<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


■ゆびくっき■





「――あのぅ」
 昼を過ぎた空白の時間。
 白山羊亭のウエイトレスであるルディア・カナーズは、ようやく訪れた休息兼昼食の時間にくたりと息を吐いてテーブルに伏せていた。
 そこに聞こえて来た小さな声。
 オレンジを連想させる瞳をぱちりと開いてお下げのウエイトレスは身体を起こして左右を見る。それから下。
「あのぅ」
 足元から聞こえてきたのは間違いじゃなかった。
 ルディアの履き慣れて柔らかくなった靴の近くから黒猫が見上げている。いやいや黒猫の背に乗る形で小さな女の子が、だ。女の子の隣には猫が歩くにも少々邪魔なサイズの袋。とはいえ猫自身は気にする様子なくきろりとルディアを見詰めている。
「おねがいがあるんですが」
「……はい?」
 正体不明の小さなお客様。
 お下げを揺らして興味津々、ルディアは覗き込んでいたのだけれど。
「きゃ――っ!」
 うんしょと両腕で袋から引っ張り出されたものを見た瞬間、奥から誰かが転げる音も掻き消す勢いで絶叫した。
 女の子が出したのは指だ。人の指。肌色も鮮やかな指。
「クッキーなんですが」
「きゃー!きゃー!指!指が……え、くっきー?」
「くっきー」
 どうぞと差し出されたそれをおそるおそる摘んでみる。
 目の前に持ってきた指は確かに鼻を寄せれば食べ物の匂いだけれども――更に出された女の子には一抱えある小瓶と合わせるとなんとも言えない。だって瓶の中身ジャムだし。苺ジャム。ちょっと色が濃いから尚更に。
「付け根につけてどうぞ」
「うん気持ちだけ貰っておきます!」
「おいしいですよ?」
 言いながらジャムをつけた指の形したクッキーを抱えて齧る女の子。
 思わず出入口なんかに人が居ないか確認してしまうというものだ。
 幸いにも誤解されそうな光景の目撃者は居ない。よかったよかった。店員が奥から出てきてルディアの摘んだクッキーに仰天しているが後で説明するし今はとりあえず放っておくべし。
 と、いうことで。
「それでお願いってなんですか?」
 女の子がクッキーを食べ尽くすのを見守ってからルディアは問うた。
 遭遇から多分結構な時間が経っている。
 でもそれもどうでもいい。
 気にしていたら話が進まないというものだ。ルディアの休憩時間はなんといって有限かつ短縮気味であるのだから!時間は惜しい、今更ながら。
「クッキーがたくさん落ちちゃってるんです。拾うのお手伝いしてくださいな」
「たくさんって、どれくらい?」
「この色のがええと、たくさん。で」
 数は不明。たくさんねたくさん。
 己の休憩と昼食を惜しみつつ相手をしていたルディアはその変化のない数量表現に遠い目になる。が続いた言葉にテーブルに突っ伏し額を打った。
「それから死人色のクッキーがそれよりたくさん」
「死人色……」
 そこかしこに散乱している指と見紛うクッキーを想像してルディアはがくりと肩を落としつつ考えた。
 ああそりゃ確かに回収した方がいいよね!なんて。


 さて、いたいけなウエイトレスが貴重な昼休憩を失いつつあるその頃。
 裏街道のお兄さん方は諸々の面倒事を片付けている途中で困惑していた。
「……やっぱこれ、指も探すべきだよなぁ……」
「だよなぁ……ったく、どれだけ細切れにしたんだあの女」
「たいした執念だぜ」
「やってらんねぇ」
 はー、と仲良く溜息をつく前にはバラバラ殺人の被害者であるお兄さん方の知人。片方の手に指がない。たとえバラバラでも他は揃っている。でも三本ばかり指がない。
 めんどくせぇと渋々動くお兄さん方であった。


「猫のおともだちには見つけたら食べていいよっていってます。でもたくさん落としたからちみっこも見つけないと」
「…………」
 想像するのも辛い光景が街中で展開されることになりそうだ。
 指(の形をしたクッキー)を食べる猫。多分複数。
「……クッキーなんですよ、って探しながら説明しましょうか」
「じゃあお手伝いさんおねがいします」
「頑張って依頼します……はい」
 答えつつ眺めるのはテーブルに転がるクッキー。
 それがまたやたらに生々しいとルディアは思ったそうな。



■ゆびくっき■



 ――という次第でもってお願いされたキング=オセロットと国盗護狼丸の両名である。
「さほど急ぐ用もない。私でよければ手伝おう」
「そうだなぁ……猟奇事件多発って騒ぎになっちまうのも大事だしな」
 クッキー捜索についてはそういって二つ返事で引き受けてまずは、と実物を見ることにしたのだが。
 目の前に置かれた指先一本。なんとなく見るだけならかなり本物。
「ふむ……なるほど」
「これがクッキー、ねぇ」
 実に良く出来ている、と感心するオセロットの隣では護狼丸が先程の冗談のつもりであった発言を思い返してみる。つまり、猟奇事件多発、という。なんだか本当に猟奇事件にされそうだこの指モドキ。
「クッキーって聞いても、まだ本物の指に見える」
「見ただけでは確かに誤解を招きそうな外観だな」
 うーんリアルだなあと言いたげに、しかしそれだけな二人の発言を、ルディアは沈黙したまま聞いていたのだけれどちょっと気にかかった。この人達このクッキー不気味じゃないのかしらん、と。
 そして当然ながら実際に問うてもみるわけだ。
「流石にちょっと、生々しく思いません?」
 しかし二人はウエイトレスの質問に揃って顔を向けてから、いいや、と首を振った。
「何かにそっくりにする菓子ってのはまあ結構あるもんだしな」
 けどそれが、指そっくりってのは凄いよなぁ。
 頑健な体躯に相応しい男らしい顔で愉快そうに笑んで護狼丸が言う。がっちりとした指先に一見本物な指モドキを摘んで彼が応えるのにルディアが微妙な顔になり、オセロットはそれに微笑した。
「まぁ、いいんじゃないか。ここまで良く出来ているものもそうはあるまい」
「出来過ぎですよ、ていうかそんな笑顔で」
「やっぱりこれかなりの出来なのか。そっくりだもんなぁ」
「そっくりじゃなくていい……!」
 がくりと肩を落としたルディアに今度は苦笑して、それから扉の外を見る。
 明るい日差しの中を行き来する人は多い。その街中に散らばる指そっくりなクッキー。
「確か、猫も探し回っていて、かつ食べている可能性もあるのだったか」
「そういやそういう話だったな」
 なんとも猟奇性に上乗せなことだった。

 ――秋晴れの空の下、樽の陰で何かを食む猫。瞳がぎらりと丸く光っておもむろに顔を上げる。口元から零れ落ちたのは肌色の、それは人の指。咀嚼している猫。指には、ああなんてことだろう、赤い色が無残にも――

「大変!」
 勝手に想像を暴走させたルディアが「あわわ」と今度は慌て出す。
「ジャムはついているのだったかな?」
「クッキーだけじゃないのか?」
 とりあえず少女の留まらぬ空想は一言入れたら置いておくとして、オセロットと護狼丸はエルザードの大まかな地理にそって区分を決めていくことにした。
「傍目には誤解される可能性もあるが、逆に急いても却って疑いを招く。隠蔽しかり、だ」
「だな。やっぱなるべくクッキーだって説明しながらってのが一番か」
「ああ。そういうときこそ落ち着いて対処するべきだろう」
 互いに同意してからちらりと白山羊亭のウエイトレスを見る。
 どうしようどうしようとどこまで真面目なのかいい加減疑問に思える程、ルディアはいまだ想像の中で途方に暮れていた。じきに店の誰かが正気に戻すだろうか。
「まあいいや。俺らは騒ぎになる前に早いとこ回収しようぜ」
「そうだな。これと、死人色のものか」
「二種類な。おっし!じゃあ手分けして回るか」
 護狼丸が軽快に踵を返す。
 ああ、と頷いてオセロットも同様に歩き出し――ふと振り返った店内。
「話済んだら仕事戻れっての!」
 折良くというべきか、まさにそれはルディアが頭にトレイを受けた瞬間だった。
 それはバシンと非常に景気の良い音であったという。


 ** *** *


 さて、人より高い視界を活かして護狼丸は広範囲を探していく。
 無論のこと大雑把ではなく、要所要所、猫の居る辺りあるいは歩き回りそうな辺り、と意外な程に目敏く見つけ出しては紙袋に収めていきつつ同時進行で彼は事情説明も怠らない。
 醸し出す雰囲気の問題であるのか、体躯でまず少しばかり目を丸くされても以降の会話はスムーズだ。今も店先で子連れのおばさんと「流石にそれは息が止まりそうだわねぇ」「だよなぁ。ちょっと誤解されるか」と和やかであったり。
「あーねこぉ」
「お、じゃあまあそういうことで」
「ええ。頑張ってねぇ」
 護狼丸の大きな手にじゃれつくのも飽きた子供が周囲を見回し声を上げる。
 それを機に会話を打ち切ると、護狼丸は早々にその猫のそばへと近寄った。
「こりゃまた凄いな」
 警戒の素振りを見せる猫の向こうに二、三本の指……ではなくクッキーが。そのまた向こうに別の猫。ぱっと見れば指ランチ。猫達には悪いが問答無用で回収だ。
 これであとは、と分担場所を思い出しながら拾い上げたクッキーと文句言いたげな目付きの猫を見回した護狼丸は、そこで訝しげに眉を寄せた。
(――なんだ?)
 視線を鋭くして見つけたものを確かめる。
 荒いながらも習慣の、独特の足運びを感じさせる靴跡。往復し、物陰近くで止まり乱暴に動いた跡が薄く残っていたのだ。人がここまで道の端に寄るのも珍しい。
「探し物なんか、か」
 痕跡を置くとするならば、自分の靴跡も多少似た様子になるだろう。
 修行中とはいえ大泥棒を自称する身。迂闊に正体の知れる足跡を残すことも、傍目に気付かれる程はっきりと跡を消すこともない。あえて意識せずに捜索跡を残すなら、と非常に限定された事柄ではあったけれど、つまり同種の人種ではあるまいか近い人種だろうか、とそう思わせる様子の靴跡であったのだ。
「ま、まだまだって感じだけどな」
 しかし探し物。
 俺と同じクッキーだったりして、と一瞬考えつつも違うのは解っていた。先にクッキー捜索仲間(知らない相手だろうけれど)が来ていたならば猫がこんなに堂々とクッキーと一緒に居るはずもないのだから。クッキー探してクッキー放置なんて有り得ない。
 では何を探しているのだ。
 紙袋の底に猫が鼻先をふんふんと寄せて来るのに任せて護狼丸はしばし考える。
 心当たりというか、たとえば巷の噂話でそういった捜索が行われそうな事はなかったかと。
(しかし裏に潜られちまうと――)
 いかに伝手があろうとも見失うときは見失うもの。
 考え込むのはごく短い時間で切り上げると、クッキー探しを続けるべく彼はまた歩き出した。
「どうも関わって来そうな気がするんだよ」
 ひとりごちながら進む彼の足元に諦めの悪い猫がするりと絡んでにゃあと鳴く。
 それを寄越せとばかりに護狼丸の下げた紙袋に前足をちょいと伸ばすアピールつき。
 苦笑して「これは駄目だ」と紙袋を持ち上げたところではたとその動きが止まる。猫は一瞬期待して目を開くも、少しばかり険しく手元の紙袋を見た護狼丸の様子に期待出来ないと悟ったらしくついに尻尾をピンと伸ばして立ち去った。
 それを見送りつつ、護狼丸はまさかと紙袋を再度見る。
「……まさか、なぁ……」

 袋の中には本物そっくりな指の形のクッキーが、ごろり。


 ** *** *


 へぶっ。

「っあー……くっそ」
 唐突に、それはもう草むらに顔を突っ込んで鼻の中を擽ったわけでもあるまいに、非常に脈絡も前兆もなく盛大に聞こえたくしゃみに男は相手を見た。
「その掛け声だけでもやめろ」
「いや自由だろ。風邪かな……」
「見つけてから寝込め」
「ぁーってるよ、くっそ一本しかねェし!」
 がりがりと頭を掻き毟る連れの気持ちももっともだ。
 くしゃみをしなかった男も同じように頭をそれはもう鳥の巣以上の状態まで掻き毟りたい。
「誰がこんなふざけたマネしてくれてんだ」
 ちみっこである。
 猫に乗った自称ちみっこ娘が散々ばらまいたのである。
 つまり、指の形の本物じみたクッキーを。

 彼らは非常に苦労していた。
 人目についた場合の言い訳にだけは逆に苦労せずに済む状況だったけれど、それ以外というか肝心の人体捜索については想像外の状況に苛々しっ放しだった。
 だって誰が考えるというのか。
 殺された知人のバラバラになった遺体を完全形にすべく残りの指三本――そもそもどうしてそんな細かい部分が無いのだ。細かいから見つけ損ねたとして何故自分達なのかとこれも不満である――を探しに出た。時間は多少かかっても他の部分を発見した場所を参考に捜索すれば着実に回収なり処分の確認なり出来る筈だったのだ当然ながら。
 それがこの状況。
「探しても探しても探しても見つかるのは菓子!」
「指の形じゃなけりゃなぁ」
「猫が食ってて慌てりゃまた菓子!」
「なんで猫があんな食ってんだかなぁ」
「挙句他に指拾いしてるヤツらがいるときた!」
「指というかクッキーな」
 誰が食べるんだこんな悪趣味。
 またしても本物ならぬ菓子であった指先をまじまじと見詰めながら、叫ぶ相方に返す男もいい加減疲れている。あと二本はもう、この調子では猫の腹でも問題の他者の懐でもおかしくない。
「どうするか」
「諦める」
「無理だ」
「だろうよ」
 ぽいと指モドキなクッキーを放り出して天を仰いだ彼ら。
 目的は本物であるのでこんな甘い匂いの菓子はお呼びではないのだ。腹はちょっと空いているけれど探し物まんまな外見の菓子を食う気になんぞなるものか。
 かくしてきゅるきゅる鳴りそうな空きっ腹を無視しつつ、次に向かうのはどの辺りだろうと地図を広げて指差した辺り。


 それはアルマ通りに程近い子供の集まる古い路地。


 というわけで不遇な二人組が白山羊に回収したクッキーを抱えて戻る二人と遭遇するのはなんというか、本当に不遇二人にとっては気の毒ではあるのだけれど自然な流れであった。
 オセロットに目撃情報をご婦人が話せたり、護狼丸が足跡を見咎めたりする程の近い時間と距離である。ばったり、という展開がなかったのはむしろ奇跡のような至近距離擦れ違いなんかもあったかもしれないと後日彼ら四人はそれぞれに考えたのだが近い未来の話はやめておく。
 未来ではなく現在は、まさに進行形で二人ずつでそれぞれに路地に集っているところ。

「――ん?」
 子供達が集まっている様子に足を止めたのはオセロットだった。
 護狼丸は妙に抑えた気配を察して周囲を窺っていたのだが、ぴしりと止まった彼女の靴音に視線を向けるとその先を辿る。そこにはわやわやと一角を気にしながら妙に大人しくしている集団の姿。有り余る元気をぶちまける子供という生物にしてはあれだ。見慣れない。
「珍しいんじゃねぇのか?」
「ああ。雨でも騒ぐ声が届く程だというのに奇妙だな」
 などと言い交わしながら合間にも二人は足を向けている。
 ルディアの疲れたクッキー探しを引き受けるような彼らであるからして、やはり自然と普段と違う状況には注意だけでなく「出来る事があれば」的な親切心が程度の差はあるとしても頭をもたげるのだろうか。
「どうしたのかな?」
 オセロットが足音と、それから声も抑えながら問うた。
 子供達は驚いて振り返り顔見知りの一人が『軍服お姉さん』の名前を呼びかけ慌てて自分の手で覆う。他の子が互いに見遣ってからそろりと「おくの」と猫が通れる程度の細い隙間を挟んで建物の向こう側を示した。
「ちょっと見えないか――あぁ、いや、成程なぁ」
「何かあるのか?」
 ひょいと子供達のはるか上から軽快な動きでそこを覗いた護狼丸。
 オセロットの言葉に含みのある目を向けると唇をぐいと引いて笑って示した。
「足跡の主だと俺は思うぜ」
「……ふむ。可能性は高いな」
 搭載された機能を使うまでもなく理解したオセロットがついでとばかりに微かな音声を拾い上げてみると、護狼丸の言葉を保証するかのごとく「指」だの「これも菓子」だのという内容がぽろぽろと。
「クッキーばかりだと嘆いている」
「気の毒になぁ」
 言いつつ実際にはあまり哀れむ様子のない護狼丸であった。
 なんにしろ、オセロットも依頼なりで動き回るなら気付いているだろう。
 彼らはいわゆる裏側の人間だ。こんなところで例のクッキーを探すような人種ではない。例外的な気紛れとは判断し難いし、子供達は人の空気に聡い。関わりの少ない雰囲気を持った二人(まして面識もないのであれば尚更)怯え警戒しているということか。
 と、考える二人の耳にふぎゃっと猫の声。
 相手は猫に八つ当たりでもかましたか。
「……」
 僅かな間を置いて隙間からするりとその猫が登場。
 毛に土埃をつけて一目散に走り去ってしまうのをしばし見送る。
「ふむ……本物、としてだ。どうするかな?」
「聞く前に決めてるみたいだけどな。ま、笑って済ますわけにもいかないだろ」
「まったくだ」
 それからおもむろにオセロットが隣の大柄な男へ視線を投げた。応じて護狼丸も軍装めいた格好の女性へ投げ返す。意思確認は一応だった。
「では捕らえるか」
「回り込めばすぐだな」
 よし、と互いに頷いて気配を抑えてそれぞれに動く。

 結果、かくして見事に挟み撃ち。

 不遇な二人はようやく見つけた二本目を手にしながら固まっていた。
 いい加減疲れていたけどまだこんな面倒ごとが。!
 そんな気持ちだった。
「探し物のようだが」
 こつ、と靴音が静かな古路地に響く。
 金髪も眩しい片眼鏡の軍装の女。反対の道端からは鍛えられていると一目で知れるがっしりとした体の大柄な男。他に指(の形のクッキー)を探していたという人物だろうと二人組は考えて、そして眉を下げた。ちょっと明らかに雑用こなすお人好しとかじゃないよこれ。
 厄介そうだと思う間にも距離は縮む。
「何をお探しかな」
「……探し物ってわかってんなら、ほっといてくれねぇかなオネエサン」
 含みのある軍装の女――オセロットの言葉になんとか返す。反対方向の大男――護狼丸が無言で佇んでいるのは妙に心臓に悪い。
 ちらちらと互いが情けない顔になっているのを二人組は確かめてまた眉を下げた。へにゃりとそろそろ音を立てて取れそうだ。
「その手のは何だい?」
「ク!ッキー……だろ?アンタタチも探してるって聞いたけどなァ?」
 苦しい。
 凄く苦しい。
 しかも声が裏返った。
 相方があちゃーとばかりに頭を下げて肩も下げた。
 しかし男の迫力ある低い声がいきなり混ざれば誰だって驚くだろうがよ!
 そんな反論を許される状況ではないので渋々胸中に留め置く不遇な男の一。
「クッキーなあ」
「クッキーだよ」
 不遇な男の二がわざとらしく白々しい護狼丸の呟きに応じる。
 状況や相手によっては凄んで立場の強弱を逆転させることも考えるところであるが、この二人はどうも身長の問題だけでなく雰囲気というかそういった部分で位負けをすでにしている。と思う。思ってしまえば負けだ。猫の喧嘩とこの辺りは似ているなぁと逃避のように男はそのまま考えた。
「確かに私達は指の形をしたクッキーを探してはいたが、あくまで菓子だ」
「そりゃあ本物そっくりなクッキーだけどな、だからって本物をクッキーと間違えはしないぜ」
 しかし逃避もあまり許して貰えなかったり。
 凄んでいるわけでもないのに妙な圧力のある声が双方向から聞こえて辛い。
 所詮彼らは裏道住人とは言ってもチンピラに毛が生えてちょっと伸びた程度の人種である。なのにこんな気圧されて平然としていろというのは無理な話。神経磨り減ってそろそろ切れそう。
「……」
 静かに。とてもとても静かにオセロットの青い瞳が不遇な二人組を検分する。一瞬止まったのは当然手に持った指(本物)である。
 じり、と自然と逃げの体勢になる二人組を挟んで護狼丸はといえば首をこきりと一度軽くほぐしてからはこちらは無言のまま苦笑しているばかりだ。手が気付けば何かを用意している。
 なんだろうと確かめるにも上手くしまいこまれて見損ねた。
「ふむ」
 そこへオセロットの意味ありげな声。
 もうどうしようもなく居心地悪いまま二人組はビシリと背を引き攣らせた。
 別に叱られている訳でもないのだけれど相手が悪い。明らかに位負けして些細なことでびくびくと緊張する。しかもどっちも逃げるだけの隙を見せてくれない。
「時季もあることだ。少々行き過ぎたブラックユーモアは許せるが」
 こつりと靴音がどうしてこんなにはっきり聞こえるのやら。
 怯えて意識が集中しているからだと流石に二人組も理解してはいるのだけれど。
「本物はいただけないな」
「そういうことだ」
 理解していてもどうにかなるものでもない。
 ぎしと鳴った音は護狼丸が用意した明らかに捕縛用の縄だった。
「縛に、ついてもらおうか」
「出るところへ出ていただく」
 付け足された護狼丸の「盗人の俺が言うのも変な話だけどな」という愉快げな声はさて彼らに聞こえていただろうか。
「あああちくしょう!」
「誰だクッキーまいたのぁ!」
 多分、それどころではない。
 わくわくと、今や同じ路地に回り込んで『白山羊亭に来るお兄さんお姉さん』が活躍する捕物を子供達が見物している。
 そして程なくして――二人組が自棄を起こして子供を人質なんて考える暇もない程に呆気なく、見事に動きを封じた縛りようでとある裏街道のお兄さん方はしかるべき場に突き出されたのであった。


 ** *** *


「大変だったんですね」
 喧騒の膨らむ白山羊亭のテーブルの一つ。
 そこに食事と空の皿一つ置いてルディアは素直に感想を述べた。近場ということで騒動はほどなく伝わったがバラバラ死体の捕物という話がまさか、問題のクッキーと関係してきたとは。
「犯人ではないと騒いではいたが、話はあちらで聞いて貰っていることだろう」
「問題なけりゃあ誰かが引き取ってくれると思うぜ」
「そっかあ」
 会話の間に「それがアレかい」「噂のクッキー」という周囲の声を聞きながら、オセロットと護狼丸は紙袋からざらざらと大量の菓子を皿に流し出す。
 覚悟はしていたとはいえルディア及び客の一部にはなんともいえないその光景。
「うわぁ……」
 顔を微妙に歪めて溢れんばかりの指先(クッキー)を凝視した。逆に目を逸らし辛い。
 紙袋を空にして、当の二人は平然と大量の指クッキーを眺めてやれやれと一段落に息をついた。どのような事であっても収まった後の休息は普段以上に心地良い。
 咽喉を潤してから、それにしても、と護狼丸がひょいと言葉を落とした。
「ソーンの菓子は指そっくりなんだなぁ。ジャパンでは別の形とそっくりにしたのは見た事あったけどさ」
「ハロウィンが近い事もあるだろうがな」
「へえ。流行ってるのか」
「流行ってません!」
 慌てて否定するルディア。だそうだ、とオセロットは僅かに肩を揺らすに留める。
「しかし……お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、が定番だが」
 これではもらった方が驚くだろうな。
 そんな風にクッキーと苺ジャムを眺めつつゆったりと感想を述べるばかりの彼女。
 落ち着き具合が対照的な両者の前で護狼丸は「ふうん」とそれでまたクッキーを眺めるとまた感心の息を洩らした。愉快そうな色もある辺りでルディアは発端後の遣り取りを思い出したりしなかったり。
「……すごいなぁ……」
「流行ってませんからね!あの、本当に流行ってなんてないですから!」
 純粋に感心してますとばかりに上がる声に再度ルディアは否定する。トレイをぶんぶんと振って護狼丸のソーン文化への認識を修正するのに懸命だ。
 賑やかな彼女がひとしきり訴える間に別のウエイトレスが寄って来て「これ」と紙袋を出したのは、ルディアに変わってオセロットが受け取り開ける。
「…………」
 皿の上の指先を見て目を剥いていたそのウエイトレスが見ればまた仰天しただろうその中身は、これも同種のクッキーだった。同じく拾い物か、お届けものか。
 しかしオセロットが摘み出したそれだけは何が何でも違うだろうと思われた。
「あ、それはお話した小人の子が集めた分なんですけど」
「それもか?」
「入っていたからそうなのだろうな」
「?なんだか変なものがあったそうですけど」
 オセロットが持つ物を見た護狼丸と交わしている言葉に首を傾げつつルディアは補足する。
 その怪訝そうなウエイトレスの前で一つだけ別に包まれている小さな塊をしばし無言で見る二人。
「変な物、か」
「……確かにクッキーじゃあないよなあ」

 思い出すのはとっ捕まえて突き出した二人組。

「なんなんですか?それ」
 好奇心が一気に増えたルディアが瞳を輝かせて訊ねてくるのにオセロットと護狼丸はどうしたものかとふと考えた。
 見せたら間違いなく、阿鼻叫喚だろう。
 ウエイトレスの素晴らしい叫び声を想像してみるにいまいち気が乗らない。


 きっと牢屋に入っちゃったりしているだろう、不遇な男達。
 彼らに届けられるのを待つ最後の指先。
 それは今まさに二人の前で包まれて遠慮がちにクッキーと混ざりかけていた。



 ――ハロウィンなる行事の頃のある日の話。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】
【3376/国盗護狼丸/男性/18歳(実年齢18歳)/異界職】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。あまりバタバタしないノベルをお届けいたします。
 PC様の組ごとにある程度は違うようにしてありますが、如何なものでしょうか。
 ご参加ありがとうございました。