<東京怪談ノベル(シングル)>
チェキータとゾロ・アー
アセシナートの宮殿である。
10歳の公王の一人、チェキータは機嫌が悪かった。それは彼女自身に起こった事が原因では無かった。
先日、彼女の弟を喜ばせる為に集められた同世代の子供たちの中に、オウムを連れた不思議な少年が居た。その少年は、事もあろうか、夜には弟の部屋まで忍び込んで密会を行っていたという。
「もー、うちの弟に!」
チェキータは、小さな頬をふくらませていた。
見知らぬ不思議な男の子が、弟の所にやってきた事が彼女の不機嫌の原因だった。
うちの弟に変な事したら、許さないんだから!
と、怒ってみた。
弟の事は大切に思っている。それは確かだった。
窓から、外を見てみる。
…私の所にも不思議な男の子、遊びに来るかな?
どうせだったら、あたしの所にも来ないかな。弟と同じく、宮殿内でも自由を制限されている彼女でもある。部屋の中に居るのも、飽きた。
そうして、数日が過ぎた夜の事である。
鉄よりも硬くて軽い、ミスリル銀製の格子がかけられた窓から、チェキータは外を見てみる。顔は窓の外に少し出るが、体は外へは出ない。
『間違えて落ちてしまっては大変ですから』
と、大臣は言っていたが、そんなわけないだろ。とチェキータは思っていた。
…何か面白いものは見えないかな?
チェキータは外を見てみる。
暗くてよく見えないが、星の明かりに紛れて、鳥が何羽か飛んでいる。夜を好んで飛ぶ鳥も居る。そうした鳥は、昼間の光の下では物が見えない代わりに、夜は物が見える。
オウムも、そうした鳥の一種だ。
だから、夜、オウムが飛んでいても、不思議な事ではない。一羽のオウムが、アセシナートの宮殿の方へと飛んできた。
チェキータは格子の隙間から右手の掌を広げて、窓の外へと差し出した。
オウムが、誘われたかのようにチェキータが広げた右手の掌まで飛んできた。
チェキータの手に傷が付かないように、オウムは優しく掌に止まる。
…やっと来たのね?
チェキータはオウムを見て微笑んだ。
「捕まえた!」
チェキータは、掌に止まったオウムを力いっぱい握り締めると、部屋の中へと飛び込んだ。
「イ、イタイです」
オウムがバサバサと抗議した。何だか羽根が変な方に曲がっているような気がしないでもない。本当に痛そうだ。
「だ、大丈夫?」
あんまり大丈夫じゃないような気がしながら、チェキータは言った。オウムを机の上におく。
「あまり大丈夫ではないです…」
声は、扉の向こうからした。廊下に誰か居る。チェキータは、迷わず扉を開けた。
「あなた、ゾロ・アー?」
チェキータは扉の外に居た少年に尋ねながら、部屋に招きいれた。
「はい、ゾロ・アーです」
ゾロ・アーと名乗った少年は小さく頷いた。何だか、ちょっと苦しそうにしている。
・・・あれ?
チェキータはゾロ・アーを見て、少し首をかしげた。
弟に聞いてた姿よりも、ちょっと若いような気がする。まあ、弟の勘違いかもしれない。あんまり同年代の男の子に会う事が無いから、大人っぽく見えただけなのかも知れない。チェキータはあまり気にしなかった。
「オウム君、あなたの使い魔なの?
…ちょっと違うような気もするけど!」
何か、変だなーと思いながらチェキータはゾロ・アーに尋ねた。
「確かに、ちょっと違いますが、まあ似たようなものです」
「ふーん
…もしかして、オウム君が痛いとあなたも痛いとか?」
「まあ、そんなようなものです」
ゾロ・アーは曖昧に答えた。
「え、えーとー、私は悪くないよ!
よ、夜に女の子に入ってくる方が悪いんだよ!」
「いえ、入っておりません。
あなたがオウムを捕まえたのです」
ゾロ・アーは即答した。
「え、えーとー、ごめんね!」
「いえ、別にいいです」
一応、『ごめんなさい』という言葉は知っている子なんだなと、ゾロ・アーは思った。
「でも、よく廊下から来れたね!
警備の人に注意しとかないとだめだね!」
宮殿の周りを飛んでいたオウムはともかく、ゾロ・アー本人は堂々と廊下からやってきた。
「いえいえ、中から案内してくれる方が居れば、結構楽なものですから」
「そっか!
弟に注意しとかないとだめだね!」
「いや、まあ…
あなたに会いたいと言ったら、弟さんはとても協力してくれましたよ」
チェキータの弟は、確かに協力的だった。そうでもなければ、なかなか廊下から堂々とは来れない。
「そっかー。
でも、なんであなたは、あたしや弟に会いたいと思ったの?」
チェキータは当然の疑問を口にした。
「アセシナートの公王達が、どんな方なのか見てみたかったのです」
その言葉は、嘘ではない。
「ふーん…
ゾロ・アー、悪い人なの?」
「さあ、どうでしょうか」
肯定も否定もしない。
「ま、いいや。弟をいじめないなら、何でも教えたげるよ!
その代わり、外の街の事を色々教えてよ!」
チェキータは言った。よく見てみると、弟とは対照的に活発そうだが、顔は白く、手は細い。
「街の事…外の事を知りたいですか?」
なるほど…と、ゾロ・アーはチェキータに聞いた。
「うん!」
チェキータは頷いた。
「申し訳ないのですが、それはまた今度にいたしましょう。
チェキータ様の声が、少し大きすぎたようです」
廊下を見張らせていた猫が、衛兵達の足音を聞きつけたようだ。元気のいいチェキータの声に気づいたのだろう。
「オウムを…傷が治るまで面倒を見てあげてくれませんか?
羽根が治らなくては、飛ぶ事も出来ませんので」
ゾロ・アーは言った。
「うん、ごめんなさいね!
大切にするからね!」
チェキータは言った。
ゾロ・アーは微笑むと、ふらりと廊下に消えた。
…やはり、外の事は何もわからないようにされている。弟と同じだな。と、彼はは思った。デーモン像の話は聞けなかったか。チェキータの元気のいい声に、ゾロ・アーは苦笑した。
やがて、ゾロ・アーの気配が消えた事をチェキータは感じた。チェキータは机に布を敷いて、オウムを寝かせ直した。
「びっくりさせてごめんね!
オウムが窓から入ってきたから騒いじゃったの!」
部屋にやってきた衛兵達に、チェキータは説明した。
筋が通らない話でもない。衛兵達は引き上げていく。
それから、チェキータはゾロ・アーが残したオウムを大事にしたという。羽根が治った後も、オウムは、たまにチェキータの部屋を訪れる事があるそうだ。
(完)
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