<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


すいりゅうの王冠





 ギィっと扉を開けて白山羊亭に足を踏み入れたのは、今はミニマム姿で行動をしているヴォレフォール。
「何か仕事ない?」
 それに気がついてにっこり笑いながら「いらっしゃいませ」と口にしようとしたルディを遮り、ヴォレフォールは入ってきた早々、開口一番そう口にした。
「いきなりどうしたの?」
 あまりの唐突さにルディアが面食らっていると、ヴォレフォールは一瞬だけばつが悪そうに瞳を泳がせて、その後何事も無かったかのようにルディアを真正面から見上げる。
「……お金、欲しいから」
「それは分かるけど」
 依頼を引き受ける者には――確かに無償の人もいるが――大概が生活をしていくため、だ。ヴォレフォールの主張は理に適っている。
「そうね、ヴォレフォールちゃんに丁度いい依頼があるわ」
 そして、『チルカカ湖』って知ってる? と聞かれた言葉にヴォレフォールは頷く。
「その湖に沈んだ空中都市にある『すいりゅうの王冠』を取ってきて欲しいっていう依頼なんだけど」
「すいりゅう……!?」
 ヴォレフォールの瞳が興味深げに大きく見開かれる。それは彼女の中に水龍の血が半分流れているから。
「結構深くまで潜らないといけないらしくて」
 水中呼吸が出来るヴォレフォールには打ってつけの依頼ではないかと、ルディアはこの依頼受けるかどうか尋ねるようにヴォレフォールを見る。
「分かった。それならあたしに任せて!」
「でも、落ちた空中都市には魔物が住んでいるらしいじゃない」
 一人で大丈夫? と、なおも言い募ろうとしたルディアを遮って、ヴォレフォールは力強く微笑んで大きく頷く。
「大丈夫だよ!」
 ルディアはその仕草に肩をすくめるようにして笑うと、カウンターへと歩いていく。そして依頼人の学者から受け取った『すいりゅうの王冠』を保管するためのアイテムを手に顔を上げた。
「あ、それでね。ヴォレ―――…あら?」
 ヴォレフォールの姿が忽然となくなっている。
 きょとんとルディアは瞳を瞬かせた。
「あの子なら、もう出て行っちゃったよ」
 丁度その場に居合わせていたらしいお客が、白山羊亭の入り口を指差して口にした言葉に、ルディアはおろおろとその場で立ち尽くす。
「誰か一緒に依頼を受けてくれる人いない!?」
 ルディアは白山羊亭を見回し冒険者達に問いかける。けれど場所が水中である事に難色を示す者が多い。
「大丈夫。ちゃんと薬も一緒に用意してあるのから」
 ヴォレフォールが丁度此処に訪れたから必要ないだろうと表に出さなかったのだが、通常の冒険者は皆地上を友とするものばかりだ。水の中で呼吸が出来る者は少ない。依頼者はそれを見越してちゃんと薬も用意していた。ただ、ルディアがそれを出さなかっただけ。
「急いで追いかけてあげて。きっとあの子水に乗って現地に向っちゃったと思うから―――」
「―――何かあったのか?」
 カランと白山羊亭に足を踏み入れたサクリファイスが、いつもと様子が違うルディアの姿を見て取り声をかける。
「サクリファイスさん!」
 それと同時にルディアの嬉しそうな声が笑顔と共にサクリファイスに振り、「実は……」と、事の起こりを手短にサクリファイスに説明した。
「なるほど……他ならぬヴォレフォールのことだ……放っておくわけにはいかないんだけど、魔物が、いるんだよな……?」
「え、ええ……」
 ルディアは遠くチルカカ湖を思い浮かべるよう軽く瞳を泳がせ、水系の魔物が沈んだ空中都市を根城にして何匹か暮らしているらしいという依頼主の情報を伝える。
「分かった。早速追いかけよう」
 私なら、飛んで追いかけられるから。
 そして、サクリファイスはルディアの手に握られた『すいりゅうの王冠』を保管するためのアイテムを手に、急いで白山羊亭を後にした。
「へぇ……」
 ルディアの話を聞いて、ランディム=ロウファはうっすらと口角を持ち上げる。
 そして期待いっぱいの眼差しでルディアに詰め寄った。
「なあ、今回は水際での御仕事なんだよな?」
「水際って言うか、水の中よ」
 だからこそ冒険者といえど呼吸をする自分たち人間には向かない依頼な訳で、危険に比べて報酬も高くない故に引き受ける人が居ない状態であるのだが。
「っつー事は………とまあ、この後は他の冒険仲間」
 特に女性陣の水着姿が見られるんじゃないか。などという、成人男性としては真っ当とは言えど、女性から見れば少々いただけない期待を抱いて、ランディムはその場に立つ。
「久しく依頼を受ける事になったはいいが、お前は何を考えているんだ……?」
「何ってそりゃあーた」
 誰がこの後依頼を受けるか分からないため、想像の女性が水着を着た姿を思い浮かべ、つい受け答える。
「水ん中入るんだったら女の子達の水着姿くらい拝めるだろーか……ら……」
 あれ? この声どこかで聞いたことがあるぞ。
 そして、この先に待ち受けているかもしれない期待による満面笑顔で振り向いてしまったランディムは、瞬間に凍りついた。
「……………」
 ランディムのそんな視線を真正面から受けた青年――ライカ=シュミットはこれ見よがしに大仰にため息をつき、情けないとばかりに軽く首を振る。
「少しは目前の危機に自ら歩み寄るだけの覚悟と自覚を持ってほしいものだ……」
 そう、この場合の危機とは、与えられた薬が切れた場合、依頼遂行に支障が出るばかりか、自分たちが溺れて死ぬ可能性だって充分にありえるというのに。
 そんなライカの言葉に、徐々にランディムの拳がわなわなと震えだす。
「それでなくても、依頼とは危険と隣り合わせのものが多いというのに―――」
 ライカの言葉はまだまだ続く。が、
「人が折角大人の雰囲気を想像して楽しんでたのに薮から棒に殺伐とした雰囲気を持ち込むなぁ!!」
 それを遮るようにして、まるでちゃぶ台でもひっくり返したかのような形相で、ぜーぜーと肩で息をしながらランディムは叫んだ。
 けれど、その魂の叫びさえも一蹴するように、ライカの冷たい視線がランディムに浴びせられる。
「何を言う、受けた依頼の大小を問わず不測の事態に備え、状況を打破するというのが俺達というものだ。いい加減な考えを引き摺るようなら、降りたほうが身の為だ……」
「うぐっ」
 ライカの皮肉混じりの正論に、とうとうランディムは反論の隙間が見つけられず、かくっと肩を落とした。
「あのね、二人とも」
 にっこりとルディアが二人に笑いかける。

 行くならさっさと行け!

 ルディアの無言の圧力に、二人は逃げるようにチルカカ湖へと向かった。







 一足遅くチルカカ湖に辿り着いたランディムとライカは、湖の湖畔で地面に水溜りを作っている女性と、小さな少女の姿を見て取り、その二人に歩み寄る。
「水も滴る何とやら。なーんて」
「……ここはまかりなりしも戦場。冗談は慎め」
 一歩下がったところからかけられる、相変わらずのライカからの正論の皮肉に、ランディムは心の中で舌を出す。
 声に気がついたのだろう。振り返った女性の顔に、ランディムは「お?」と、瞳を微かに大きくした。
「久しぶりか?」
 振り返ったサクリファイスに、ランディムはそう声をかける。
 当のサクリファイスは記憶を手繰り、ランディムの事を思い出しているようだった。
「お前たちも『すいりゅうの王冠』を探しにきたのか?」
 サクリファイスの足元で少女が二人を見上げる。
「勿論」
「未だ不埒な考えを持ったままなら、今からでも遅くない。帰れ」
 勿論と答えたものの、その後泳いだランディムの視線など見えぬはずなのに、一歩引いたところで立っていたライカが突っ込む。
 ランディムは、きりっと睨み付ける様な視線をライカに向けるが、当のライカにその視線を真正面から受け止められ、ぐっと口を尖らせる。
「そうか。世話をかける」
「あ、あぁ? いや、それ、あんたが言う事じゃないだろ?」
 一瞬ライカへの皮肉に意識をそちらへと飛ばしていたランディムは、サクリファイスの言葉に我を取り戻す。
「そちらの方は? ………失礼。私は、サクリファイス」
「そう気にしなくてもいいぜ。こいつは俺の相棒で―――」
「ライカ=シュミット……」
 どこか含みのあるようなライカの口調にサクリファイスは軽く首を傾げるが、それが自分たちに向けられたものではない事に二人の掛け合いを見て気付く。
「あたしはヴォレフォールだよ」
 ランディムとライカは、彼女が当初ルディアが追いかけてくれと言っていた子供か。と、どこか他人事のように思いつつ、サクリファイスの腕の中にあるアイテムに目を留めた。
「あぁ、これは『すいりゅうの王冠』を保管するためのアイテムらしい」
「そんなものあったんだ」
 話を最後まで聞かずに飛び出したのはヴォレフォールだろう! と、出掛かった言葉を飲み込み、サクリファイスは一同に見えるようにそのアイテムを差し出す。
「へぇ……」
 顎に手を当てて感嘆するように見つめるランディム。
「王冠とは、そのまま王がかぶる冠を指しているのではないのか?」
 そんなライカの疑問は尤もで、サクリファイスも首を振る。
「いや、私もどういうものかは……」
 そう、ここにいる誰も『すいりゅうの王冠』がどんな物であるのか知らない。
 アイテムの見た目は、円柱形。重さはそれなりにある。蓋と底が似たような金属構造になっており、何かを密封するための容器にも見て取れた。
「この光の屈折具合からすると、中に入ってるのは……水。か」
 まじまじと覗き込むようにランディムは保管用アイテムを検分し、
「想像つかねーな」
 と、興味をなくしたように視線をはずす。
「この湖に沈んだ街にあるって言われてるんだし、湖の中探せば見つかるよ、絶対!」
 見つからなければ依頼失敗。いや、これはちゃんと“ある”と確定されている代物の捜索なのか。
 しかし、そんな情報の真偽はヴォレフォールには関係のないことで、「それに」と、付け加える。
「皆水の中で息できないだろ? 『すいりゅうの王冠』はちゃーんとあたしが見つけてくるから任せといて」
 そう言ってやる気満々に胸を張ったヴォレフォールを見て、サクリファイスの柳眉がピクリと震える。
「それで先ほど魔物に追いかけられていただろう!」
 サクリファイスは今にも口から飛び出てきそうな小言をぐっと飲み込んで頭を抱えた。
 だが、抱えた手の下、瞳はそっとヴォレフォールを見る。
(『すいりゅう』と聞いて、一族を思ったのだろう。だが……)
 一族を思う気持ちがあってこその行動は咎める部分ではない。けれど、魔物が出るというのに、ルディアの話も満足に聞かずに飛び出した事は、充分お小言に値する。が、お小言は無事依頼を遂行し、白山羊亭に『すいりゅうの王冠』を届けてからでも遅くないだろう。
「今はあの魔物を避け、『すいりゅうの王冠』を手に入れることが先決だな」
 そんなサクリファイスの言葉に、ヴォレフォールは呑気に「はーい」と返事する。
「それに、無けりゃ無いで、その事も依頼者に報告しなきゃならないしな」
 結局のところ湖の捜索は必要だろうと口にするランディム。
 そして、サクリファイスに水の中へと入るのに服のままなのかと問うたランディムだが、あっけなく撃沈している様を嘆息交じりに見つめ、ライカがゆっくりと口を開いた。
「お前たちは、湖の魔物を見たのだよな」
 そして、その湖の魔物に何か特徴はないかと、サクリファイスとヴォレフォールに尋ねる。
 ライカは水の魔物――名をフライフィッシュと言う――に有効な戦略を練るため、その特徴を知っておきたいと思ったのだ。
「蛇の顔の横に耳みたいに、魚のひれがあったよ」
 実際に水の中を追いかけられたヴォレフォールが見た目を答え、
「口を開ければヴォレフォールを一飲みできそうだったな」
 ヴォレフォールを追いかけて水面から飛び上がったフライフィッシュの特徴をサクリファイスが答える。
「その口が厄介だな」
 餌として一飲みにされてしまっては堪らない。
「牙は?」
 けれど、ライカは尚も聞き募る。
 なぜならば、もし歯のない口にただ一飲みされただけならば、内側から破裂させてしまえば済む話だからである。むしろ水の中という不利な状況よりも、反撃のない内側からの攻撃のほうが効果的かつ有利になる事もある。
 けれど、これが牙のある魔物であるならば、わざと飲み込まれるなどという行為は危険に飛び込むようなもの。それだけではなく、その牙を使った攻撃にも気をつけなければいけないからだ。
「牙はどうだっただろうか……」
 何分一瞬に近い出来事であったため、サクリファイスは良く思い出せず眉根を寄せる。
「あったような気がする」
 だがそれは大きいものではなく、普通の魚の歯をそのままあのフライフィッシュサイズまで大きくしたような歯が。
「そうか」
 ライカはすっと瞳を細め湖に視線を向ける。
「薬は貰ってきたから、呼吸の心配はないが、やっぱ水の中は俺たちには不利だよな」
 水中戦よりは空中戦のほうがいいよなぁ。と、ランディムは湖を見据えて呟く。
 考え込む(見た目)大人3人を尻目に、ヴォレフォールはひょいっと保管用アイテムを手にすると湖に近づいていく。
 そして、

チャポン。

「ヴォレフォール!?」
 名を呼び湖を見れば、ただ水面は波紋を描くのみ。
「魔物が出るってぇのに、無茶するお嬢さんだな」
 ヴォレフォールにとってみれば微かな一族の痕跡でも手に入れたいに違いない。
 それに早く追いかけなくてはヴォレフォールが危ない。
サクリファイスが最初見たときのように、今度もうまく逃げられる保障などどこにも無いのだ。
 三人は急いでルディアから貰った薬を体の回りに降りかける。
 どうやら魔法的な効果のあるこの薬は、体の回りに薄い空気のヴェールを作るような類のもののようだった。
 そして湖を見据える。
 フライフィッシュ達が襲い掛かってくる理由。
 簡単に考えれば、ヴォレフォール――自分たちが縄張りに侵入したから。
「とりあえず、水面におびき出してみますか!」
 その後水の中へと戻ってしまったら、その時は追いかければいい。
 ランディムは、エアダッシュで空中へと飛び上がると、キューを思いっきり水面にたたきつけた。それは、フライフィッシュがヴォレフォールに気がつくよりも前に、大きな波乱を水面にもたらし、注意をこちらへとひきつけるため。
 そして、ランディムが空中へと飛び上がると同時に、ライカの手元でガシャンと小さな音が響く。
 ライカはランディムのように空中を走ることはできないが、微かな水の動きを読み、タイミングを計ってその真上に飛び上がる。
 そして、ランディムの挑発めいた行動に、徐々に湖の水面が盛り上がっていった。
「………このタイミング、取った!!」
 そう、ライカが飛び上がった落下地点。計算どおりにフライフィッシュの頭が現れ、コツン。と、銃口がその頭に触れた。
「こいつらは俺たちに任せな! あんたは、あのお転婆ちゃんを追いかけろ」
 そして、ランディムは水面に頭を出したフライフィッシュを見据えたままサクリファイスに叫ぶ。
「しかし…!」
 ヴォレフォールも心配だが、二人だけを危険にさらすこともできず、サクリファイスは躊躇うように瞳を交互させる。
 瞬間。ドシュン!! と、零距離射撃で打たれた銃の発砲音が当たりに響く。
「そのほうが効率もいいだろう」
 ゆらり。と、フライフィッシュが体を揺らせた頃には、ライカは湖畔へと着地し、何事も無かったかのようにそう口にする。
 そう、フライフィッシュは1匹ではない。もしかしたら、もうヴォレフォールを追いかけているフライフィッシュもいるかもしれないが、今の衝撃で殆どのフライフィッシュを此処へ集める事ができただろう。
 魔物の気を引く者と、依頼品である『すいりゅうの王冠』を探す者。
 ライカもランディムもちまちまと何かを探すより、こうして戦闘に身をおくほうが性にあっている。
 それでも尚二人だけを危険にさらす事に、その瞳に多少の躊躇いを浮かべたサクリファイスに、ライカは目線で「早く行け」と伝える。
 それを見て、サクリファイスは力強く頷き、
「任せたぞ」
 と、水の中へと身を滑らせた。
「おっと!」
 湖に飛び込んだサクリファイスを追いかけるように、水面へと集められたフライフィッシュがゆっくりとその体を反転させる。
 が――――――
「てめぇの相手は俺たちだ!」
 ランディムの叫びと同時に、何かの力がフライフィッシュの頬で爆ぜる。
 それは、ビリヤードの要領で湖畔に散らばる小石に法力を上乗せしたランディムのボール。

―――バシュウ!!

 顔を水面に打ち付けたフライフィッシュの動きに合わせ、湖畔には大量の湖の水が雨粒のように降り注ぐ。
「図体ばかりでかけりゃ圧倒出来ると思うなよ!」
 一度は縄張りへと侵入していったサクリファイスを追いかけようと身を翻したフライフィッシュだが、それよりも自分たちに害をなすこの人間二人に対する怒りが勝ったのか、左右に着いた瞳をギョロリと二人に向けた。
 最初に攻撃を加えたフライフィッシュを含めれば、数は3体。
 先制攻撃にフラフラしている節はあるものの、やはり水生動物だけに体の回りを粘膜に覆われているのか、大きなダメージにはなっていないように思える。
「顔を出している今の内に」
 水の中でないのなら、威力も弾速も減衰することはない。ライカは銃を握りなおす。
 フライフィッシュ達が持ち上げている頭目掛けて発砲しようと踏み出した瞬間―――

 ポチャ……。

「!!?」
 靴先が思いっきり水の中へと浸かる。
 先ほどまで湖畔であったはずの場所が、いつの間にか湖の一部に変わっていた。
「…っち! こいつら、無理矢理水中戦に持ち込むきかよ!」
 最初は打ち寄せる波が靴に当たっているだけかと思ったが、その波は徐々に強くなり、靴を、そして膝を飲み込んでいく。ランディムは押し寄せる水面から軽く数歩後ろへ下がり、フライフィッシュ達を見上げた。
 ライカは水の中での戦闘になると判断し、徐に懐へと手を伸ばす。
「そいや『すいりゅうの王冠』を手に入れるまで相手してりゃ、いいんだよな」
「時間稼ぎで充分という事か」
 依頼は湖に住む魔物退治ではないのだから。
 どうするかな。と、軽く呟いた相棒に、ライカは視線をフライフィッシュに向けたまま告げる。そして、すっと懐から何かを取り出した。
「今回はお前が俺への好機を作れ」
 何だか毎回ライカがサポートしているような言い方に聞こえる。いや、事実その方が多かったかもしれないが。
「そんな武器で本当に大丈夫なのか? このままじゃ、絶対に水の中で戦う事になるんだぞ」
 ランディムは、ライカが手にしている爆発物を仕込んだナイフを見て、眉根を寄せた。未だ、銃器も握られている。
 好機を作れと口にした割に水中での攻防を行うには適してないように思える爆発物や銃器を見て、ランディムは顔をしかめる。
 水位は腰から胸の辺りまで達しようとしていた。
 小波を立てる湖の水面が邪魔で、水の中が肉眼では見えにくい。
 今や二人が立つ元湖畔も、奴らにとっては充分行動可能な領域。
「!!?」
 二人が水へと沈むのも時間の問題だろう。
 早々に薬を降りかけておいたのが項をそうし、水は体を避けるように流れている。降りかけると空気のヴェールを作る類のものというのは最初に分かっていたが、そのヴェールが薄皮一枚程度ではない事に軽く口笛を吹く。腕を動かしたり水面を叩けば音はするが一切濡れる事がない。しかし、全て均等な厚さのヴェールというわけでもないようだ。
 そしてその事に、ランディムはピンときた。
 水の中では銃弾や弾速に支障が出ても、銃自体にダメージはないのではないか。
 ならば、あの投げナイフならば、この薬さえあればどの場面でも対応が可能なのではないか。
 この仮説が正しいならば、この水中戦、空中戦とほぼ変わらない戦いが出来るのではないか―――と。
「ライカ」
「何だ」
「作ってやろうじゃないの、好機」
 そう言ってランディムはにっと笑うと、ライカに残りの薬が入った袋を投げつけた。
 一瞬その行為に瞳を瞬かせたが、その真意を悟ったライカは、口角をゆっくりと持ち上げ、袋の紐を解く。
「当たり前だ!」
 粉はキラキラと光を反射させ、まるでその輝きはこの戦いの勝敗を示しているようにさえ見て取れた。
「さあて、冒険者様の真髄を見せ付けてやっぜ!!」

 ザン―――

 二人の姿は湖の中へと完全に消える。
 水面で揺れる太陽の光が水中でその栄光を発揮できずとも、勝機を悟った二人には何の障害にもなりはしなかった。







 白山羊亭からの帰り道、男二人並んで歩く。
 実際『すいりゅうの王冠』とは、王冠という物体そのものではなく、特殊な石が生み出す水の流れが王冠の形のように見える。というもので、確かにそれは湖、ひいては水の中にしか無いよな。と、思わせるようなものだった。
「はぁ……」
 そして、あからさま過ぎる大きなランディムのため息に、ライカの眉根がピクリと動く。
 ランディムにとってみれば、最初に期待していた展開は何1つ起こらなかった上に、結局相棒といつもどおり二人きり。
 たまには可愛い女の子と、なんて、期待したって―――
 何に対しての落胆は語るまでも無いが、女運の無さというものは、悪女に引っかかったり、関わる事で不運が訪れたり、そんな類のものだと思っていたのに、自分が女性と出会える運さえも含まれてしまったのか。
「お前は“まだ”そんな事を考えていたのか、ディム」
「いいだろそれくらい!」
 依頼は終わったのだから自分の気持ちに正直になったって少しも構わないはずだ。
「今回は、そんな不埒な考えを持ちながら戦闘が可能なほど強い魔物ではなかったが、その余裕と小さなミスが失敗に繋がり、倒せるはずの敵が倒せないという事態を招く事もあるかもしれないと自覚しろ」
「あいつら相手にしてた時は、集中してただろうが!」
「そういう事にしておいてやろう」
 ライカは、そう言い捨てると、カツカツカツ……と、これ見よがしに靴音を立てて、ランディムを追い越していく。
「くぅ……っ」
 皮肉である事は充分分かっている。けれど、正論過ぎてやっぱり言い返せないことに、先ほどまで悩んでいた女運の事などすっかり忘れて悔しがるランディム。
「あ、ランディムさん、ライカさーん」
「ん?」
 名を呼ばれ声のほうに振り返ってみれば、ルディアが息を切らして走ってくる。
「これ〜、忘れも、の―――?」
 ルディアの足元が何かに躓き、その体がどんどん前のめりになっていく。
 ランディムとの距離、後僅か。

 ガシャーン!!

「あああ! ごめんなさい!!」
 そこにはルディアに下敷きにされ、露店に後頭部から突っ込み倒れているランディムの姿が。
「最後の最後で……」
 今回は何事も無く終わると思ったのに……
 とほほ。と、ランディムは一緒に魂が抜けて行きそうなため息を吐いた。








fin.








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】

【2977】
ライカ=シュミット(22歳・男性)
異界職【『レイアーサージェンター』】


【NPC】
ヴォレフォール(776歳・女性)
冒険者


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 すいりゅうの王冠にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。
 今回は水辺の依頼ということで、本当は夏真っ盛りに受注を行えればよかったのですが、受注も納品も時期はずれです。
 しかし依頼内容的にはいつの季節でもきっと構わない内容ですよね!

 今回、直接的な戦闘描写がカットされているのですが、お二方とも頭がよい方だったので、戦略を何通りか考え“倒せる”と判断すれば必ずそれを遂行するだろうと予想し、結果が見えているのでカットしました。
 本当は最後、女運の無さ系の話を入れるつもりはなかったのですが、頭で女性の事を考えているのに最後何も無いではアンバランスかもしれないと思い、少しだけ入れてみました。
 それではまた、ランディム様に出会えることを祈って……