<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ハロウィンを捜しに


 エルザードに戻って来たのは夕べの事だった。
 レノック・ハリウスは一晩を休息にあてた後、今朝はいつもよりは比較的遅い時間に市へ赴き、売り物である品々を並べていた。
 あちらこちらを渡り歩いて手に入れてきた民族品や鉱石の数々。中には薬草なども混ざっているが、今回の薬草は傷に効果のあるものばかりだった。
 レノックが並べる品々は、中年女性を中心に据えた客層をターゲットに、よく売れる。
 今回も品々を並べるや否や、馴染みとなった客や新規の客がずらりと並び、めぼしいものは大概が早々に出てしまっていた。

 落ち着きを取り戻し、レノックは遅めの朝食をとっていた。
 路面に敷いた布の上に座り、市で買ってきたパンと紅茶とを口にする。
 市場には様々な種族の者たちが行き交い、喧騒をもってエルザードの昼を飾っている。
「……ふむ?」
 と、レノックは不意に小さな唸り声をあげて、青い双眸をゆるりと細めた。
 市場に溢れる喧騒の中、見慣れない見目をもった子供――身丈からすれば、おそらくは子供だろう――がひとり、右往左往している。
「子供……かのう」
 はたりと首を捻り、レノックはその子供の様子を窺った。
 子供かどうか定かではないのは、何より、その見目に原因があった。
 オレンジ色のカボチャを頭に被り、全身は黒いマントで覆っている。カボチャには目鼻口の代わりであろうと思しき穴が四つほどくり抜かれているが、当然の事ながら、そこから表情を窺い知る事は出来なそうだ。
 子供は市に並ぶ露店をくまなく見て歩き、やがてレノックの前で足を止めた。
「お遣いかね」
 穏やかな笑みを満面にたたえ、レノックはカボチャ頭を仰ぎ見る。
 目の代わりであろうと思われる三角穴の奥に、ぼうやりとした灯のようなものがあるのが見えた。
「そうだ。えらいだろう」
 訊ねかけたレノックに、少年は大きくうなずいた。
 発せられた声が、眼前にいる存在が子供であるという事をはっきりと知らしめている。
 なぜか胸をはって威張ってみせている少年に、レノックは頬を緩めた。
「何を捜しておるのかね」
「薬草だ。どんな病気にも効くやつだぞ」
「ほう、なるほど。それはなかなか難題じゃのう。して、薬はどなたが使うのかの」
「おれさまのグランパだ」
「……グランパ?」
 返された言葉に、レノックはしばしの間沈黙する。
「グランパとは、おまえさんの友達か誰かかの」
「違う、違う。グランパはグランパだ。おれさまのパパ上のパパ上だ」
 訊ねたレノックに、少年はふるふるとかぶりを振って応えた。
 大きなカボチャが重たそうに揺らぐ。
「なるほど、おまえさんのおじいさんなんじゃな。して、おじいさんの具合はどんな感じかの」
「おじいさんじゃないぞ、グランパだ。グランパはおとといぐらいから咳がひどくて、熱もあるんだ。のどが痛いって、やわらかいものしか食べられなくなってんだぞ」
「ほう、なるほど。……咳に発熱、喉の痛みか。その他には目立った症状なんかはあるかのう」
「しょうじょう?」
「ん? ああ、ほれ、例えば腹が痛いだとか、吐いたりじゃとか」
「んにゃ。咳と熱とのどだ。あ、あと、鼻水も。鼻のかみすぎで鼻の下が赤くなってるぞ」
「ほう」
 少年の話に、レノックはふむとうなずいてから思案した。
 咽喉の痛み、咳、発熱、そして鼻水。
「熱はひどいのかの? グランパ殿は、例えば起き上がるのにも苦労したりだとか……」
「んにゃ。グランパはいっつも城の中をうろうろとしている。グランマによく叱られているんだ」
「グランマ……」
 なるほどとうなずいて、レノックはにっこりと微笑んだ。
「おそらくは、グランパ殿の病名は”風邪”じゃな」
「かぜ」
 レノックの言葉を反復する少年に、レノックは目尻を緩めつつ、腰を持ち上げた。
「あいにくと、ワシが今日持ってきた薬草は傷に効くものばかりでな。風邪によく効く薬草ならば、おそらくはワシの馴染みが並べておるはずじゃ」
「ホントか!?」
 少年の声が弾む。
 レノックは自分の売り場を確かめて、売り物がほとんど残っていないのを知ると、持ち場の片付けをいそいそと始めた。
「どれ、ワシが一緒に捜してやろう。ここの市は存外に広いからのう」
 少年を見つめて穏やかに微笑むレノックに、カボチャ頭の少年は跳ね上がって喜んだ。
「それじゃあ、おれさまのつきびとにしてやるぞ!」

 喧騒に包まれている市は、歩くのにも一苦労だ。
 どうやら歩きなれていない様子の少年は、数メートルを歩き進むのにも難儀していた。まして、カボチャ頭は人々とすれ違うごとにぶつかっている。
 転げそうになった少年を支えつつ、レノックは少年の手を握った。
「こうして歩けば迷子にもなるまいて。――肩車のほうがお好みかの?」
 笑いかけたレノックに、少年は再びぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「おれさまのグランパも、よくおれさまを肩車してくれるんだ」
 レノックに肩車されて、少年はひどく上機嫌だ。
「おまえさんはグランパ殿が好きなんじゃなあ」
 対するレノックもまた、ひどく機嫌がいい。
「レノックはグランパみたいだな」
 少年は高い視点から見る風景が楽しいのか、足をばたばたと動かしたりしながら周りをきょろきょろ見渡している。
「おれさま、グランパが大好きだ。レノックのことも大好きだぞ」
「ふふぅ。嬉しいのう」
 頬や目尻を緩め、レノックははたりと足を止めて少年を仰いだ。
 少年――自らを悪魔界の皇子だと名乗った――は、表情ひとつ変わらぬカボチャ頭を忙しなくあちこちへと向けては、物珍しいものでも見つけたのか、しきりに何かを口にしている。
「レノック、レノック! おれさま腹へった!」
 足を止めていたレノックに気がついたのか、少年は不意にそう言いながらレノックを見下ろした。
 レノックはしばし眩しそうに目尻を緩め、少年を見上げていたが、
「では、薬草を買いに行くとするかの。その後、この近くに馴染みにしている店があるでな、そこへ行くとしよう」
 ふわりと微笑んで歩みを進め、市の、特に薬草を扱う店を目指して歩き出した。

 それからわずかの後に、レノックと少年は数種の薬草の入った布袋を持ち、一軒の食事処を前にしていた。
 ブリーラー・レッスルという店名の書かれた小さな看板を横目に見やり、小さな鈴のついたドアを押し開けて中へと進む。
「ごはんが食べられるところか?」
 レノックの肩を下りて、代わりにしっかりと手を繋ぎ、少年が首をかしげながらレノックを見上げる。
「そうじゃよ。なかなかに美味い」
「おれさまのママ上のごはんもすっごく美味いんだぞ! レノック、今度食べに来いよ!」
 握った手をぶんぶんと振り回す少年を、レノックは満面の笑みで見つめる。
「そうじゃな。絶対に遊びに行くよ」
「やくそくな!」

 指きりを交わして店内を見回せば、そこには店員である少女オティーリエが立っていた。
「ドアの前で突っ立っていられると邪魔なんだけど。さっさと座んなさいよね」
 言いながら水のはいったグラスをふたつ、手前のテーブルの上に置く。
「で? 今日の食材は?」
 席についたふたりを確認して口を開けたオティーリエの後ろから、店主でもあるディートリヒが顔を覗かせ、笑った。
「やあ、こんにちは、レノック殿。今日はお連れさんがいるんですね」
「お邪魔しとるよ、ディートリヒ。市で知り合ってね。グランパ殿のため、異界からエルザードまでお遣いに来たんじゃそうじゃ」
「初めてのお遣いだ」
 レノックの言葉を受けて胸を張る少年に、レノックの目尻が再び緩む。
「グランパ? はあ、なるほど。異界からひとりで。偉いもんですねえ」
 微笑みながら少年の頭を撫で回すディートリヒの前に、レノックは買い求めてきた数種の薬草を広げてみせた。
「この薬草なんじゃが」
「ああ、なるほど」
「グランパ殿は風邪をひかれたようでの」
「なるほど。風邪ならこの薬草でいいと思いますよ」
 ディートリヒは、広げられた薬草の中から二種類ほどを手にとって振り向き、柱の影に身をひそめてこちらを窺い見ていたヨアヒムを手招く。
「ヨアヒム。おまえならどうやって薬を摂らせる? ただ煎じて飲むのでは味気ないだろう」
「……ゼリーだとか……蜜と混ぜてやれば苦味も緩和される……」
 柱の向こうで、ヨアヒムはじっとりとした声音でそう告げた。
「だ、そうです。あとは粥に混ぜてみたりとか、いっそスープにしてみてもいいかもしれないな」
 ヨアヒムの言葉を受けてうなずきながら、ディートリヒもまたそう告げる。
「ディートリヒ。おまえさん、ワシが何を言おうと思ってここに来たのか、知っておったのか」
 本題に触れる前にすらすらと述べられたアドバイスに、レノックは驚いて目をしばたかせた。
 ディートリヒは得意げに笑う。
「お客さんの要望を見抜いてみせるのも、俺たちの仕事の一環でしてね。――さてと、この薬草、少しだけいただいていきますよ。試食をしていただきましょう」
「……トリック・オア・トリートだな。……菓子も作ってくる」
 厨房へと姿を消したディートリヒを追って、ヨアヒムもまた姿を消した。
「グランパだったっけ? はやく治るといいわね」
 残されたオティーリエは、トレイを胸に抱え持ち、頬を少しだけ紅く染めてそう呟いた。
 少年はオティーリエの言葉にかくかくとうなずいて、レノックがまとめ、しまいこんでいる薬草の数々に目を向ける。
「お遣いって楽しいな! おれさま、またエルザードに遊びに来るぞ」
「そしたら、今度はもっといろんな場所も見せてやろうかのう」
 頬を緩めるレノックの言葉に、少年の表情が心なしか輝いた。
「ぜったいだぞ、レノック!」 
 ふたりは再び指きりを交わしたのは言うまでもない。 









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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【3131 / レノック・ハリウス / 男性 / 52歳(実年齢57歳) / 冒険商人】


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          ライター通信          
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お世話様です。このたびは当方のハロウィンにご参加くださり、まことにありがとうございます。

とはいうものの、ハロウィンイベントらしいノベルではなかったような気もしなくはないのですが、それはさておき。
皇子は、すっかりレノックさんに懐いてしまっているようです。たぶん、グランパに対する感情に似たものを抱いているのでしょう。
かわいがってくださり、ありがとうございました。

少しでもお楽しみいただけていましたら幸いです。

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。