<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


例えばこんな物語



 最近白山羊亭には毎日のように1人のお客がやってくる。
 彼は、店内全てを見渡せるようなカウンターの椅子に座り、ウェイトレスのルディアに無邪気に話しかける。
 彼の名はコール。
 この世界に始めて降り立った際に、凍るように冷たい瞳をしていると誰かに言われてから、そう名乗るようになった。いわゆる記憶喪失である。
 年の頃20代中ごろといった風貌なのだが、記憶をなくしてしまった反動か、どこかその性格は幼い。
 服装も、頭に乱雑に――だがかっこ悪いというわけではなく――ターバンを巻いて、布の端々から銀の髪を見ることが出来た。
 どこかエルフを思わせる青年は、店内をぐるりと見回し、ルディアにこう告げる。
「新しい物語を考えたんだ。そうだなぁ主役は、あの人」
 一人、白山羊亭の片隅で、BGMのようにそのやり取りを聞きながらグラスを傾けていたトゥルース・トゥースは、なにやら当たりから多数の視線が自分に向いている事に視線を上げた。
「あの人ってなぁ、俺のことかい?」
 コールは笑顔で頷き、いつものように考えた物語を語ろうと薄く口を開いた瞬間、
「ご指名はありがてぇことだが、一体何がどういうことか、説明してくれねぇか?」
 と、トゥルースが待ったをかけるように言葉を挟む。
「えっとね、僕、皆を主人公にした物語を書いてるんだ」
 コールは、一度言葉を止めると、トゥルースに見えるように一冊の白紙の本を持ち上げた。
「……ふ〜む、なるほど、お前さんが物語をなぁ」
 考えるようにトゥルースは新しい葉巻に手を伸ばし、ゆっくりと火をつける。そして、
「なかなか面白そうだ。ご指名いただいたのも何かの縁。何の予備知識もなしにお前さんが俺をどう語るか、聞いてみてぇしな。それじゃあ一つ、頼むぜ」
 と、コールに向かってにっと笑った。



【パンパスグラスの日々】


 やる気のなさそうな顔で、説教台にもたれかかり、その手に持たれているせいでやけに小さく見える本を開き、ぼりぼりと頭をかいた。
「え〜〜…でーあるからしてー…まーそういうわけなんだよ」
 トゥルースのやる気のない声がやんだ瞬間、元々静まり返っていた建物の中がなお更静まり返り、加えてどこか責めるような瞳が一斉にトゥルースを貫いた。
「…………どうかしたか?」
 しばしその視線に目を瞬かせていたトゥルースであったが、口元に微かな笑みを引きつらせて一同を見る。
 難しい表情を浮かべていた村人から、ふっと表情が和らぐ。
「…構いませんよ。この村に教説がつたないと聖教会に届ける人はいませんから」
 トゥルースは毎度の事に眉を八の字にして、少々情けない笑顔を浮かべるのだった。
 正午、いつものようにトゥルースは教会の裏手の草原で、子供たちを相手に大立ち回りを繰り広げていた。
「この教会の者か?」
 そこへ、突然降りかかった声にトゥルースは子供たちに構う手を止め、けだるげに顔を上げる。
「あ? あぁ、一応そうだが…」
 そこに立っていたのは、どこぞのお坊ちゃまが間違いで法衣なんぞ羽織ってしまったと言わんばかりの男だった。しかも高位聖職者が羽織る、白と金の法衣を。
 トゥルースの視線が尚怪訝気に細くなる。
「なんだそのたてがみのような髪は」
 トゥルースは男が喋るのもお構いなしに、少々話が長くなりそうだと子供たちの背を押して帰らせる。そして、振り返って首に手を当ててコキコキと鳴らした。
「まぁ、半分は獅吼族(ナラシンハ)の血が流れてるしなぁ」
 獅吼族とは、男性であれば獅子の顔を持ち、女性であれば金の三角の耳とゆたかな髪を持つ一族だ。
 トゥルースの父は人族、母は獅吼族の女性だったため、見事なたてがみを持った人族という姿に育った。
 男はやる気なさげに答えたトゥルースの言葉に、ピクリと眉根を引きつらせたが、トゥルースの開いたシャツの間に何かを見つけ、高みからの笑みを浮かべる。
「ほう、十字架を首にかけているという事は、敬虔な信者か。まあいいだろう」
 男の背後には男よりも年上と思われる神父が二人控えている。
「わたしは、異端審問官の――」
「で、その審問官様が何用で?」
 名乗りを上げようとしていた男の言葉を遮り、トゥルースは問いかける。さっさと用を済ましてお引取り願いたい。
「その態度……。尊主の御心の広さに感謝するんだな。人でないものにも平等に慈悲を与えてくださるのだから」
 どうやらこの男、自分が教義にふさわしくないと決めた者は認めないが、最高位である尊主がこの男が言う異端にも平等に慈悲を与えるため、今は見逃してやる。と、言いたいらしい。
 なんとも胸糞悪くなるような男だ。
 トゥルースはふと後ろに控える神父二人に視線を送ってみるが、二人は何の反応もしない。
 この我侭王子の単独行動に振り回されている状態なのだろう。
(……宮仕えつーのも考えもんだなあ)
 トゥルースはただ従順に男につき従う神父二人を見て、そんなことを思ってしまった。
「貴様、ここの神父は何処にいるか知っているか?」
 男の問いかけに、トゥルースは一度頭をかき、
「今日は、朝から教説。昼から子供らと遊んで、今お前さんと話してるが?」
 と、他人事のように説明する。
「なっ……!!」
 盲目的な信心はあるようだが、どう考えても親の威光と金で地位を手に入れたような男の顔色が、まるで熟れたトマトのように赤く膨れ上がっていく。
「貴様がここの神父か! ならば直ぐに名乗りを上げるべきだろう! わたしはっ」
「存外バカでもなかったか」
「なんだと!?」
「いや、なんでも」
 ボソリと呟いたつもりだったのだが、悪口に対しての耳はもの凄くよろしいらしい。
「んで、何の用よ」
 完全にトゥルースのペースに巻き込まれ、男は一瞬ぐっと言葉を詰まらせる。だが、どんなに頭の中にきのこが生えたような男であろうとも、聖教会もコネの世界だ。
 男は勝ち誇るような笑みを浮かべ、トゥルースを指差し宣言した。
「異端審問官の審議の元、異端の神父を破門とする!」
 一瞬の沈黙が流れる。
「…はあ??」
 トゥルースの顔が盛大にゆがんだ。
 男は満足したように、ふん。と鼻で息をして、審議した内容を述べていく。
「まず第一に、まともな教説が出来ていない。第二に正午の礼拝を欠かしている」
「それ自由だっつってただろ」
 男はトゥルースの反論を一瞥の元に一蹴する。どうやらトゥルースを辞めさせるためならば、この男、どんな理由でも作り出してきそうだ。何せ今も「第三に…」と、男の饒舌は続いている。
(やれやれ)
 純粋な人ではないものが神父になることを快く思わない者が居る事も、トゥルースは充分に理解して神父になったつもりだった。だから、出世なんて考えず辺境の小さな教会の神父になれれば良いと思い、そしてその夢は叶った。
 けれど、どこの世界でも理不尽は着いて回るもの。だからといって両親を恨むつもりはない。
 トゥルースはどうやってこの男を追い返そうか考えながら、ため息交じりに男を見下ろす。上に文句を言ってもいいのだが、この男の家系如何によってはもみ消されてしまいそうだ。

 ―――バシ!!

 飛んできた石が、男に当たる直前ではじき飛んだ様を、トゥルースは確かに見た。
「何だ!?」
 我が物顔の男の饒舌が止み、きっと瞳を吊り上げて音がしたほうを見る。
「おまえら帰れー!」
 そこにいたのは、男が教会へ来たときにトゥルースと遊んでいた子供たちだった。その両手には石が大量に抱えられている。
「……お下がりを」
 控えていた神父の一人が男を後ろにかばう。
 その様を見て、あ、喋れたんだな。と、トゥルースは呑気にそんなことを考える。
 子供たちは、一斉にトゥルースの足元にしがみつき、むっと眉根をよせ、口を尖らせて男たちを見ていた。
 トゥルースはふっと笑って、そんな子供たちの頭を撫でる。
「異端として審問台に送られたいのか!」
 結界に阻まれ、全く当たる気配がなくとも石を投げ続ける子供たちに、男は大人気なく叫ぶ。
 トスン。と、首に決まる手刀。崩れ落ちていく男の身体。
 トゥルースと子供たちは唖然とその様を目で追う。
「ご迷惑をおかけしました」
 神父の一人が男を抱え、目深にかぶっていた帽子を取りながらトゥルースに一礼して去っていく。
 その去り際や何と鮮やかか。
「やれやれ」
 トゥルースは思わず苦笑して髪をかきあげる。
 あの我侭王子、きっと今日が始めてでもないのだろう。
 なんとも人騒がせな男ではあったが、この村の神父になり、その好意に甘えていたのだと、改めて自覚した。
(また遭いたいとは思わねーがな)
 トゥルースは心配そうに見上げる子供たちににっと笑う。
「ようし! 鬼ごっこでもするか!」



終わり。(※この話はフィクションです)































 物語が語り終わり、トゥルースはうぅむと唸る。
「……俺が思う俺と、お前さんが思う俺と、まったく同じってこたぁありえねぇ」
 そう、コールの物語の中では、トゥルースは種族さえ違っているのだから。
「だが、それもあり、だ」
 しかし、トゥルースはうんうんと物語を咀嚼するように頷く。
 その様に、コールは少しはらはらとした気持ちでトゥルースを見上げた。
 その視線に答えるように、
「面白かったぜ」
 と、口角を吊り上げる。
「縁がありゃあ、また頼むわ。今日はありがとよ」
 そしてにっと笑うと、コールの頭をわしゃわしゃと撫でた。











☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3255】
トゥルース・トゥース(38歳・男性)
異界職【伝道師兼闇狩人】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 例えばこんな物語にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 第一印象からもうライオンみたいだ…と思っておりました。
 神父という職業であるのは首から十字架をかけているが故にございます。ある意味ありきたりな話になってしまったような気が……お気に召していただければ幸いです。
 それではまた、トゥルース様に出会えることを祈って……