<PCクエストノベル(3人)>


聖都奔走 〜不死の王・レイド〜





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【冒険者一覧】
【整理番号/名前/クラス】

【1070/ 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 /16歳 / 舞術師】
【2275 / シャオ・イールン / 男性 / 12歳 / 撃攘師(盟主導師)】


【助力探求者】

 なし
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 ―――――不死の王、と呼ばれる者が居た。


 曰く、全ての魔法を使いこなす外道の王。

 曰く、闇を友とし日の光を敵とする夜の歩行者。


 ……長き眠りについていた彼の者は、最近になってその眠りから身を起こしたらしい。

 けれど。
 彼がそれから、具体的に何をしているかは分からない。

 噂では―――――聖都エルザードで姿が見えたという話もある。






 ――――不死の王、レイド。

 そう名乗る者が居る。

 ………彼が善であるか、悪であるか。現状において断定を行う絶対材料は存在しない。

 だが、忘れてはならない。







                   人は時に、異物を過剰に排除しようとするものだ。






【1】

 ――――聖都エルザード。
 聖獣界ソーンにおいて中心的な役割を内包するその都は、今日も良い天気だった。
 そして……その大都市の下を歩く、三人の若者が居たのである。


虎王丸「暑い……ったく、嫌になるぜ」

 一人は、健康的な印象を見る者に感じさせる小麦色の肌の少年。
 黒い大きな瞳は、笑めばたちまち魅力的なそれに変わるのだろうが―――今は、半眼だ。
 ……名を虎王丸、と云う。

凪「愚痴るなって。他の奴等に負けたくないんじゃなかったのか?」

 一人は、赤く、意志の強さが見て取れる瞳を持つ少年。
 歳は虎王丸と同じ程度だろうか。どことなく育ちの良さが感じられる雰囲気は…気のせいではないだろう。
 蒼柳・凪である。

虎王丸「そりゃ、そうだけどよ……もう探索を始めて何時間だ?好い加減だな、」
凪「あ、シャオが戻ってきた。おーい、どうだった?」
虎王丸「おい、今すっげえ勢いで無視したな!?」
凪「うん」

 間髪入れずに、突き刺すような神速のツッコミ。
 慈悲のないそれにがっくりと崩れ落ちる虎王丸の背後から、快活そうな少年の声が聞こえてくる。

シャオ「やっぱりこの辺には『居ない』みたいだな……あれ、虎王丸が泣きそうだな?どうした?」
凪「ああ、気にしないでくれ」
シャオ「おう、分かったぜ!」
虎王丸「………お前等、俺のこと嫌いだろ」

 黒髪と、凪とは対照的に抜けるような蒼を宿す大きい瞳。
 虎王丸と同じく、笑えば元気な好印象を与えるだろう、小柄だがしっかりと身体の作られた少年。
 今回、虎王丸・凪と共に聖都を訪れたシャオ・イールンである。

凪「………今日も、ハズレってことか」
シャオ「悪ぃな。この聖都ってのは、探索を始めてみると存外に広いぜ」
 ふむ、と息をつく凪に、同じく目を閉じてシャオが相槌を打つ。
 浅く頷いた挙動に併せて、彼の肩の上に載っていた小さなリスが小首を可愛らしく傾げた。
虎王丸「そいつも、大分お疲れなのか?」
シャオ「ん……まぁ、な」
虎王丸「そっか」
 左右に首を倒して硬直した身体をほぐそうとするシャオに、虎王丸が一言。
 ……次いで、ゆっくりと彼は空を仰いだ。
 ああ――――もう、暗い。
虎王丸「凪、そろそろ宿に戻ろうぜ。大分最近は日も伸びてきたが、今日は引き時だ」
凪「ああ……それは、そうだ。残念ではあるけど―――休憩は取らないとな」
 さてどうするか、と地図を見ている己の相棒に、虎王丸は迷わず告げた。
 冗談の色が一切抜け落ちた、事実を指摘するその声に、凪が顔を上げてああ、と同意する。
凪「ごめん、シャオ。もう一日分、働いて貰う期間が延びるかも知れない」
シャオ「そっか。まぁ、仕方ねぇさ……予想はしてたことだしな」
 既に宿の方へ歩き出している虎王丸に続きながら、凪がシャオに語りかけた。
 ――――この「探索」は、実のところ開始からもう幾日も経過している。


シャオ「予想通り、中々に厄介だってことだろ―――聖都に出没した、ヴァンパイアってのが」

 軽い嘆息と共に紡がれたシャオの一言を、否定する者は居なかった。

 ………明るく頼もしかった太陽は沈み、夜が訪れようとしている時分である。






【2】


虎王丸「いやー、美味かった!この宿を選んで正解だったな!」
凪「……飽きもせず毎晩同じ台詞を吐ける辺り、俺はお前を尊敬するよ」

 場所は変わって、聖都内の一般的な宿屋である。
 朝から探索を続けていた三人は食事を取り、幾分リラックスして部屋へと戻っていた。
シャオ「そうは言うけどさ、凪。今日のスープは中々のもんだったぜ?」
凪「いや………まあ、否定はしないけど」
シャオ「?」
 気楽な様子で呟く虎王丸に嘆息する凪に、シャオが小首を傾げる。
 ……そう。彼の言っていること自体は、全く以って間違いではないのだが……
シャオ「で、とりあえず。今日はどれくらいの範囲を探したんだっけ?」
虎王丸「たくさん探したな!」
凪「虎王丸、それ、抽象的すぎ。……ええと、地図は何処だっけな」
虎王丸「……最近、凪が冷たい気がするぜ」
 折角のシャオの問題提起を逃す手は無い。
 しょんぼりと項垂れる虎王丸を払いのけ(地図の入っている荷物を取るのに邪魔だった。まさかシャオをどける訳にも行かないだろう)、自分たちの荷物から、それなりに使い込まれた一枚の紙片を取り出した。
 ――――この聖都エルザードを取り扱った地図である。
凪「今日は……これくらいかな?」
シャオ「大分回ったんだな……それにしても、まだこれだけ探してない場所が残ってるのか!?」
凪「聖都の名は伊達じゃないってところかな……あれ、この赤点は何だ?」
 地図を広げて「今日の探索成果」を書き込みながら、凪とシャオは図面に視線を走らせる。
 ややあってから飛び出た凪の疑問に答えたのは、意外なことに後ろのベッドに座ったままの虎王丸だった。
虎王丸「あ、それ付けたの俺だ」
凪「……それで、これは?」
虎王丸「ここ数日で制覇した食堂と宿屋。美味かったところには星のマークをだな、」


 全力で凪に叩かれた。


虎王丸「な、なにすんだよ凪!?」
凪「お・ま・え・は!一体何をやってるんだよ?!」
シャオ「うーん……これは」
凪「シャオもこいつに言ってやってくれ!びしっと警告しないと気付かないんだ!」
シャオ「ん?……ああ、そうだな…」
 頭を抑えてうずくまる己の相棒を人差し指で指しつつ、思わず怒鳴ってしまう凪。
 そして―――
シャオ「やっぱり、凪の言う通り変だぞ虎王丸」
虎王丸「む」
シャオ「ここの食堂、脂っこいだけで大して美味くなかった!」
虎王丸「えー、そうか?俺は美味かったけどなぁ……」
凪「ああああああ……」
 がっくりと、凪が頭を抱えて机に突っ伏す。
 シャオに悪意は、勿論無い。けれど、妙なところで虎王丸と同調している彼であった。
凪「まったく……二人とも、少しは真面目に喋ってくれ」
 はぁ、とこれみよがしに嘆息してから、ふっ、と凪が視線を上げる。

凪「確かにまだ大事には至ってないけど……手強いんだぞ?不死の王、っていうのは」

 そして、念を押すようにそんなことを口にした。


 そう。今回彼等は、聖都に出没したというヴァンパイア―――不死の王・レイドの探索を行っていた。
 問題は、広すぎる聖都というフィールド。
 加えて相手は一級の魔物であり、また同じ目的の冒険者も多いことから、今回凪と虎王丸は探索という作業に特化したシャオの力を借りて、三人で行動しているのである。
 何処かに本拠地があり、昼間のうちに叩けるならそれが最良だ、とは虎王丸の弁であるが……



凪「なぁ、本当に倒さなくちゃいけないのか?」
虎王丸「なんだよ、凪。それについては何度も言っただろ……あいつらはな、基本的に悪性なんだよ」
凪「そうかも知れないけど……まだ大した被害は出てない。むしろ目撃証言だけで騒いでるのが実情だぞ?」
 強硬論を唱えるのは、種族柄ヴァンパイアとウマの合わない虎王丸。

 まず話し合いをするべきだ、という凪と対立し、

 どちらでも良い。確かに悪い奴なら、懲らしめて分からせることは必要だろうけど、という中立のシャオがその間に居て、三人は実のところ見事な意見の分かれ方をしているのである。
 ……否、若干のところ虎王丸に分が悪い。

虎王丸「何言ってんだ、この間怪我人も出たじゃねぇか!」
シャオ「それ、確かヴァンパイアを執拗に追ってた冒険者グループじゃなかったっけ?」
虎王丸「……けど、怪我人は怪我人だぜ、シャオ?」
シャオ「まあ、俺は別にどうだって良いけどさ……種族っていう公約数で括っちまうのも問題じゃないか?」
虎王丸「いーや、何か起こってからじゃ遅え!ここは聖都なんだしよ…!」
凪「………なんにせよ、見つけなくちゃ始まらないだろ?」
 やや感情的に語る虎王丸に、普段の無邪気とは違う様子で応対してみせるシャオ。
凪「無理はしない、状況次第で出方も変える……現状、それで行こうって同意したじゃないか?」

 そして――――凪が、シャオの対応を引き継いで締め括るのである。

シャオ「……そうだな。悪い奴だったらぶん殴ってやれ、ってことだろ!?」
凪「うん、まあ、歯に衣を着せなければそんな感じだけど……」
虎王丸「そうそう、つまり俺の言いたいことはそういう―――」
凪「嘘付け。悪くなくても殴る気満々だろ」
虎王丸「凪、少しは歯に衣着せろ――!?」
シャオ「ははは、二人は本当に良く喧嘩するなぁ!」
 ……結局、いつもの形に落ち着くのだ、ということだろうか。
 今夜も、シャオの楽しそうな笑い声をBGMに、虎王丸がうー、と唸りながら凪に食って掛かるのだ。


凪「さて……それじゃ、次の日の行動に支障が出ない程度に夜も動こう。夜は脅威も増すけど…」
シャオ「ああ。もうそろそろ一週間が経つしな。何か成果が欲しいんだけど……なぁ?」
 凪の一声に、肩の小さなリスへ語りかけながらシャオが立ち上がる。
 ――――探索には欠かせない、彼の大切な相棒だ。
虎王丸「よぉーし、それじゃ身体を動かして、美味い夜食に備えるか!」
凪「まだ食べる気なのか……?」
シャオ「え、駄目か!?」
凪「………いや、いいけど。もう、二人とも好きなだけ食べてくれ…」
 一転してやる気のまま二人に続く虎王丸に、恒例となった凪のツッコミ。



 結局―――有力な成果が上がらないままに、三人は次の日の朝を迎えた。




【3】


 翌朝。
 三人は太陽の昇る前から宿を出て、もう慣れた足取りで聖都の探索を始めた。

虎王丸「で……もう、太陽が昇り切ってるのはどういう訳だ?」
凪「……不死の王とやらに言ってくれ」
 そして、いつもと同じように時間だけが過ぎていく。
 また――――よくよく目を凝らしてみれば、少しばかり街の様子が変わっていることに気付く。
シャオ「…冒険者の数、少しずつ減ってきてるな」
虎王丸「ああ……」
 日数の経過は、不死の王が聖都に居る可能性に対する懐疑を齎しているのであった。
 街をうろついていた大量の冒険者も、少しずつ聖都から出て行き―――或いは、別の仕事に就き始めていた。
シャオ「さて、この辺には居ないな。もう少し進むぞ?」
凪「頼む」

 ……探索を進めていくうちに、三人は賑やかな市場区画に行き当たる。
 様々な人々が思い思いの行動をする場は、目に見えて探索の難しそうな空間だろうが…。
凪「これは……シャオ、どうだ?」
シャオ「少し難しいな。でも、出来るぜ」
虎王丸「本当に大丈夫かぁ?」
 都の商業区画に相応しい賑わいに懐疑的な声を出す虎王丸に、シャオは、に、と笑いかける。
シャオ「おいおい、本気で言ってるのか?俺とこいつがこの程度で音を上げる訳無いだろ!」
 彼がそう呟くのと同時、肩口に止まっていたリスが軽やかに地面に降り、走り行く。
シャオ「んじゃ―――行くぜ?」
 彼もまた慎重に、凪と虎王丸を先導して市場を歩いていく。
 ―――犬の属性を帯びているシャオの聴覚・嗅覚は、常人のそれを圧倒するのだ。
(しかし……凄ぇ人混みだな)
 虎王丸が、彼の後姿を見ながら歩いていくが―――流石は聖都エルザード。
 歩いている人、商売を一心不乱に行っている者を見るだけでも全く飽きが来ない。

 恰幅の良い果物屋の女性。

 忙しそうにメモを片手に走り回る少年。

 きっちりとした服装でゆっくりと歩く、初老の男性。

 うきうきとした足取りで走る年頃の少女。

 目深にフードを被って、日の光を避けるように広場に座っている男。

 中の良さそうな、男女のカップル





(ん?)
 ―――――待て。
 今、何か違和感を覚えた気がするのだが……
シャオ「おい、怪しい奴を見つけたぞ!?」
 首を傾げて思い出そうとするのとほぼ同時に、シャオの叫び声。
シャオ「……ああ、そうか。二人とも、そこに居るフードを被った男―――って、もう居ねぇ!?」
虎王丸「え!?」
凪「シャオ、それは……」
 戻ってきたリスと意思・情報の疎通を交わし、シャオが速やかに他の二人へ告げる。
 慌てて虎王丸が視線を戻すが―――もう遅い。
 確かに、一度は視界に移っていた筈の男が居なかった………いや、あの後姿がそうか!?
シャオ「ちっ…明らかに“違う”匂いがしたんだけどな」
虎王丸「まだ間に合うぜシャオ、凪!あっちだ!」
凪「おい、虎王丸……!」
 二人に一度だけ声を掛けて、虎王丸は一気に市場を横断するように突っ走る――――
 虎王丸の疾走は、凪とシャオの二人ですら唖然とする勢いだった。





凪「ここは……下水道か!?」
 虎王丸にやっと追いついた先には、暗黒が口を開けているトンネルが在った。
 ……古びた柵が辛うじて支えている。この聖都の黎明期から存在している場所なのだろう。
シャオ「……でもこれ、行き止まりじゃないのか?」
虎王丸「いや。ここ、上手く隠してるけど隙間が出来てるぜ」
 一見して、古くとも頑強そうな柵だが――――確かに、虎王丸の指摘通り。
 レンガと木立に邪魔されているので見え難いが、辛うじて間隙がある。
虎王丸「絶対此処だ。行くぜ……!」
凪「おい、虎王丸!少しは対策を、」
虎王丸「暗い下水道でも、真っ暗な深夜よりはマシだろうが!」
凪「だから少し待て!準備くらいはさせろ、馬鹿!!」
虎王丸「………」

 凪の静止で、数分だけ沈黙と停滞が訪れる。

虎王丸「……もう限界だ、俺は行くぜ!凪も準備は出来ただろ!?」
シャオ「おいおい、少しは落ち着いて……って、駄目だ。もう居ねぇぞ?」
凪「……仕方ないやつだな」
 きっかり三分後、もはや静止にも気付かず虎王丸が暗闇へ飛び込んでいく。
 ……シャオの呆れるような声も、おそらく聞こえては居なかったのだろうが。

シャオ「で、どうする?」
凪「……どうするって。仕方ないだろ、これは?」
 嘆息は一度。同情するような、ぽん、と肩を叩く音も一度。
 幸い――――最低限の「準備」は出来た凪である。

シャオ「ああ。さて……どうなることやら、だな?」

 先走った仲間を追うために、彼等は虎王丸の通った道に足を踏み入れるのであった。





【4】


凪「虎王丸!」

 やっと虎王丸に追いついた時、彼は開けた石畳の空間に立ち尽くしていた。
 ――――作業区画、とでも言うのだろうか。
 四隅には水流が流れているものの、中央は大分広い四角形を保っている。

虎王丸「見つけたぜ、凪、シャオ」

 そして―――彼の延長線上に。
 目深にフードを被った、痩身の男が立っていた。

凪「それじゃあいつが…!?」
シャオ「みたいだな。さっき感じた“匂い”は……アイツのものみたいだぜ」
 驚いて目を開く凪の傍らで、静かに、ゆっくりとシャオが頷く。
 ………それは。彼等の目的が、目前にようやく出現したことを意味している。
男「やれやれ……しつこい奴等も居たものだ。ついに此処まで来たか」
 その、男は。
 本当に面倒臭そうな挙動で、ゆったりとこちらを向いた。
凪「貴方が巷を騒がせている不死の王か?」
男「肯定であり否定だ。私から言わせれば、こちらを見て勝手に騒ぎ出した……いや」
 虎王丸を制して話し合おうとする凪を見て―――急に、彼は口を止めた。
 フードから零れる銀髪の美形が、興味深そうに此方を一瞥する。
男「……ほぅ?」
凪「?」
シャオ「どうしたんだよ?」
男「いや………」
 虎王丸、凪、そしてシャオ。
 三人を、きっかり同じ時間見詰めてから。男は楽しそうに相好を崩し――――



男「改めて名乗ろうか。私はレイド。ヴァンパイアの、不死の王と呼ばれる存在だ」

 先刻までとは打って変わった、凶悪な瞳でこちらをねめつけて来た。
(なんだ……?)
 凪は、その変化に戸惑い、言い知れない違和感を感じる。けれど。
 今の変化は――――おかしくは無いだろうか。
虎王丸「おい凪、来るぞ!」
シャオ「やれやれ、仕方無ぇな……!」

 けれど、状況は彼の更なる思考を許さない。

レイド「では、人の領域に入ってきた覚悟は出来ているのだろうな?」
虎王丸「へっ、やっぱり化物はそうでなくちゃな……」
レイド「ふ……楽しませて貰おうか!?」
 笑うレイドに、同じく微笑を浮かべながらシャオと虎王丸。
(まずは……こちらの望む状況を作らなくちゃいけない、か)
 ――――まだ、幸いにして『舞』の効果は十分に残っている。
シャオ「凪、後方支援は任せたぞ!」
凪「ああ――――仕方ないな!」

 結局、こうなることは避けられなかったのか。
 聖都の地下水道で、人知れず人外との戦闘が幕を開いた。





【5】


虎王丸「おおおおおおおお!!!」

 口火を切ったのは、虎王丸の突進だった。

レイド「ふ……元気の良い小僧だ!」
虎王丸「唄ってろ、この!」
 余裕の表情で、レイドは虚空から剣を一振り召喚し相対する。
 ――――金属のかちあう硬質の音が、聖都の地下に響き渡った。
レイド「成る程、力も強い」
虎王丸「………その澄ましたツラ、歪ませてやるよっ!」
 ぎりぎりと、人外の膂力で鍔競り合いを試みてくるレイドに、虎王丸がにやりと笑う。
 それを。どういうことだろう、とレイドが訝しんだ時には、もう遅い。


虎王丸「――――白焔。顕現効果最大ッ!」


レイド「………ちぃぃぃ!?」
 既に二人の距離は至近。
 ならば―――往々にしてネックとなる射程の低さも、問題にはならない。
 虎王丸が念じて呟くと同時、彼の異能、燃え盛る白焔がレイドに纏わりついた!
レイド「これは……貴様ァ!」
虎王丸「へ…シャオ!」
シャオ「ああ、任された!」
 慌てて焔を振り払いつつ虎王丸を弾き飛ばすが、それも意味は無い。
 受身を取って叫ぶ虎王丸と入れ替わるように、レイドの懐にシャオが入り込んでいた。
レイド「早いな……?」
シャオ「お褒めに預かり光栄だぜ!」
 その距離は、先ほどの虎王丸との白兵戦と比べても更に短い。
 剣を振り下ろそうか、或いは距離を取ろうか。常人相手なら問題にもならない思考が、致命的ですらある。
シャオ「調査ばっかりの日々には、俺も退屈してたんでなっ!」
レイド「ふっ―――」
シャオ「遅え!」
 ぐ、と此方へ身を乗り出そうとするレイドの勢いを利用したカウンター気味の正拳が炸裂する。
 威力はあるまい、とタカを括っていたレイドだが―――確実に残るインパクトに身を震わせるのであった。
 ………見れば。シャオの拳からはうっすらと赤い光が立ち昇っている……
レイド「これは珍しい……肉弾戦メインの魔術師か!」
シャオ「ああ。しかし、アンタもタフだな―――」
虎王丸「仕掛けるぜ、シャオ!」
 圧倒的な膂力と、全ての魔法を操るという伝承に偽りが無いなら――驕るのは禁物だ。
 そんな思いから二人は更に追撃するが―――
レイド「だが。このままやられるのも面白くは無い」
 ふっ、と、レイドの姿が掻き消える。
 霧と成ったか、或いは蝙蝠に化けたか。はたまた、空間を術で渡ったか……とにかく、目標を見失う。
 そして、



レイド「……惑え」
凪「二人とも、後ろだっ!」
 幻術の呪文で場を制圧しようとしたレイドに、凪の作り出す強烈な焔が襲い掛かった!
凪「舞術の秘奥が一、……――――『灰燼緋祭』!」
レイド「うおおおおおおおおおお!?」
 否。
 最早それは、人体発火現象の具現であったのか。
レイド「面白い……面白いぞ、お前達は!」
 口早に呪文を唱えてどうにか相殺しつつ、凪の銃撃に退くレイド。
虎王丸「さっさとくたばれ、化物!」
シャオ「はぁあああああ!」
 間隙を空けまいと迫る二人と、汚れた姿になりながらも一人で互角以上に戦ってみせる。
 ―――銃撃と舞術で援護を続ける凪は、彼の口元に浮かぶ楽しげな笑みを見た。


虎王丸「好い加減に、倒れろ!」
レイド「そうはいかん。貴様は少し頭に血が昇りすぎているな。そんなに我等の種が嫌いか?」
虎王丸「くっ!?」
 加速していく戦いで、最初に微少な隙を突かれて虎王丸が吹き飛ぶ。
 したたかに壁に打ち付けられ、その下の水流に身を沈めた。
レイド「貴様も、同じ目に遭わせよう」
シャオ「そいつは御免だね!」
 同じようにシャオも倒そうと手数を増やすが――――
シャオ「まだまだ……この程度じゃ、終われねぇよ!」
レイド「……これを捌くか!?」
シャオ「当然!へ、少しくらい活躍したって罰は当たらねぇだろ!?」
 瞠目すべきことに、一人で尚、シャオはその戦闘に追いすがった。

レイド「ほぅ……子供がよくやる!勇敢な貴様に敬意を!」
シャオ「嬉しくないね!どうせなら何か美味いものでも―――」
凪「シャオ!」
シャオ「―――くれると嬉しいんだけど。あんた、絶対そんなの持ってないよなっ!」

 凪の声が響き、渾身の炎がレイドの身を焦がす。
 ぐらりと傾くその体に、魔法を付与した全力のシャオの一撃が叩き込まれた。

レイド「ぐ……」
 ついに、不死の王が肩膝をつく。
シャオ「やったか……?」
凪「多分……」
 訝しみながらも、全力の一撃を叩き込んだ二人は思う。
 ………いかなヴァンパイアであろうと、おそらくはこれで、こちらが優位に立った筈であると。

 ―――だが。
 不死の王の名は、伊達ではなかった。
レイド「ふ、ふふふふふ……余興もこれまでか」
シャオ「おいおい、こいつ本当に不死身らしいな……!」
レイド「左様―――同種でも無い者に全力を発揮するのは、永い私の時の中でも初めてだ。光栄に思え」
 くぐもった笑い。
 それと同時に、一瞬でシャオへ拳と無数の魔法が飛んで来た。
(ち……駄目だ、全部は捌けねぇ!?)
 既に、短くない時間が流れている。
 桁違いに強く、予断を許さない敵との白兵戦は存外にシャオからスタミナを奪っていた―――
シャオ「くそっ!」
凪「シャオ!」
 ガードしつつ吹き飛ぶシャオを見た時には、一瞬で空間を渡ったレイドが凪の目前に在った。
凪「ち…」
レイド「貴様も妙な術を使うな。警戒させて貰うぞ?」
 距離を取り、『灰燼緋祭』のトリッガーである手を祓う一連の動作も遅かった。
凪「ぐあ!?」
 首をぎりぎりと締め付けられ、そのまま地面に叩きつけられた。
レイド「ふふ……さてさて、どうしてくれよう?」
凪「……!」
 至近で見た彼の瞳に、凪がはっとする――――
 そして、ある一つの事実を、今度こそ確信した。
凪「あ…なたは」
 上手く、声が出ない。
 そこへ―――――

虎王丸「おい、テメェ。俺の友人から離れろよ」

 激情の。
 心底からの憤怒を声に乗せた、虎王丸の声が響いた。
レイド「ふむ?」
 振り返れば、先ほどのダメージも全く意に介さず、ゆらりと虎王丸が立ち上がっている。
 ………かつて無いほどに湧き上がる白は、まさか全てが白焔の具現だというのか。
 いつもの陽気は、完全に無い。いっそ澄み渡る殺意と形容して良いモノが彼の瞳に―――あった。
虎王丸「シャオ、やれるか」
シャオ「当然だろ?………俺、こう見えても丈夫なんだよ」
 その傍らで、痛みに多少顔を顰めながらも同じくシャオが立ち上がる。
(これは……拙い!)
 そう、凪が思ったのと同時。
レイド「これ以上は……誰かが死ぬか。少年、これが落とし処だと思うかね?」
 彼に乗っかっている不死の者から、そんな意外な声が上がった。
凪「ええ……」
レイド「そうか。少しばかり残念だが、仕方ないな」
 搾り出すような凪の声に、あっさりとレイドは手を離す。
 その様を見て、激昂した虎王丸が突進しようとするが………
虎王丸「この―――」
凪「待て、虎王丸…」
 それを制したのは、凪だった。
シャオ「おいおい、どうして止めるんだよ?」
凪「戦いはこれで終わり、という合意が成立したからさ……」
 肩を竦めるシャオ――虎王丸よりは幾分冷静な――の声に、ゆっくりと首を振る。
凪「始めから違和感はあったけど………つまりは、そういうことでしょう?冒険者にも、怪我人は出ていても死人は出ていなかったんだ」

 ともすれば的外れにすら聞こえそうな凪の独白。

レイド「ふむ。三人とも互いに良い友人を持ったな。誇るが良い、少年達よ」

 ―――目の前の不死の王は、否定せずにあっさりとそんなことを言ってきた。





【6】


レイド「つまりな。不死の王レイド、というのは―――私を含めた、数人の強力な吸血鬼の総称だ」

 そして、暫くの後。
 どうにか戦闘の終了を見た地下水道で、一人の男が喋り始めていた。
凪「なるほど、それで」
レイド「そう。だからこそ、広いこの世界の各地で“様々な事件に不死の王が関わっている”などと言われる状況が作られるのだ………そしてまぁ、数人居る以上、レイドの中にも色々な性格の者が居てな」
虎王丸「で……あんたは無駄な死人や悲惨を望まないってか?信じられねぇな」
 事情を語るレイドに、先ほどから突っかかるのは虎王丸。
 種族柄、どうしてもヴァンパイアたる彼には敵意を覚えてしまう彼である。
レイド「世の人々は興味深い対象だ。私はただ、活気あふれるこの都で人々の観察を楽しんでいたのだが…」
シャオ「……結局、その人の多さゆえに存在が露呈したってか?」
レイド「うむ。本当に、圧倒的多数の力というのは侮りがたいな……それで、」
凪「分かりました。俺たちのような冒険者も――興味深い対象だったのでしょう?」
レイド「聡いな、少年。そちらの少年とは大違いだ」
虎王丸「テメェ……喧嘩売ってんのか!?」

 そう。
 だからこそ、その興味故の変貌だったのだ。
 こちらの力量をある程度看破し――少しくらいなら良いだろう、と戦闘に突入したのが、先程の真実である。

虎王丸「へっ、なんにせよ迷惑じゃねぇか。だから誤解されるんだよ」
シャオ「俺は、結構楽しかったけどな?」
レイド「よしよし、そこの少年には飴をやろう。そっちの貴様にはおあずけだ」
虎王丸「いらねぇよ!?」
 ごそごそと懐から飴を取り出し、笑うレイド。
 人は十人十色というが――――――それは、やはり他の種に対しても当てはまるのだろう。
凪「それで……これからどうするつもりですか」
レイド「もう少し聖都に居たいな。幸い、冒険者の数も減ってきたようだし……まぁ、もう少し身を隠していれば問題なくなるだろう。その間に他の場所へ旅しても良いが………ああ、勿論。これは君達が黙っていてくれることを前提とした予定だがね?」
 凪の問いかけに、レイドが目を細める。
レイド「どうだろう。私は、無為な破滅や混乱は望まない」
シャオ「それを、俺たちが信じないといったら?」
レイド「私は悲しいな」
 シャオの本質を突く、けれど何気ない一言に、レイドが肩を竦めた。
 彼にとっては―――そう、或いは本当に、悲しいことなのかもしれない。
虎王丸「おい凪、こいつどうするんだよ?俺としては、すぐにでも戦闘再開でも良いんだが」
凪「駄目だ。この探索を始める前に、一応の同意を作ったじゃないか?」
 じろ、と虎王丸を睨みながら、凪が思い出せ、と呟く。
 次いで、ああ、と思い出したようなシャオの声。それと、ぽん、と手を打ち合わせる音。


シャオ「………無理はしない、状況次第でこっちの出方も変える、だな?」
凪「そういうこと」
レイド「……感謝しよう、少年達。正直、理解して貰えたのは素直に嬉しい」

 ヴァンパイアの感謝なんて、珍しいものだ。
 ―――――そう思いつつ、彼等は目の前で微笑む銀髪の男を見据えた。




シャオ「しかし……本当に良かったのかなぁ?」
虎王丸「ったく……本当だぜ。凪は時々、妙なところで甘いんだよなー」
 そして、彼等は不死の王に見送られて地下水道を出て行く。
 後ろを振り返れば、ゆっくりと手を振るフード姿。もう、表情は良く見えない。
凪「ま、そんなに不貞腐れるなよ、虎王丸。とりあえず事件の解決は出来たじゃないか?」
虎王丸「そりゃ……そう言えなくも無い、かも知れないけどよ」
凪「だろ?」
 微妙に納得のいかない顔で歩き続けている友人を宥めながら、凪は先頭を歩いていた。
 彼としては――――凄惨な結果より、余程悪く無い結末であると言えるのだが。
シャオ「ま、良いじゃねえか。長い探索も終わったんだし、美味い物でも食おうぜ!」
虎王丸「む……」
凪「名案だ、シャオ。それじゃ不貞腐れてる虎王丸は放っておいて、何処かの食堂へ行こうか?」
シャオ「よーし、何を食おうかな!」
虎王丸「ちょ、ちょっと待てって!俺も行くに決まってるだろ!?待てよ、二人とも―――!」

 笑いながら歩いていけば、もう太陽の光が射す地上はすぐ目の前で。


 不死の王を探索する此度の冒険は、まさしく“その一欠片を”明らかにして終幕となった。
 いずれ、彼等は、また彼等の内の誰かは不死の王にまつわる事件に突き当たるのかもしれないが……



 ――――――それはまた、別のお話である。

                                    <END>





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・ライター通信

参加PL様へ


 虎王丸様、シャオ様、凪様、こんにちは。
 ライターの緋翊と申します。この度はクエストノベルの発注、ありがとうございました。
 ――お待たせして申し訳ございませんでした、ここに「不死の王・レイド」のクエストノベルを納品致します。

 今回はクエストノベルでも舞台は聖都で、場所ではなく「不死の王」が目標(目的)ということで、どう進めようかと大分迷ったのですが………文字制限や諸々の要素も含め、試行錯誤の末このような仕上がりで納品させて頂くこととなりました。
 目的が目的のため、メインは後半の戦闘にさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?

 また、不死の王についての取り扱いは、彼の者に関するデータや皆様のプレイングを吟味した結果、あのような形で落ち着くこととなりました。気に入らない場合等は、どうか遠慮なくお申し付け下さいませ。


 ―――皆様の予想とは違ったかもしれませんが、楽しんで頂けたらこれほど嬉しいことはありません。


 それでは、改めて発注ありがとうございました。
 また機会がありましたら、どうか宜しくお願い致します。



緋翊