
連れて行ってくれという言い方も、一緒に行こうという言い方も、今のダランにはできなかった。
ダランの曖昧な言葉に、虎王丸は何の反応も見せない。ただ、不機嫌そうにしているだけだ。
「な、何とか言えよ、虎王丸!」
たまりかねたダランは、虎王丸の前に出て、彼の視界に立つ。
途端、虎王丸は立ち上がり、ダランを見下ろして口を開いた。
「な ん と か」
ダランの顔が強張るのが見て取れた。
しかし、知ったことではない。
彼が弱いことは変わらぬ事実。
自分の態度一つに、おたおたしていることからも。
魔法を学び、力を手に入れれば、全て上手くいくのか?
いや、違う。
冒険に出れば、力だけでは切り抜けられないことが突発的にいくらでも起きる。
だからといって、ダランを憎んでいるわけではない。
ただ、今はまだ、許しきれていないだけで……。
彼が、自分の仲間を危険な目に遭わせたことを。
立ち尽くすダランの横を通り過ぎ、診療室に入る。
ちょうどファムルが机の上に薬を並べているところだった。
「これが、傷薬と毒消し。特に指示がなかったので、特別な効果はない」
その二つは何処でも手に入る薬であり、虎王丸にも見分けがついた。
「そして、これが痺れ薬だ」
瓶の中に入ったそれは、粉薬であった。かなり細かく、軽そうな粉だ。
「風上で使うように。間違って戦闘中に吸い込んだりしたら、とんでもないことになるぞ」
「わかってるって。でも、人体には無害だよな?」
「痺れはするが、害はない。吸い込んだ量によっては、長時間まともに動けないだろうがな」
それを聞くと、虎王丸は満足そうに頷いて、それらの薬を道具袋にしまう。
支払いを済ませて診察室の外に出ると、既にダランの姿はなかった。
「……あいつ、何しにここ来てんだ?」
「ん? ああ、ダランのことか。最近は、自宅は落ち着かないから、ここで修行するとか言ってるがな。何か新しいことを始めたようだが、どうせ長続きせんだろ」
落ち着かない? あんなに部屋があるのに?
軽くそんなことを考えながら、外へ出る。
「じゃ、役に立つようなら、また来てやるぜ!」
「今度は、是非女性客を連れてきてくれ。今日の10倍歓迎するぞ!」
「ははは。寧ろ、女性客が来ている時に、俺を呼んでく……」
「虎王丸!?」
会話の最中、突然名を呼ばれ虎王丸は振り向く。
「な、凪? 何でこんなところにいるんだよ!?」
友人の蒼柳・凪であった。
思わず道具袋に触れる。
「お前もダランの見舞いに来たのか?」
「だれが、あんなヤツ」
言いながら、虎王丸はファムルの耳を引っ張った。
「オイ、俺が何を買ったか凪には話すなよ!」
「ん? ああ、犯罪に使われない限り、守秘義務は守るぞ」
小声でファムルから承諾をとると、虎王丸は凪の側に歩み寄る。
「ちょっと傷薬がきれちまってな。この店評判がいいって聞いて、買いにきたんだ。じゃ、俺帰るから〜」
凪の肩をぽんぽんと叩くと、虎王丸はそそくさと立ち去った。
買った薬の種類くらい知られても構わないが……。
その詳細を聞かれると多少厄介かもしれない。
なにせ、モンスター向けの強力なものではなく、人体に無害であることに拘った痺れ薬なのだから。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
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■ ライター通信 ■
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川岸です。ゲームノベルへの初参加、ありがとうございます!
虎王丸さんが、この薬をどう使うのか、とても楽しみです〜。
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