<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ハロウィンを捜しに


「……まあ」
 のんびりとした調子でそう呟いたシルフェは、数メートルほど先に見えている――おそらくは子供であろうと思しき存在を目にとめた。
 王都エルザードの城下町、喧騒で満ちている市場の中で、オレンジ色のカボチャがうろうろと右往左往しているのだ。否、それは黒いマントを身につけたカボチャ頭の子供だった。
 ソーンには様々な種類の存在が混在している。むろん、中にはヒトの見目とは異なる外見をもった種族もいるし、また、そういった種族は決して少なくもない。
 だが、しかし。さすがにカボチャ頭の子供というのは珍しい存在になるだろうか。もちろん、カボチャを模して作ったものを被っているだけという可能性も否めないだろうが。
 頬に片手をあて、足を止めて、子供をしげしげと確かめていたシルフェの視線に気がついたのか、ほどなくしてカボチャ頭もまたシルフェの方を見やり、そうしてタカタカと走り寄って来たのだった。
「おい、おまえ」
 カボチャ頭はシルフェの真ん前まで走り寄って来て足を止め、シルフェの顔を見上げながらびしりと指を突き立てた。
「わたくしですか?」
 対するシルフェは、カボチャ頭が見せた慇懃無礼ともいえる態度に腹を立てる事もなく、穏やかな笑みを満面にたたえた面持ちで、かすかに首をかしげてみせた。
「そうだ、おまえだ。おまえ、暇そうだな」
 びしりと突き立てた指をそのままに、カボチャ頭はさらにそう言葉を続ける。
「暇……」
 反復し、しばし自分の予定を思い起こしていたシルフェの思考は、カボチャ頭がすかさず続けた声によって遮断された。
「いいや、暇なはずだ! だって暇そうだもん!」
 カボチャ頭は、どうやら少年であるようだ。オレンジ色のカボチャに、三角にくり抜かれた穴のような目鼻がみっつ。ぎざぎざに切り抜かれた口のようなものがひとつ。それぞれの奥には眼光も窺えず、歯のようなものも窺えない。
 たぶん、この子はこういう種族なのだ。そう考えて、シルフェはにこりと微笑んだ。
「ええ、わたくし、とっても退屈でしたの」
「やっぱり!」
 返したシルフェの言葉に、カボチャ頭の表情(もっとも、その顔の動きはわずかにも変動してはいないのだが)が明るく輝きだした。
「よし、おまえに、特別におれさまの手伝いをさせてやる」
 腰に両手をあてがって胸を一杯に張ってみせながら、カボチャ頭は途端に偉そうな口調でそう言い放った。
「お手伝いですか? まあ、うふふ。それで、わたくしは何をしたらよろしいのでしょうか」
「この辺に”なんでも治す薬草”とかいうのを売ってる店はあるか? 薬草の名前なんかは知らないが、ともかく、おれさまはそれを見つけていかなくちゃならないんだ。おれさまのグランパが病気になってしまったんだ。おれさま、お遣いに来たんだぞ。どうだ、すごいだろう」
 膝を折り曲げてカボチャ頭に目線を合わせ訊ねかけたシルフェに、少年はずずいと顔を寄せてそう告げた。
「お遣いですか。まあ、偉いんですのね」
 にこにこと微笑みながら少年の頭――やはりそれはカボチャそのものだった――を優しく撫で、シルフェはふわりと眼差しを緩める。
「では、わたくし、お遣いにお供させていただきますわ。……ところでグランパ様っていうのは?」
「グランパはグランパだ。おれさまのパパ上のパパ上だ」
「ああ、なるほど。お爺様でいらっしゃいますのね」
 折り曲げていた膝を伸ばし、するりと少年の手をとると、シルフェは市場の様子を見渡した。
「この辺に並んでいるのは雑貨を売る市が主ですわ。薬草ですと……そうですわね、もう少しあちらの方に行ってみましょう」
 微笑みをたたえたままのシルフェが示した方は、シルフェが時折足を運ぶ小さなギルドや食事処がある方だった。が、そちらに薬草売りが多く並ぶのも確かな事だ。
「そ、そうか」
 かくかくとうなずき、シルフェの横を歩くカボチャ頭の少年を、シルフェは笑みと共に見つめた。

 道すがら、カボチャ頭はいろいろな話をシルフェに明かした。
 自分が『悪魔界』と呼ばれる世界の皇子である事。皇子は初めてのお遣い途中(皇子の祖父が病気になったとの事だが、これは話を聞く限りどうやら軽い風邪のようだ)、”うっかりと”東京という世界に立ち寄り(しかし、しっかりと観光を楽しんできたらしい)、そうしてようやくエルザードへと寄ったのだという。
 グランパの体調回復をはかるため、薬草を求めて来たのだという皇子に、シルフェはふと頬を緩めてうなずいてみせるのだった。

「そういえば、わたくし、絵を心得ていらっしゃる方を存じているのですが」
「絵? おお、おれさまの住んでる城にもいるぞ! きゅうていがかって言うんだ」
「わたくしが存じ上げている方は宮廷画家ではいらっしゃらないのですが、とても素敵な絵を描かれるんですの。皇子、わたくしと絵姿などご一緒していただけませんか?」
「絵姿?」
 微笑むシルフェに、皇子はきょとりとした面持ちで首をかしげる。
「しょーぞーがか?」
「ええ、肖像画のようなものですわ」
「おお、いいぞ! おれさま楽しみだ!」
「では、決まりですわね。ふふふ。こちらですわ」
 シルフェは皇子の手を引いて市場通りから小路へと進み、何度か立ち寄った事のあるギルド――ギルド・ファラクへと向かっていった。

 ギルド・ファラク内では、むっつりとした面持ちのアイザックが、古い剣を磨き上げていた。
「……ああ、おまえか」
 眼帯で覆われていない右目でシルフェを見やり、それから見慣れないカボチャ頭の少年を確かめて、アイザックはふと眼差しを細めて顔を上げる。
「それはなんだ」
 吐き捨てるように問うたアイザックに、シルフェは穏やかな笑みを浮かべたままで丁寧なお辞儀をしてみせる。
「お久し振りです、アイザック様。こちら、悪魔界からいらっしゃった皇子様ですわ」
「悪魔界だ?」
「ええ」
 不審そうに眉をひそめたアイザックに怯む事もなく、シルフェはただにこにこと微笑みを返した。
「惣之助様はいらっしゃいます? わたくし、今日は、惣之助様に絵を描いていただこうと思って参りましたの」
「惣之助? ああ、あいつなら」
 机の上に剣を置き、部屋の奥に顔を向けたアイザックの視線につられ、シルフェもまた部屋の奥へと目を向ける。
 と、ちょうどはかったようなタイミングでドアが開き、その中からのんびりとした面持ちで惣之助が姿を現した。
「ん? おお、これはこれは、シルフェ殿! お久しゅうござるな。……隣においでの方はシルフェ殿のご友人でござるか」
「悪魔界とやらの皇子様だそうだ」
 懐こい笑みで皇子に歩み寄る惣之助に、再び剣を磨き始めたアイザックが応える。
「お遣いでいらしたのですって。とてもしっかりとされている方なんですのよ」
 皇子の手を握ったままでシルフェは穏やかに微笑み、皇子の顔を確かめて首をかしげてみせた後に、改めて惣之助を見つめて言葉を続けた。
「惣之助様、もしもお時間がよろしければ、わたくしと皇子様の絵姿を描いてはいただけません?」
「絵姿でござるか?」
「しょーぞーがだ」
「おお、しょうぞうがでござるな。合点、承知でござる。すぐに筆を用意するでござる」
 うきうきと目を輝かせ、惣之助は再び部屋の奥へと姿を消した。
 その隙にと、シルフェはアイザックに顔を向け、
「アイザック様、発熱や咽喉の痛みなどに効果のある薬草をご存知ではありません?」
「発熱や咽喉の痛み? それはようするに風邪に効能のある薬草という事か」
 剣を磨くアイザックは、シルフェの問いかけに顔を上げる事もなく、静かにそう返してよこした。
「ええ、皇子様から窺うかぎりでは、グランパ様の病名はおそらく風邪だと思いますの」
「おれさまが捜してるのは、どんな病気にでも効く薬草だぞ」
 シルフェとアイザックの会話に、カボチャ皇子が慌てて口を挟みいれる。
「ええ、もちろんですわ、皇子様。風邪は万病の元。グランパ様には、一刻も早く、お元気になっていただかなくてはいけませんもの」
 シルフェがにこりと微笑んだのに安心したのか、皇子が小さなうなずきを返し、絵筆を持って現れた惣之助の方へと目を向けた。

 ギルドを後にしたのは、それから小一時間ほどが過ぎた後の事だった。
 カボチャ皇子は惣之助が描いた絵を広げて眺め、関心深げにシルフェを仰ぐ。
「変わったしょーぞーがだな。色がついてないぞ」
「ええ、皇子様。惣之助様は墨で描いてくださいましたの。水墨画って言うのだそうです」
 そう応え、シルフェもまた絵が描かれた紙に目を落とす。
 惣之助が得意げに手渡してきたのは、薄墨で描かれたシルフェとカボチャ皇子の姿だった。
 たおやかで美しく描かれたシルフェの横に、奇妙なまでにリアルに描かれた皇子の顔がある。
 それは、惣之助が日頃趣味でしたためている怪物などといったものに通じているような気もしなくはなかったが、シルフェはその点にはあえてツッコミをいれずにおいた。
「さあ、皇子様。アイザック様が教えてくださった市のほうへ参りましょう」
 そう言うと、シルフェは再び皇子の手をとって、いそいそと薬草を取り扱っている市の方へと足を向けた。

 薬草は比較的容易に手に入れる事が出来た。三日ほど日干しして煎じて飲めば、大抵の病ならば早々に引いていくのだという薬草は、アイザックの紹介もあってか、市場価格よりも随分と安価で求める事が出来たのだ。
 カボチャ皇子は代金がわりにと持ってきた数個の鉱石を手の上に広げて眺め、満足げな息を吐いてシルフェを仰ぎ見る。
「シルフェのおかげだな! おれさま、薬草も買えたし、おつりもうんと多く残ったぞ」
「うふふ、良かったですわ、皇子様」
 握り締めた手を大きく振って、皇子は喜色を満面にした様子で真っ直ぐ前を見据えている。
 ふたりは、薬草の入手を終えて、ひとまずは腹を満たそうと、シルフェが何度か足を運んだ事のある食事処へと向かっていたのだ。
 皇子は、どうやらご機嫌らしい。
 鼻歌すら交えている皇子の横顔を見つめながら、シルフェはふと呟いた。
「……食材と間違われたりしないかしら」
 なにしろ、これから向かう食事処は、客が好みの食材などを持ち寄り、それを調理してもらうという場所なのだ。
 そうして、皇子は、大きなカボチャ頭をもっている。
「? なんか言ったか、シルフェ」
 皇子の顔がくるりとこちらへ向けられる。シルフェは穏やかな笑みをたたえて首を振った。
「いいえ、皇子様。……お腹がすきましたわね、早く参りましょう」

 程なくして到着した食事処――”ブリーラー・レッスル”のドアを押し開けて中に踏み入ると、そこにはいつも通りに仲良く(?)じゃれついているディートリヒとオティーリエの姿があった。
「ごきげんよう。お邪魔いたしますわね」
 ドアにかかる鈴の音を響かせながら店の中へと入る。
「おお、シルフェ殿! 今日は見事なカボチャをお持ちになられて! 腕がなりますよ!」
 はたして、シルフェの思惑通り、ディートリヒは皇子を食材と勘違いして腕まくりをした。
 シルフェは小さな笑みをこぼしてかぶりを振り、
「いいえ、ディートリヒ様。こちらは悪魔界からいらっしゃった皇子様ですわ。申し訳ないのですが、今日はわたくし、食材を持って来てはいませんの」
 そう返して恐縮する。
「へえ、皇子なのね。まあいいわ、さっさと席についたらどう?」
 オティーリエがふたりを手招き、テーブルへとつかせる。
「今日もヨアヒム様はお買い物ですか?」
 通された椅子に腰を落とし、シルフェは店内を見渡した。
 向かい合わせに座っている皇子は、自分が食材と誤解されたのに気がついてはいないようだった。
「ヨアヒムですか? ヨアヒムなら、先ほどシルフェ殿たちと一緒に」
「……え?」
 ディートリヒに示された方に目を向ける。
 つい今しがた通ってきたばかりのドアの近くに、ヨアヒムがじっとりとした面持ちで立っている。
「おまえたち、一緒に来たんじゃなかったの? 店の外からずっと一緒だったじゃないの」
 オティーリエが不思議そうに首をかしげた。
「……まあ、そうでしたの」
 ふたりの話を耳にして、シルフェは妙に納得したようにうなずいた。
「わたくし、最近、どなたかの視線を感じておりましたの。うふふ、ヨアヒム様でしたのね」
 そう笑みを浮かべてヨアヒムに向き直る。
「おれさま知ってるぞ! それってすとーきんぐっていうんだろ」
 皇子が妙に知ったかぶったような声でうなずいた。
「ヨアヒム様、これからはお声をかけてきてくださいませね」
 にこりと微笑んだシルフェに、ヨアヒムの頬の筋肉が吊りあがる。

 ヨアヒムの笑顔(?)を目にした皇子の絶叫が店内を揺るがした。
 その笑顔が悪意によるものではない事を皇子に伝え、納得を得たシルフェがディートリヒたちにリクエストしたのは、皇子を喜ばせてあげられるようなスイーツの数々だった。
「ほら、ハロウィンですし」
 皇子を見つめ、シルフェはにこりと頬を緩める。
「トリック・オア・トリート、ですわ。うふふ」 
  




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2994 / シルフェ / 女性 / 17歳 / 水操師】



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         ライター通信          
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださり、まことにありがとうございます。
今回はカボチャ皇子にくわえ、ギルドと食事処双方のNPCが総出という流れになりましたが(笑)、いかがでしたでしょうか。
文字数が思ったよりも多くなってしまったため、NPCとの絡み部分など、いくらか削らせていただく結果となりました。

ともかくも、少しでもお楽しみいただけていればと思います。
それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。

楽しいハロウィンを。