<PCクエストノベル(2人)>
暴虐は来たりて愛を吹く
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[ 冒険者一覧 ]
[ 整理番号 / 名前 / クラス ]
[ 3009 / 馨 (カオル) / 地術師 ]
[ 3010 / 清芳 (さやか) / 異界職 ]
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女性という生き物のほとんどは、暗闇と得体の知れない化け物が怖いものだと、馨は考えていた。人は暗闇の恐怖から逃れるために火を生み出したという話を書物で読んだこともあったし、それは無理もないことである。そして、女性が怯えているときに頼られることこそが男冥利に尽きる、とも考えていた。
しかし、今自分の最も身近にいる女性は、馨の頭にあった常識を覆すような女性であった。
清芳:「不浄なる魂を抱いて現世を漂う亡者ども……暗き地の獄へ失せよ!」
眩い閃光が薄暗い墓地を真昼ように照らしたかと思えば、その光は馨と清芳を取り囲んでいたアンデッドの群れへ収束していき、光が収まるころにはアンデッドの体は灰色に炭化していた。かすかな隙間風が吹きこんできただけで、かろうじて形を留めていたそれは、細やかな塵となって方々へ流されていく。
ムンゲの地下墓地。
馨と清芳の夫婦は、大賢者の亡骸が眠るとされる場所を訪れていた。きっかけはふたりともよく覚えていない。馨がどこかから怪しげな噂を仕入れてきたからだ、というのが清芳の主張であったが、とうの馨にその記憶がなかった。
だが大賢者の墓地となれば何か面白いものが見つかるかもしれないと考え、どうにかこうにか清芳を説得し、今回の墓場デートが実現できたというわけである。普通の女性よりはるかに男勝りだとはいえ、ふたりで墓地へ行こうという提案に清芳を頷かせるのは、並大抵の苦労ではなかった。
そこまでして清芳を同行させたかったのには理由がある。もちろん、馨にとって清芳が一番のパートナーである、という理由も大きい。しかし、清芳の得意とする分野――つまり職業――が、アンデッドに特化したものだったからだ。
ゆえに、なのか、生まれつき、なのか、清芳は暗闇も化け物も一切怖がらない。
清芳:「馨さん、この辺りから不死者の気配はなくなった。次はどっちへ向かう?」
彼女にとっての戦闘服である、黒い宣教師服の裾をはためかせながら、清芳が馨を振り返る。馨とて刀を納めたまま、清芳の戦いぶりをただ眺めていたいわけではないのだが、“ノッている”清芳の動きを下手に邪魔してしまったら、何と言われるか分からない。
馨:「ええ、そうですね……。次はそちらの、杭のような形をした墓石の方へ進みましょう、清芳さん」
清芳:「わかった」
裾をはためかせて再び勢いよく前を向いた清芳だったが、足元に転がっていた墓石の破片を踏んでしまい、危うく体のバランスが崩れる。
清芳:「ッあ」
小さな声こそ上げたものの、清芳はすぐにバランスを保って、安心したように吐息をついた。そこへ心配そうな表情で馨が駆け寄っていく。
馨:「颯爽と歩く姿も頼もしい限りですが、足元もちゃんと見ないと転んでしまいますよ」
だが心配そうな馨のことを他所に、清芳はむっとした表情で振り返った。
清芳:「馨さん、これぐらいで子供扱いしないでくれ」
馨:「ですが……」
まだ何か言いたそうな馨を無視して歩き始めた清芳だったが、馨を振り切って速く歩こうとしたばかりにまた足元への注意がおろそかになり、転がっていた瓦礫の合間に靴の先が引っかかる。今度は重心が前に寄っていたせいで、うまくバランスを戻すことができない。
清芳:「きゃ……っ!」
彼女には珍しい女らしい声を上げながら、転倒しそうになる清芳。
馨の動作は素早かった。たんと地面を蹴って清芳の隣まで跳び、腰に腕を回して、倒れそうになっていた清芳の体を支える。自然とふたりは抱き合う体勢になった。清芳を助けられたことに安堵し、真っ直ぐ立たせようとした馨だったが、それより早く清芳が馨の体をどかすようにして自分で体勢を整えた。
清芳:「い、いきなり、何をする!」
馨:「何をって……もう少しで転ぶところでしたよ、清芳さん。怪我はありませんか?」
徐々に赤くなっていく清芳の顔を見て、痛みを堪えているのではと思った馨が近寄る。
清芳:「……そういうことを言ってるんじゃない!」
不慮といえば不慮だが、馨と抱き合ってしまった。だというのに、馨はそれを全く気にしていない様子で、自分の心配ばかりしてくる。
意識したのは自分だけなのか?
馨は抱き合うことぐらい何とも感じていない?
複雑な想いが頭のなかを掻き乱し、頬が急激に赤らんでいくのを清芳自身も感じていた。
それを馨に見られているという思いがさらに感情を刺激し、清芳は馨をどかすようにして歩き始めた。
× × ×
馨:「清芳さん! 待って下さい、清芳さん!」
ちょっとしたことが清芳の気に障ってしまうというのは、決して珍しいことではないし、馨も最近では慣れ始めていた。ようするに、清芳はかなりの照れ屋なのだ。だから夫婦になった今でも、少しでも女性らしい扱いをしただけで、顔を真っ赤にして照れてしまう。
照れるだけなら分かるにしろ、怒り出してしまうというのが、清芳の少し困ったところではあるのだが。
そういう清芳を微笑ましく感じている馨ではあるが、決してケンカが好きというわけではない。だから怒らせてしまったときはなるべく原因を探って、同じことをくり返さないように努めている。
よりよって今回も、清芳が怒ってしまった原因が分からなかった。
清芳:「私は私で好きに探索するから、馨さんも好きにすればいいだろう!」
アンデッドを斬り伏せながら何とか清芳に追いついたものの、清芳は歩くことを止める様子はない。仕方ないと、馨は清芳の腕を掴んで引き止める。
馨:「落ち着いて下さい、清芳さん! 私が何か気に障ることをしてしまいましたか?」
馨としては冷静になって話をしてもらうために掴んだ清芳の腕だったが、腕を掴まれたという事実の方が、清芳には大きかった。先ほど抱き合ってしまったことを思い出し、再び顔が熱くなる。
清芳:「自分でしたことなのに、なんで私に聞くんだ!?」
馨:「心当たりがないから、教えて欲しいのです。私が悪いのであれば謝りますから」
清芳:「馨さんはいつもそうやって……!」
始まってしまった夫婦喧嘩に文字通り口を挟めずにいるのが、墓地に住まうアンデッドたちである。「アー」だの「ウー」だのといった、不気味ながらも意味をなさない声は、ふたりの喧嘩に割りこむことなどできない。ふたりを取り囲むだけ取り囲んで、そこから手を出せずにいたアンデッドたちだったが、そのうち1匹のゾンビが勇気を出して雄叫びを上げながらふたりに襲い掛かっていった。
しかし、ふたりは喧嘩の真っ最中に大きな雑音が紛れたとしか感じない。
馨&清芳:「う、る、さ、いッ!!!」
見事にハモりながらくり出された、息の合ったふたりの一撃にノックアウトされ、勇気を出したゾンビは哀れ崩壊を起こしながら吹き飛んでいった。仲間が無惨に倒されるのを見たアンデッドたちは、その無念を晴らそうと一気にふたりへ襲い掛かる。
清芳:「馨さんは女心を分かってない! どうせするならもっとムードのあるところでして欲しかったんだ!」
と、ゾンビの頭を叩き割りながら清芳が叫べば……
馨:「いい加減、何が原因で気を悪くしてしまったのか教えて下さい! いつまでもぼかされていては、私だって謝りたくても謝りようがないんです!」
と、グールの体を縦に両断しながら馨が叫ぶ。
ふたりは次から次へと飛び掛ってくるアンデッドたちを薙ぎ倒しながら、知らず知らずのうちに墓地の奥深くへと突き進んでいた。本来ならば静寂に包まれた墓地へ、これでもかというほどの喧騒を撒き散らしながら。
× × ×
馨:「……清芳さん、ちょっと待って下さい! これは……」
先に気付いたのは、やはりというか馨だった。清芳は今にも口から出るところだった言葉を飲みこみ、馨に指し示された方へ顔を向ける。
そこには他のものとは明らかに違う、霊廟のような墓がそびえ立っていた。
清芳:「大きいな……これは何なんだ、馨さん」
馨:「もしかしたら、件の大賢者の墓なのかもしれません。まさか見つけることができるなんて……清芳さんの協力があったからです。ありがとうございます」
清芳:「わ、私は何もしてないし……」
唐突にお礼を言われて、また赤くなる清芳。そんな清芳の様子を見て微笑みながら、馨は墓を調べ始めた。壁には呪文ような奇妙な紋様が刻まれ、この墓を守っているようでもある。
馨:「清芳さん、申し訳ないのですが、調査をする間しばらくアンデッドの相手をしてもらえますか? すぐに終わらせますから……」
清芳:「この程度の不死者の相手をするぐらい、たいしたことじゃない」
馨:「ありがとうございます。清芳さんと一緒に来て本当によかった。では……」
清芳:「ばッ……!」
去り際にまた恥ずかしいことを言い残していった馨の背中へ、『バカ』と言おうとした清芳だったが、恥ずかしさのあまり声が途中で詰まってしまった。前に向き直ると、そこには相変わらずアンデッドが群れをなして隙を窺っている。
清芳は顔を引き締めて、アンデッドと対峙し直した。
清芳:「馨さんの邪魔はさせないからな。来い、不死者め!」
× × ×
清芳の身を案じて素早く調査を終えて馨が戻ると、墓の周囲に群がっていたアンデッドは、清芳によってあらかた退治された後だった。アンデッド個々の力はたいしたものでないとはいえ、数を相手にしたことで疲弊したのか、清芳は少しだけ息が上がっているように見える。
馨の気配に気付いて清芳が振り返った、そのときだった。
物陰に隠れていたゾンビ・ハウンドが清芳の背中へ飛び掛った。気を緩めているせいで、清芳はそのことに気付いていない。馨は清芳に覆い被さるように跳び、自分がクッションになるために清芳と体勢を入れ替えながら、素早く引き抜いた刀で上を通り過ぎるゾンビ・ハウンドの腹を突き刺した。
最初に馨が、その上に一瞬遅れて清芳が地面に倒れ、腹を串刺しにされたゾンビ・ハウンドは空中で塵となった。
背中に鈍痛を感じながらも、馨は胸の中に抱きとめたままの清芳の体を起こそうとする。清芳の肩は小刻みに震えており、馨は心配そうに彼女の表情を確認しようとした。
馨:「清芳さん、大丈夫ですか? 結局、何も書物は見つかりませんでした。外れだったのかもしれません。もしかして怪我をしているのでは……」
清芳:「……また……」
馨:「……え?」
清芳:「……あれほど言ったのに、また……!」
清芳は飛びのくようにして馨から離れる。
清芳:「助けてくれたことには感謝してる、馨さん。けど、けど……!」
そのまま、来た方向へと向かって、再び早足で歩き出す清芳。
ようやく足を止めた彼女から真相を聞けたのは、ふたりが家に辿り着いてからだった。
それを聞いた馨が、改めて清芳を強く抱き締めたということは……言うまでもない。
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