<PCクエストノベル(2人)>


duet 〜クレモナーラ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1989/藤野 羽月  /傀儡師】
【1879/リラ・サファト/家事 】

【助力探求者】
なし

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 穏やかな日差しの中、さくさくと枯草を踏む軽い足音が聞こえてくる。
 足音の主は二人。そろそろ冬の気配をさせ始めた透き通るような空気も、時々二人の髪を揺らす風も、今はまだ真冬の冷たさを微塵も感じさせず、むしろ歩き続けて温まって来た身体に心地よい涼を運んで来てくれる。
リラ:「もう少しですね」
 淡いライラックカラーの髪をふわりとなびかせながら、期待に目をきらきら輝かせているリラ・サファトが傍らの青年に顔を向ける。言葉は丁寧だが、そこから滲み出る喜びの音はどうにも隠し切れない様子で。
羽月:「――そうだな。でも、まだ村の姿は見えていないのだから駆け出していかないようにな?」
リラ:「そ、そんな子供みたいに言わないで下さい」
 ぷぅっと柔らかそうな頬を膨らませるリラに、青年、藤野羽月が微笑みかける。
 二人が向かっているのは、以前にも訪れた音楽の村、クレモナーラ。そこは一年を通して音楽に満ち溢れ、また都でも著名な作曲家や演奏家、楽器職人を輩出している事でも有名で、毎年春に行われる音楽祭をはじめとして観光客が途絶える事の無い場所だった。
 まだ村の姿も見えないうちから、その方向を向いただけでも音が聞こえるような気がする――そんな雰囲気を感じさせる場所でもある。
 ……以前来た筈のリラは、羽月と少し角度のずれた方向へ顔を向けていたけれど。
リラ:「……それなら、羽月さん」
 何かを思いついたのか、にこりと笑ってリラがその小さな手を差し出す。
 羽月は何故かちらと周囲に視線を走らせた後、そっと包み込むように手を取った。真夏でもひやりと冷たいリラの手が心地良い。
リラ:「ちゃんと掴まえていて下さいね」
 走り出して迷子にならないように、との言葉を言外に含めて、くすくすとリラが笑う。
羽月:「――ああ」
 分かったよ、と呟いて、リラの歩幅に合わせゆっくりと歩き出す。
 そして目的の村が見えても、村の中に入っても、その手は離れる事が無かった。

*****

 今日ここに来ようと最初に言い出したのはどちらだったか、覚えていない。多分ほとんど同時だったのだろう。
 オフシーズンの今は春先に比べようも無い程訪れる人の姿は少なかったが、それでも村の外の広場からは演奏するかすかな音が聞こえてくるし、いくつも存在する工房からも試し弾きの音が漏れ聞こえてくる。
 それらの音は互いにぶつかり合っても不協和音とならず、ある種協奏曲のような趣さえ感じさせる。
 そんな音に満ちた世界だからだろうか。
 村の中を歩くにつれ、こころが解けていくように穏やかな気持ちになっていく。
リラ:「……」
羽月:「……」
 何も、言葉に出さず、視線だけを合わせるとどちらからともなく笑みを浮かべる。
 ――やはり、来て良かった。
 そんな事を思いつつ。
リラ:「見て見て羽月さん、この楽器可愛い形をしてますよ」
 観光地としても力を入れているためか、クレモナーラの工房のほとんどは見学者の立ち入りを禁止していない。もっとも、その奥の職人が心血を注いでいる作業場所に入るにはさすがに立会人が必要になって来るが、楽器見本や作業工程を現物で見せてくれるスペースはリラたちの姿だけでなく、他の観光客らしき人々の姿も見える。
リラ:「素敵ね、こんなにたくさんの楽器が、それぞれ音を出すなんて……でも、演奏するのって大変そう」
羽月:「だろうな」
リラ:「――けど……やってみたいですね」
 完成品が並べられている、村で最大の楽器店にも顔を出しつつ、或いはあちこちから漏れ聞こえてくる曲に耳を傾け、うっとりとした声で語るリラに、僅かに微笑を浮かべながら同意する羽月。
 二人とも、音楽を志していた訳ではなく、また技術がある訳では無い。
 けれど――それでも。
 この、心に響く音を手に入れたいと、いつしかそんな事を思うようになっていた。

*****

 きっかけは、二人で演奏体験を行った時からだろうか。
 飲み込みが良いと二人揃って誉められた後で、休憩中にリラがふと口ずさんだフレーズがあった。
リラ:「〜〜♪ 〜♪……」
 ぷつんと途中で音が途切れ、あ、と小さく声を上げた後に再びくり返すものの、その先が続かないらしく、困った顔をして隣にいる羽月をじぃっと見るリラ。
羽月:「……そう、だな」
 その、何かを期待するようなまっすぐな目で見詰められた羽月がややたじろいだ様子を見せ、その後にたどたどしくリズムを刻みながらリラの『音』に続くような短い曲を口ずさむ。
リラ:「わあ……」
 ふんふんと羽月の分まで続けたあとで、唇に細い指を当ててう〜ん、と楽しそうに唸り出すリラ。それからややあって、更に新たなフレーズを組み合わせてにっこりと笑いかける。
 そんな様子を見ていたのか、くすっと耳をくすぐるような笑い声と共に、先ほど二人に演奏のやり方を教えていた村人が近づいて来た。
村人:「面白い事をやっていますね」
リラ:「はい♪」
 次は? と再び羽月に問い掛けるような目を向けていたリラが、にこにこと笑みを浮かべて、
リラ:「この村で流れているたくさんの音があまりにも素敵だから、私たちでも何かやりたくなっちゃって」
 膝の上に置かれたヴァイオリンを愛でながら言う。
村人:「なるほど。――でしたら、こう言うのはいかがでしょうか?」
 その時、リラから受けた曲に新たな音をようやく付け足し終えた羽月が、村人に何か言われたリラが嬉しそうにこくこくと頷いたのに気付いた。
 そして、演奏体験を途中で切り上げた三人が向かった先は、音は音でも羊皮紙の上を走らせる羽ペンの音で満ちた工房の中。見れば、様々な曲を清書したり新しい紙に書き写したり、または聞き覚えた曲を再現しているのか、白紙の中にゆったりと書き込んでいたり……と、それぞれ楽しげな表情を浮かべた人々がそれぞれの作業に勤しんでいた。
 村人の案内で、その横を通り過ぎながら更に奥へと向かう。
村人:「――と言うわけで、この二人が作った曲を小曲にまとめてみたら面白いかと思うんですが」
 やや緊張した面持ちのリラにそっと寄り添う羽月が、作曲家らしき人物に話し掛ける村人の様子を伺っていた。
 どうやら、村人が提案したのは、二人がままごとのように始めた曲作りをその場限りで終わらせてしまうのは惜しいと思ったのか、ひとつの作品として完成させてみませんか、とリラに言ったものらしい。
作曲家:「……ちょっと歌ってみて」
 こうした依頼にも慣れているのか、特に表情も動かさずリラへと指示を出した作曲家が、目を閉じてリラの声に耳を傾ける。
作曲家:「ふむ」
 とんとん、と指先でリズムを刻みながら、リラの声が途切れるまで聴いてから急に視線を羽月とリラの二人へ交互に向けると、
作曲家:「なるほど。悪くないね――合奏用にアレンジすればいいのかな? それとも一本のメロディラインで?」
 まだいくつかの短いフレーズだけだったが、気に入ったのかがさがさと五線譜だけが書き込まれた羊皮紙とペンを取り出して、リラが口を開く前に、まるで曲が見えてでもいるような滑らかな速度で音符をさらさらと書き込んでいく。
リラ:「え、えっと……」
羽月:「合奏用でお願いします。二人で同じ曲を弾くのも良いけど」
 ――二人でそれぞれのパートを奏で、ひとつの曲を作り上げる方が望ましい。
作曲家:「……なら……こうだな。時間はまだある? よし、じゃあ覚悟するように」
 え? と二人が顔を見合わせる。
 その二人に、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた作曲家が、畳み掛けるように指示を飛ばした。曰く、鼻歌で曲を確認させ、修正個所があればすぐに口にさせ、そして新たなフレーズを次々に、交互に要求し……。
作曲家:「――よし」
 きゅっ、と羽ペンで最後の印を書き込むと、まだインクの乾ききっていない楽譜を目で追いつつ満足気な声を上げる頃には、リラも羽月も喉の調子がややおかしくなっていた。
作曲家:「お疲れ様。さて――少し手伝ってくれるか」
村人:「構いませんよ。私の方は手が空いてますから」
 作業工程をじっと見守っていた村人が、楽譜を覗き込んでから足早にその場を立ち去っていく。
作曲家:「では、少し休みながら聴いてみるといい。先の様子では断片しか分からなかっただろうが、全体の構成はこんな感じだ。まず一人目のパート」
 当然自身でも演奏するのだろう、傍らにあるケースから艶のあるヴァイオリンをひとつ取り出して、きゅっと弦を鳴らして一気に弾いていく。もう覚えたのか、楽譜にはほとんど目もくれずに。
 それは、王宮主催の演奏会で演奏されるものに比べると随分短い気もしたし、また何か酷く物足りないような、そんな感想を抱く二人。おまけに、奏でられたメロディは、何度も何度も繰り返し口ずさむように言われたリラたちの作った曲に似てはいたがまるで違ったものになっていた。
羽月:「……これは、一体」
作曲家:「まあまて。次は二人目のパートだ」
 二人の――特にリラの不満そうな表情に気付いているだろうに、涼しい顔をしたまま続けてもうひとつの曲を演奏する作曲家。やはりこちらも、似ているようで違う別の曲に変化してしまっている。
リラ:「これは……私たちの曲と、違います……」
 しょんぼり、と目に見えてがっかりした様子のリラのか細い言葉にちらと作曲家が目をやり、何か言おうと口を開いたその時、この場から立ち去っていた村人が自分のものらしい楽器のケースを持って戻ってきて、もうひとつのヴァイオリンを取り出した。
作曲家:「重ねると、こうなる」
 目と目で合図すると、二人のヴァイオリンが前触れも無く音を発し始めた。
リラ:「え――」
 ひとつ目の曲にも、二つ目の曲にも、無かった筈の『音』。
 リラが、羽月がそれぞれ口ずさんだ曲が、二人同時に奏で始める事によって初めてその姿を表す……そんな風にアレンジされていた事に、今になってようやく気付いたのだ。

*****

 夕暮れが深くなっていく頃、羽月とリラはのんびりと帰途に付いていた。
 それぞれの手にはケースに入ったヴァイオリンがひとつずつ、そして、作曲家からの心づくしなのだろうか、互いの瞳の色に似たリボンで筒状に丸めた羊皮紙がひとつづつ。
リラ:「帰ったら、一生懸命練習しないといけませんね」
羽月:「ああ……」
 まだ先ほどの演奏の余韻が身体の中に残っているようで、ほんのりと夢見心地な口調の二人。その、空いた手はしっかりと互いの手と繋がっている。
 時折目を見交わせば、それは笑顔になり。
 楽しげに口ずさむその曲は、二人が去っても尚柔らかな余韻と共に残り、いつしか降りてきた夜の帳に溶けて消えて行った。


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ライター通信
遅くなりまして申し訳ありません。
duetが出来上がりましたのでお届けします。
音楽を文字で表現するのは難しくもあり、また楽しくもありでしたが、読んで楽しんでいただければ幸いです。
息の合う二人の事ですから、ちゃんとした合奏になるのもそう遠い話ではないのでしょうね。
それでは、また別のお話でお会い出来る事を願って。

間垣久実