<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


護衛承ります 〜少女とリスの大冒険〜



 顔に光が当たるのを感じ、凪はゆっくりと目を開いた。
 まず目に入ったのは、少し黒ずんだ天井だ。部屋には暖炉があるが、安っぽいものなので簡単に煤が漏れてしまうらしい。
 むくりと起き上がり、ベッドの上に正座した。
 隣にあるベッドは空で、ぬくもりは少しも残っていない。
 窓から見える空は快晴。相方はその空の下を船で進んでいるんだなと、ぼんやり考える。
 ……彼の相方が護衛屋【獅子奮迅】の臨時メンバーとして依頼に参加してから二日が経っていた。



 + + +



 護衛屋【獅子奮迅】の事務所を訪れた凪の前では、多くの人間がばたばたと動き回っている。武器や防具を装備し、行き先の情報をロティーナに確認、そして依頼人と共に出発する。
 ロティーナは棚から資料を引っ張り出しては部下たちにガンガン指示を飛ばし、依頼内容を記帳していく。水を飲もうと水差しに手を伸ばしたとき、入り口近くにいる凪に気がついた。
「……邪魔かな?」
 苦笑しながら、凪。冒険者として依頼をこなしてはいるが、護衛屋業には慣れていない。そんな人間がいても邪魔になるかと考えたのだが――。
「とんでもない、ちょうどよかった! デリンジャーがいないときに限って、こまごまとした依頼が沢山きてるんだ。……手伝ってくれるよね?」
「もちろん」
 ロティーナはコップ一杯の水を飲むと、依頼人が待つ応接間に戻る前に、凪に軽く説明をした。
「あんたに受け持ってもらうのは、六歳の少女をムルグム村っていう場所まで送り届けるって依頼だよ。一人でおじいちゃんの家へ遊びに行くんだってさ」
「一人で? ご両親は?」
「忙しいんだってさ。報酬と娘を置いて、さっさと帰っちまった。とにかく、その依頼をあんたとジェイでやってもらうよ」
 まだ幼い娘を護衛屋に任せてしまうとは……一体どんな親なのだろう。
 ともかく、実際に依頼人と顔を合わせることになった。
 応接間に入るなり、ロティーナの目が細くなる。
「……ふーん」
 ソファーに座るジェイの膝には可愛らしい少女が座っていた。少女は茶菓子として出されたクッキーを美味しそうに食べているが、ぼろぼろと食べこぼしがすごい。それをいちいち拾うジェイは、まんざらでもなさそうだ。
 扉の脇に立ったまま黙り込んでしまったロティーナをいぶかしみ、ジェイが顔を上げる。
「おー、凪! 最近よく来るな」
「はい……」
 ロティーナを横目で見ながら、恐る恐るジェイの横に立つ。
 少女は栗色の巻き毛とくりくりした青い目、そして鼻の周りに散ったそばかすが可愛らしかった。
「この子はマリーだ。それと……」
「ニックよ!」
 机の上でクッキーをかじっていたシマリスのニックを手に乗せ、マリーが満面の笑みで凪を見上げる。
 素直に、マリーを可愛いと思った。
 男二人がマリーをうっとりと見つめていると、向かい側のソファーに座ったロティーナが力強く宣言した。
「私もこの依頼についていくことにしたわ」
「はぁ? デリンジャーもヴィルダムもいねぇってのに、俺とお前がいなくなったら誰が護衛屋を仕切るんだ?」
「モビトがいる」
「えぇっ、奴かぁ? ……どーも心配なんだよなぁ」
 渋い顔でジェイが反対する。が、ロティーナも引く気はないようだ。
「少なくともあんたよりは頼りになる」
「ひでぇ、俺の方が護衛屋歴は長いんだぜ!」
「あんたは精神的に子供なんだよ」
 精神的に子供、というのは凪にも分かる気がした。何しろ、ロティーナがマリーに嫉妬しているのにも気付かないのだから。
 そんなこんなで、モビトが呼び出された。
「ロティーナちゃんは本当に急ですねぇ。もうそろそろ出発しますよ、俺」
 呑気にぶらぶらと歩いてきたのは、二十代後半の男だった。深緑色の髪はベリーショートで、金色の瞳とスーツ姿が印象的だ。
 ――深緑と金色? 彼はもしかして……。
 モビトの頭を見て、ロティーナが面白そうに言う。
「あれ、一日のうちに何度も色を変えるなんて珍しい。ピンクは飽きた?」
「あの髪だと依頼人に軽い男だとカン違いされますからねぇ。急いで地味な色にしたってワケですよ」
「なに言ってるのさ、シマウマみたいな髪で依頼を受けたこともあるってのに」
「そんなことがありましたっけ?」
 にやにやと笑うモビト。何か言いたそうな凪を横目で見ると、ウインクを送った。
「そうそう、これから店番お願いね。私はジェイとこの凪と一緒に、お嬢ちゃんをムルグム村まで送り届けてくる」
「俺が行くはずだった依頼はどうすんです?」
「別の奴を行かせるさ。外仕事を任せられる奴は沢山いるけど、店を任せられる奴はほとんどいないんだよ」
「信頼して頂けるとは、ありがたき幸せ」
「ということで、よろしく頼むよ」
「分かりました。気をつけていってらっしゃい」
 呑気なモビトの声に送られ、四人と一匹は護衛屋の裏手にある厩から馬を一頭引いてきた。その後ろには天蓋のない簡単な馬車が引かれていて、四人なら何とか乗れそうだった。
 マリーの祖父が住んでいるというムルグム村は、エルザードから馬車で一日ほどの距離にある。そこまでの道のりにはほとんど民家がなく野営をするしかないので、調理道具なども積み込んだ。
 ジェイが御者台に乗り込み、後ろの席にはマリーを真ん中に、両側に凪とロティーナが座った。
「よしよし、今回も頑張れよー」
 ジェイが声をかけながら馬を進めた。
 しばらくは石畳が敷かれた道をゴトゴトと進んでいたが、聖都エルザードから出る門をくぐるど、あたり一面畑や草原に変わった。
「わたしね、なんかいもエルザードから出たことがあるのよ! でもニックは初めてなの。だからわたしのほうがお姉さん!」
「お姉さんなら、ちゃんと弟を守ってあげないとね。お外には鳥さんもいるから、ニック君から目を離しちゃ駄目だよ?」
「うん!」
 喋りながら、凪は『自分にもこんな可愛い妹がいたら、どんなに幸せだろう』と思わずにはいられなかった。
 エルザードを出発してから三時間ほどで昼食を取り、わずかな時間ではあるがマリーを小川で遊ばせた。馬車に何時間も揺られているのも楽ではない。それなのに、マリーは何の文句も言わなかったのだ。それぐらいのご褒美はいいだろう。
 ロティーナがマリーと遊んでいる間、ジェイと凪は少し離れた場所から見守りつつ、傾斜に生えた柔らかい草原に横になった。
「ジェイさん、ちょっと聞いていいですか?」
「ん?」
 言ってから、凪は躊躇うようにしばらく黙り込んでいた。
 上体を起こすと、目をマリーに向けたまま口を開く。
「モビトさんって、何の種族なんですか?」
「……さぁな」
 ジェイは幾分か機嫌が悪そうに言う。
「ヴィルダムが本当に人間なのか分からないのと同じで、モビトのこともよく知らねぇんだ。言えるのは、人間の二十代にしては世間を知りすぎてるし、魔力もずいぶんと強いってことだな。あいつ、その日によって髪とか目の色をころころ変えるんだよ。そんなの簡単にできるもんじゃねぇ」
「そうですか……」
 凪は残念そうにため息をつく。
 モビトが凪の思っているとおりの人物なら、やはりそう簡単に正体を明かさないだろう。
 だが、凪が来てからわざわざ変えたというあの髪と瞳の色、そして凪に送ったウインク。モビトは凪のことを知っており、そして凪がモビトの正体に気づくように仕向けたとしか思えなかった。
「何か気にかかることがあんのか?」
「えぇ、まぁ……」
「んじゃ、デリンジャーが帰ってきたら聞いてみるか、仕事が終わったらモビトに直接聞いてみろよ。……まずは素直に喋ってくれねぇだろうけど」
 そのときちょうど二人が川から戻ってきたので、また馬車に乗り込むことになった。



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 それまで楽しそうにはしゃいでいたマリーの表情が曇ったのは、すでに野宿する場所を決め夕食を作っているときだった。
「お父さんとお母さんね、ばらばらになってどこかへいっちゃうんだって」
「……え?」
 ジェイが狩ってきた野鳥をさばいていた凪は、思わず手を止めて振り返った。
 ロティーナは追加の薪を取りに行っているのでおらず、ジェイは少し離れた場所で武器を整備している。
 ということは、マリーは凪に話しかけているのだろう。
 手編みの籠ですやすやと眠っているニックを見つめながら、マリーが続ける。
「しばらくおじいちゃんのお家にいなさいって言われたけど、いつになったらむかえに来てくれるのかなぁ?」
 マリーが浮かべた微笑みは、妙に悲しげだった。
 ……エルザードでは、一般市民で夫婦がそれぞれ働きに出ているということはまずない。……ということは、それはもしかして……。
「離婚……なのかな?」
 夕食を終え、焚き火の近くで舟をこいでいるマリーをそっと抱き寄せながら、凪が呟いた。
「どうだろうね。凪から聞いた話だけじゃ分からないけど……もしかしたらそうなのかもしれない」
「離婚した上に子供を爺ちゃんに預けるたぁ、全く無責任な親だな」
「事情があるのかもしれませんが、こんなに幼い子供が親の愛を受けて育てないなんて……」
 その夜は、凪、ロティーナ、ジェイの順で見張りをすることになった。旅慣れた大人だけであれば見張りを立てるような必要もない場所ではあったが、依頼人を抱えているので『万が一』を考慮したのだ。
 凪は眠気覚ましに香草を噛みながら、自分で星座を作れないものかと空を仰いでいた。
 エルザードにいても星空は綺麗に見えるが、町の外のこの静けさの中、草の匂いをいっぱいに吸いながら見る星というのもいい。
 どこからか、ホウホウという梟の鳴き声が聞こえた。ニックに視線を移し、そういえば梟は小動物を食べるのだと考えていると――。
 ニックが飛び起きた。
 身を低くして尻尾の毛をいっぱいに膨らませ、しきりとあたりを窺っている。
 まずいと思って凪が立ち上がったときには遅く、再びホウホウという鳴き声を聞くなりキィとひと鳴きして、近くにあった林へ逃げていってしまった。
「――ニック?」
 ニックの鳴き声を聞いてか、マリーがゆっくりと目を覚ました。
 抱えている籠の中にニックがいないことに気がつくと、次第に目に涙がうかんできた。
「ニックが……ニックがいないよぉ!」
 マリーの泣き声で飛び起きたジェイとロティーナに後を頼むと、凪はニックが逃げたほうへ向かって走り出した。
 そして林に駆け込んでからすぐに、ニックの小ささを考えて途方にくれた。神機に取り付けてあるライトを点ければ多少視界がよくなるが、それで解決するような話ではなかった。
(視界……そうだ!)
 凪はしばしの間集中すると、視界の野を発動させた。
 これで周囲30mを目視したように把握することが出来るが、高い集中力が要求されるため、早く歩くことは出来ない。
 ニックが林の外へ逃げていないことを祈りながら、探索は続いた。
 ……ニックを見つけたのは、朝靄のたちこめる川の近くだった。大木の高いウロからチョコンと顔を出していた。
「ニック」
 凪が優しく呼ぶと、ニックはびくりとして下を見た。
 匂いを覚えていたのだろう。素早く木を下りてくると、差し出した凪の手を伝って、袖から服の中にもぐりこんできた。
 ニックの体は夜露で濡れていて冷たかったが、小動物特有の温かさと、早い鼓動を感じることが出来た。
 ほっとした凪は、視界の野を解くなり急いでジェイたちのもとに戻った。
 ……帰るなりジェイに怒られたのは、想像に難くないだろう。
「お前なぁ、心配しただろうが! 何があったかぐらい言ってけっての! 『マリーを頼む』なんていわれたら、動くに動けねぇだろが!」
「すみません……」
「まぁ、いいじゃないか。ニックは無事に見つかったし、凪も大事はなかったし。……次からは気をつけるんだよ。皆心配するんだから」
 ニックが泣きつかれて眠っていたマリーの指をなめると、マリーはぱっと目を覚ました。そして、ニックを持ち上げると大切そうに頬ずりする。
「ありがとう……ありがとう、凪おにいちゃん!」
 笑顔で言われたその言葉だけで、凪は疲れが吹っ飛んだ気がした。



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 ほどなくして日が昇ったので、凪は簡単な朝食をこしらえた。持ってきてあったパンに、昨晩の残りものである鶏肉を挟んで食べる。
 一晩中集中していた凪はかなり空腹だったので、ジェイより二切れも多くのパンを食べた。
 食事が終わると焚き火に土をかけ、さっさと馬車に乗り込んだ。
「昼にはムルグム村に着くから、それまで寝ててもいいよ?」
 ロティーナにそう言われたものの、昼に着くからこそ眠るわけにはいかないと、凪は背筋を伸ばして馬車に座る。マリーの祖父の家に着いたとき眠りこけていたのでは、格好悪いことこのうえないと思ったのだ。
 馬車がガタゴトと進みだすと、ほどなくしてマリーは眠ってしまった。
 ニックが入った籠を大切そうに抱えた寝顔は、とても幸せそうだった。
 空は相変わらずの快晴。温かい日の光と涼しい風が心地よい……。
「凪ー。ちょっと御者をやってみねぇか――」
「しっ」
「?」
 ジェイが不思議に思って振り返ると、後部座席ではマリーと凪が安らかな寝息を立てていた。凪は膝にマリーの頭を乗せ、淡く微笑んでいるようにも見えた。



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 そして、日が頂点を過ぎた頃。
「おじいちゃ〜ん!」
「おぉ、きたか可愛いマリー」
 ムルグム村の入り口で待っていたのは、『おじいちゃん』と呼ぶにはまだ早いような、五十前ぐらいの男だった。
 馬車から飛ぶように降りてきたマリーをしっかりと抱きかかえると、ふわふわの頭にぐりぐりと頬を押し付ける。
 ……と、護衛人の三人が見ているのを思い出したのか、マリーをそっと下ろすと照れたように家に案内する。
 案内された家は小さいが温かみがあって、ずっとお邪魔していたいと思えるような雰囲気があった。
「今回はマリーを連れてきてくださり、ありがとうございました。妻が風邪をひいていなければ私自ら迎えに行ったのですが……。マリーはご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「はい、とてもいいお孫さんですね。私たちのいいつけはきちんと守ってくれました」
 ロティーナがにっこりとして答える。……最初彼女に嫉妬していたことなど、おくびにも出さずに。
「そうですか、それならよかった」
 マリーは祖父の家に着くなり、風邪をひいているという祖母の部屋へ行ってしまった。さほど酷いものではないのだろう、祖父は彼女を止めなかった。
「あの……」
 凪が躊躇いがちに声を上げる。
「マリーのご両親は……その……離婚されるのですか?」
 祖父は目を丸くして問い返す。
「マリーがそう言ったのですか?」
「はい、そのようなことを……」
「では、マリーには可哀想な思いをさせましたね。両親がどこへ行くか、言うことはできなかったのですよ。何しろ……彼らはマリーの誕生日プレゼントを買いに行ったのですから」
 父親は髪飾りと靴を買いに東の町へ。
 母親はワンピースを買いに西の町へ。
 ……そういうことらしい。
「誕生日会は毎年この家でやっているのです。ですから時間を節約するためにも先にマリーをこの家に寄越したようですが……そうですか、マリーはそんなふうに考えていましたか」
 祖父は「ちょっと失礼」と言うと、扉の影に立っていたマリーの手を引いてきた。マリーは満面の笑みで彼の腰に抱きつく。
「マリー。お父さんとお母さんのために、今聞いたことは黙っていてくれるな? 驚いてあげないと、二人ともがっかりするぞ?」
「うんっ! ……ありがとう、凪おにいちゃん!」
 ててて、と凪の隣に立つと、その頬に軽くキスをした。
 ――まだ幼い少女のキスだとは、分かっていても――。
「凪〜。お前、顔が赤いぞォ?」
 にやにやと笑うジェイに肘でつつかれ、凪は自分の頬を触ってみた。
 熱い。確かに、赤くなっているのだろうと思った。
 こちらの風習では頬にキスすることなど当たり前だとは分かっていても、いまだに慣れることが出来ない凪だった。



 + + +



 後日。
 凪が家として使っている冒険者の宿に、凪宛の包みが届いた。
 開けてみると、手紙と手編みの籠が入っていた。
 手紙を何度か読み返し、籠にかけてあるハンカチを外した。
 そこには今が旬の野菜と、素焼きの人形が入っている。
 人形は酷くいびつだったが、背中に掘り込まれた三本の縞と豊かな尻尾で、それがリスであると分かった。
 それを優しく手に取り、よく日のあたる窓際に置く。そうすると、リスの名を呼ぶ少女の声が聞こえるような気がしたのだ。










  なぎおにいちゃんえ

  このあいだは、わたしとニックをごえいしてくれてありがとう。
  おれいにニックのおにんぎょうをつくったよ。
  またあそんでね。

               マリーより










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2303/蒼柳・凪/男性/15歳(実年齢15歳)/舞術師】

NPC
【ジェイ/男性/23歳/護衛屋(次期所長)】
【ロティーナ/女性/17歳/護衛屋(情報収集班班長)】
【モビト】
【マリー】
【ニック】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
『護衛承ります』にご参加くださり、ありがとうございました。

最近は『龍の血を〜』や『盗賊王〜』など戦闘ものシリアスが多かったので、ほのぼの〜な物語を書いてみました。
……本当は猫か犬を出そうと思ったのですが、飼ったことがないので描写できないだろうと、飼ったことがあるリスにしてみました。
最終的には、リスにしてよかったと思っています(笑)。
リスが興奮して尻尾を膨らますのって、すんごく可愛いんですよ〜!(聞いてません)

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。