<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


トラップ☆トラップ


 「―――よし、あの手でいこう。 そうしよう」
 臥龍亭の長期滞在客、アルビノのワータイガー、ギルディア・バッカスがまた何やらよからぬ事を思いついた。
 思い立ったが吉日と言わんばかりに、脳内の計画を即実行に移す彼であった。


「え?冒険メニューに?」
 きょとんとした様子で聞き返すルディア。
 まぁ無理もないだろう。 冒険メニューに載せるような内容ではまずないからだ。
「頼むよ〜こんなこと黒山羊亭で誰かに声かけるのもなんだし、こっちで募集してもらう方が何かと都合もいいんだよ。 ね!?」
 小柄なルディアの前に膝をついて懇願するギルディア。
「ん〜…まぁ、そこまで言うなら…でも必ず人が来るかどうかはわからないわよ?」
「ありがとう! 恩に着るよ!」


【トラップ研究】
エルフ族の集落へ行く途中には行く手を阻む為に、様々な自然を活かしたトラップが仕掛けてられていることは皆も承知のことだろう。
そこで、トラップについて研究しているワタクシ、バッカスは、エルフのトラップ研究をするべくそれに協力してくれる人材を募集する。
自薦他薦は問いません。
でもとりあえず、丈夫または、それ通り越して頑丈である事が第一条件となるので、その辺に自信がある人はじゃんじゃん来てクダサイ。

ギルディア・バッカス(名前の横にハートマーク付)


「………うっさんくさ〜……」
 預かったチラシを見るなりルディアの第一声がそれだ。
 まぁこの上なく怪しいことは、広告を打った当人も同じであろう。
 怪しまれるように作ったんだから当然である。

「さぁ〜て、どんなタイプの連中が集まるかなぁ―」


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 「……さて、そろそろ誰かきたかなぁ?」
 その巨体に似合わぬ軽やか足取りで、ギルディアは白山羊亭に足を運んだ。

 白山羊亭は今日も食事に来た客と冒険者で溢れている。
 いつ来ても活気があって、雰囲気のよい店だ。
「あ、バッカスさん。 ちょうどいいところに。 今から呼びにいこうと思ってたのよ」
「やっほ〜ルディアちゃん。 あれからどぉ? 誰か来た?」
「あんなふざけた募集内容でよく人が来たと思ったわよ。 ちゃんと三人に感謝しなきゃだめよ?」
 三人も集まったのか、とギルの耳がぴこぴこと動く。
「そりゃいいや、どんな面子が集まったか楽しみだなぁ♪」
 奥のテーブルで待たされていた三人のところへ案内され、初顔合わせ。
 見たところ、華奢な女の子が二人に、甲冑を纏ったややがっしりめの男が一人。 見た感じではおそらく少年だろう。
「ようやく依頼人のお出ましか」
 ぽつりと呟いた声の若さから、少年であるとギルの耳は判断する。
「ご〜めんね〜遅くなっちゃって。 初めましてこんにちは。 依頼人のギルディア・バッカスっていいます。 どうぞヨロシク」
 見た目の厳つさとは裏腹に、実に飄々とした物言いで三人それぞれに挨拶する。
 聊か拍子抜け、といった表情を見せたのは甲冑の少年だ。
「――俺は虎王丸。 虎の霊獣人だ」
「へぇ? 虎? そりゃあいいや! 仲良くしておくれ♪」
 互いのテンションにかなりひらきがあり、ギルのテンションについていけず怪訝そうな顔をする虎王丸。
「さて、そちらの青いお嬢さんは?」
 水の精霊を思わせる青い髪に白い肌の女性は、上品な言い回しでギルに言葉を返す。
「わたくしはシルフェと申します。 とりたてて丈夫ではありませんが、自分で治療致しますので。 勿論他の方が怪我されましても、ね?」
 うふふ、と微笑む姿は実におっとりした雰囲気だ。
 なんとも儚げな風情のある女性をこんな依頼に巻き込んでよいものかどうか一瞬悩んだが、自らの意思で来ているのだから何も言うまい。
「シルフェちゃんだね。 ヨロシク、俺のことはギルって呼んでね♪」
 そして軽く握手を交わすと、最後の一人に視線を向ける。
 いかにも冒険者、といった風貌の女性…というより少女だろうか。
 その身の内にとてつもない何かを飼っている、そんな気配がしてギルは総毛立つ。
 この少女を敵に回してはいけないと、本能で感じているようだ。
「……とらっぷ…………うん……私で、良かった、ら……手伝って、も、いいよ……」
 ギルの言葉よりワンテンポ、ツーテンポ遅れての回答に、やや話しづらさが生じてしまうが、そんなところも人それぞれの特徴だ。
 パターン化された対象ではなく、先読みの出来ない相手もそれはそれで面白い。
 少女は名を千獣(せんじゅ)といった。
「そんじゃ自己紹介も済んだことだし、依頼の説明をしようか」
「ちょいとその前に」
 ギルが説明を切り出そうとしたところで虎王丸(こおうまる)が言葉を遮る。
「ルディアから話を聞いてとりあえず席についたが、依頼の詳細を聞く前に一つ条件がある」
「条件?」
 依頼料のつり上げでもする気だろうか。
 ギルが首をかしげていると虎王丸はにやりと笑い、この依頼を受けている間発生する食費に関して、それを全て依頼者であるギルが持つことを条件として提示してきたのだ。
 もっととんでもない請求をされるのかと冷や汗をかいたが、その程度ならば構わないだろうとギルはあっさりとそれを承諾した。
「あーそうそう。 虎王丸クンの要求は尤もだから、全員の食費や移動費なんかは全部こっちでもつけど、危険手当とかは無いからそのつもりで。 依頼料自体がそれを多少なりとも盛り込んで設定してあるからね〜」
 もともとトラップを調べるという名目で協力者を募っているのだからして、危険は百も承知の上でないと困る。
 だからこそ平均的な依頼料に色をつけた額を指定して募集したのだから。
「……チッ」
 他の面子やギルに聴こえないように虎王丸は軽く舌打ちした。
 罠に掛かればそれだけ危険手当だとか言って、更に報酬をたかろうという下積りだったからだ。
 ギルも虎王丸が要求を突きつけたことで何かしら先読みをしたのだろう。
 一つ飲めばまた更に。
 傭兵をやっていた頃には自らもよく使った手だ。
 この手の駆け引きに関しては二百年以上生きているギルの経験値の勝利と言えよう。
「さて〜ぇ? エルフの集落へ行く途中どんなトラップがあるのか、またそのトラップの配置の仕方などを調べるのが今回のテーマね。 集落に他種族が入ってくるのをひどく嫌うから仕掛け方も半端じゃないって聞くよ。 下手すりゃ死ぬ…レベルとしてはそれぐらいだね。 墓荒らし対策とかの殺すこと前提にした物じゃないから、多少の反射神経があれば全てをクリアできなくても死ぬことはないと思う」
 エルフの土地を荒らす気はないので、ある程度トラップの傾向と法則性を研究できればそれでいいという。
「それでは現地へ向かいましょうか」
 シルフェの言葉に一同立ち上がり、出口へ向かう。
 先頭を歩くギルの揺れる尻尾や足元を見つめながらシルフェは呟いた。
「バッカス様…バッカス様…どこぞの世界のお酒の神様とやらがそういったお名前…やはりこちらのバッカス様も泥酔風味なのかしら…」
 その呟きが聴こえていたギルは僅かに苦笑した。
「ぐーぜん、偶然。 酒は好きだけどそれを象徴するような存在じゃないさ」



 エルフ族の集落まではこの面子で考えるとおよそ一日半といったところか。
 それぞれの歩調を観察し、平均的な速さを割り出してエルザードから集落のある森までの距離を考えて、体力を消耗しない程度にするならばこのあたりが妥当だろう。
「とりあえず〜アクアーネ村で物資を調達して、それからクレモナーラ村まで歩くからね。 クレモナーラについたらそこで宿とって一泊。 その後集落のある森まで一気に行くから、昼前にたどり着こうと思ったら村をたつのが早朝になるけど、皆低血圧じゃないよね?」
 依頼主とはいえそこまで気にするかと、虎王丸もシルフェも少し驚いた。
 千獣は二人のそんな反応などいざ知らず、低血圧って何だろうなどと首をかしげている。
「……朝早いのは……大丈夫………と…思う」
 少し考える素振りをみせる千獣。
「わたくしも平気だと思いますわ。 お寝坊さんは起こして差し上げます」
 妙に楽しそうなのか気のせいだろうか。 いや、まぁそれはいいとして。
「にしても随分悠長なのな。 まぁ生死の分け目があるような依頼じゃねーからなんだろうが」
「急いでやるほど切迫してる状況でもないし〜趣味半分仕事半分。 だから全員の歩調や体力を足して割った感じのペースで行ってるからね。 この先ペース配分が変わる場合もあるけれど、なるべく各自に負担にならないような速度で行きたいのね」
 現場に行けば嫌というほど動くことになるのだから、つくまではゆっくりしていた方が現地での負傷の確率が下がる。
「…それなら体力のある奴が担いでった方がよくね? 状況からすっとその青いねーちゃん以外は体力有り余ってると思うが」
 虎王丸の言葉に、暫く間を空けてから頷く千獣。
 本当に状況が分かっているのかは謎だが。
「ん〜…そーだなぁ…そこまで言うなら、ちょっと急ぐ?」
 ギルがそういったかと思った瞬間、シルフェの体が宙に浮く。
「あらまぁ」
「落ちないように押さえてるけど、揺れると思うからちゃんと掴まっててね♪」
 見た目からしてもかなり軽いであろうシルフェをギルは自分の肩に座らせた。
「んじゃちょいとスピードアップといきましょーか」
「お―…おぉ!?」
 虎王丸と千獣の前でつむじ風が巻き起こり、一瞬視界が奪われる。
 目を開ければそこにいたはずのギルとシルフェの姿がない。
「……あっち……」
 ギルの匂いを追ったのか、千獣はすぐさま道の先の方を示す。
 ゴマ粒大の人影が先の方を走っている。
「なんだよ、やる気になればそれなりにできるんじゃねーか」
「…走る……」
 虎王丸と千獣も走り出し、瞬発力に長けた虎王丸が一時先を進んでいたが、持久力で勝る千獣が先を走るようになる。
 ゴマ粒大であったギルとシルフェの姿が徐々に近づいてくる。
 ところが。
 急に前方のギルが立ち止まった為、勢い余って二人はギルを追い抜いてしまった。
「なぁ!? 何だお前、急に止まるなよ!」
 急ブレーキが利かず、前のめりになる虎王丸がギルを振り返って声を張る。
「…何?」
 更に先の方でようやく気づいた千獣が首をかしげている。
「いやぁ〜…俺あんまり長時間走るのってできないんだよね〜言われたからちょっと本気で走ってみたけど、やっぱりすぐ疲れちゃうからもーちょっと速度落とそうよ」
 実にマイペースで勝手気ままな依頼主である。
 現地にも着いていない現時点で、特に虎王丸が振り回されている感は否めない。
 ギルの肩の上でクスクス笑うシルフェも実に他人事だ。
 千獣に関してはギル以上のマイペースの為、やはりもう少しゆっくり行こうというコマンドだけに頷いた。
「し〜んじらんねェ…何だこの調子っぱずれなパーティは……」
 一時的な面子にしてもかなり疲れる。
 虎王丸は今更ながらそれに気がついた。



  結局、最初よりややペースアップした小走り状態で、一行は夕暮れまでにクレモナーラ村に到着してしまった。
「思ったより早く着いたな。 あ〜〜〜〜〜〜腹減った!」
 担いでいたシルフェを降ろし、ギルはこの日の宿を取りに行ってきた。
「さてさて。 さすがにそろそろ皆腹の虫が鳴いてるんじゃないかな? 近くに飯屋があるから、チェックインを済ませて食べにいきましょーかね」
 待ってましたとばかりに拳を掲げる虎王丸。
「クレモナーラでは何が名物でしょうか。 楽しみですわ」
 半ば観光にでも来たような発言をするシルフェ。
「……お腹…空いた……?」
 きゅるる…と鳴る自分の腹に手を当てて、首をかしげる千獣。
 考えていることはどうであれ、皆それぞれ腹は空いてきているようだ。
 チェックインを済ませ、近くの飯屋へ直行する。
 席を取るなり虎王丸はメニューをよく読まずにここからここまで全部と言って、見開きの片方にあるメイン料理を全て注文した。
「がっつり食べる気満々だねぇ。 まぁ腹壊さない程度にね」
 苦笑交じりにそういうと、自分もメニューの中から二、三品メインを選び、飲み物やデザートを注文する。
 シルフェは店員に何がオススメかを尋ね、女性に人気のセットメニューをチョイスした。
 千獣はメニューを見つめて暫し固まったかと思うと、指差し確認であれこれと店員に示した。
「エルフのトラップは自然を活かしたモノだから、物理防御効果の高い装備をしておいてね。 明日は明け方には出発するから、皆早めに寝るように」
「お寝坊さんは覚悟なさって下さいね」
 うふふ、とさも楽しそうに意味ありげに笑うシルフェに、ギルも虎王丸も身構える。
 千獣は食事を頬張りながらこくりと頷いた。
「まぁ朝のことは朝のことで考えりゃいいだろ。 とりあえずは目の前の食いモン!」
 腹が減っては戦は出来ぬ、と、掲げる虎王丸に、戦場に出るわけじゃない上にそれで朝になって胃がもたれていても困ると苦笑するギル。
 虎王丸の食べている量を見ればその苦笑も頷けた。
 次々と積み上げられていく皿の山。
 慌てて下げにくる定員と、嵩んでいく料金。
 彼が食費の負担を条件に付け足してきた意味がようやく分かった気がした。
 何かしら依頼を受ける際にはいつもこんな風に食費を請求しているのだろうな、と。
 まぁ、彼ほどではないにしても自分も食べる方なので腹を壊さない限りはよしとしよう。
 半ば呆れたようにフッと笑うギルは、自分の皿を空け、おかわりと別の品を追加注文した。
 彼の稼ぐ賞金の大半はこのように食費で消えていくのであった。
「……日数かけなくてよかった…」
 虎王丸の底なしともいえる食欲を前に、そう呟かずにはいられない。

  翌朝、薄っすらと辺りの輪郭が見え、空が白み始めた早朝。
 朝靄で視界が十分ではない中、チェックアウトを済ませて一人先に外へ出るギル。
「……って起きてこないし〜」
「…ひとり、いない…ね」
「あらあら大変」
 案の定虎王丸が起きてこない。
 店のその日の食材を全て喰らい尽くすのではないかと心配されだが、腹で膨張するような食材を意図的に店員に注文し、早いうちに満腹にしてしまった。
「胃もたれしてんのかなぁ…まったく」
「それではわたくしが起こしてまいりましょう。 お二人とも少々お待ち下さいませ」
 シルフェが嬉々として宿屋へ入っていき、虎王丸の部屋の窓から顔を出す。
 そして、次の瞬間。
「どわああああああああああああああああぁぁぁ――――っ!?」
「うわっ」
「…水が……」
 宿の窓から大量の水と共に虎王丸が流れ出てきた。
 何が起こったのだと唖然とする虎王丸。 当然目も覚めている。
 シルフェは虎王丸が起きたことを確認すると、窓を閉めて何事もなかったように宿を出てきた。
「お目覚めですか?」
 うふふ、と笑いながら虎王丸に尋ねる。
 何すんだと叫ぼうとしたが、ここは素直にハイと言った方がよいと直感する。
「…何気にやることえげつないのね」
 にこにこと笑顔であんなことをやってのけたシルフェを見て、ギルは何ともいえないフクザツそうな顔で呟いた。
 


  クレモナーラから歩くこと二、三時間―――
 一行はエルフ族の集落前にある森の前に到着した。
 鬱そうと生い茂る木々が、それだけで外部からの進入を拒んでいるのが分かる。
 この先にトラップが仕掛けられているのだ。
「…さぁて、皆準備は宜しいですかね?」
 それぞれの顔をくるりと見回し、ギルは確認を取った。
 意気揚々とした虎王丸。
 にこやかに楽しみだと言うシルフェ。
 そして少し間をおいてからこくりと頷く千獣。
「よ〜し、そんじゃあ行きますか!」
 一行は森の向かって駆け出した。
 そして…
 バチンッ…と顔面に木の枝が当たる。
 どうやらいきなり仕掛けに引っかかってしまったようだ。
「あらあら大変」
 後方にいたシルフェは枝に当たることはなく、当たってしまった三人を眺めて笑っている。
 笑われても仕方ない状況と言えばそれまでなのだが、カッコつけた瞬間の出来事ゆえ情けないことこの上ない。
「……かゆ…」
 枝葉が顔面に当たってチクチクするのだろうか、千獣はギルや虎王丸よりワンテンポ遅れて顔をぽりぽりとかいた。
 因みに二人は顔面クリーンヒットな為に結構痛かった。
 千獣は見た目に反して頑丈そうだ。
「…なるほどねぇ、最初は軽いご挨拶ってこと?」
 枝に打たれた鼻っ柱をさすりながら、半眼で森の先を見据える。
「〜〜〜〜…おもしれー…やったろーじゃん」
 ギルに続いて虎王丸まで目が据わっている。
 子供騙しともいえる初歩的なトラップにまんまと引っかかってしまった二人の本能に火がついた。
「全部のトラップ見てやろうじゃないのさ」
「こんなトラップなんだっつーの」
 フッと鼻で笑い、双方アイコンタクトを取ったかと思えば、森に向かって突っ走っていく。
「あらあら、競争ですか? 微笑ましいですね〜」
 にこやかな表情でのほほんとコメントするシルフェは、二人がかき分けていった所をてくてくと進んでいく。
 一方、千獣は先ほどぶち当たった枝をボーッと見つめている。
 三人が先へ行ってその場が静かになったところで、ようやくそれがトラップであったことに気づいた。
「………とらっぷ……」
 合の手をうち、そして何を言うでもなくそのまま三人の後を追っていく。
 千獣にとって通常の自然物は何の障害にもならない。
 あっという間に先を走っていた三人を追い抜き、迫りくるツタや丸太をその獣の爪で引き裂いていく。
「……アイツ、マジで何が目的なのかわかってんのかな…」
「――――多分、わかってる……………ハズ」
「あらあら。お強いんですのね、千獣さま」
 またもやのほほんとしたコメントを添えるシルフェ。
 今回の依頼のそもそもの目的はエルフ族のトラップを調べること。
 片っ端から破壊されても、実は困るのだ。
「…さすがに心配になってきたな…」
 今更か、ギルディア。
「あっ!」
 虎王丸が千獣の方へ視線を向ける。
 疾風のごとく駆け抜け、迫りくるトラップを次々に破壊していく千獣。 だがそんな彼女を挟み込むように巨大な岩が両脇から迫ってくる。
 迫ってきた大岩は中央にいた千獣の体に勢いよくぶち当たった。
「ちょっと待て! どこが死なないレベルだ!? 普通死ぬってあれ!」
「うっわ、マジで!? オイ千獣ちゃん大丈夫か!?」
 ぶつかり合った衝撃で岩を支えていたワイヤーが切れ、真下に地響きを立ててめり込む。 僅かにできた中央の隙間に千獣がぼとりと落ちる。
 慌てて駆け寄るギルと虎王丸。
 ところが。
「………………いたい……」
 表情一つ変えず、頭をさする千獣。
 それを見て言うまでもなく二人は唖然とする。
「あらすごい。 千獣さまとっても頑丈ですのね」
 ひょっこりとギルの横から覗き込むシルフェは、怪我一つない千獣をみてにこやかにそうのたまう。
 それでも千獣の身長と変わらない直径の大岩が両サイドからぶち当たり、さすがに回復が必要かと思って千獣の様子をじっくり見るが、痛いという割にはたんこぶ一つできていない。
 どうやらぶち当たったその衝撃だけが今の彼女を襲う痛みらしい。
「………無傷…」
「―――無傷…」
 虎王丸とギルが顔を見合わせ、改めて千獣の鈍さと頑丈さを思い知ることとなる。
 さすがに各々方、千獣のような状態になった時に無傷である自信は全くない。
 しかもよくよく大岩を見れば、まるでギャグのように、ぶつかった側面がひび割れ陥没している。
「…とんでもねぇな…」
 そういいつつも、金になりそうな素材であるワイヤーを回収していたりする虎王丸であった。
 


 「まったく〜キリがないね―」
 次々と出現するトラップの数々に、さすがのギルもだいぶ息が上がってきたようだ。
 そんな彼を見て、虎王丸が嘲笑めいた笑みを浮かべてギルを見やる。
「なんだよもうばてたのか? 同じ虎とは思えねぇなぁ?」
 いかにもといった挑発に、ギルもふふんと鼻で笑う。
「そっちこそ、そ〜んなこと言い出すようじゃあ、もうとっくに息あがってるんじゃないかい?」
 受けて返す辺りが二百年以上生きているとは思えないほど子供である。
「なんだかお二人とも当初の目的を忘れているようですわね〜」
 困ったこと、と言いつつもやはりシルフェは笑顔のままだ。
 ここまでの道のり、様々なトラップが仕掛けられていたにも関わらず、シルフェだけがその被害を受けていない。
 些細な衣服の乱れすらなく、白山羊亭で会った時のまま綺麗な格好をして笑っている。
 水を操れてることは身を持って体験したが、ここまで傍観に徹している彼女を見ると何が何でもトラップの一つや二つ引っ掛けてやりたくなる。
 悪戯な笑みを浮かべると、虎王丸はシルフェの背後に回りこみ、進行方向にあるあからさまにトラップの気配がする不自然な地面の手前で、あたかもバランスを崩したようにシルフェに軽くぶつかった。
「あら」
「っと悪……どぅわぁっ!?」
 明らかに罠であろうとふんだ地面は、シルフェがつんのめってこけそうになっても穴が開くわけでも何かが飛んでくるでもなく、ただの盛り上がりに過ぎなかった。
 しかし、シルフェが体勢を崩したことで前方から覆いかぶさるように飛び掛ってきたツタの網に、虎王丸は見事に掴まってしまい、そのまま宙吊りなってしまう。
「………何してんのさ、虎王丸ちゃん」
「あらあら大変」
 宙吊りになっている虎王丸を真下で見上げるシルフェは、こけそうになったものの結局のところ無事だったようだ。
 シルフェには何かしらの法則が働いているのだろうか。
 そんな風に疑わずにはいられない。
「も〜気をつけてよね〜 ……って! 千獣ちゃん!?」
 ギルが虎王丸を降ろそうとした時、別の場所では千獣が似たようなトラップにひっかかって逆さ吊りになっているではないか。
「あらまぁ」
 しかし千獣は逆さになったまま動かない。
 生きてはいるようだが。
「…………」
 今の彼女は何故風景が逆さになっているのか、ただそれだけが脳内を駆け巡っている。
「頭に血が上りませんか? 千獣さま」
 自分を見上げるシルフェ。
 それでもまだ気づかないらしい。
「あ〜〜〜ちょっと待ってて〜! 虎王丸ちゃん降ろしたらすぐ降ろしてあげるからね―!」
 それを聞いてようやく自分が逆さ吊りになっていることに気づいた千獣。
 そしてよいしょっと掛け声一つ。
 鋭い爪先で足に絡まるツタを切り裂き、くるりと猫のように体勢を整えて着地する。
「お手伝いは必要なかったようですわね」
 よかったですわ、とにこやかに言うシルフェに対し、暫し止まったままで首を少し傾け、何か考えているような仕草を見せたかと思えばこくりと頷く。
 会話がかみ合っていない感は否めない。



 「――――…え〜〜〜っとぉ…日も暮れてきたし〜トラップの傾向もだいたいわかってきたのでぇ〜依頼終了にしたいと思いまーす」
 なんともだらけた終了の合図。
「…………終わりか……腹…減ったぁああああッ!!」
 その場に座り込んで声をあげる虎王丸。 怪我の確認するいぜんに空腹を訴える彼には全くその心配をする必要はないらしい。
「そうですか。 それで、それなりの成果は得られました?」
 特に疲れた様子もなく、にこにこと変わらぬ笑顔をたたえるシルフェに、ギルは苦笑しつつもそれなりに、と答える。
「…もう……おしまい……?」
 同じく疲れた様子もなく、それどころか遊び足りないといった様子の千獣。 やはり此度の目的を遊びと勘違いしていたようだ。
「……つかよ。 エルフだから森の自然を傷つけるような罠は仕掛けねェと思ってたが……いくらなんでもこれはひどくねェか?」
 来た道を振り返れば、そこいらじゅう穴ぼこだらけで木の葉が大量に散っており、その場に不釣合いな岩がゴロゴロと転がっている始末。
「あ〜それは平気だよ。 どーせ今日みたいにむちゃくちゃになっても、翌日には森に入る前と変わらない状態に戻ってるから」
 だからこそ、エルフの集落に他種族の者がたどり着くことは滅多にないのだという。
「でもそれって不毛じゃね?」
 一度使われた仕掛けがまた同じ位置にあるとは思えない。
 今までずっとエルフの集落に関する情報は修正されていないのだから、トラップの配置を覚えても無駄と言えば無駄だろう。
 ところがギルは今日のトラップの配置が問題なのではなくて、トラップの傾向を知ることで、地形を見てその配置が分かるようになるという。
 話を聞いたところで虎王丸にはちんぷんかんぷんだ。
 だが依頼主であるギルが納得しているのならばいいだろう。 そういうことで納得することにした。
「それではそろそろ引き返しましょうか。 クレモナーラで皆様お夕飯に致しましょう」
 シルフェの提案に、真っ先に虎王丸が賛成の意を唱え、またあれだけ食べるのかと苦笑が耐えないギル。
「…………おなか…へった、かも……」
 最後の最後まで実にマイペースなものだ。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2994 / シルフェ / 女性 / 17歳 / 水操師】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 獣使い】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【トラップ☆トラップ】に参加下さいましてまことに有難う御座います。
基本どたばたコメディ風味の依頼でしたが如何でしたでしょうか?
それぞれの個性が出せていれば幸いです。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。