<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


母の罪、娘の罰

 ジュディ・マクドガルは壁に向かって座らされていた。背中越しに、母の視線が痛いほど感じられる。午後の勉強をさぼった罰が、夕食抜きとこの一時間の反省だった。木登りをして遊んでいたので、ジュディのお腹は空っぽだった。
「ねえお母さま。これが済んだらごはんでしょう?」
「夕食も罰だと言ったでしょう」
「じゃあおやつ」
「いけません」
喋るのもいけませんといけませんずくめで、へそを曲げたジュディは爪先で目の前の白い壁を蹴りつけた。ジュディはいつも、鉛の入った冒険者御用達の重い靴を履いていた。強く蹴られた壁は寒気を起こしたように震え、掛けられていた絵皿が落ちて割れる。
「あ・・・」
思わず漏らした呟きが、クレアに犯人を告げた。
「ごめんなさい」
今更に言い逃れもできず、神妙にうなだれてみせるジュディ。そのくせ内心ではこれで罰が一時間から二時間に伸びるだろうかと算段を踏んでいた。
「ねえ、お母さま」
罰の前にせめてごはんをくださいとねだろうとしたら、クレアが悲しそうな目でジュディを見つめていた。
「お母さま?」
 悪い癖がついてしまった、とクレアは自分の教育方針を悔いた。ジュディがこんなにもおてんばに育ってしまったのは、冒険者である父親の面影を追っているせいだとわかっていた。屋敷を留守にしがちな父を慕う娘の感情は健気だったし、体を動かしているときの嬉しそうな顔は若い頃の夫に似ていて、今までのクレアはつい強いことが言えなかった。
今、代償が回ってきていた。ここでけじめをつけなければ、後々ジュディはさらに暴走するだろう。
「お立ちなさい、ジュディ」
「はい」
夕食信じてジュディは弾むように立ち上がったのだが、代わりにクレアがそのビロード張りの椅子に腰掛け、
「お尻を出しなさい」
と、さらに強い口調で命じたのだった。

 マクドガル家において「お尻を出しなさい」は、履いているものを脱ぎなさいという意味だった。全部を脱いだ後は、お尻を強く叩かれる。父の厚い手の平でやられると、三日は腫れて椅子にも座れない。
 一瞬、迷うようにジュディは履いているカットジーンズ越しにお尻を守った。が、父の力に比べればと高をくくったのか悪戯そうに微笑むと
「はあい」
素直に従って、母の膝の上へ身を預けた。クレアの膝へ顔を埋めるようにしたジュディの可愛らしいお尻はふっくらと丸く、しかし付け根のあたりからしなやかにくびれている。その先から伸びる太股は健康的で、ふくらはぎの膨らみにはまだ幼さを残していた。
 ふくらはぎを追いかけていくと踵と、さらにその先には爪先があるのだが今は靴に隠れて見えない。だがクレアからお尻をぶたれた瞬間、確実にその爪先が痺れるように丸められた。
「いったあい!」
叫べたのは最初だけ、後は口を開くと舌を噛んでしまいそうなので、唇を結んで耐えるしかなかった。
 今は家庭におさまっているとはいえ、冒険者であるクレアの腕力は男負けである。普段は加減をして暮らしているが、今は容赦していなかった。手加減なしにジュディのお尻を打ち続ける。元々が真っ白だったはずの肌が真っ赤に腫れるのと同様に、クレアの手の平も赤く熱を持ったが、クレアは三十数えるまで止めなかった。
 罰を終わらせ、クレアがジュディを解放するとジュディはそのまま毛足の長い絨毯に倒れこんだ。少しやりすぎただろうか、と娘の様子にクレアはまた悔やむ。迷いやすい性格なのだ、どんな道を選んでも、別の道にあった結末を思わずにはいられない。
「お母さま」
これで娘から大嫌い、とでも睨まれようものなら一見温和その実気丈、しかし本心は臆病なクレアの胸は張り裂けてしまう。
 しかしジュディは、絨毯に顔を埋めたまま手探りで自分の下着を手繰り寄せながら
「罰が終わったから、ごはんもいいでしょう?」
痛みに泣きながらも、あっけないほど恨みを残さないのであった。それどころか、ため息が出そうなくらいにちゃっかりとしている。
 自分の教育はまだ甘いのだろうか、とクレアは心の中で夫に問いかける。厳しくしたつもりなのに、その厳しさと意味とがジュディには伝わっていない。お尻を叩かれている間、ジュディはひたすら夕食のメニューに逃避していたのだ。
「・・・いえ、娘を信じましょう」
きっとジュディもわかってくれるはずだ、とクレアは頷いた。だがその直後、夕食の広間で皿が大量に割れる派手な音が響いた。喉元過ぎればなんとか、と言うが喉を過ぎる間もない娘の放埓な態度に、クレアは改めて心を鬼にする覚悟を決めた。

 広間では、女中たちが布巾を使ってミートローフの残骸を始末しているところであった。割れた皿は既にほうきで掃き集められ、クレアの目が届かないよう片付けられている。本当ならばミートローフも同じようにしたかったのだろうが、時間が足りなかった。
「あ・・・・・・」
バケツをもった女中の目とクレアの視線がぶつかり、気まずそうな声が出る。
「ジュディはどこへ行きました?」
屋敷で働き始めて間もないその少女の顔をまっすぐに見つめながら訊ねる。息の詰まりそうなその視線に女中は喘ぎ、迷いながら、結局白いテーブルクロスの下を白状してしまった。
「ジュディ」
クレアは膝をつき、テーブルクロスの端をまくりあげる。薄暗いテーブルの下を這って逃げようとするジュディがいた。素早く右手を伸ばし、遠ざかろうとする足首を掴んで引きずり出す。抵抗を試みたジュディの爪が大理石の床に白い筋を残した。
「どういうつもりですか?」
引きずり出された格好のままのジュディを冷たく見下ろすクレア。なにか答えてくれればいい、と思っていた。それが皿を割ったことであれ、テーブルの下に隠れたことであっても、ジュディが自身の行いを反省する素振りを見せれば、まだよかった。
 なのにジュディは、ごまかすように愛想笑いを浮かべていた。これで許してくださいという態度が許せなかった。シャツの襟首を掴み、無理矢理にジュディを立たせるとテーブルに上半身を押しつける。そして、さっきの繰り返しだ。
「お尻を出しなさい」
「え・・・」
今度は、さすがにジュディも抵抗した。なにしろ広間では女中が五人も見ていた。羞恥心が膝のあたりから上ってくる。
「駄目、お母さま!いや!」
「なにを嫌がっているのです、ジュディ」
「だって恥かしい!」
くっと、クレアの眦が上がった。服の上から一度、クレアの手がジュディのお尻を打った。ジーンズのポケットについていた金具に小指の爪がひっかかり、剥がれかけて血が飛んだ。しかしクレアは悲鳴一つ漏らさず、もう一度繰り返した。
「お尻を出すのです、ジュディ」

「羞恥の根本がどこにあるか、考えたことがありますか」
血のしたたる指をそのままに、クレアは自分の手の平の下に屈するジュディを見下ろしたまま喋っていた。静かな口調だが、なんとも言えない圧力が込められていた。
「あなたが本当に恥じるべきは彼女たちの前で罰を受けることではなく、その前の粗相についてではないのですか?間違っているのはあなたの心です。罰を受けたくないならばなぜその前に、罰を受けないよう注意を払いなさい」
悔しかったが、ジュディには言い返せなかった。まったくその通りだった。だが、夕食の皿は割りたくて割ったのではない。勢いよく扉を開けたら女中にぶつかってしまっただけなのだ。
「・・・・・・」
しかしクレアに言い返せば、どうしてもっと扉を静かに開けないのかと責められるのだろう。悪いことはわかっていた。
「お尻を出しなさい」
「いや」
わかっているのだが、拒まずにはいられない。
「反省してます、お母さま。だから罰はやめて」
クレアの返事はなかった。ただ、その手の力が一段と強くなった。このままでは潰れて息ができなくなりそうだった、呼吸をするためには、従うしかなかった。
 女中の目の前でジュディは十叩かれた。既に腫れていたお尻は痛みの感覚が半ば麻痺していて、さっきほどの痛みはなかったが六度目に叩かれたあたりから恥かしさで涙が止まらなかった。
「悔しいのなら、誓いなさい。二度と同じ過ちを繰り返さないと」
クレアの言葉が胸に刺さる。もうやらない、とジュディは誓う。しかしその誓いはクレアの願う意味ではなく、このような辱めを受けたくないからという否定的な感情からであった。

 本当の母の思いに気づいたのは翌朝だった。あんなに強く、やらないと誓っていた迂闊な失敗を、翌朝になってまたジュディは仕出かしてしまったのだ。
 昨夜、叩かれたお尻が熱を持ち、なかなか寝つけなかった。ベッドから起き上がって熱冷ましの薬を飲み、コップを枕元に転がしたまま再びベッドに潜り込んだ。そして翌朝目覚めた頃にはコップのことをすっかり忘れていて、落として割ってしまったというわけだ。
 真っ二つになったコップをどうやって母に気づかれないよう片付けようか、頭をぐるぐる巡らせていたら運悪く、ジュディを起こしに来たクレアが扉を開けて入ってきた。
「・・・・・・」
無言の二人が見詰め合う。母が唇を開いたらなにを言うか、ジュディには簡単に予想がついていた。
「お尻を出しなさい」
やっぱりだ。
 お願いだから今日は勘弁して、とジュディはクレアの目を見て頼もうとした。しかしクレアはすでに昨日の椅子で待ち構えていた。ここにおいでなさいと膝の上を手で叩く、その手には白い包帯が巻かれていた。
「・・・・・・」
包帯を見たジュディは、なにも言えなくなってしまった。小指の傷も、手の平の湿布もジュディには透けて見えるようだった。思わず涙が出そうになった。
お母さま、とジュディが言った。私のお尻もね、お母さまのと同じ湿布をしているのよ。
「そう」
クレアの返事は短かった。しかしジュディが大人しく寝巻きの裾を捲り上げて下着に手をかけると、満足そうに小さく微笑んだ。勿論それはジュディを支配したという喜びではなく、ジュディが意図を理解してくれたという喜びの笑みであった。