<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


迷子☆パニック

満面の笑みを浮かべ、リーディスに手を引かれて歩く幼女。
もとい幼女に手を引かれて涙を流すリーディス…と、それを苦笑まじりに見守るアレスディア。
「この天才魔道彫金師・リーディス様がどぉぉぉぉぉぉぉぉぉっして、こんなお子ちゃまの世話を?陰謀よ……これわ誰かのインボーよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
憎らしいまでに澄み切った蒼空にむなしい絶叫が響き渡るが、現実が変わるわけない。
(まぁ、後半部分は一理あるな)
未だ現実逃避を続けるリーディスの背を見つめながら、アレスディアは心の内で呟いた。
少々(?)性格に難ありとは言え、あのレディ・レムと肩を並べるほどの実力者で明晰な頭脳を持つ彼女に子守を押し付ける芸当ができる人間はそうはいない。
ふと脳裏に浮かんだのは、不敵な笑みを称えて何事にも動じない人物。
あまりにもありうる考えに背筋に冷たいものが流れた。
かの人物ならば彼女を嵌めるなど造作もないことだ。
「しかし、一体何を考えて子供を預けたんだ?あの子の親は……」
ぼやきとも呆れとも取れる呟きが知らずとこぼれた。


「子守のお手伝いお願いできませんか?」
白山羊亭でいきなりルディアに頼まれ、冷静なアレスディアでさえ返答に窮した。
―いきなり子守?一体どうして?
疑問を浮かべるアレスディアにルディアは小さくため息をつき、哀れみと同情を込めて涙をダクダク流すリーディスとすぐそばで客達からお菓子を頂いてきゃっきゃっと笑う幼女を目で指した。
「あれじゃ、まともに子守なんでできそうにありませんよ。」
手短に話された状況を聞いて、アレスディアは一瞬、眩暈を覚えた。
いくら仕事とはいえ、どうしてこうも簡単に幼い娘を預けるというだ?
しかも全く面識のない人間に?
リーディスが頭を抱えるのは無理もないが、当の幼女が説得するなんて不可能に等しい。
だが、幼女を一人で放って置く訳にもいかない上に現実逃避し続けるリーディスに面倒を見れるはずがない。
ここまで見せ付けられた以上、アレスディアが放って置く訳にもいかなった。
無邪気に笑う幼女といじけるリーディスを半ば引きずる様に白山羊亭の扉を押した。


「今度はあれ〜ほしい〜」
いかにも子供の目を引きそうな極彩色のアメ細工を得意げに握り締めながらねだる幼女にリーディスは何度目かの涙を流しながら、出店の女将に代金を渡す。
幼いながら見事なおねだりにアレスディアは呆れを通り越して感心した。
何とか気力を取り戻し、両親が迎えに来たら迷惑料ふんだくってやると息巻いていたリーディスをものの五分もしない内に黙らせてしまうなど並大抵のことではない。
もっともリーディスもリーディスで大人気なかった。
「とにかく適当にあしらってやれば充分よ!!どーせお子様……このリーディス様の頭脳の足元にも及ぶわけもないわ!」
気持ちよく高笑いをするリーディスにがっくりとアレスディアは肩を落とし―次の瞬間、叫び声を上げた。
「リ、リーディス殿!!あの子はどうした?!」
「え?」
間抜けた声を上げ、恐る恐る周囲を見回すリーディスの顔色が瞬時に蒼くなる。
「あぁぁぁっ、どこへ消えたのよ!!あの小娘は!!」
「こむ……そんなことを言っている場合か!!すぐに探さないとっ!」
怒り心頭のリーディスを怒鳴りつけ、慌てて人でごった返すアルマ通りへと駆け出した。
預かって数分もしない内に見失うなどあってはならないと焦るアレスディアだったが、わずか数秒でそれは吹き飛んだ。
というか、あっけに取られて立ち尽くした。
チョコレートと新鮮な果物をたっぷり使ったクレープにピンク色のバルーン。ふわふわした可愛らしいクマのぬいぐるみとネコのアップリケがついたバックを両手に抱え、にこにこと笑う幼女。
その後ろには営業スマイルで手もみする数人の商人。
「り〜でぃ〜おしょいの〜」
なんとも能天気な愛らしい声にアレスディアは頬を引き攣らせ、無理やり笑みを浮かべるが返す言葉がひとつも浮かばない。
一方、ご丁寧に指さしでご指名受けたリーディスは酸欠の魚がごとく口を開閉させる。
「保護者の方ですな?お買い上げ、誠にありがとうございます。」
「いやいや、多くのご購入ありがたく思いますよ。」
「こちら当方でのお買い上げの代金でございます。お支払いよろしくお願いします。」
「あ、ではこちらも。」
わらわらと商人達に取り囲まれ、逃げ道を失ったリーディスを横目に幼女はアレスディアに歩み寄ると、あどけない笑顔ではっきりと告げた。
「おねーしゃん、これネコちゃんバックに入れてーもちちゃいの〜」
妙に間延びした―これほど計算高い言葉を未だかつてない、とアレスディアはぬいぐるみをバックに詰めながらつくづく思った。
それから小一時間。
幼女はやけくそ状態のリーディスを従えて、あれやこれやといろんなものを買い込んでいく。
もちろん支払いは全てリーディスもち。
見事としか言えないが、この金遣いの荒さはとんでもない。
この歳で好き勝手使うのはかなり考え物だ。
「全く……いくらなんでも限度を越えてる。」
ぼそりとつぶやくアレスディアの気持ちを知ってか知らずか幼女は目に付いたものを手当たり次第買って行く。
手持ちが加速的に減っていくのに、さすがのリーディスも血の気を失う。
この辺りが限界だな、とアレスディアは判断した。
「いい加減にしなさい。リーディス殿が困っているだろう?」
両手に抱えきれない荷物を持つ幼女の前に視線を合わせ、優しく言い含める。
「言って分かると……!!」
「ごめんなしゃい。」
あっさりと弾き出された素直な謝罪にリーディスの怒りは宙に浮く。
苦笑してその頭を撫でてやると、アレスディアは幼女の手を取る。
「何か遊びたいこととか、あるかな? 私でよければ一緒に遊ぼう。もちろん、リーディス殿も一緒だ。」
「ちょ……勝手に決めないで!」
「遊んでくれるな?」
敏感に反応するリーディスを笑顔で封じると、アレスディアは嬉しそうに公園に行きたいと告げる幼女に手を引かれて歩き出していった。
後に残される形となったリーディスはただただ呆然と立ち尽くすだけだった。

鮮やかな紅色が空を染める頃、すっかりご満悦した幼女と精も根も尽き果てた顔をしたリーディスを連れて白山羊亭に戻ってきたアレスディアを出迎えたの気立てのよさそうな紳士と婦人と居心地が悪そうに縮こまったレディ・レムの使用人だった。
「あ、あんた!!レムの?!!!」
「ご迷惑をかけて申し訳ありません。リー……」
「このたびは娘がお世話になりました、リーディスさん。お陰様で取引も無事終わりました。」
怒気を孕んだ絶叫を上げかけるリーディスに震え上がる使用人を救ったのはにっこりと笑う黒髪の紳士。
その笑顔が手を引く幼女と重なり、アレスディアは合点がいった。
この見事な封じ方はまさしく血のなせる業。間違いなく彼らこそ、この幼女の両親。
「レムさんからお聞きしたとおり、本当に良い方安心しましたわ。すっかり『ご好意』に甘えてしまって申し訳ありませんわ。」
「ご……って、どういうこと……」
「商談は小さい娘にはつまらないものですからね。すっかり飽きてしまって……どうしたものか、と思っていたところ、レムさんが『貴女』を紹介してくださって……いや〜本当に助かりました。」
しっかりと手を握って上下に降る紳士にリーディスがもはや返すべき言葉も見つからず呆然自失となるが、ある程度、予想がついていたアレスディアは小さく肩を竦めると、半泣き状態の使用人に歩み寄った。
「アレスディア様、今回は誠に申し訳ありません。なんと言ってお詫びしたらよいのやら」
「貴方が悪いわけではないだろう?大方こんなことではないかと思った。」
ますます小さくなる使用人にアレスディアは噴き出した。
先ほど遊んでいた時、さりげなく聞いた問いに幼女はあっさりと教えてくれたのだ。
レディ・レムという銀髪の女の人が白山羊亭にいるリーディスという人に頼めば、欲しいものはなんでも買ってくれると教えてくれた、と。
両親もレムの紹介ならばと送り出したという。
確信犯もいいところである。
「侮れないな、レム殿は。」
「それはほめ言葉じゃないですよ……アレスディア様。」
笑顔で言うアレスディアに使用人は大きくため息をこぼした。

FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】

【NPC:レディ・レム】
【NPC:リーディス】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。 初の白山羊亭冒険記ご参加頂きありがとうございます。
予想通りの黒幕。ある意味、リーディスを騙すなんて芸当はこの人しかできません。
楽しんでいただければ幸いです。
またご機会あればよろしくお願いします。