<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


貴方の声が響くだけ








 夜も。昼も。朝も。いつも貴方だけを想っている。
 それは、止めることなど出来なくて。

 けれども。

 同じ想いなのに、食い違うのは何故……?
 








 朝霧・乱蔵は、突然メラリーザ・クライツが唇をかみ締めている状態に、何が悪かったのか、何に怒っているのか、まったくわからなかった。
 契約を交わし、ひとつのモノとなった乱蔵とメラリーザであったが、所用の多い乱造は、頻繁に家を空けた。
 危険な場所に出向くのに、メラリーザを連れて行きたく無かったからだ。

 その日も、酷く複雑な魔法を要する用事をこなし、帰って来た。
 帰宅した時点では、メラリーザもいつもと変わらなかったように思う。
 重厚な木製の扉を開けると、満面の笑顔で迎えてくれる。

「お帰りなさいっ♪」
「ん…ただいま…これ」
「乱ちゃん!ありがとう…」

 乱蔵がメラリーザの手に渡したのは、小さなポプリ。薔薇の香りのするそれは、以外に高価で、ウィンドウを眺めて唇を尖らしていたのを、覚えていたから、仕事の報酬に入れてもらったのだ。
 うれしそうにポプリに顔を寄せるメラリーザに、ほんの僅か、目を細めて、乱蔵も笑う。

「ご飯一緒に食べよう!」
「…先に食べていろと言ったはずだが」
「ひとりじゃつまらないもの」
「気になるから。これから、先に食べてて」
「…は〜い」

 気持ち、頬を膨らませたメラリーザを、乱蔵は、また、目を軽く細めて笑う。
 もう夜も遅い。遅くなるのだから、先に食べていて欲しい。そうすれば、安心していられるから。お腹を空かせて、いつ帰るかもしれない自分を待たれるよりは、先に食べていてくれたほうが、余程安心するのだ。
 料理は、決して上手では無い。けれども、どうしてか、毎回、とても美味しいと、乱蔵は思う。

「美味しい?」

 顔を覗き込むようにするメラリーザに、頷くと、メラリーザは、口を尖らせた。

「どうした?」
「ドレッシングの油の量間違えたのに?」
「何か…あったのか?」
「何にもないよ〜。そだ。海に行かない?山でも良いよ〜♪」
「行きたいのなら、行こうか」
「乱ちゃんは…行きたいの?」
「だから…何か…」
「何も無いよ」

 フォークとナイフを置くと、向かい側に座っている、不機嫌そうなメラリーザに、手を伸ばすが、首を横に向けられてしまう。何が。不満だというのだろう。
 乱蔵は、差し伸べた手を拳に握ると、元に戻した。

「…」
「乱ちゃん、いつも遅いから…心配なの…」
「大丈夫だ。メラコには迷惑がかからないようにしているから」

 大切な少女。
 エレメンタリスの彼女に、自分の死以外の負担はかけたくないから。怪我を負わないように気をつけている。仕事は独りでいるよりも慎重になった。完成度も上がったような気がする。それは、すべて、背後に居る彼女を守りたいからなのだ。
 けれども、乱蔵のその一言は、メラリーザの思わぬ反応を引き出した。思わぬ反応と思っていたのは乱蔵だけであったにしろ。

「そんな風に言わないで…」

 震える肩。
 震える唇。
 メラリーザの顔は泣いているのか、笑っているのか。

「メラリーザ?」
「そんな…言葉が欲しいんじゃない!」

 くしゃりと、顔を歪め、立ち上がると、メラリーザは脱兎のごとく、家を走り出た。
 乱蔵は、何が何だか、わからなかった。
 走り去るメラリーザの姿を目で追うのが精一杯で。
 乱蔵は、疲れていた。それが理由にならないと言われてしまえば、それまでなのだが。
 疲れていたのだ。普段よりも気を使って仕事をしていたため。
 とても。

 油の多すぎるドレッシングのかかったサラダが、可愛らしいテーブルクロスの上に残った。






 疲れているのは、すぐにわかった。
 それでも、笑いかけてくれるのが、嬉しくて、悲しくて。
 疲れているなら、疲れていると、言って欲しいのに。

 走りつかれて、メラリーザは、ふとポケットに、ポプリがあるのに気がついた。取り出すと、甘い、薔薇の香りがふうわりと漂う。

「乱ちゃんの…馬鹿」

 今日はポプリ。先週の買い物の後は、やっぱり、自分では買えなかった、繊細なペアのカットグラス。先々週は色とりどりの花が寄せ植えされた、大きな藍色の鉢。自分の物はほとんど買わないくせに、メラリーザが良いなと思ったものは、どうしてか、必ずバレて、家にある。今日のポプリは手渡して貰えたけれど、鉢は、朝起きたら、水やっとけと言われて気がついた。カットグラスは、ワインを飲むと言われて、食器棚に収まっているのを見て気がついた。
 大事に…されている。
 それは、メラリーザにも十分わかっている。けれども、乱蔵は、必要な言葉以外はめったに口にしない。
 僅かな表情の違いで、どう思われているのか、十分伝わるけれど。

 それだけで。十分だったはずなのに。
 それだけでは不安になる。
 
 愛しているよと言って欲しい。好きだよと言って欲しい。
 言葉が、欲しいというのは贅沢だろうか。

 石畳に座り込んで、メラリーザは嗚咽する。
 契約を交わして、夫婦になって。
 それなのに、付き合っているかいないかという不安定な頃よりも不安なのはどうしてだろう。

「私の…馬鹿」

 メラリーザは、乱蔵への申し訳なさに、小さく身体を丸めた。
 




 メラリーザは、帰ってこなかった。
 乱蔵は、その晩、ずっと彼女を探していた。
 すぐに痕跡を辿れると、鷹を括っていたのだが、まったく足取りが掴めなかった。契約を交わしているのだから、彼女の行方がわからない訳も無いのに。ただ、漠然と、向かった方向と悲しい気持ちが伝わるだけである。
 それだけ、彼女が本気で家を出たという事なのだ。

 だからといって、メラリーザを探してばかりいる事も出来ず、仕事の合間に、伝わってくる方向を出来る限り探して回った。誰かに頼もうとか、手伝ってもらおうとかは、欠片も思わなかった。
 そうして、メラリーザの捜索は夜中が多かった。
 その日も、月の無い、星降る夜であった。捜し疲れて大きく息を吐くと、公園のベンチに腰掛けた。天使像が、そんな乱蔵の気持ちも知らず、星空を指差し、微笑んでいる。
 
「何を求めているんだ…」

 乱蔵の家は、今も、そこかしこに、メラリーザが居た。
 あまり、住居を気にする事も無い乱蔵だったが、食器の位置。タオルの位置などに、メラリーザの姿が見え隠れする。それも、時間が経つにつれ、ひとつ。ふたつと消えていく。それが、無性に心をざわめかせる。
 彼女は、幸せだったのか?
 
 ───自分と居て。

「とりあえず、あたしはキスして欲しいんだがね」

 考えに沈み込む乱蔵の耳に、ぐぁらぐぉらと、しゃがれた声が飛び込んだ。
 声のした方を見ると、大人のこぶし大のカエルが、青い目を細めて笑っている。
 フロッター。
 乱蔵は、ソーンの種族を思い出した。
 月の無い夜空を見て、カエルになってしまい、元に戻るには、誰かの口付けが必要だという。
 そのフロッターは、エルザードの下町の『どんとこい亭』の女将、クロウリィだと名乗った。その場所は知っている。キップの良い、女将が居ると聞いたことがあるのだ。

「何が悪かったのか、わからないんです」

 ぐぁらぐぉらと笑う、フロッターの姿に、乱蔵は、ふっと張り詰めていた気が緩んだような気がした。メラリーザ以外、あまり、人と一緒に過ごさない彼は、人に話すよりも、フロッターの方が話しやすかったのかもしれない。
 一ヶ月前に出て行った、メラリーザの事を、乱蔵は、ぽつりぽつりと話始めていた。
 
「このまま…捜した方が良いのか…」

 自分と一緒に居て、メラリーザは幸せだっただろうか。
 乱蔵は、ふんわりと明るく笑う水のエレメンタリスの少女を思った。銀色の髪を揺らして笑う、愛らしい少女。少しおっちょこちょいで、負けん気が強くて。
 放って置けば、彼女の居た痕跡が全て消えてしまう。
 乱蔵は、思わず、手を口に当て、下を向いた。

 
 ……このまま…永遠に失う事を考えたから。


「あんた、賢そうなのに、馬鹿だね。答えは、出てるんじゃないかい?」

 僅かに眉を顰めた乱蔵に、クロウリィは、また、喉を鳴らして笑う。
 そう。答えは、最初から出ていたのでは無いか。

「そう…ですね」
「基本は、逃がさない。離さない。愛っていう絆でね!」

 メラリーザが居ないのなら、その生活の全てが色を失うだろう。
 彼女がどう思うかでは無い。自分が、彼女を必要かどうかなのだ。
 
 その瞬間、乱蔵と、メラリーザの見えざる糸が繋がった。






 朝日が。海岸線から上がってくる。
 エメラルドグリーンの海辺は、真っ白な砂浜が長く続き、白い家並みが山間に整然と輝く。

「捜した」
「…うん」

 砂浜で、朝焼けを見ながら、体育座りをしている、小さな影。
 メラリーザだ。
 銀色の長い髪が、ふわりと揺れて、軽く振り返る顔は、いつもの笑顔。けれども、何処か大人びた笑顔だった。
 近くのコテージに逗留しているらしい。白地に、花弁の大きな青い花のプリントされた、一枚の布で出来ているリゾートワンピースを首元でリボンで結んでいる。
 メラリーザが来たかった海。
 砂と波を蹴立てて、乱蔵は、メラリーザの横に座った。
 そっと、メラリーザは、乱蔵に身体を寄せる。

「夏が…終わってしまったな」
「そうでも無いよ」

 乱蔵は、最初はそっと、メラリーザを抱き寄せ、そのまま、胸に掻き抱く。彼女の重さ。柔らかい髪。胸に響く声に、胸が熱くなる。また、喧嘩はするだろう。けれども、もう絶対にこんな想いはしないだろうと、乱蔵は幸せに目眩を感じながら思った。
 どちらからも、謝る言葉も無かったが、言葉など要らないだろう。
 
 ───朝日に照らされて、遅い夏が、二人に訪れる。
 
 
















 
 夜も。昼も。朝も。いつも貴方だけを想っている。
 それは、止めることなど出来なくて。


 同じ想いなのに、食い違うのは……。

 
 もっと。


 きっと、もっと貴方を愛したいと想うから。

















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