<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ピカレスク  −路地裏の紅−


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■序章


薄く雲が張った空には、嵩を被った月がある。

それは、とても紅く、陰惨な光を放っていた。

そんな中、婦人は一人立つ。

両手には血に塗れた短剣を持ち

足元には数人の死体。

短剣は、ぬめった液体を被ったままに、鈍く月光を反射する。

婦人の影は薄く延び、それは何処までも、延々と続いているようにも見えた。





小さな手に握られているのは、一枚の号外だった。皺が寄り、大分欠けているが、文字は辛うじて読めた。その記事は一面に、軍人が殺された、だの、赤い婦人がどうのと、昨晩起きた殺人事件についての情報がひしめき合う。
握り締めている手の持ち主…ウィノナ・ライプニッツは、表情も険しく、残り少ない配達の仕事を早急に終わらせようと、足を急かした。

(こんなヤツを放置しておいたら、危険だ!)

最期の一通、ポストへと放れば傍の階段に腰をかけ、じっくりと記事の内容に目を凝らした。
…記事では、傍で見かけた婦人が犯人ではないだろうと踏んでいるが、どうにも怪しい。ウィノナは唇を尖らせて考えた。仲間たちはこの事を知っているだろうか…、いや、もし知っていたとしてもこの記事を鵜呑みにしかねない。ふと、過去の出来事がウィノナの脳裏を巡った。
…まだ、この仕事に就く前の事だ。郵便屋の老人から金を奪おうと、手を出した時、思いもよらず反撃を受けあっさりと捕まってしまった。今では、その老人の弟子に就き良い思い出となったのだが…今度ばかりはそうも行かない。なんせ相手は殺人鬼、無事に済ます訳が無いだろう。

「…よし」

仲間を犠牲にはしない、そうなる前に、ボクがコイツを倒す…。
ウィノナの表情は、建物の影に隠れ見えはしなかった。数分経った後、すっくと立ち上がり路地裏へと駆け出す、仲間の元へと行くために。小さな足音は路地に響き、夕闇へと吸い込まれるように消えいった。




夜の帳を星の子達が引き終わり、家々にも常夜灯の灯りほどしか灯りらしい明かりは灯されていない。
天には雲の薄幕が張られ、紅い三日月は不気味に笑っているようにさえ見える気味の悪い晩だった。秋ももうすぐ盛りとなるだろう、冷たくなった北風が路地を駆けた。そこに…紅いスカートを翻す婦人が一人。

「…さすがに、すぐでは人はいないものね」

ぽつり、真赤な唇が印象的に、独り言を紡ぎだした。黒髪を揺らし、軽く瞼を伏せる……が、ゆっくりと右へと顔を向けた。其の方向は裏路地、微かな気配に婦人の目は開かれた。

「あら」

裏路地の入り口にいたのは、どうやら少女のようだ。此方をきっと見据えていたが、婦人が気がついた事を悟ればさっと路地の奥へと引っ込むように姿を潜ました。婦人は少し口端を上げ、笑みを作ったかと思えば、カツンと踵を鳴らして裏路地へと入り込む。

さあ、どうする、準備は万全。…あとは婦人をどうやって其処まで誘導するか。

ウィノナの表情にはやや焦燥感が漂っていた、婦人の追う足取りは思ったよりも遅い。
このままでは仲間が見つけてしまうのではないだろうか、見つけてしまえば彼らは必ず手を出そうとするだろう。
其れを考えれば、急いて足が先へと出てしまう。
ざくり、此処だ。ウィノナは片眉をあげ、軽く目線で天を仰いで何らかを確認した。この日の為に、幾度と無く思索を作り入念に仕込んだ罠が、此処には今か今かと内緒話をしながら犇いている。
ウィノナの踵に力が入る、地を蹴り一気に細い路地を駆け抜けようと駆け出した。後ろに聞こえていた踵の音も速くなる。追ってきた!丁度良い、チャンスだ。

「っ」

声を出せば相手にばれてしまうだろう、ウィノナは声を殺し息を少しだけ吐いた。片手に持った小さなナイフが麻のロープを引きちぎるようにして切った。重い音が響き、天から何かが降ってくる。しかし婦人は足を止め天を仰いだだけで微動だにはしていない。
ダンと大きな音が鳴り、遠くで灯りがついたように思えたがウィノナに其れを気にする余裕などは無い。

「…わたくしは、逃げも引きもしませんわ。こんな、手の込んだものを用意しなくても、ね」

婦人の後ろには厚手の木の板が地面に立っていた。それは横幅もきちんと計算されているのか、ぴったりと路地に嵌っている。これは、婦人を逃がさないためでもあるが、此処を封鎖すれば仲間は早々こちらへは来れないだろうと踏んでの罠だった。ウィノナは軽く笑い、再度婦人へ背を向け走り出した。走り方は幾分変わったもので、まるで跳ねるようにして駆けて行く。婦人もウィノナにとことん付き合うつもりらしい、軽やかな踵の足音は段々と早くなった。

(よしっ)

ウィノナは焦りながらも、婦人が此方の手中に陥ってくれた事を天に感謝した。小さくガッツポーズをしながらも、足の速さは遅くはならない。さあ、残るは相手の動きをどう封じるか。…上手く行くだろうか、そんな不安が頭をよぎると、ウィノナの背を冷たいものが伝う。


「っ?!何…っ」

婦人の手から短剣が零れた、銀の短剣は美しい一滴の水のようだったが、石畳に跳ねカキンと金属的な音で啼いた。婦人は少し体制を崩したが、前のめりに成る事で辛うじてこける事は無かったが。
ウィノナは婦人のほうへと振りかえり、軽く笑い首を傾いだ。短剣と同じ銀の色した髪が肩に零れ、さらりと揺れる。

「アンタ、中々動かれると厄介そうだから…古い手で悪いけど、動きを封じさせてもらったよ」

婦人は苦笑しながらも、全く抵抗をしようとはしていない。
足元には粘りのある液体のような物が撒かれていた、それにどっぷりと婦人の足は取られ、前のめりになったおかげでスカートの裾すら液体に引きついてしまっている。

「どうだい、捕らわれた気分は」

「…中々良いものですわね」

婦人は前のめりになった今となっても、弱気な気配は全く見せようとはしない。多少笑みが濃いだけか、抵抗しようとしないのにはさすがにウィノナにも警戒心が芽生えた。中々近くには寄れない。数歩離れた場所で相手の様子を伺っているだけで、数十分は経過してしまっただろうか。
さすがにこの緊張感の中でずっといるのは辛く、立っているだけだというのに汗がウィノナの頬を伝った。

「ほら、どうしました。速く止めを差されたらいかがですの」

婦人の小ばかにしたような台詞がウィノナの耳を突いたが、その挑発に乗るほど頭は悪くない。ウィノナはじっと婦人を観察し、明らかに捕らわれている事を確認していた。自由になるのは片手のみ、しかも、自由になるといっても前のめりの姿勢のままでは動かせる範囲も限られている。

「アンタを、野放しにしておくわけにはいかない」

「そうでしょうねえ」

婦人の赤い唇が弧を描いた、嘲笑にも似たそれをウィノナは目の当たりにしてしまったのか、ぐっと歯を食いしばり、天鵝絨を思わせる黒い瞳は鋭く光った。

「随分と他人事だな…なら、お望みどおり、ボクが止めを差してやる」

動けないと思っていても油断はしていないらしい、素早い動きで短剣、シルバーファングを抜いた。鋭い切っ先が空を裂き月光に艶を召して光る。大きく踏み込み、婦人が動かせる方の手は右手。ならば左側よりの攻撃は防げないだろう、ウィノナは早業で短剣を左手へと持ち替えた。

「…覚悟しなよっ!」

元々ウィノナには殺すつもりは無かった、故に狙い目は婦人のわき腹。重心を落とし腕を振りきる、婦人が倒れればその後人を呼び捕まえてもらう算段だった。
…しかし、相手は百戦錬磨の殺人気だという事。


「っ良い、速さね、…お嬢さん」

婦人は切られたわき腹をかばう事もせずに、更に前かがみになった。右手の近くには、月光を反射する物体。そう、婦人の短剣だ、ウィノナの目の端にもそれは映った。冷や汗が背を伝う、速く此処を離れなければ。
ウィノナはステップを踏むようにして婦人の下から二歩散歩と遠ざかる。婦人はウィノナの手さばきにも負けず劣らず野速さで短剣を逆手に持ち、液体にへばりついたスカートの裾を切り裂いていく。
そうして、残った左手の甲へと、短剣の切っ先を突きたてた。

「お前…!」

左手は血の滑りでずるりと取れた、わき腹も血に濡れているのだろうが…婦人のいる場所に丁度影が差し、血ではなくまるで黒い液体がただ流れているだけのようにも見えた。足は靴を脱げば良いだけの事、ゆっくりと婦人は靴を脱ぎ、液体の水溜りを越えた。

「ふふ、もう少し、改良が必要そうねえ」



婦人はにこりと笑えば、ダンと地を蹴りウィノナの懐へと飛び込んだ。ウィノナは思わず後ろへと仰け反ったが短剣を突き刺された感触は受けてはいない。目はいくら恐怖を受けても閉じないように訓練していたために見開いたまま。目の前には婦人の顔があった。赤い唇は相変わらず弧を描いている。ウィノナの頬に暖かい感触と、べとりと気持ちの悪い感触が同時に触れた、背筋が戦慄くも、引く事も攻撃する事もできない。

「今日は、楽しかったわ…また、遊んで頂戴ね」

頬に来たのは婦人の左手だった、べったりとウィノナの頬を血濡れの手で撫で婦人は満足げに身を引いたが、わき腹に受けた傷は思ったよりも深いらしい。少し右へと重心が傾いていた。短くなったスカートの裾は、風に舞い白い足が見えた。そのまま婦人は軽くわき腹を押さえながらも、軽々と建物を越え去っていった、点々と空に血を飛ばしながら。


「な…んて、ヤツだ…っ」

へたり込みそうに成るも、其処まで軟弱な精神の持ち主で無いウィノナは何とか持ちこたえた。婦人の様子を見たところ、当分は出てこないだろう。重要な物証も手に入った、此れを見せれば、仲間達は婦人に手は出すまい。倒す事はできなかったが、相手に痛手を与えた事と、証拠を得た事によって、仲間達に及ぶ被害は少ないものとなるだろう。

「…言い聞かしてやらないとな」

残った婦人の靴を見て、ポツリとウィノナは呟いた。背に月の光で出来た家々の影が寒さで焼きつく。少し眉間に皺を寄せていれば、其の背後から、ウィノナの名を呼ぶ声がある。複数、子どもの声だ。ウィノナは先ほどまでの事を無かったかのように笑顔で振り返り大きく腕を振るった。

「お前らー!あんまり裏に来たらいけないって言ってるだろー!」

大きくウィノナが声を上げれば、子ども達の笑い声と話し声が裏路地ににぎやかしく咲いた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号3368/ PC名 ウィノナ・ライプニッツ/ 女性/ 14歳/ 郵便屋】

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■         ライター通信          ■
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■ウィノナ・ライプニッツ 様
初めまして!この度はシナリオを発注いただき真に有難う御座います!ライターのひだりのです。
遅くなりまして大変申し訳御座いませんでした;
ウィノナさんのしっかりしている感じが出ていると幸いです。ちょっと強気な風にも見えますが…!
これからも精進して行きますので、またの機会を楽しみに待っております!

ひだりの