<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


■ゆびくっき■





「――あのぅ」
 昼を過ぎた空白の時間。
 白山羊亭のウエイトレスであるルディア・カナーズは、ようやく訪れた休息兼昼食の時間にくたりと息を吐いてテーブルに伏せていた。
 そこに聞こえて来た小さな声。
 オレンジを連想させる瞳をぱちりと開いてお下げのウエイトレスは身体を起こして左右を見る。それから下。
「あのぅ」
 足元から聞こえてきたのは間違いじゃなかった。
 ルディアの履き慣れて柔らかくなった靴の近くから黒猫が見上げている。いやいや黒猫の背に乗る形で小さな女の子が、だ。女の子の隣には猫が歩くにも少々邪魔なサイズの袋。とはいえ猫自身は気にする様子なくきろりとルディアを見詰めている。
「おねがいがあるんですが」
「……はい?」
 正体不明の小さなお客様。
 お下げを揺らして興味津々、ルディアは覗き込んでいたのだけれど。
「きゃ――っ!」
 うんしょと両腕で袋から引っ張り出されたものを見た瞬間、奥から誰かが転げる音も掻き消す勢いで絶叫した。
 女の子が出したのは指だ。人の指。肌色も鮮やかな指。
「クッキーなんですが」
「きゃー!きゃー!指!指が……え、くっきー?」
「くっきー」
 どうぞと差し出されたそれをおそるおそる摘んでみる。
 目の前に持ってきた指は確かに鼻を寄せれば食べ物の匂いだけれども――更に出された女の子には一抱えある小瓶と合わせるとなんとも言えない。だって瓶の中身ジャムだし。苺ジャム。ちょっと色が濃いから尚更に。
「付け根につけてどうぞ」
「うん気持ちだけ貰っておきます!」
「おいしいですよ?」
 言いながらジャムをつけた指の形したクッキーを抱えて齧る女の子。
 思わず出入口なんかに人が居ないか確認してしまうというものだ。
 幸いにも誤解されそうな光景の目撃者は居ない。よかったよかった。店員が奥から出てきてルディアの摘んだクッキーに仰天しているが後で説明するし今はとりあえず放っておくべし。
 と、いうことで。
「それでお願いってなんですか?」
 女の子がクッキーを食べ尽くすのを見守ってからルディアは問うた。
 遭遇から多分結構な時間が経っている。
 でもそれもどうでもいい。
 気にしていたら話が進まないというものだ。ルディアの休憩時間はなんといって有限かつ短縮気味であるのだから!時間は惜しい、今更ながら。
「クッキーがたくさん落ちちゃってるんです。拾うのお手伝いしてくださいな」
「たくさんって、どれくらい?」
「この色のがええと、たくさん。で」
 数は不明。たくさんねたくさん。
 己の休憩と昼食を惜しみつつ相手をしていたルディアはその変化のない数量表現に遠い目になる。が続いた言葉にテーブルに突っ伏し額を打った。
「それから死人色のクッキーがそれよりたくさん」
「死人色……」
 そこかしこに散乱している指と見紛うクッキーを想像してルディアはがくりと肩を落としつつ考えた。
 ああそりゃ確かに回収した方がいいよね!なんて。


 さて、いたいけなウエイトレスが貴重な昼休憩を失いつつあるその頃。
 裏街道のお兄さん方は諸々の面倒事を片付けている途中で困惑していた。
「……やっぱこれ、指も探すべきだよなぁ……」
「だよなぁ……ったく、どれだけ細切れにしたんだあの女」
「たいした執念だぜ」
「やってらんねぇ」
 はー、と仲良く溜息をつく前にはバラバラ殺人の被害者であるお兄さん方の知人。片方の手に指がない。たとえバラバラでも他は揃っている。でも三本ばかり指がない。
 めんどくせぇと渋々動くお兄さん方であった。


「猫のおともだちには見つけたら食べていいよっていってます。でもたくさん落としたからちみっこも見つけないと」
「…………」
 想像するのも辛い光景が街中で展開されることになりそうだ。
 指(の形をしたクッキー)を食べる猫。多分複数。
「……クッキーなんですよ、って探しながら説明しましょうか」
「じゃあお手伝いさんおねがいします」
「頑張って依頼します……はい」
 答えつつ眺めるのはテーブルに転がるクッキー。
 それがまたやたらに生々しいとルディアは思ったそうな。



■ゆびくっき■



「何か気になる事でも?」
「いや……気になる、というか」
 白い手の平の上でころりと転がるひとつ。
 それをなにやら真面目な顔付きで見遣る清芳の傍らから問うた馨であるが、つと彼女が手の上で転がす物体に目を落とすと苦笑した。
 随分と奇妙な散策となったものだ、と。
「指からアンデッドを作っても……意味はないな、と思ったんだ」
「指だけですからね」
 考えてみた自分に照れるようにして話す清芳へ微笑みかけ、それから馨は彼女が今も手の中で転がしてみる指先を見た。明らかに本物だ。
「これだけでは、指の行方は解らないだろうしな」
 仮に同じ血を巡らせていた部位を探せるとしても、指先一つでは虫の動きに勝るとも劣らぬ低速ぶりだろう。そして気付かれぬ内に誰かが踏んでじきに潰れるか騒ぎになるか――そこまで考えて馨は「そうですね」とだけ返すことにする。
「全身であれば話は別なんだろうけど」
「……全身、ですか」
「ああ。全身……」
 ぜんしん、と仲良く繰り返してふと振り返った。
 並ぶ二人の背後で居心地悪そうに佇んでいた男二人がぎくりと姿勢を正す。
 何を言われるのか察したか。
「と、清芳さんは仰っているのですが」
「いや、それは」
「多少なりとも手助けになるかと思う」
「ありがたくはあるんだがねぇ……」
 ちょっと考えてみてくれよ。と片方が困った顔で指をぴんと一本立てた。
 清芳の手の中のものと比べて生き生きとしている。当たり前だが切り離された指先はもう生命の気配がない。
「胴体なんかはあるけどバラけたまんまでね」
「縫い合わせるにも手間で、騒ぎを避ける為に集めてるってぇのに」
 ――フードなりで隠しても隠しきれない死体のぎこちなさ。
 それが街中を歩くとどうなるか、考えて馨と清芳はまたまた仲良く揃って「ああ」と頷いた。
 誤魔化せないこともないだろうけれどちょっと労力を裂きすぎるし、なかなか危険な試みにも思える。大丈夫じゃないかなぁと結構思えるけどそう言うなら。
「普段よりは妙な格好でも問題無い時期ですけどね」
 なんと言ってもハロウィン。
 そんな風に浮かれる街中を見回して馨はひとりごちる。
 とはいえ不安も解らないでもないし。
「地道に探す方がいいか」
 軽く、気持ちを切り替える程度の感覚で息を吐いて清芳はぐるりと馨を振り仰いだ。
 女性としては長身の部類の彼女と並んでも馨は更に高く、頤の男らしい線が髪の下から時折見え隠れする。それを傾けて目で問うのに微笑んだ。
「ならば馨さんが頼りだな」
 地術師の、動植物と意思疎通を図り時に操りもする技を指しているのだろうけれど、清芳の声は彼自身への信頼が溢れていて知らず互いに笑み交わす。
 そしてその傍で二人組は居心地悪く視線を逸らしていたりするのは、まあ、つまり、当人達と周囲では認識というか感じ方が違うというか。そういうことだ。
 幸い日常の交流から外れていない遣り取りはすぐに終わる。
 馨が猫を招いては穏やかに語りかけるのを見ながら、清芳はつとどこか遠慮がちな距離の二人組を振り返った。
「すぐに見つかるから、大丈夫だ」
 持っていた本物の指を丁寧に布に包んで返しながら言えば、そうか、と一人が応えて彼女を見る。何か言いたそうな素振りに瞬くとしばし逡巡してから彼はふぅと息を長く吐き出した。
「面倒かけて悪ぃな」
「いや。気にしないでいい」
「そうか」
 初対面はよろしくなかったけれど――と、それぞれが意図せず思い返し、互いの表情から察して僅かに空気を緩ませる。猫を送り出した馨が不思議そうに見て来るのに清芳が笑い。
「頼りにしている」
「ええ。してください」
 流れは解らずとも彼女の言葉に馨もにっこりと笑えば、清芳は一拍分の時間だけきょとりと瞳を固定して、それから咳払いをひとつ落とした。


 そもそも、どうして二人が指先探しなんてものを手伝っているのか。
 少しばかり、場面を戻そう。


 ** *** *


 拾い上げたものは他と違う。
 ぱちりとまばたきして清芳はその指先を周囲には気付かれぬよう握り込んだ。
「これは、本物か」
 どういった縁で街中に転がっているのやら。
 猫達が食べるクッキーの形に目を丸くしたばかりだというのに、と考えながら短くも真摯に目を閉じて祈る。明らかに作り物ではない人の指は彼女の手の中でころりと存在を主張していた。
 それは道端で何やら目を細めて食事中の猫を見掛け、その鼻先にある指(の形のクッキーだとは近付いた際に気付いた)を齧る様に清芳も瞳を細めて見守った後のことだ。じゃれているようにも取れる、ゆったりとした食事風景に和んでからふと珍しい形の菓子であることが気になった清芳は周囲をきょろりと見回した。
「……何処にあったんだ?」
 形がかなり悪趣味だと多くの人が思うものだけれど、そんなものを一体何処で。
 そう考えて猫の様子を見ながら多少移動したのだ。そして途中で見かけたそれ。
 猫がまるで食べようとせず、ふんふんと確かめるように匂いを嗅ぐわ手でちょいちょいとはたくわと、他と少しだけ違った場面だったので猫に詫びつつ拾い上げてみれば。
「ハロウィン――だったな。しかし本物、か」
 呟いてから「うん」とふと納得したのは指型クッキーなどという代物の存在だ。
「魔物達の夜だとすれば、ああいった菓子があるのも当然かもしれん」
 日常目にすることは確かに無いし。
 であれば今の時期だけの冗談は楽しめば良い。
「……」
 とはいえ、拾い上げた本物についてはどうしたものか。
 菓子は黒い冗談として楽しめても、流石にこれは魔物達の落し物とも考え難い。
 動く気配も妙な空気も無い、何の変哲も無い平凡な指先だ。これはどうしたものか。
 しばし清芳はその指を眺めてから一つの方向を見た。
「あるいは、依頼が出ているかも知れないな」
 目指すは白山羊亭。
 顔馴染みだからとか、そういった気安さだけではなく清芳の判断は訪れる度の出来事を思い返すからだ。大小程度の差はあれど事件のいかに多い場所であることか。

 なるほど確かに冒険者に依頼を斡旋する店。騒動を招く事さえあるのだから。

 本物を人の目に触れないようにと気を使いつつアルマ通りを行く。
 途中で背後に気配を感じもしたけれど、すぐに仕掛ける様子も無いと判断した後は気に留めるだけでゆったりと猫達の珍しい食事風景を見ながら歩いていった。
「うん?」
 近付けば店から少女の――これはきっとウエイトレスのルディアだろう、高い声が何やら訴えるような調子で話しているのが耳に届く。
 手にした物絡みかはともかくとしても、またしても何事かあったらしい、そう思いながら店に入ったところですぐに広い背中が目に入った。あれ、とその背中の主を確かめる。
「――馨さん?」
 ルディアに何やら縋りつかれている長身の男性は、なんとまあ清芳の大切な人であった。


 ** *** *


 互いに図らずも白山羊亭で合流し、清芳が拾ったという指先を見ることになった二人。
 ついでにルディアからクッキーの件も聞いた。更に言えば話すだけ話してルディアは本物についての依頼をチェックしに去っている。クッキーと依頼絡み(かもしれない)の本物は造形が同じでも感覚は別らしい。
「形はともかくとしてですね、美味しいのであればお土産も良いと思いませんか?」
「そうかもしれないな。ならば馨さんも一緒に食べてやると喜ぶんじゃないか?」
「ああ、それは清芳さんにお譲りします」
 にっこりと、穏やかながら有無を言わさぬ笑みを馨が浮かべるときには押してもまずどうにもならない。彼は非常にその辺り徹底的に頑丈だ。
 なので清芳も「そうか」と短く応じてルディアが転がしたままの、小人から渡されたというクッキーを指で少し動かすだけに留めた。街中で見たものそのままである。
 食べるにはどうにも気分の良い形ではない、と馨が内心で思っていることには気付いているのかいないのか。考え込む様子の清芳。
「どうかしましたか?」
「よく出来ているなと思って」
 その彼女の様子に馨が声をかければぽろりと返して清芳は目線を本物へと流した。
 ルディアから小さな端切れを貰って今はそれに包んでいる。何か小さな円筒形、くらいの外観になっているその中身とクッキーを脳内で比較してみて馨も「確かに」と頷いた。
「遠目には見分けもつかないでしょうね」
 あるいはそういったものに縁の無い日々を送る住人達などは近付いても気付かない可能性すらある。たいした冗談の菓子だと見れば見る程思わせる造形であった。
「うん。本物と違う部分は、ならば何処だろうと考えたんだ」
「違う部分……ですか」
 たとえばそれは付け根に当たる部分だとか、感触や匂いだとか、そういうものではなく?
 先を待つ馨の見る先で清芳は真面目な顔をして菓子の指を持ち上げ、つとのたまった。
「それは私に人間の指は食べれないと言う事だ」
 そう。非常に真面目に、とてもとても真面目に、馨の視線を浴びて清芳はきりりとそう言ったのだ。のたまった。話した。それはもう、まじまじと菓子を見遣りつつ。
 さて、それを聞き、ぱちりと馨は知らず瞬いた。
 何か今とても素敵なというか、じわりと可愛らしい言葉を聞いた。そんな気がする。
 ゆるゆると唇を笑みにたわめて彼は「違うだろうか」と窺う様子の、その可愛らしい女性の手からクッキーを取ると「いいえ、違いませんよ」と静かに話した。けれどこの女性が考えてもみないだろうことを馨は今考えている。
「でも、そうですね」
「うん?」
 受け取ったクッキーと、直前までそれを持っていた指を見比べて。
「馨さん?」
 怪訝そうな清芳の声に悪戯めいた光を宿した瞳を伏せた。
 持ち上げる彼女の白い指。綺麗なばかりではない、強さを潜める手。その先端。
「清芳さんの指ならあるいは――」
 ごく軽くその爪を食む。
 そろりと息が口中から清芳の指先を撫でて逃げる。
「…………」
 しばし、清芳は馨の旋毛を見ていた。
 静かに相手の黒髪を見ていた。それから肩と背の辺りと、腕と、手――例のクッキーを持って、それから自分の手を持って。
 じわりとそこで見えているものを理解する。
 硬直していた意識が動き出す。
 馨の息が指から遠ざかり緑の瞳が見えてきて、そこで身体も動いた。
「――な、なに、息、か、馨さん!」
「はい」
「わた、わたし、待ていや違う、クッキーが、そうだクッキー」
 いや落ち着けとぐるぐると回る思考と言葉を鎮めようと清芳は深呼吸をする。
 首も目も耳も頬も、何もかもが一気に熱くなったのできっと血がひどく昇っているだろう。顔が真っ赤になっているはずだ。馨からは実際清芳の見事に紅潮した顔と、それから驚きで微かな潤みを見せる瞳がよく見えている。
「私は菓子じゃないぞ!」
「はい」
 そして懸命に探し出したのだろう言葉ににこやかに頷いた馨。
 張り上げた声は往来にまで響いたかもしれないが、それどころでなくて再度深く呼吸して清芳はようやく冷静さの端を掴んだ。じとりと唐突な行動で自分を仰天させた相手を見て小さく話す。
「い、悪戯にしてもだな」
「ですが清芳さん」
 その言葉を遮り申し訳無さそうに見せつつ馨は持ったままのクッキーと彼女を見比べてみせ、そして言った。
「ハロウィンというものは『悪戯か菓子か』と聞かれるという事ですが……私は甘い物は余り食べませんし、菓子は今これだけですから」
 だから悪戯。
 菓子をあげられないから悪戯をあげた。
 つまり菓子を貰わないので悪戯を『する』側に馨は立ったのだということか。
「……っ」
 そうしてがくりと力が抜けた清芳の様子をひとしきり見守って馨は微笑んでいた。

「……甘ぁ」
 ちなみに三つ編みウエイトレスは少しだけ照れくさそうにしつつばっちり拝見。


 ** *** *


 それで、と清芳がおもむろに口を開いたのは、なんだかんだと言いつつも白山羊亭を出て小道に足を踏み入れたところだった。
 素直にクッキー探しをしていた彼女が足を止めた理由は一緒に歩いていた馨も解っている。背後にあった気配は今ひとつになっていたからだ。
「依頼には無かったんだが、そちらの心当たりだろうか」
 前を見て呼びかける。
 応じて足元の音も立てず現れたのは男が一人。少なくとも短刀小剣の類は持っていると見て取る間に背後からも一人。同様だ。
「呑気に様子見てんじゃなかったと後悔してるよ」
 溜息もわざとらしく前方で男が言うのには馨が微笑みだけで返した。
 女一人、という判断だったのだろうけれど、男つまり馨と一緒でなくとも清芳は充分に前後の二人を相手に出来る。勿論、二対一という面倒さはあるだろうけれど。
「さて、手早くいこう」
「返せという話だな」
「ありがたいね。話が早い」
 笑った男の声に合わせて背後から近付く気配。
 だがそれは程なく大きく足元を鳴らして止まった。
「まだ話は途中ですから」
 馨が鞘ごと剣をそちらの咽喉元に寄せている。
 穏やかな表情の中で視線だけが芯に鋭さを一瞬覗かせれば、相手は息を呑み距離を取った。あー、と視線を少し躍らせてから「はいよ」とだけ返してそこで止まる。
「どうぞ」
 続きをと促されて前方に立つ男は丸く開けた口を閉じた。
「参ったね。腕が立つ」
「それほどでも」
「いやいや――じゃあ続けるがね、こっちはその拾い物さえ回収出来ればいいんだ。迷惑はかけるつもりもない」
 断ればまた違うのだとは態度から解る。
 清芳は無言で相手を見、それから馨へと視線を走らせてから再度正面の相手へ戻した。ひたと見る間に馨が一つ、問うた。
「お二人は犯人の仲間ではないですよね?」
「顔見知りではあるがな」
 真偽を判じる目が絶対とは言わないが、おそらく馨も清芳も互いが相手の言葉を真実だと判断したと考える。ならば別に渡すことに問題はない。
 さほどの時間もかけず、対峙は終わろうとしていた。
「わかった」
「どうも」
 一度は馨の刀剣が鞘に納まったまま遠ざけた男。
 そちらが近付いて清芳が取り出した指を受け取り確かめると、振り返りもう一人に頷いた。違いない、ということで再度清芳達に礼を告げて男達が立ち去り掛ける――と、そこで耳に届いた言葉に思わず。
「切羽詰っているのか」
 馨と、男二人の肩を揺らした理由は絶対に違う。
 清芳がぽろりと零した言葉は面白い程に小道に響き、そして落ちた、

『あと一本か』
『日が変わるんじゃねぇか』
『他に拾われちまってねぇだろうなぁ』

 だって、そんな言葉が聞こえたから。
 純粋に気になって口にしたのだが、それは男達には非常なダメージだ。
 落ちた言葉の余韻も消える頃には二人組はそれぞれに壁と仲良しになっていた。
「いやもうアンタ達がとっとと菓子拾い集めてくれたら」
「頼まれたばかりなんだ」
「じゃあ早く集めてついでにまた拾ったらオレらにくれよ」
「それは構わないが……」
 一転して気力が尽きた風情のやる気ない口調な二人組がブツブツ言うのに律儀に返しつつ清芳はどうしたものかと馨を見る。
 なんとなく気の毒なので。
 見返す馨も同じ結論の様子で、苦笑してから並んで彼らに近付いた。
「よろしければお手伝いしましょうか」
 事情をきちんと話して頂くことにはなりますが、と付け加えた馨の言葉。
 瞬間に男達は何か縋るような光を瞳に宿して目の前の男女を見ていやしかしと首を振る。
「話せない事情ですか」
「いやそうじゃなくて」
「代わりにクッキーを集める手伝いをしてくれれば、というのはどうだろう」
「あー……」
 含みのない言葉に男達は少し考え、それから「じゃあ」と眉を下げた。
「細かいトコまで話せなくていいなら」
「結構ですよ」
 確実に、彼らが探しているだけの――指の持主を害した側ではないということであれば。
 馨がその穏やかな笑みを普段通りに乗せて頷けば、それで話は固まった。
「じゃあ頼むよ」
「クッキーを探す手伝いを代わりにしてもらうぞ」
「はいよ」


 ** *** *


 そして馨が猫に依頼する流れとなったのであるが、そこからは早かった。
 転がる菓子に混ざった本物一本。菓子はそこかしこにゴロゴロと転がっているのだから一本見つけるにも使う労力は並ではない。
 この時期でなければ二人で済んだだろうけれど、その辺り男達は不運だったようだ。
 しかし運不運はバランスが取れるもの。
 まさにそういった次第で馨による猫の手拝借がついに成果を結んだ。
「おお……!」
「こんな早く」
 どれだけ最初の一本探すの苦労したんだろうか。
 そう思わずにはいられない感動具合で二人組は一匹の猫が持ってきた指先(本物)を見詰めている。にぁと鳴く猫には彼らに代わって馨と清芳で撫でたり菓子をやったりしてお礼はばっちり。
 ちなみにクッキー捜索については人手が倍になったことは純粋に効率倍増以上だった。合間に猫が本物以外も運んでくれるし。
 そちらについても良かった良かったと、ひとしきり本物を確かめていた男達と言い交わしてそれで互いの探し物は片付いた。

 見事に一件落着である。が。

「でもなんだってオレらここにいるんだ」
「さあ」
 しかしうっかり回収したクッキーを白山羊亭に運んだ二人組は、協力者としてルディアにお礼のジュースをご馳走されていた。ジュース。酒ではない。なにこの普段と違い過ぎる健全な世界。
 そんな具合で微妙に収まりの悪い空間でズルズルとジュースを飲む二人。
 彼らの前では本物捜索を手伝ってくれた男女がなにやら話しているのだが、これもまた別の意味で収まりが悪かった。というかとっとと挨拶して去りたい。

 だって。

「先刻も思ったが、馨さん、その……私は菓子じゃないのだし」
「ですから悪戯でした」
「悪戯ならもっと悪戯らしいものをだな、え」
 うわぁと思いつつ見る先では今まさに清芳という女性が馨という男性に手を取られたところだった。どうも男達が話す前、つまり白山羊亭に一度入っている間に何やらあったらしく素早く手を引いている。
「食べるなら、こっちだろう!」
 出された指先の形をしたクッキー。
 自分達でもうわぁとまず感心した出来栄えのそれを、目の前の二人は飼い猫の土産にいくらが貰っていくという。当然ながらさっき現れた妙な小人から綺麗な分を、である。
 自分達も貰っていって道々撒いて猫にやるかなぁと恩義なのかなんなのか、投げ遣りに考えながら二人は差し出されたクッキーの行方を見守っている。
 ずいと馨の前に差し出されたクッキーは、しばらく彼の視線に晒されていたがおもむろに摘み上げられるとそのままとんと二人組の方へ置かれた。間にもう馨のもう片方の手は清芳の伸びた腕を捕らえている。
「やはりこちらでしょう」
 そして指先にそっと唇を寄せ――また噛むのか!と口走った清芳の紅潮した様子で前に何があったか予想できた――そろりとそのまま触れるに留めた。爪の、本当に先端に大事そうにゆっくりと。
「――、――!」
 ああ言葉が出ないんだ。何を言いたいのか解らないんだ。ていうか何にも考えられない位に頭の中がぐちゃぐちゃなんだ。
 ある種の気の毒さを感じつつ、そしてやはり収まりの悪さを感じつつ見守る二人組。そしてウエイトレスは興味津々。
 視線の集まるのにも気付く余裕がないままに、白い肌が見る間に薄紅に染まってぱくぱくと唇を開閉する清芳。
「な、ちょ、か」
「清芳さん」
「かお、馨さん、ま、また」
「今度は噛んでいません」
「そういう問題じゃ――!」
 素晴らしく仲良しな遣り取りを生温く見守りながら二人組は互いを見、三つ編みのウエイトレスを見、そしてジュースを見た。凄く居心地悪いよこの正面に居るのって。そんな気分が増していく。
「……餌付けのお菓子、欲しい……」
 そして混乱して紅潮して、それからようやく落ち着いた清芳がくたりと自由になった腕に伏せつつ呟く言葉を聞きながら、二人組はさてどうしようと考えた。
 羞恥で憔悴した彼女とは対照的に楽しそうな馨の表情。
 悪戯しつつ非常に幸福を感じているようだ。

 この生物は餌付け出来ませんよ。
 餌付け可能な食べ物はひとつだけ。

「アンタだよ――って言えるか?」
「いや……無理だな」
 ごく自然に並び立ち、ごく自然に――非常に当たり前に仲良しな清芳と馨。
 眺める二人組は相変わらず居心地悪くジュースを啜っていた、それは。



 ――ハロウィンなる行事の頃のある日の話。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3009/馨/男性/25歳(実年齢27歳)/地術師】
【3010/清芳/女性/20歳(実年齢21歳)/異界職】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。あまりバタバタしないノベルをお届けいたします。
 PC様の組ごとにある程度は違うようにしてありますが、如何なものでしょうか。
 ご参加ありがとうございました。