<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【隠密機動隊】皇帝暗殺



 ■起承転結の起:とにかく物語りは始まるのです■

「もうすぐ帝都で、皇帝陛下の生誕祭があってね、それに参加しようと思っているんだが、一緒に行くかい?」

 と言ったキャラバン団長――キャダン・トステキの言葉を、彼女はぼんやり思い出しながら、その光景を遠くから見つめていた。
 縄をかけられ、何人もの兵に取り囲まれながら連行されていくキャラバンたちの姿は、どこか周囲に違和感を漂わせている。
 異様であり、滑稽ですらあった。
 無意識に彼女は、少女の手を握る自分の手に力をこめていた。少女がいなければ、今頃自分もあんな風に連行されていたのかもしれない。
 少女は少しだけ痛そうな顔をして彼女を見上げたが、口にするのは意味をなさない音の羅列でしかなかった。
 彼女の傍らには盲目の少年が佇んでいる。その手の平には、兵に取り囲まれた時、目を盗んでここまで逃げてきたラットが乗っていた。



 その日、陽国帝都――長沙の近郊で、芸人たちを乗せたキャラバンが、一つの容疑をかけられ帝都の警備を司る帝都防衛隊に捕らえられた。
 だが、捕らえられる直前、数人の隊員と同行者が逃れていた事には、帝都防衛隊の者達が気付くことはなかったという。



 彼女はぼんやりラットの言葉を反芻した。

「皇帝……暗殺……?」



 ***** **



 毛の長い絨毯の敷かれた無駄に広い部屋の、シンプルな割りに高級感漂うカウチにゆったりと腰掛けて、その部屋の主は肘掛に頬杖をつきながら、紙束に視線を落とした。
 A4くらいのそれには顔写真と簡単なプロフィールが載っている。
 一枚目は、少年だった。黒い髪に黒い瞳はこの国では珍しくない。しかし肌の色が彼がこの国の人間ではない事を物語っているようだった。旅装にマフラーを巻いている。
「饒……剛虎……」
 鷹揚と名前を読み上げた主人に、傍らに立っていた若い男が口を開いた。
「饒剛虎。15歳。その若さで賞金稼ぎなんてしているだけあって腕は確かなようです。ただ、現在は帝都内にて、暗器大量所持により不審人物として帝都防衛隊に身柄を拘束されていますが」
「ふーん」
 主人はわずか眉間に皺を寄せて、一枚目を机の端に置いた。
 ニ枚目の顔写真に映っているのは少女と言っても遜色のない女性だった。青い髪に額に小さなひし形の青い石は、水のエレメンタリスだろう。
「ほぉ」
「シルフェ。17歳。見ての通りのエレメンタリスです。本人は無自覚のようですが、事態を悪化させたり混乱させるのが得意なようですね。帝都内を観光中のようですが、現在、神出鬼没といった感じで、足取りはつかめていません」
「へぇ」
 思わず感嘆の声をあげた主人に、男は呆れたような視線を向けて言った。
「今、楽しそう、とか思ったでしょ」
 主人は内心で舌を出しつつ一つ咳払いをしてシルフェのプロフィールを剛虎の隣に並べて先を促した。
「……続けてくれ」
「ウェルゼ・ビュート24歳」
 三枚目の顔写真に映っていたのは黒髪に銀色の目をした女性だった。陽の者が陰の王族と婚姻すれば、こんな子供が生まれるかもしれない、などとそんな事をぼんやり思ったが、何かを封じるように鎖を巻き、二本の剣を刺した両翼がなんとも印象的だった。
「魔界と人間界のハーフ――魔利人と呼ばれる種族の者です。それ故あってか、普段は魔界と人間界を繋ぐ門の門番をしているようですが、現在は、皇帝暗殺容疑で掴まっているキャラバンの……逃げた隊員達と共に、甘味処朱庵にいるようです」
「朱庵?」
「今、長沙は全門封鎖されていますからね。中に入るのにあそこの女将の朱遥さんが手を貸したようですよ」
「なるほど」
 納得げに頷いて主人は彼女のプロフィールをシルフェの隣に並べた。
 四枚目は男だった。黒髪黒瞳に白い肌は、ツェン族と変わらない。柔らかい笑顔のよく似あうすっきりとした顔立ちの美青年だった。
「山本建一、19歳。アトランティス帰りの吟遊詩人といったところのようです。精霊魔法をオールマイティーで使える逸材ですよ。ウェルゼ・ビュート同様、現在朱庵にいます」
「そうか」
 頷いて主人は建一のそれをウェルゼの隣に並べた。
 五枚目に顔を出したのは猫を抱いた少女だった。薄紫の柔らかい髪が春に馨る紫丁香花の花を思わせた。
「リラ・サファト。16歳。彼女はどうやらいわゆる『人』ではないようですね。しかし、結婚はしているようですが」
「結婚?」
「次の……そう彼、藤野羽月と、です」
 主人はリラのプロフィールをめくった。そこには黒い髪に青い目をした男が鋭い眼光を放って写っていた。見た目はリラと変わらないくらいの齢だが、ずっと大人びた意志の強そうな目をしている。
「若夫婦で長沙に? ってーと、新婚旅行中か?」
「さぁ、そこまでは。しかし、二人とも精霊魔法を使えるようで、腕は確かなようです」
「彼らは?」
「長沙観光中で、今は朱庵の店で月餅を頬張っている頃だと思います」
「随分鮮度のいい情報だな」
「恐れ入ります」
 男は恐縮そうに頭を下げた。主人が二人のプロフィールを建一の横に並べる。
 七枚目の顔写真に映っていたのは沈着冷静といったしたたかな眼差しをした女だった。ハニーブロンドの長い髪を背中で揺らしている。左脇が少し膨らんで見えるのは銃を持っているからか。
「ユリアーノ・ミルベーヌ。18歳。剛虎と同じく賞金稼ぎをしているようです。彼女は、キャラバンと共にこの大陸に上陸し、共にここまで訪れたようですね」
「つまり?」
「一部の隊員に連れ出され、キャラバンが掴まった時にはたまたまその場を離れていたため難を逃れた一人です。その後、ウェルゼ・ビュートや山本建一らと合流し、現在は朱庵に匿われている、と」
「そうか」
 頷いて主人はそれを羽月の隣に並べた。
 八枚目に出てきたのは青い髪に大きな黒い瞳のやんちゃを思わせる少年だった。どこか自信に満ちた笑顔をしている。
「湖泉遼介、15歳。エルザード王立魔法学園の学院に籍を置くヴィジョン使いのようです。キャラバンと共にこの大陸に上陸。長沙へは一人で来ていたようですが、連行されるキャラバンと会い、キャラバンの連中と顔見知りと疑われ連行。現在は剛虎と同じ留置所で身柄を拘束されています」
「あらら」
 主人は勿体無いといった顔でそれをユリアの隣に並べた。
 最後に顔を出したのは同じくワンパクな感じの少年だった。黒髪に黒い瞳だが、剛虎と同じ肌の色をしている。
「芦川光。15歳。勇者を目指している少年らしいですが、戦闘力は皆無。はっきり言って攻撃・防御・回復どれも役に立ちませんが、正義感だけは人一倍のようです」
「正義感は、いいな」
 笑って主人はそれを一番端に置いた。
「……一応、現在長沙にいる来賓以外の外の者は以上です」
 男が言うのに、主人は膝の上に肘をつくと、身を乗り出すようにして、並べられた紙を見渡し、横目に男を振り返った。
「それで、お前のお奨めは?」
「また、難しい事を……」
 男は肩を竦めて、テーブルの上に並んだ九枚の紙を見やった。
 その視線を辿るように主人は暫くそれを見つめていたが、ふと立ち上がると着ていた上着をカウチの上に投げた。
「とりあえず半分は朱庵にいるんだな」
 はい、と頷く男に、主人はドアの方へ歩き出しながら言った。
「自分の目で確かめてくるよ」
「式典のリハーサルは?」
 男が尋ねる。
「お前に任せた」
 主人は後ろ手に手を振って、笑顔でその部屋を出て行った。
「…………」



 ***** **



 帝都長沙の小雁塔のすぐ傍にある甘味処朱庵は、陽国内の中でも五本の指に入るほど人気の店で、遠くからの客も多い。旅行客が一度は立ち寄ると言われるほどの店だった。
 その店の奥にある個室でユリアは声を潜めて言った。
「帝都防衛隊にキャラバンは無関係だと説明に行きたいんだけど」
「それは、あなたまで掴まることにもなりかねません」
 円卓の向かいの席に座っていた建一が反対した。たまたま帝都に入る城門の前で立ち往生している彼女らと出会い事情を察してここまで同行した彼である。
「でも、海の向こうから最近やってきたばかりで、皇帝に何かあるなんて事、ありえないでしょ。まず動機がないもの。私たちは生誕祭に参加して、純粋に皇帝陛下の誕生を祝いにきただけなのよ」
 ユリアは出されたお茶で喉を潤しながら言った。隣でシェルが頷いている。机の上では自分の体くらいある月餅と格闘していたラットのモルも、うんうんと頷いていた。
「で、それをどうやって証明するんです? そう言って通じる相手なら、最初から捕らえられたりはしていませんよ」
 建一にピシャリと言われてモルが肩を落とす。確かにその通りだろう、彼らはこちらの言い分には一切耳を貸さず、問答無用でキャラバン達を捕らえていったのだ。
「面倒くさいわねぇ。その辺の役人締め上げたらいいじゃない」
 本当に面倒くさそうに横からウェルゼが口を挟んだ。
「不用意に騒動を大きくしてどうするんですか」
 建一が呆れたように息を吐く。
「キャラバンが暗殺犯だ、って情報の出所を聞き出したら、犯人にたどり着けるかもしれないじゃない」
 ウェルゼが言う。
 そして真犯人を突きつけてやれば、キャラバンは晴れて無罪奉免となる筈なのだ。
「確かに、それは……」
 一理ありますが、と言いかけて建一はそこで言葉を切った。
「アーシア?」
 というシェルの声に咄嗟に振り返る。五メートル四方といった狭い個室を見渡してみたが、ついさっきまでユリアの隣に座っていたはずの彼女の姿が見当たらない。
「え? あら? アーシアさん?」
 ユリアも部屋を見渡して、慌てて立ち上がった。


   ◆


 甘味処朱庵の窓際の席で、名物の月餅を美味しそうに頬張る彼女の姿を、向かいの席で微笑ましげに眺めていた羽月は、突然自分の顔を覗き込んできた少女に面食らった。
「何だ?」
「あぁーあー、うぅー」
 ボサボサ頭で口を半開きに、子供みたいな目をした少女が、自分を見つめながら不可解な奇声を発している。一目で痴呆と取れる少女に、羽月は困惑げに眉を顰めた。
「…………」
 するとリラが少女に声をかけた。
「お願いがあるんですか? どうしました?」
 リラの言葉に、少女と羽月が振り返る。
「リラさん、彼女の言ってることがわかるのか」
「はい」
 リラは頷いた。言葉がわかる、というわけではなかったが、何となく彼女が言わんとしている事がわかるのだ。リラが人の気持ちに対してとても敏感な事を思い出して、羽月は促すようにリラを見た。
「えっと……彼女は……お願い、助けてと……助けて?」
 最後の助けて、はアーシアに向けて。まるで確認するように。
「どういう事だ?」
 二人は顔を見合わせた。


   ◆


 アーシアを探しにきた建一たちに、顔見知りの羽月らは、朱庵の奥の個室へ移動して、そこでつぶさに事情を聞くことになった。
「つまり、見知らぬ馬車があったから犯人、か。それはいささか強引過ぎるのではないか?」
 言った羽月にモルは大いに頷いた。
「そりゃもう、有無も言わせぬって感じでやした」
「どこかから密告があったと考えるべきだろう」
「同意見ね。真犯人は別にいて、キャラバンは囮」
 ウェルゼがまるで決め付けるように言い切った。だからこそ、彼女はその情報の出所を追おうと主張していたのだ。
「つまり、犯人たちは偽犯人を捕まえさせる事で安心させ、警備の薄くなった隙を突こうとしてるって事なのね」
 ユリアは嫌そうに眉を顰めた。
「皇帝暗殺なんて企てるような連中の考えそうな事ですが、気に入らないですね」
 建一も言葉は丁寧だがどこか吐き捨てるように言った。それから一つ深呼吸して、一同を振り返る。
「では、密告者を伝っていきますか」
 頷く一同に、羽月が視線を卓上に落とす。
「しかし、密告者がうまく捕まえられればいいが……適当な奴に金を握らせ密告させ、既にそいつは長沙を出た、という可能性もある。それに、密告自体可能性の一つでしかないだろう」
 ユリアが確かにと頷いて、考え深げに顎を人差し指の背で撫でた。
「情報がもっと欲しいわね」
「あの……」
 そこへリラがおずおずと口を開いた。
「少し危険かもしれませんが……皇帝暗殺を目論む犯人は別にいるという事を示唆するような……えっと、歌を流してみてはどうでしょう」
「歌?」
「はい……私たちが真犯人を探している……或いは、防衛隊の皆さんに他に犯人がいる事を気づかれる……それが困る人たちが妨害しにくるかも……」
「なるほど。なら、僕がやりましょう」
 建一が名乗り出た。
「僕も歌わせて下さい」
 シェルが続く。
「だが、犯人に襲われる可能性もある。二人で大丈夫か」
 尋ねた羽月に、シェルが息を呑んだ。しかし建一は柔らかい笑みを返して答えた。
「ええ。犯人がうまくかかってくれれば助かります」
「では、我々は動機の線から追ってみよう。皇帝を暗殺して得をする人物というのが必ずいる筈だからな。二人は密告者の足取りを」
 羽月が、ユリアとウェルゼを振り返った。
「わかったわ」



 ***** **



「…………」
 剛虎と遼介は、そこでふと目が合った。全面石造りの壁に体が通れるかどうも怪しい空気取り用の小窓が高いところに一つ。もちろん鉄の柵がはまっている。恐らくここは地下なのだろう、四つの壁の一つは鉄格子という典型的な留置場の中だった。
「よぉ」
 遼介が沈黙に耐え切れない風で声をかけた。同じ歳くらいの少年が同じ留置所にいるというのも、少し意外な気分だった。
 剛虎は暫し遼介を見やっていたが、返事をするでもなくふと、視線をそらせてしまう。
「おい」
 無視されて、遼介はムッとしたが、剛虎は意に介した風もなく、鉄格子の傍らに膝をついて、外の様子を伺っていた。
「おい?」
 遼介が剛虎を覗き込む。今は互いに武器類を全部取り上げられていた。
「不愉快だ」
 剛虎がボソリと呟いた。
「何だよ、それ。ムカつく奴だな。初対面でそれはないだろ」
 自分に言われたんだと勘違いした遼介が剛虎を睨みつけたが、相手は相変わらず聞こえてない風で、無視を決め込んでいるのか。
 遼介は憤然として彼に背を向けると、留置所の真ん中にどっかと腰を下ろした。
 よく考えてみれば、こんなところに入れられるような奴なのだ。悪い奴に違いない。自分は、といえば、間違えられて入れられたのだから、仕方がないのだ。誰にともなく言い訳しながら遼介は腕を組んで壁を睨み付けていた。
 一方剛虎は何かの距離をはかるように暫くそちらを見つめていた。ここにいるのが子供二人と侮っているのか、監視員は一人だけらしい。剛虎は、おもむろに付けていたマフラーをはずす。まっすぐ伸ばすように彼が手を動かすと、どういうわけか柔らかかったはずのマフラーが棒のように硬くなった。
 それを鉄格子の隙間を縫って、投げつける。
 マフラーの棒は留置所の監視員の後頭部を直撃した。
 見えない糸で引き寄せられるかのように戻ってきたマフラーが剛虎の手の中で再び柔らかさを取り戻した。
 剛虎がマフラーを持っている腕を振るう。マフラーはしなやかな弧を描いて、昏倒し傾ぐ監視員の男の足に巻きついた。
 剛虎が力いっぱい引き寄せる。
 引き寄せられた男の腰から鍵を取って開けた。
 その音に遼介が振り返る。
「お…おい……」
 鉄格子を開け放った剛虎がそこに立っていた。
 遼介が呆気に取られたように彼を見上げていると、剛虎は遼介を見やって初めて口を開いた。
「おい、じゃない」
「え?」
 一瞬彼の言ってる事が理解出来なくて、遼介はまじまじと剛虎を見返した。
「饒だ」
 短く無愛想に彼が言った。
「あ、ああ。俺は遼介。湖泉遼介だ。饒はなんでここに?」
「誤解だ……。不愉快な」
 剛虎はぼそりと吐き捨てるように言った。どうやら先ほどの『不愉快』も、自分に向けられたものではなかったらしい。そして彼も自分と同じく単なる誤解でここに入れられていたようで、遼介は少し嬉しくなった。
「行くか?」
 剛虎が尋ねる。
「勿論!」
 遼介は力強く答えた。誤解を解かなきゃ。
「…………」
 遼介の屈託ない笑顔に、剛虎はふと親友の顔を思い出して、疲れたような溜息を一つ吐き出すと、留置所を出たのだった。



 ***** **



 帝都―長沙は陽国六大都市の中でも最大級を誇る城郭都市である。その全周を二重の城壁が囲っているのだ。その内城には、王の執政を司る宮殿区の他に、高級住宅区、一般居住区、各種工場などがあり外周の城壁内には農地が広がっていた。
 高級住宅区には、それぞれ自らの力を誇示するような巨大な邸宅が並んでいる。しかし白亜に朱塗りの柱は、見る者が見ればどれも同じに見えたかもしれない。とはいえ、東市の喧騒に比べたら、閑静なその住宅街は似ても似つかないはずなのだが。
 シルフェは青い目をわずかにすがめて首を傾げていた。
「あら、まぁ、出られなくなってしまったようですわ」
 目の前には壁がある。足下には道はない。恐らくこの壁の向こうに道はあるのだろう。彼女は東市を歩いている内に壁の中に迷い込んでしまったのだ。どうやってか、それは当の本人である彼女にすらわからなかった。気付いたら、この邸宅の庭にいたのである。
 迷子にも程があった。
「困りましたわ」
 ちっとも困った風もなく呟いて、シルフェは踵を返すと、ちょっとした竹林のようになっている庭をふらふらと歩き出した。しばらくして、どこかからカコーンというししおどしの小気味いい音が聞こえてくるのに、今度はそちらへふらふらと歩き出す。
 やがて竹林は途切れ、小さな池のある庭に訪れた。池には錦鯉が泳いでいる。
 その向こうに白亜と朱塗りの柱。
 同じく朱塗りの桟の丸い窓。
 そこから人の話し声がかすかに漏れていた。
 シルフェがゆっくりそちらへ近づいたのは、その声の中に『あんさつ』という言葉が聞こえたからだ。彼女の中の好奇心がそれを手伝ったのである。
 そうして窓辺で耳をそばだてようとした時だった。突然、シルフェの肩を何者かが掴んだ。
「何をしている?」
 痩せぎすの神経質そうな男が、底光りするような目でシルフェを睨み付けていた。
 これが普通の人間なら、万事休すと思ったに違いない。しかしシルフェはちょっとばかし普通からは、はずれたところにいた。
「まぁ」
 なんとものんびりと口を開いた。
 窓が開いて二人の男が顔を出す。恰幅がよく愛想の良さそうな顔をした、笑ってないのに笑って見えるたぬき親父と、それから、ほっそりとした長身のキリンみたいな男だった。
「貴様、今の話……」
 キリンみたいな男が言った。
「これから聞こうと思っておりましたのよ」
 シルフェは悪びれた風もなく正直に応えて、うふふと笑ってみせた。そして、男たちが顔を見合わせるのに、シルフェは全く邪気のない顔で続けてみせる。
「でも、暗殺がどうとか。まぁ、もしもそれが皇帝陛下暗殺などでしたら、面白……いえ、大変ですわねぇ」
 シルフェの言に男達の間に緊張が走る。シルフェの肩を掴んでいる男が低い声で尋ねた。
「何者だ」
「まぁ、人に名前を尋ねる時は、先に自分から名乗るものですのよ」
 シルフェはしれっと言い返した。彼女は全く気付いた風もなかったが、彼女肩を掴む男のもう一方の手には短刀が握られ、ピタリと彼女の背にあてがわれていた。
「人の家の庭に不法侵入しておいて、よくも言えたものだな。騎都尉に突き出されても文句は言えんぞ」
 キリン男が呆れたように言った。
「まぁ、そうでしたわ、わたくしったら。道に迷って気付いたらこんな場所に。あの、どのようにしたら出られるのでしょう?」
 どこまで本気で言っているのか。いや、シルフェは至って本気であったが、男たちには微妙だった。むしろ、シルフェを疑ってかかっている男たちからすれば、そらっとぼけているようにしか見えなかった。
「…………」
「大方、キャラバンの仲間だろ」
 肩を掴んでいる男が言って、短刀を掴む手にわずかに力をこめる。
「キャラバン?」
 シルフェは相変わらず緊張感も緊迫感もない顔と、気の抜けるような声で、首を傾げながら男を振り返った。
 何となく男はシルフェのペースに巻き込まれて、懇切丁寧に答えていた。
「ああ、そうだ。その皇帝暗殺を企んで、帝都防衛部隊の衛士らに捕まった連中さ」
「あらあら、そんないかにもな団体でお出ましなんて、間抜けな方々もいらっしゃったんですねぇ」
「…………」
「あ、それとも、囮にでも利用されたのでしょうか。でも、そうしますと本物を見落としたその防衛部隊とやらの皆さまはお間抜け……あら、いけない。わたくしったら、口がつるりと」
「…………」
「はっはっはっ。面白い奴だな」
 それまで無言だったたぬき親父が突然笑い出した。
「まぁ、わたくしの推理を褒めて下さいましたの?」
 シルフェがニコニコたぬき親父を振り返る。
「さっさと始末しろ」
 キリン男がイライラした顔付きで肩を掴む男に目配せした。
「いや、待て待て……」
 たぬき親父が止める。
「しかし……」
「わしに考えがある」
「はぁ……」
「お嬢さん」
 たぬき親父がシルフェに愛想笑いを向けた。
「はい」
「道に迷われたとか。どうやら旅の人らしい。どうです今夜は我が邸に泊まって行かれては」
「まぁ、よろしんいですの?」
「えぇえぇ。いつまででも、ごゆるりと」
 たぬき親父の笑顔の下で、腹黒くうごめくものがあったが、結局シルフェがそれに気付くことはないのだった。






 ■起承転結の承:そんなわけで捜査開始■


 歌う雨の間を縫って 囁く吐息が一つ 二つ
 都の華を観んとて 道上る蓑が一つ 二つ……


 東市のメイン通りの入口にあたる場所で、建一は即興で作った曲を竪琴で爪弾いた。
 建一の奏でる曲に、キャラバンの歌手でもあるシェルが、リラの作った詩をのせる。
 道行く人はシェルの声に足を止め、建一の竪琴に耳を傾けた。そうして一人、二人。
 それは東市にまで響き渡っているのか、瞬く間に彼らは人だかりに囲まれていた。誰もが、建一の竪琴とシェルの歌声のとりこになったように熱心に聞き入っている。
 この中のどれほどが、この歌の紡ぐ詩に隠された意図に気付くだろうか。
 こう人が多くては相手も手を出しにくいだろう。もし彼らが襲ってくるとするなら人気のなくなった帰り道か。だが、それでは彼らにとって遅すぎる。
 出来るだけ早く止めたいはずだから。
 建一は辺りの気配に細心の注意を払いながら、何度も同じ曲を繰り返した。



 ***** **



「彼ら?」
 ユリアが尋ねるとモルは大きく頷いた。
「うん、そうだ。あいつらが団長たちを捕らえたんだ、間違いないよ」
 モルが睨み据える先に帝都防衛隊本部建屋の入口が見える。その前に数人の衛士らしい男たちが輪を作っていた。腰には環首刀を佩いている。
 ユリアはウェルゼと共に輪に近づいた。
「あの……」
 声をかけると、輪の中の一人がユリアに気付いて振り返った。
「なんでしょう?」
 今にも揉み手せんばかりの愛想のいい顔で、ユリアを見返している。
「さっきキャラバンの幌馬車をみかけたんだけど、何かあったのかしら?」
 尋ねたユリアに、輪を作っていた衛士たちが一瞬、表情をかたくした。
「どうしてです?」
「前の街で彼らの出し物を見させてもらったんだけど、彼らが何かするような人たちには見えなかったから」
「旅行者の皆さんが気になさるような事は何もありませんよ」
 衛士は大仰に愛想を振りまいて答えた。
 そして、それで話は終わったかのように、ユリアたちを街の喧騒へおし返そうとする。
「あーもー、まだるっこしいわね」
 ウェルゼがイライラと口を開いた。かと思った時には、男に向かって手を伸ばしていた。
「え?」
 一瞬呆気にとられた男の首をウェルゼの手が掴みあげる。
「本当に何もないの? 皇帝暗殺とか」
 ウェルゼが言った。
「!?」
 輪を作っていた男たちがハッとして身構える。
「何故、貴様らそれを……」
 何人かは既に、腰に佩いた環首刀の柄に手をかけていた。
「彼らが暗殺犯だって情報はどこからきたの?」
 ウェルゼが剣呑とした眼差しを衛士たちに送る。
「うっ……くっ……」
 首を締め上げられた衛士が今にも泡を吹き出しそうな形相で、苦しそうにもがき呻いた。
「言わないと、彼の首の骨がへし折れるわよ」
 容赦、とか、手加減、という言葉を知らないような顔付きでウェルゼが衛士たちを睨みつける。
「……知…知らない」
 一人の衛士が首を振って言った。
「知らない? 知らなくてどうしてキャラバンは捕らえられたのよ」
 ユリアが詰め寄った。
「ほ…本当だ。信じてくれ。う…上からの指示で俺たちは動いていただけだ」
「上? っていうと……」
 その時だった。
 そこへ突然けたたましいほどの音量の警報が鳴り響いた。唐突とあまりの大音量に一瞬ウェルゼの手が緩む。抜刀した衛士が切りかかってくるのに、ウェルゼは衛士から手を離すと後方に退いた。
「まずいわ、一旦退きましょう」
 鳴り響く警報に他の衛士らが駆け出してくる足音までは聞こえなくても容易に想像が出来て、ユリアはヒップホルスターからハンドガンを抜くと、安全装置をはずして身構えながら言った。
 ウェルゼが嫌そうに舌を出す。多勢に無勢とは思わないし、逃げるという選択肢も好まない。けれど、面倒くさい事だけは何となくわかる。
 機をはかるように衛士たちとの間合いをはかっていると、建屋の玄関口から他の衛士たちが飛び出してきた。
 そして二人はそのまま固まった。
「!?」



 ***** **



 建一とシェルが、とりあえず人の賑わう東市の傍に出向くという。ウェルゼとユリアはモルを連れてキャラバンを連れて行った帝都防衛隊の本部がある建物へ向かった。
 残った羽月とリラと、リラに懐いているのかぴったりとくっついているアーシアは、まずは皇帝暗殺容疑をかけられたキャラバンの事を知っている朱庵の女将――朱遥に声をかけた。
「皇帝を弑して、一番得をするのは誰だと思います?」
 羽月の問いに朱遥は暫く考えるように天井の辺りに視線を彷徨わせていたが、やがて思いあたったように答えた。
「皇帝を……? そうねぇ、得かどうかはわからないけど、兄君かしら?」
 朱遥の言葉に羽月が驚いたように目を見開く。
「兄君? ……って、皇帝には兄がいるのか?」
「ああ、異母兄がね。十年前の内乱も酷いもんだったよ」
 朱遥はその時の事を思い出すように、どこかへ視線を馳せ顔を曇らせる。
「内乱?」
「血を見た世継ぎ争いってやつさね。兄君でいらっしゃる陽政様は未だに自分が正当な世継ぎだと主張していらっしゃるぐらいだから」
 朱遥が言った。羽月はなんとも複雑な顔で頷く。
「長子世襲は太平の世の慣わしだろう」
 勿論、善政を布く者が上に立たねば天下太平とはいくまい。しかし、長子以外の者が継げば、いらぬ戦乱の種を撒くのもまた事実であった。
「兄君が側室の子だったというのがもっぱらの噂だけど、実質どうだったかは、うちらにはねぇ」
 朱遥が言う。勿論そうだろう。権力争いとは、それだけで決着するものではない。しかし弟の方が継いだのか。先代の皇帝は世継ぎに関して何も言及せずに世を去ったのだろうか。
「でも……お兄さんが犯人ではないみたいです」
 リラが言った。え? と振り返った羽月にリラが笑顔を返す。
「アーシアさんがそう言ってます」
「……確かに、皇帝を暗殺して真っ先に疑われるのも、彼だろうからな」
 疑われたところで証拠がなければ彼が帝位に就くことになるのか……。
「今、皇帝に世継ぎは?」
「いないよ。皇帝がお隠れになれば、次期皇帝は間違いなく兄の陽秦様がお継ぎになると思う」
「…………」
 羽月は考えるように腕を組んで焦点の定まらない視線を机の上に落とした。
「兄が企てたわけではない……にしても、何らかのつながりがあるかもしれないな。例えば、兄が皇帝に就くことで得をする人物……」
 呟く羽月にリラが頷いた。
「そうですね」
「そこから調べてみよう。十年前の当時の記録が残っているような資料とか、どこかにありませんか?」
「帝都中央図書館になら古い新報が置いてあるはずだよ」
「ありがとう」
 頭を下げて羽月はリラを振り返った。
「行ってみよう、リラさん」
「はい」



 ***** **



「網にかかったようですよ」
 建一は竪琴を奏でる手を休めるでもなく呟いた。
「え?」
 歌っていたシェルが咄嗟に歌うのをやめて建一を振り返ったのと、彼の目の前で何かが突然スパークしたのとは、ほぼ同時だったろうか。
 彼らを取り囲んでいた客たちが何事かと慌て始めた。騒ぎ出す彼らの目を盗むように、建一はシェルの手に自分の腕を握らせて駆け出した。
 出来るだけ、人がいない方へと足を運ぶ。
 人気のない路地裏で建一は足を止めて、シェルを壁際に誘導した。そして小さく呪文を唱え結界をはる。
 先ほど、スパークしたのも、この結界に相手の攻撃が跳ね返された結果だった。
「あんな人ごみの中で仕掛けてくるとは」
 小さく呟いて建一が身構えると、数人の男たちが彼を取り囲んでいた。
「建一さん!」
 気配を察してシェルが声をかけてきた。
「大丈夫です。危ないですからそこから動かないでください」
 そう優しく声をかけて建一は男たちを振り返った。
 全部違う人間であるはずなのに、何の感情も映さないそれは、全部同じ顔のように見えて、建一は小さく溜息を吐く。
「アンデットでは、情報を聞き出す事が出来ないじゃないですか。ついでに殺しても死なない、とは。さて、どうしましょう」
 困ったような顔で、困ったように呟く。しかし口ほどにものを語るといわれる目は、穏やかに笑っていた。既に死んでいる相手は殺す事も出来ない、殺してしまうような事もない。つまり、手加減をする必要がないという事でもある。
「出来れば早目に、姿を現してくれると助かるんですが」
 建一はそう呟いて地面を蹴った。



 ***** **



「まずい、気付かれた」
 階上から何人もの足音がこちらに向かってくる気配に、剛虎はマフラーを棒状にして身構えた。
 だが、それを遼介が手で制す。
「ここは俺に任せろ」
 今度は自分の番、とばかりに笑って遼介が前に出たのと、警備の衛士らが降りてきたのとはほぼ同時だったろうか。
 ざっと見て十人足らず。両手いっぱい伸ばしたくらいの狭い階段に衛氏らが立ちふさがっていた。
「貴様ら!?」
「脱走だー!」
 彼らの後方で援護を呼ぶ声が微かに聞こえていた。警報が鳴り響く。
「おい……」
 これから更に人数が増えるだろう、一人で相手できる人数ではない。そう判断して剛虎が遼介の肩を掴んだ。しかし遼介は動じた風もない。
「まぁ、任せとけって」
 そう言って遼介が取り出したのは一枚のカードだった。剛虎は見た事もない。しかし聖獣カードと呼ばれるそれは、ただのカードではなかった。遼介の持つ聖獣カードは水の聖獣ティアマットの化身たるヴィジョンを召喚する。
「なっ……」
 剛虎が目を見開いた先に、まるでマントを纏ったような一人の人間が突然現れた。だが、それを人と呼ぶには抵抗があるだろうか。その両手の甲には目があったのだ。
 剛虎は人型のヴィジョンを見たのはこれが初めてであった。実際には、ティアマットの化身たる人型ヴィジョンには頭・肩・胸・背中、そして手の甲に五組の目が備わっていた。
「いけ、ティアマット!」
 遼介の声に反応するようにティアマットの手が動く。その手に握られていたパープルの宝珠−エネルギーオーブが光を放った。その中に刻まれているのは古の文字か。
 幻影がその場を支配した。
「…………」
 剛虎は最初、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。突然、衛士らが一様に彼らの横を素通りして、地下通路の柱に縄を巻き始めたのである。
「さ、今のうちに行こうぜ」
 遼介が、いたずらっこのような顔でペロリと舌を出して、親指で階上を指差した。
 ヴィジョンのもつ強烈な幻影によって、彼らは柱を二人と認識してしまっているらしい。
 遼介が走り出すのに剛虎は何とも複雑な顔でその後を追いかけながら、内心で詫びていた。あいつに似ているとか思って悪かったな、と。
「キャラバンのみんなはどこだ?」
 走りながら遼介が言った。出口を求めて廊下を駆け抜ける。
「こことは違うところに連れていかれたようだが」
 剛虎が答える。反対側から騒ぎに駆けつけた衛士と何度も出くわした。しかしそのたびにティアマットの幻影で二人は最短距離を出口に向かって走る事が出来た。
「助け出さなきゃ」
「…………」
「なんだよ」
「助けても追われるだけだ」
 剛虎は短く言った。だが、それで遼介は察した。追われる身ではキャラバンは成立しない。ショーを見せられなくなるからだ。隠れながらなんて出来るわけがない。この大陸を抜け出したとしても、追っ手がないとも限らないのだ。
 濡れ衣を払拭するまでは。
「よし。俺たちで真犯人を捕まえよう」
 遼介が目を輝かせて言い切った。
「…………」
 こういうところはあいつに似てるのにな、と剛虎はぼんやり思う。
 二人は外へと走り出た。
 そこに、数人の衛士と睨めっこをしている女が二人いる。
 二人は自分たちを見て、呆気に取られたような顔で固まっていた。
「!?」


   ◆


「あれ? あんたも来てたんだ」
 遼介が状況にはそぐわない軽い感じで声をかけた。
「もしかして、この警報……」
 ユリアは頭が痛くなってくるのを感じながらこめかみを押さえる。
「いやぁ、なんか間違われて掴まっちまったみたいだからさ、逃げてきちゃった」
 遼介がペロリと舌を出した。ユリアは溜息を吐いて踵を返す。
 そして遼介の隣に並んで走りだした。
 何といっても、衛士たちが後ろから大挙して追いかけてきているのだ。遼介を挟んだ反対側の隣にはティアマットが走っている。ウェルゼと剛虎が彼らの後ろに続いた。
「……キャラバンのみんなは?」
 ユリアが尋ねた。
「別の場所にいるらしい」
「そう」
 ユリアはこっちよ、とでもいう風に目配せして通りを右に折れた。間髪入れず遼介らが後に続く。一つ目の通りをまたすぐ左に曲がった。追ってくる彼らの方が土地勘があるのはわかっている。ならば『木の葉を隠すなら森』に倣ってユリアは人通りの多い方を選んで走った。
「あんたらは?」
 遼介が聞いた。
「キャラバンが犯人だっていう情報の出所を調べようとしてたんだけど……」
 ユリアがわずかに肩を竦めたのに、遼介が視線を泳がせる。
「もしかして、邪魔した?」
「邪魔も邪魔! 邪魔! 大邪魔よ!」
 ウェルゼが後ろから乗り出してきた。
「悪い」
 遼介は片手をあげ小さく頭を下げた。
「でも、帝都防衛隊の上層部が絡んでるかもしれないわ」
「……上層部って、それって結構やばくないか? ……あのさ、帝都防衛隊と同じような仕事をしてて、仲の悪い連中とかっていないかな?」
「同じような仕事で仲の悪い?」
 ユリアが怪訝に眉を顰める。
「そう。警視庁と警察庁とか、刑事部と公安部、みたいな」
「さぁ……ってか、何それ?」
「さぁ? なんか、仲が悪いものの代名詞らしいけど……」
「…………」
「朱遥さんに聞いてみたら、何かわかるかも」
「朱遥さん?」
「私たちを匿ってくれてる人よ」
 五人は東市の雑踏に飛び込むと、遼介が後ろを振り返った。
「ティアマット!」
 その声に応えるように紫の宝珠が光輝く。
 そのまま追っ手を撒いて、五人はのんびりと甘味処朱庵に向けて歩きだしたのだった。


   ◆


 朱庵に戻ってきたユリアは朱遥に事情を話して剛虎と遼介を奥の個室へ案内した。
 留置所からの言うなれば脱走犯ともいえる二人をあっさり受け入れてくれる彼女の寛大には頭が下がる思いでユリアが何度も礼を言ったが、長沙一をほこる甘味処の女将は気風のいい言いっぷりで「目を見りゃわかるってーの」と笑っただけだった。
 城門で立ち往生していた時も、そんな風に笑って事情も詳しく聞かないで門を通れるように取り計らってくれたのである。
 そして今も、お茶と蒸篭を盆に乗せやってきた。
 湯のみを四人に並べる朱遥に、それを手伝いながらユリアが、帝都防衛隊と仲の悪い組織はないか尋ねてみた。そういう組織があれば、帝都防衛隊の失態に動いてくれるかもしれない。
「帝都防衛隊と仲の悪い連中? 似たような仕事なら、皇居守備隊も似たような事してるんだろうが……そうさねぇ、他の軍の組織はわからないけど、軍と隠密機動が仲が悪いのは聞いたことがあるね。まぁ噂の域は出ないけど」
 朱遥は大きな蒸篭をテーブルの真ん中にどんと置いて、お盆を脇に挟むと腕を組んだ。
「隠密機動?」
 遼介が興味顔で尋ねる。
「ああ。皇帝直属の特殊部隊って話だよ。何でも太極図の映る鏡を持ってるとか」
 朱遥が蒸篭の蓋を開けると中からほかほかの湯気があがった。
「彼らと連絡は取れないかしら?」
 ユリアがお茶で喉を潤しながら尋ねた。
「そうさねぇ。だから噂の域を脱さないのさ。本当にそんな組織があるかどうかもわからない、ってね」
「え?」
「まぁ、時々各地で、悪政を強いていた地方役人がとっ捕まってるから、実際にはあるんだろうけど、影で動いてる人たちだからねぇ、滅多にお目にかかれないんだよ」
 朱遥は肩を竦めてみせる。彼女自身出会った事がないのだ。
「地方……って、まさか、帝都にはいないんじゃ……?」
「さぁ、どうだかねぇ」
「…………」
 ユリアは遼介を見やった。遼介はうーんと一つ唸る。
 そこへノックが一つして、朱遥が扉を開くと、羽月とリラとアーシアが立っていた。いつの間にかメンバーが増えている事に少し驚いたような顔をしながら、羽月たちが開いた席につく。
 朱遥が「お茶淹れてくるよ」と個室を出て行きかけたとき、入れ違いで、建一らが、自分たちを襲ったという人間を引き連れて入ってきた。


「あ……」


 引き連れてきた人間を個室の真ん中の開いた椅子に座らせて、建一が詰め寄った。
「さぁ、話してもらいましょうか」
 それは顔に擦り傷をいっぱい作った、まだ幼さの残る少年の姿をしていて、一部の人間は唖然と、残りの人間は別の意味で呆気にとられて見ていた。
「…………」
 少年は俯いたままだ。
「こいつは?」
 恐る恐るといった態で剛虎が尋ねた。
「僕らを襲ってきた。恐らくはあの歌をやめさせる為に」
 それで剛虎が少年の前に立つ。
「芦川……」
 声をかけると少年がふっと顔をあげて「あれ?」と呟いた。それから何度も腕で目をこすって、現実をやっと理解したかのように言った。
「剛虎……?」
「え?」
 反射的に建一が剛虎を見る。それから、こいつは誰? と言った顔でユリアたちを振り返った。ユリアはなんとも複雑そうな顔で肩を竦めてみせると二人の名前を口にした。それで建一は彼らがユリアらと顔見知りだと知る。
「なんで、お前が……」
 低い声で剛虎が尋ねた。今にも拳が飛んできそうで、光は慌てて手を振る。
「わっ…知らないよ。お前こそ、なんでこんなとこいるんだよ」
「…………」
「俺はただ、この国を脅かす悪い奴をとっちめるのに手を貸してくれって……」
「誰かに頼まれたのか!?」
 光の言葉に遼介が立ち上がって身を乗り出した。
「う……うん」
 光はおずおずと頷く。
「誰に!?」
 今度はユリアが立ち上がる。
「え? えぇっと……」
 光は気圧されたようにユリアと遼介を見返した。
「聞いても無駄だ」
 剛虎が疲れたように息を吐く。
「なんでよ?」
 尋ねたユリアに、ウェルゼがのんびりお茶を啜りながら言った。
「まぁ、そうよね。だって、まだ見習いなんだもの。人を疑うってことを知らない子だからねぇ」
 かく言うウェルゼも適当な与太話を聞かせては光を振り回してる一人である。
 湯飲みを卓上に置くと、組んでいた足をほどいて膝に肘をつきウェルゼが微笑んだ。
「どうせ『悪い奴をとっちめる』に意気投合して、詳しい事情も聞かずに飛び出してきたんでしょ?」
「…………」
 まったくもってその通りだった。


   ◆


 明日に皇帝陛下の誕生を祝う式典を控え、長沙はいつにも増して活気に満ち、賑わっていた。
 普段、旅をしているせいか、これほどの人口密度を経験した事のなかった光は、式典のパンフレットを手に、あっさり人に酔ってしまったのである。
「明日のパレード、俺、大丈夫かなぁ……」
 などと呟きながら、人混みを避けるように、人の少ない方へ、いない方へと歩き出し、そこで彼らと出くわしたのだった。
 人気のない場所で、人目に隠れるように三つの影が、薄暗がりの中、小声で話しているのが聞こえてきた。光は見習い勇者の血が騒ぎ、咄嗟に道端の大きな樽のような入れ物――実は集配用のゴミ箱――の影に隠れてそれを聞いていた。

「式典は明日だ」
 しゃがれたような男の声がそう言った。
「ターゲットが出てきたところを…………」
 軽い口調の声が続く。
「……抑えてあるんだろうな」
 しゃがれた声が再び聞いた。
「もちろん」
「……には気取られるなよ」
 そう言ったしゃがれ声に、二つとは別のバリトンが重なった。
「その件について面白い話が」
「なんだ?」
「帝都防衛部隊の連中が、暗殺グループを捕らえた、とか」
「ほぉ……」
「…………」
「どうした?」
「…………」

 ところどころ、声が小さくて聞き取れないところがあったが、ふと、三人の会話がそこで途切れた。更に声を顰めてしまったのか、光は耳を欹てようと身を乗り出す。すると、突然目の前に男が現れた。
「わっ……」
 暗褐色のケープを纏った男が、光の顔を覗き込むようにして鋭い目で睨み付けていた。
「今の話、聞いたのか?」
 しゃがれた声が尋ねる。
「あ…あの……俺……」
 光はたじろいだ。たじろぎながらも彼は彼なりの思考を巡らせた。そして一つの結論に達したらしい。
「……暗殺グループが捕らえられたってどういう事? もしかして、まだ掴まってない人間がいるの? それなら俺、手伝うよ!」
 光は大真面目に申し出た。見習い勇者の血が騒ぐ。正義感だけなら誰にも負けない顔だった。
「…………」
 かくして、光は彼らに言われるままに、彼らが用意した不気味な連中――光はそれが建一によって壊されるまでアンデッドだとは気付かなかった――を引き連れて、建一たちを襲ったのだった


   ◆


「まぁ、いいように使われちゃって」
 ウェルゼが呆れたように鼻で笑って言った。普段いいようにこき使ってる人間には言われたくないセリフである。
「…………」
 光は申し訳なさそうにうな垂れた。どうやら自分は大勘違いの果てに、とんでもない事をしでかしていたらしい。未遂に終わったが。
 あまりに意気消沈している風の光に、剛虎が溜息を吐く。
「いや、情報は持ってるだろ」
 助け舟のように言った。自分が彼をボロッかすに詰るのは大して気が咎めないが、別の誰かに言われるのは何となく気に入らなかったようである。
「どんな?」
「たとえば犯人の顔とか。後は人数かな……それと、そうだな、奴らと出会った場所とか」
 言った剛虎に光が大きく頷いて立ち上がった。
「あ、うん。顔は覚えてる。見たらわかるよ。人数は俺が見たのは三人。奴らにあったのは東市の傍のでっかい建物!」
「なら、実行犯は少なくともこれで判明する。こいつが証人にもなるだろ」
 剛虎が個室にいる全員を順に見た。
「あら、お手柄じゃない」
 ウェルゼがまるで小学生以下の子供を褒めるように、光の頭を撫でてやる。
「東市の傍とは、小雁塔の事か?」
 羽月が尋ねた。
「だとしたら?」
 ユリアが振り返る。
「確か、式典のプログラム……。承天門の前で挨拶、そのまま朱雀門を抜けて大通りをパレードが進むとしたら?」
 羽月はプログラムに描かれた帝都の簡略図を指差しながら言った。
「狙うにはかっこうの場所かもね」
 ユリアが頷く。
「実際、この承天門の奥の宮殿区には特殊な結界が施してあるらしくて、許可を受けた者以外は鼠一匹入れない。この生誕祭が狙われたのも、皇帝が外に出るからと考えていいと思う」
「なるほど。確かに」
 建一も頷いた。
「もう、いいんじゃないか?」
 ふと剛虎が言った。
「何が?」
「明日、暗殺計画が実行されれば、掴まっているキャラバンのアリバイはこれ以上ないくらい確かなものになる。そうすれば自動的に無罪放免だろ」
 そう主張する剛虎をユリアが呆れたように横目で見やる。
「で、今度は脱獄犯のあなたが暗殺犯になるってわけ?」
「何としても真犯人を捕らえる」
「おう、当たり前だ! こうなったら絶対とっ捕まえてやる」
 光が握り拳を握って剛虎の肩を叩いた。
 建一は肩を竦めて羽月の方を振り返る。
「それで動機の方については何かわかりました?」
 それに一つ頷いて、羽月はわずかに声を顰めた。
「それについて一人不審な人物が浮かんできた」
「不審な人物?」
「ええ。名前は張耒。十年前まで陽国の丞相司馬を務めていた男だ。丞相司馬……いわゆる丞相の筆頭補佐官だな。当時の皇帝世継ぎ問題で政争に巻き込まれ、現皇帝の兄――陽政に付き敗北、その後左遷されたらしいが最近帝都に戻ってきているそうだ」
「そいつがこの暗殺計画を……?」
「現時点では、状況証拠だけだが」
「しかし、かつて丞相司馬を勤めていたぐらいなら、軍部にもある程度顔がきくんじゃないかしら?」
 ユリアが腕を組む。
「軍部で何か怪しい動きが?」
 尋ねた羽月にユリアは曖昧に頷いた。
「実は、暗殺犯という情報の出所は、帝都防衛部隊の上層部。もしかしたら軍の上層部かもしれないのよ」
「そうか……」
 羽月は無意識に傍らのリラを振り返っていた。よほど難しい顔をしていたのか、リラが困惑げな笑みを返してくる。羽月はゆっくり息を吐いて、穏やかな口調で頭の中にあったのとは違う言葉を口にした。
「もう少しで点が繋がりそうだな」
「はい」
「しかし、犯人がその張耒という男だとして、その男が自ら実行するわけじゃないわよね」
「彼の指示で動いている実行犯が光くんの見た三人組みという事で……」
 言いかけた言葉を建一がふと、飲み込んだ。
「うん?」
 光が首を傾げる。
「しっ……」
 建一は人差し指を立てて口元にあてると、個室の奥の戸板を睨みつけた。
 察したように羽月が音もなく戸板の前に立つ。そして個室の中の面々を確認を取るように順に見回して、一つ頷くと戸板を開け放った。
 その奥にはこちらと似たような個室が広がっていて、真ん中の円卓に一人の男がのんびりとした顔で座って、お茶を啜っていた。
「貴様は!?」


   ◆


「暗殺犯だなんて、穏やかじゃないねぇ」
 紺の長袍を着た男がのほほんと言った。その隣で朱遥が手を合わせている。
「ごめんよ。槐の旦那がどうしても、って聞かなくて」
「悪いな。ちょいと仲間に入れてもらおうかなぁ、なんて」
 槐の旦那と言われた男が、やっぱりのんびりした口調で言った。
 そして、呆気にとられている面々を気にした風もなく朱遥を振り返る。
「女将、人払いを」
「わかってるよ」
 そう言って朱遥は個室を出て行った。後でお茶を運ぶとかなんとか言いながら。
 円卓の開いた椅子に腰を下ろした槐に、やっとの思いでユリアが口を開いた。
「あなたは?」
「槐でいいよ。遊び人なんてやってる商家の三男坊ってやつさ」
 どこまでも胡散臭い。
「ま、皇帝暗殺なんて聞いちゃったら、気になるだろ?」
 なんて言葉さえ白々しく聞こえる。
「いつから?」
 建一がチラリと隣の個室のある方を目配せして聞いた。
 槐は円卓の上に頬杖をついてとぼけたように答える。
「えぇっと……いつからだったかな?」
「…………」
「手伝わせてくれないか」
 槐が言う。
「あんたを信用するわけにはいかない」
 剛虎が、皆の言葉を代弁するように言った。ここに集ったのは、何らかの形で事件に巻き込まれた者達が半分と顔見知りが半分といったところだろうか。そこに、これといって大きな信頼関係があったわけでもなかったが、全く知らない人間よりは多少信頼が出来た。少なくとも、この中に暗殺犯はいないと互いに断言できたのだ。
 だが――――。
「どうしたら信じてくれる?」
 槐が困ったように尋ねた。
 考えあぐねたようにユリアが溜息を吐く。
「……私は朱遥さんを信じることにするわ。あの人が不用意に信用できない男を私たちに近づけるとも思えないもの」
 もし彼がスパイだとするなら、わざわざこんな風に近づく必要はないように思われた。それは彼と朱遥が旧知のようだったからだ。ならば、朱遥からこちらの内情を聞き出せばいい。それをしないで近づいてきたのである。
 ユリアの言に槐が肩を竦めて一同を見渡した。
「何か情報を持っているのか?」
 羽月が尋ねる。
「いや、あんたらが今話してた以上の情報は何も持っちゃいない。だが、いいものを持っている」
「いいもの?」
 槐は懐の中から何やら取り出して、机の上にそれを八つ置いた。
 手の平におさまるくらいの丸い牌だった。赤い組紐の飾りが付いている。表には鷲獅旗と同じ鷲獅の――陽国の槐王が持つロードフラッグの紋章が刻まれていた。
「これは?」
 ユリアが尋ねる。
「神獣牌」
 槐はさらりと応えた。
「神獣牌?」
 ユリアが手に取って裏返した。そこには丸鏡がはめ込まれ、中に太極図が浮かび上がっている。
「鏡に…太極図……」
 ついさっき、そんな話を聞かなかったか。
「あ、それって……」
 遼介が思い出したように立ち上がった。
「そう。陽国内に於いて、全ての法はこれに譲るといわれる、隠密機動隊の証」
 槐が厳かに言った。
「なに!?」
「って事はあなたが隠密機動隊なの!?」
「いや、全然違う。あれは皇帝直属の隠密部隊で、皇帝が直接隊員を選ぶからな」
 槐の言葉に一同は息を呑んだ。
 沈黙が過ぎる。誰もが、それが意味する事を頭をフル回転させて考えた。
「槐さん。どうしてこんなものを持ってる?」
 羽月が聞いた。
「レプリカだよ」
 槐はシレッとした口調で答えた。
「…………」
「これを提示すれば、少なくとも軍の誰も手出しは出来ない」
 沈黙に、槐は笑顔で言ってのけた。
「だが、これが偽物だとバレたら……」
「だから、使い方を誤らない事だ」
「…………」
 再び長い沈黙が横たわった。
 それを破ったのはユリアだった。
「何故、これを?」
「十年前の二の舞は御免だからな」
 どこか吐き捨てるように言って槐は立ち上がった。
 十年前。次期皇帝を争った政争。それに巻き込まれた人々。
「……信じていいのか」
 羽月が尋ねる。
「別に、無理に信じろとは言わない。何かあった時の切り札ぐらいに思っておけばいいし、信用できないなら、捨ててしまえばいいさ」
「…………」
 そして、半ば言葉を失っている面々に背を向けて、扉の方へ歩き出す。
「俺は腕っ節も強くないし、まぁ、たぶん一緒に行動しても何の役にも立てないだろうから、ここまでにしておくよ」
 そう言って扉の取っ手に手を伸ばした。
「え?」
「足手まといはいらないだろ? それに、信用出来ない男を、あんたらだって連れて歩きたくはないだろうし」
「……このまま帰すと?」
 ユリアが聞いた。
「帰るよ」
 槐はあっさり答えて扉を開いた。
「…………」
 結局、誰も止めなかった。
「健闘を祈る」
 そう言って彼は個室を出て行った。
「…………」
 建一が卓上にいたモルに向かって何事か呟いた。モルは一つ頷いて槐を追うように個室を出て行った。
 暫く誰も口を開かなかったが、やがてそれに耐え切れなくなったように遼介が言った。
「信じていいのか?」
「もっと、締め上げた方が良かったんじゃないの?」
 結局、見ていただけのウェルゼも肩を竦めて言った。
「でも、あの声どこかで……」
 ユリアが首を傾げる。
「声?」
「あぁ、ううん。何でもない」
「まぁ、モルさんが戻ってきたら何かわかると思います」
 建一が言った。
「しかし、本物は見た事ないけど、裏の鏡に太極図が映ってるし凄いよな」
 遼介が鏡を掲げてみせた。隣で光も身を乗り出す。隠密機動ってなんだよ、とか何とか言いながら。それに遼介がかいつまんで説明していた。
 ユリアはその光景を見ながら、朱遥の言葉をぼんやり思い出していた。
「でも、おかしくない? 隠密機動隊って朱遥さんも見た事がない秘密組織なんでしょ? 確かに、鏡に太極図がなんて言ってはいたけど……」
「本物を知らなければ、レプリカも作れませんね」
 建一が言った。
「少なくとも、ただの遊び人じゃない」
 羽月がきっぱりとした口調で言った。にこにこの愛想笑いは別にして、隙らしい隙が見当たらなかったのだ。それ以上に、いつから隣の部屋にいて聞き耳をたてていたのか、全く気配すら感じなかった。
「軍部か、皇帝に近しい人物か、って事?」
 彼自身は、自分が隠密機動隊の隊員である事を否定した。
「待ってください。今、モル殿の声が……」
 建一が二人の会話を遮る。
 皆が一斉に彼を振り返った。
「え?」
「テレパスの魔法で繋いでおいたんです。今、さっきの男が誰かと接触したようです。二人の会話を拾います」

 二人の会話をモルがそのまま脳裏で反復する。それが音ではない言語で皆の頭の中に響いた。


『どう、会えましたか?』
『ああ』
『何故、彼らに?』
『今、この帝都にいる隠密機動はお前しかいないだろ』
『…………』
『一人じゃ手に余る』
『確かに、そうですけど』
『それに、善良な外の者たちを巻き込んでしまった。彼らの仲間や、彼らを知る者たちが動くのは当然だろう、闇雲に動かれるぐらいなら、同じ目的の為に手を組むさ』
『ふーん。俺はてっきり、外の連中にやらせて、全部なかった事にするつもりなのかと思ってたよ』
『……嫌な奴だな。俺の命を預けるんだ。それで許してもらうさ』
『…………』
『いてっ……』


「…………」
 テレパスがそこで途切れた。
「どうやら、二人はそのまま承天門を抜けてしまったようですね」
 建一が息を吐く。最後の「いてっ」は、結界に接近しすぎたモルが発したものだろう。
「承天門……」
 ユリアが呟いた。宮城に入る門であり、特殊な結界が施され、許可された者以外、何人たりとも通ることの出来ない門。
「まさか……今の会話が本当で、この神獣牌が本物なら、槐って男……」
 誰もが息を呑む。
 会話の一人は隠密機動隊の隊員だったのだ。
「陽皇帝――槐王」
 その名前を口にして、ユリアは軽い眩暈をおぼえた。隠密機動隊は皇帝自らが選抜する。――という事なのか。勿論、自分の身分を明かせる立場にないが、こんな簡単に自分たちに命を預けてしまうつもりなのか。
「槐って、そのまんまなんだな」
 遼介が机の上の神獣牌を取り上げて表に向けたり裏向けたりしながら言った。
「確かに。それでよくバレないよなー」
 光も頷いて、神獣牌を一つ取り上げる。
「ありえない、と誰もが思っているからじゃないのか? むしろ堂々と名乗られた方が、意外に疑われにくいものかもしれない」
 剛虎は腕を組むと、椅子の背に体重をあずけて足を組んだ。
「しかし、にわかには信じ難いな」
 呟いた羽月の隣で、リラが彼の着物の袖を引っ張った。
「うん?」
「私は…信じてもいいと思います。…十年前を…繰り返したくないって気持ちに……嘘はなかったと思うから」
 そう話すリラに羽月は「うん」と柔らかい笑みを返した。何よりも彼女の言葉は信じられた。
 羽月は一同を振り返る。
「どうする?」
「今は彼が何者であるかはおいておきましょう。明日の策戦を」
 ユリアの言に建一が頷いた。
「そうですね」
「まず、実行犯を押さえましょう。彼らを締め上げ、何としても張耒との繋がりを吐かせれば、あるいは」
「僕がテレパシーの魔法を使いますから、では、それを待って張耒の方をというのは?」
「ああ。それと、鎌をかけてみるという手もある」
 羽月が言った。
「キャラバンのみんなは?」
 遼介が尋ねる。
「真犯人を突きつければ無罪放免」
 ウェルゼが答えた。
「そっか、なるほど」
「でも……さっきの会話が本物なら、もしかして皇帝陛下は、この件を秘密裏に処理したいんじゃないのかしら?」
 ユリアが傾げる。
「秘密裏に?」
 羽月は首を傾げた。
「そう。なかった事に」
 ユリアの言葉に羽月は暫し考えてから口を開いた。
「確かに、一つ間違えれば自分の兄君を疑わなければならなくなるからな」
 現時点で、皇帝が秘密裏にこの悪事を処理したいのだとして、考えられる理由はそれぐらいしか浮かんではこなかった。
「公になれば、兄君が犯人ではなかったとしても、兄君の存在を危惧せざる負えなくなるだろう。皇帝陛下の意志とは無関係に。いや、今でさえ、風当たりはきついはずだ。十年前、内乱が起こったほどの後継者争いがあったんだからな」
 羽月の言葉にリラがゆっくり頷いた。図書館で調べたのだ。
「普通は配流にしたりして、帝都から遠ざけるものです。…しかし現皇帝は……『兄を信じる』の一言で、この帝都に……」
「しかし、兄君は今も正当な後継者は自分だと主張している。今回の一件に兄君が全く関与していなかったとしても、周囲がそう見るとは限らないだろう」
「秘密裏に処理したい」
 ユリアが羽月から他の面々に視線を移した。
「本心だと思います……下手をすればまた、十年前の二の舞に……」
 リラの言葉に建一が頷いた。
「なら、秘密裏にしてやりましょう。暗殺を阻止するだけならきっと隠密機動一人でも出来る。何と言っても皇帝にぴったり貼り付ける立場なんですから。けれど、敢えて我々にこれを託したという事は、きっとそういう事なんだと思います」
「えぇ」
「うん」
「おうともよ」
「やろう」
「はい」
「しょうがないわねぇ……」
「やるか……」
 それぞれが口々に賛同の意を表明した。
「キャラバンが脱走しても、暗殺が未遂に終われば、自動的にキャラバンの疑いは晴れるわね」
「ではキャラバンを救出し、実行犯をおさえ、暗殺を阻止。黒幕――張耒を抑えて、帝都防衛隊ではなく、槐どのに犯人を引き渡す事でいいですか」
 尋ねた建一に全員が頷いた。
「キャラバンの救出は?」
「式典が始まれば警備は式典にまわされるため、薄くなると思う」
「なら、私が行くわ」
 ユリアが机の上の神獣牌の一つを手に取って言った。
「僕も行きます」
 シェルが名乗り出る。
「おいらも」
 モルが言った。
 二人ともキャラバンの隊員だ。隊員たちの事が気になるのだろう、ユリアは力強く頷いた。
「真犯人は、何とか証拠をつきとめたらテレパシーを送るので、僕が……」
 建一が神獣牌に手を伸ばす。
「あら、私も行くわよ」
 ふっふっふっ、と不敵に嗤って、ウェルゼはそれを横から掠め取った。
 お宝に目がない彼女は、それをお宝と認識したのかもしれない。
 やれやれと肩を竦めながら建一はもう一つ取り上げて光を振り返った。
「唯一の目撃者ですから、光くんも」
「うん。行く! 絶対、とっ捕まえてやるよ。な、剛虎」
「…………」
 光がガシッと剛虎の肩を掴んで、持っていた神獣牌を剛虎の手に押し付けた。
「テレパシーって、でも、全員に送るのは大変だよな」
 遼介が建一に尋ねた。
「そうでもありませんが……」
「でも、そっちに集中してて敵に背後を取られる可能性とかもあるかもしんないし、パレードの警備の関係で、その手の魔法が使えないような結界が張られてる可能性もあるよな。俺、テレパシーとは別に連絡役をやるよ。万一って事もあるから」
 遼介が神獣牌を掲げてニッと笑う。移動力には多少の自信もある。胸をはってみせる遼介に建一が頷いた。
「そうですね。確かに宮城と同じ結界を間に張られると厄介かもしれませんし、お願いします」
「では、我々は張耒の方を」
 羽月が最後の神獣牌を二つ取った。
「頑張ります」
 拳を握ってみせるリラの手に一つをのせる。その服の袖をアーシアが引っ張った。
「あぅーあぁー」
「アーシアさんには危ないですよ」
 リラが優しく言った。
「うぅーあぅー」
「わかりました。行きましょう」
「リラさん?」
「大丈夫です。茨の盾もありますから」
 リラは両腕に力こぶを作るような仕草をしてみせた。羽月はわずかに困ったような顔をしながら頷いた。
「……二人は俺が守ろう」
「はい」
「式典プログラムはどうなってるんでしたっけ?」
 建一が聞いた。
「九時半から式典の受付が始まるようだわ。十時、承天門前にて挨拶。十一時からパレードよ」
「では、それまでに、それぞれ目的の場所へ。キャラバン救出は十時決行で」
 皆が一斉に頷いた。



 ***** **



 歌う雨の間を縫って 囁く吐息が一つ 二つ
 都の華を観んとて 道上る蓑が一つ 二つ……

 そんな歌がどこからともなく風にのって届いてきた。
 シルフェは鯉の餌の入った袋を手に池のたもとにしゃがんで池の中を覗いていた。
 たぬき親父は別段シルフェを拘束するような事はしなかった。ただ、身の回りの世話をしてくれる侍女を一人つけただけだった。実際には、それは見張りであったが、シルフェは現時点で逃げ出す気も、何か無茶をする予定も全くなかったので、大して意味をなさなかった。
 そして、口をパクパクしている鯉に、餌を投げ入れる振りをして、鯉がうろうろと彷徨うのを楽しんでいた。
 池の水面が波紋を作って広がり、映る月を揺らす。
「明日は楽しい事が起こりそうですね」






 ■起承転結の転:隠密機動隊出陣!■

 九時五十五分――。
 左羽林軍――皇居守備隊六番隊詰所羽林朗が詰める建屋裏。
 この都市の大半の人間は皇帝陛下の生誕祭に出かけているのだろう、その通りはシンと静まりかえり。人の気配も全く感じられなかった。
 だがユリアは注意深く辺りに意識を走らせ、腕時計を確認した。
「後、五分ね」
 間もなく承天門前で皇帝陛下の挨拶が始まる。ユリアのイメージでは望楼車のようなものに乗って挨拶をした後、そのままパレードがスタートするのだろうと思われた。ジーク・カイザーなんて言葉を連想しながらユリアはその入口を通りの角から伺い見る。キャラバンが捕らえられている施設の入口前には、五人の衛士が立ち、見張りをしていた。
「あんまり警備が手薄って感じじゃないな」
 遼介も同じ方を覗き込みながら言った。とはいえ口調は大して重々しくない。そもそも、人数がどれほどいようと彼にはティアマットがついているのだ。目くらましには自信がある。
「パレードの警備は主に帝都防衛隊が行ってるらしいわ。ここは皇居守備隊の管轄だからかもね」
 ユリアは言って再び時計を見た。
「俺はいつでもOKだぜ」
 遼介が親指を立てる。
「待って。気付かれたみたい」
 ユリアの傍らにいたシェルが、見えない目とは別の目で何かを察知したように言った。
「え?」
 ユリアが振り返る。
 辺りを見渡すと、門の前にいた五人の衛士の内の一人がしきりにこちらの方を気にしていた。
「まずい、見つかった?」
 シェルとモルが緊張に身をかたくする。
「大丈夫だって」
 遼介はあっけらかんとした笑顔で一枚のカードを取り出した。それをユリアが制する。
「待って」
「ん?」
 ユリアは神獣牌を取り出した。
「使ってみましょう」
 これが本物かどうか、役に立つかどうか、事前に確認するなら今がいいように思われた。実行犯を捕らえるにしても、張耒を捕らえるにしても、多かれ少なかれ、それは乱闘の中になる。それに、これを使えば穏便に事を済ませられるかもしれない。
「…………」
 衛士がユリアたちに近づいてきた。
「何者だ、貴様ら」
 誰何の声にユリアと遼介が神獣牌をつきつける。
「こういう者だ」
「……それは、まさか隠密機動の……」
 衛士が身をかたくした。
「お願いがあるの」
「待て……。お、おい曹長を呼べ」
 衛士は後退りながら、後方の入口にいる見張りの衛士たちに声をかけた。
 衛士たちは怪訝に首を傾げたが、一人が入口の奥へと消える。
 程なくして曹長とやららしい、口ひげを生やしたいかつい顔の男がやってきた。ユリアを強い視線で睨みつけてくる。
「こういう者よ。昨日掴まったキャラバンの者たちがいるはず。開放願うわ」
 ユリアが神獣牌を掲げて言い放った。一同に緊張がはしる。
「ふん。神獣牌の使い方も知らん奴らか。裏を見せろ」
 曹長はどすのきいた声で言った。
「裏?」
 首を傾げながら、ユリアが神獣牌を裏返してみせる。
「ちっ……来い」
 曹長は舌打ちすると促すように踵を返した。
「え……」
 ユリアは拍子抜けしたように、唖然と曹長の背を見返していた。ついてくる気配のない彼女らに、曹長が足を止め振り返る。
「なんだ? 開放して欲しいんじゃないのか?」
「あ、いや……」
 そうなのだが。
「もうちょっと疑ってもいいんじゃないの?」
 ユリアは曹長の隣に並んで歩き出した。
「何故?」
 曹長が不思議そうに尋ねる。
「何故って……だって、偽物かもしれないじゃない」
「偽物なのか?」
「あ…いや、それは……」
「安心しろ。それは本物だ」
 曹長はきっぱりと言い切って、彼らを中へと案内した。
「だって、レプリカかもしれないのよ? それに本物を奪ってきたのかもしれないし」
「……あぁ、使い方も知らないくらいのど素人だったか。神獣牌に付いている鏡は、私利私欲に使うと鏡面が曇る。それが曇ってないって事は、神獣牌がお前たちを持ち主だと認めているからだ」
「曇らないように作ってあるだけかも」
「何度も言わせるなよ。私利私欲に使うと鏡面は曇る。邪な心で作った神獣牌は本物に似せれば似せるほど鏡面は曇っちまうんだ。それ故に、偽造は不可能。だから神獣牌は表ではなく裏の鏡面を見せなきゃ意味がない」
「…………」
 返す言葉が見つからなくなったのか、何か言い返してやろうと考えているのか、案内される通路の床面をじっと見つめるユリアに、曹長が初めて相好を崩した。それは、笑っていない時より、少しだけ怖く見えた。
「ついでに言わせて貰えば、鏡面が曇らない神獣牌に『こいつ』は反応しないんだ」
 そう言って彼はポケットから小さな石のはめられた牌を取り出して見せた。
「…………」
「間違いなくそれは本物だ」
 本物にしか反応しない石が反応し、そして鏡面は曇っていない。だから彼らを怪しむ理由は自分にはないのだと言わんばかりの顔で。
 ユリアは納得して、案内されるままにその応接室に入った。キャラバンの者達を連れてくるのでここで待てという。
 そこでユリアはソファーに腰を下ろしかけて、ある事に気づいた。
 部屋を出て行こうとする曹長の腕を咄嗟に掴む。
「今あなた、私利私欲って言った?」
「あ? ああ」
 切迫したような面持ちのユリアに半ば気圧されつつ曹長が頷く。
「鏡面が曇ったらどうなるの?」
「勿論、その効力を失う」
「まずいわ」
 ユリアは曹長から手を離した。
「何がだ?」
 尋ねた曹長の言葉は、既に耳に入っていないのか、ユリアは遼介を振り返った。
「遼介くん。今すぐ建一さんのところに行って!」
「へ?」
「彼女を止めなきゃ……鏡が曇る前に!!」
 ウェルゼ・ビュート。彼女はどうやらユリアが知る中で最も私利私欲と邪にまみれた人物だったらしい。勿論、ユリアの偏見によるところもあったが。



 ***** **



 十時二十分――。
 左林軍詰所から小雁塔傍までは普通に歩いて三十分ほどの距離だった。しかし今は人出も多く泳ぐように人を掻き分けなければ進めないため、通常の二倍はゆうにかかったかもしれない。しかし遼介は、人を避けるように塀の上を歩いたり、壁を駆けたりしたので半分ほどの時間で辿りつく事が出来た。
 駆けてくる遼介に建一が笑みを返して言った。
「キャラバンの救出はうまくいったようですね」
 肩で大きく息をしていた遼介は、呼吸を整えるように一つ深呼吸して言った。
「ああ、そっちはユリアさんが何とかしてくれてると思う」
 どうやらキャラバン救出を済ませてその連絡のために来た、というわけではないらしい。
「では?」
「あー、なんかよくわからないんだけど、神獣牌の事で」
「やはりこれは偽物だと?」
「いや、間違いなく本物らしい。使い方は、表の紋章ではなく、裏の鏡面を提示する。で、それから私利私欲や邪に使うと、鏡面が曇ってその効力が失われるらしい」
 遼介が言った。
「え?」
 建一が目を見開く。
「って、それを伝えてくれってさ」
 遼介は今一つわけがわからないといった顔付きで言った。しかし建一はユリアの危惧を察したようだ。
「それは、まずい」
「へ?」
「ウェルゼさんを急いで止めないと!」
 どうやら建一のウェルゼに対する認識は、ユリアのそれと大差なかったらしい。
「…………」


   ◆


 結論から言ってしまえば、ユリアと建一のこの危惧は、単なる杞憂でしかなかった。
 彼女は私利私欲のためなら、そんなものをわざわざ使わなくても、ついでに特殊能力である魅了だって使わなくても、有無も言わせず相手をこき使える、ちょっぴり強引な威圧感と、超高飛車な態度を持っているからだ。
 ぶっちゃけ、神獣牌など必要ない。
 もし、彼女にとってそれに大いなる使い道があったとすれば、太極図の映る鏡を翳すことによって、酒屋の店主から倉庫ごと酒を献上してもらえる、ぐらいのことであろう。しかし、彼女がその利用価値に気づく事はなかった。
 何はともあれウェルゼはいつのまにか手下にした光を従え、大雁塔の最上階にいた。ここから小雁塔はよく見える。
「それは、何だ?」
 と目をキラキラ輝かせて尋ねた光にウェルゼはもっともらしい顔をして答えた。
「これは、勇者の道具を作る伝説の職人――ムラサマが作ったと言われる遠見鏡よ」
 ウェルゼはシレッと答えた。
「うぉぉ、すげぇ!」
 光が感嘆の声をあげる。その傍らで剛虎が疲れたようにぼそりと言った。
「……ただの双眼鏡だろ」
 それは間違いなくただの双眼鏡だった。しかし光に彼の呟きは聞こえなかったのか。ウェルゼは更に続けた。
「なんと、覗くとあら不思議。あんな遠くのものもこんなに近くに!!」
 ウェルゼが促すままに、光は双眼鏡を覗いてみた。
「わぁ、本当だ!!」
「…………」
 剛虎が言葉を失ったように遠い目をしていた。
「望遠鏡みたいだけど、これ便利だな」
 光が言う。望遠鏡を二本並べてコンパクトにしたようなものだ。しかし剛虎は、もう何か言うのをやめた。
「当たり前じゃない。勇者が使う道具なんだから」
 ウェルゼが言う。
「おぉー」
 光が再び感嘆の声をあげた。
「…………」
「どう? 奴らはいる?」
 ウェルゼが時計を見ながら尋ねた。現在十時四八分。後十分あまりでパレードが始まる。
「うーん、と。あれ?」
 双眼鏡を覗いていた光が何かを見つけたように呟いた。
「いたの?」
「あ、いや、建一さんと遼介が……」
 そう言って双眼鏡から顔をあげる。
「え?」
 ウェルゼが光の視線を追うようにそちらを振り返った。建一は小雁塔の傍で待機していたはずである。それが目の前に――。
「ウェルゼさん!!」
 息せき切って建一が駆けつけた。
「な…なに……」
 タダならぬ形相にウェルゼは半ば気圧される。
「神獣牌はっ!?」
 建一が尋ねるのに、ウェルゼは取り出してみせた。
「ここにあるわよ」
 それを建一がもぎ取るように掴むと、鏡を指でなぞって安堵したように息を吐く。
「ほ……まだ大丈夫なようですね」
「何が?」
 ウェルゼが、わけがわかないといった顔で神獣牌を取り返す。
「その鏡が曇ると使えなくなるんですよ。気を付けてください」
 建一が子供を諭す教師みたいな口調で言った。
「どうやって曇るのよ」
 普通に汚れてどうの、という話ではなさそうだと察してウェルゼが尋ねる。例えば、これの使い方を間違える、とか。
「はい、実はこの鏡は……」
 建一が説明を始めたときだった。
「あーーーーーーーーーーーーーー!!」
 光が突然大声をあげた。双眼鏡を覗く光に剛虎が声をかける。
「芦川?」
「奴らだ!!」
 光が剛虎を振り返ってそちらの方を指差した。
「!?」
「ふふん。今すぐ縛り上げてやる」
 ウェルゼはぱきぽきと指をならして微笑んだ。建一が確認するように光が手にしている双眼鏡を覗く。
「待ってください。二人しかいない? 確か、彼らは三人の筈ですよね?」
 言った建一に光はもう一度双眼鏡を覗く。
「あ、本当だ。残りの一人……は!?」
 その時だった。頭上から、突然バリトンの声が届いた。
「だめだなぁ、こんな簡単に相手の口車に乗せられるようじゃ」
「!?」
 皆が声の方を振り返ると、一人の壮年といった感じの男が、ひらりと舞い降りてきた。暗褐色のケープを纏っている。
「あなたが三人目ですか」
 建一が聞いた。
「ここは俺が。あんたらはあっちの二人を早く!」
 遼介がカードを手に構える。しかし、誰もがすぐにそれに気付いて踏み出しかけた足を止めた。
「!?」
 床に魔法陣のようなものが描かれている。そこから足が一歩も外には踏み出せないのだ。そして使わなくてもわかった。この中では魔法が使えない。
 建一の知るものと陣の描き方違うところをみると、この大陸独自に発展した術式なのだろう。この地と相性がいいはずだ。迂闊には手が出せない。
「結界……」
「事が終わるまで、ここで見ていてもらえませんか?」
「…………」
 一人を除いた誰もが息を呑んだ。
 一人だけ息を呑まなかったウェルゼが一歩前へ踏み出す。
「あら、お断りよ。私、狭い場所に閉じ込められるの、大嫌いなのよね」
 不敵な笑みをケープの男におくった。
「それは困りましたねぇ」
 男はなんとものんびりと言った。まだ、自分に決定権があるのだと勘違いして、自分が優位であると思い込んで。
「残念だったわね」
 ウェルゼが満面の笑顔で言った。



 ***** **



 その無駄に広い応接間には、センスを疑うようなど派手な絨毯が敷かれ、色盲かと疑いたくなるような壁紙が貼られ、シルフェは目がチカチカするのをこらえるように机に視線を落とした。
 ナチュラルな木目調の大きな机の上には、これまた趣味を疑いたくなるような金色の湯飲みが置かれている。中のお茶は、周囲の見た目とは全く正反対に美味しかったので、シルフェは目を閉じて、お茶の香りを楽しみながら一口啜った。
 本当に美味しい。
 と思えば、なんて勿体ない事をする人たちなんだ、としみじみ思う。もっと落ち着いたカフェテラスなんかで、もっと優雅にいただきたいお茶だった。
 しかし、迷子になったシルフェを快く泊めてくれ、豪華な食事までさせてくれた人たちだ。あまり文句を言える立場でもない。
「そろそろかな?」
 たぬき親父はどこか落ち着かない顔で湯飲みを机に置いて、向かいの席に座っていた執事のキリン男に尋ねた。
「恐らく」
 キリン男は時計を見やってから頷いた。
「連絡がなくても街は大騒ぎでしょう」
 どこか楽しげに言ってキリン男がお茶を啜る。
「まぁまぁ、それは面白……大変ですわねぇ、うふふ」
 シルフェはおっとりと笑みを零した。こんな趣味の悪い部屋で、美味しいお茶を飲んでいるだけなら、是非その大騒ぎに参加したい、と思わないでもない彼女である。しかし何故だかこの部屋を出て行くことを彼女はしなかった。それはたぬき親父に止められているから、というわけではない。いや、実際に出て行こうとすれば全力で阻まれたのだろうが。理由はわからないがシルフェの中には予感めいたものがあった。これから、何か面白いことが起こりそうな予感である。
「そろそろこいつも用済みだな」
 たぬき親父がシルフェに一瞬目配せしてキリン男に耳打ちした。
「事が成れば生かしておく必要もないだろう」
 シルフェは聞こえていない顔で美味しい月餅を頬張っている。
 その時、突然庭先がざわついて、慌てたような声が飛び込んできた。
「大変だ!! たった今、パレード中に、皇帝陛下がっ!!」
「真か!?」
 キリン男が庭先に駆け出して行く。たぬき親父はそれを満足そうな笑みでのんびりと見送った。
 シルフェも、のんびりと月餅に舌鼓をうった。

 キリン男が待ちに待ったという満面の笑顔で庭に出る。
「とうとう、あの簒奪者は死んだのだな?」
 そこに一人の男が現れた。庭先で大声をあげていた男だろう、だが、この家の者ではない。
「……やけに、嬉しそうだな」
 藍染めの和装に、倭刀を佩いた男が嘲るような笑顔で言った。その傍らには、薄紫の髪をした女と、もう一人、銀髪の女が立っていた。
「なっ……貴様ら、何者だ!?」
 キリン男が狼狽の色を濃くしながらも誰何した。
「皇帝陛下が暗殺されたら、そんなに嬉しいのか」
 和装の男――羽月は鞘を左手で掴んで低く身構えた。辺りを殺気が包み込む。
「なっ……何を、バカな。曲者だ!! であぇぇ!! であえぇぇぇ!!」
 羽月はゆっくりと刀を抜くと柄を反転させた。刀は片刃の剣である。反転させた刀の振り下ろすそこに刃はない。
 一人が剣を手に切りかかってきた。
 攻撃を仕掛ける相手に、羽月の刀は正確に相手の頚動脈を襲う。刀背打ちに相手は昏倒すると倒れた。殺さず、皇帝陛下の御前に差し出す事にこそ、意味がある。
 瞬く間のような出来事に、相手の者達が気圧されたのか足を止めた。
「何を怯んでおるか!」
 キリン男の叱咤が飛ぶ。
 気を取り直して、家臣らはそれぞれの得物を振り翳して仕掛けてきた。
 呉鉤と呼ばれる流線型の刃を持った全長一mもある環刀が羽月の鼻を掠めた刹那、錘(メイス)が彼の背を襲う。それを逆手に持った刀の鞘で受け止めながら羽月は地面を蹴っていた。錘の打撃による力を利用して、空中で後方宙返りの要領で一回転すると、そこにいた男の頭を蹴って羽月は刀を一閃させた。
 細いひし形状の端に布切れのついた、指くらいの大きさのひょうが落ちた。抜手ひょうと言われる、いわゆる日本の手裏剣に似た武器である。
 羽月が着地した。
 その肩にじんわりと血が滲む。
 全部防ぎきれなかったのか。
 いや、違う。最後の一つはわざと防がなかったのだ。でなければ、着地点にまっすぐ切り込んできていた呉鉤に横っ腹を抉られていただろう。
 刀と呉鉤がぶつりかあう甲高い金属音が響いた。鍔迫り合いに再び錘が奔る。この国には、武士道精神といった類のものは存在しないのか、相手が一人であるからといって、別の一人を相手しているからといって、他の者達が見ているような事はないらしい。
「羽月さん!?」
 飛び出してこようとするリラを手だけで制して、羽月は刀を傾けた。相手の刃が滑り鉄粉が火花を散らす。
 横に飛んで錘の攻撃を紙一重でかわして小さく息を吐いた。
 傷は、いくら作っても構わないだろう、リラには治癒能力がある。
 だからこそ多勢に無勢のこんな無茶も出来るのだ。
 羽月は再び駆け出した。



 ***** **



「!?」
 細いワイヤーが男を吊るし上げていた。
 一瞬誰も、何が起こったのかわからなかった。ただ、突然男が悲鳴をあげながら大雁塔の最上階からバンジージャンプを始めただけである。そして彼は一本のワイヤーでそこに宙ぶらりんになったのだ。
「形勢逆転」
 ウェルゼはやれやれと、ついてもいない埃を払うように手を打った。あらかじめ彼女が用意していた、今時誰もひっかからないような古典的な罠がうまくいったらしい。ちなみに、これは余談だが、彼女はいろんなところに、無意味な罠――時に人はそれを、いたずらとも呼ぶ――をいくつも仕掛けていた。ついでにいえば、勿論、犯人を捕まえるためのものではない。
 と、それはさておき。
「結界が……解けた?」
 魔法陣から出て、遼介が呟いた。
 ハッとしたように建一が歓声を振り返る。朱雀大路をパレードが始まっていた。
「急いであちらを」
 建一の言葉に反応するようにウェルゼが両翼を広げて飛翔した。
 遼介と剛虎が最短コースとほぼ同時に塔を飛び降りる。
 建一も風の精霊の力を借りて宙を舞った。
 光は一人階段を駆け下りた。大雁塔の二階フロアあたりにぶら下がっている男にしっかり神獣牌を突きつけて。
 一方、小雁塔。
 その上から数えて二つ目の窓から見張りらしい男が一人顔を出していた。そして皇帝に狙いを定めている者が一人。
 建一が剣を、剛虎がマフラーを投げたのは同時だったろうか。
 こちらに気付いた見張りが武器を放とうとするそれを、剣が弾き飛ばし、剛虎のマフラーが、皇帝を狙っている男の武器に絡みついた。
 ウェルゼが一番にその場に舞下りる。
 彼女はそして神獣牌を突き出した。
「そこまでだ!!」
 そう言って自分に注目を集めると彼女は更に続けた。
「これが目に入らぬかぁぁぁぁぁぁ!!」
 勢い余って犯人の一人の顔面に神獣牌がめり込む。
「目に入らぬかぁぁぁぁぁぁ!!」
 本当に勢い余ったのか、どこまでがわざとなのか。
「本当に入るわけないでしょう」
 呆れたように建一はウェルゼの肩を叩いて、もう一人の男にさりげなく神獣牌を提示した。
「入るかもしれないじゃない」
 きっぱりと言い切って、ウェルゼは犯人の瞼と目の舌を人差し指と親指で押さえて強引に男の目を開こうとした。今にも目尻と目頭が裂けそうな勢いだ。もしかしたら神獣牌が入るかもしれない。彼女の目は本気だった。
「痛い痛い痛い……」
 犯人が泣きながら絶叫していた。その内、涙が血に染まりそうで、建一はウェルゼの肩をもう一度叩くと、呆然としている男を振り返った。
「……それは、神獣牌。貴様ら、まさか……」
 男が膝をつく。遼介も剛虎もそれを掲げていた。
「そう。皇帝陛下は既にあなた方の悪事をご存知ですよ。さぁ、あなた方に指示を出した者を教えてください」
「…………」
 それを聞くという事は、そこまでバレていないと思い至ったのか。
 咄嗟に建一はシャドウバディングで男を捕らえた。
「自殺とは……命を粗末にするものではありませんよ」
「…………」
 男の今にも人を呪い殺しそうな眼差しを正面から受け止めて建一は続けた。
「張耒を庇ったところで、利はありませんから」
「……!?」
 男はハッとしたように建一の顔を見上げて、それから力なくうな垂れる。観念したのか、呻くように呟いた。
「そうだ……」
 剛虎が男の身体検査を始める。隠し武器などを確認していると、一本の短刀が落ちた。柄に紋章が刻まれている。
「これを……」
 剛虎は建一に差し出した。張家の家紋。
 建一は目を閉じてテレパスを発信する。



『羽月さん……』



「どうやら、終わったようですね」
 頭の中に直接響いてくる建一の声に羽月はわずかに息を切らして呟いた。
 こちらも、粗方終わっている。主犯である張耒の家臣たちはほぼ地を這っていた。
 庭先での騒ぎに顔を出した恰幅のいいたぬき親父の着ているものが、趣味は最悪だが仕立てがよく、高価な生地を使っているように見えたのに、羽月は傍らのキリン男を刀の柄で動きを止めると、ゆっくりと彼に近づいた。
「張耒か……」
 そう呼ぶと、笑っているのか笑っていないのかよくわからない顔のたぬき親父が言い放った。
「私を知ってのこの狼藉、何奴だ。警備隊に突き出してくれる」
 だが、それに羽月は別段怯む風もなく、懐からそれを取り出した。建一からのテレパスの通り、鏡の方を相手に向ける。何故だか少しワクワクした。
「貴様らの悪事は全てお見通しだ!」
 羽月が神獣牌を突きつけた。
「です!」
 リラが同じく神獣牌を掲げ持ち羽月の後ろから顔を出して付け加えた。
 鏡面に映る太極図にだろう、張耒は愕然とよろめいた。キリン男は慌てたように跪いた。他の倒れていた者達も、意識のある者たちはよろよろと立ち上がりその場に膝を付いて頭を下げた。その光景があまりにも可笑しくて、あまりにも気持ちよくて、羽月は心地よいものを感じながらゆっくり息を吐いて、その効果が隅々まで浸透するのを待った。
「その鏡の中の太極図……まさか、隠密機動……」
 一歩、二歩と張耒は後退る。その他の者達はといえば皆一様に平伏していた。
「此度の暗殺計画、全ては皇帝陛下の御前の知るところ、大人しく縛につくがいい」
 羽月は気持ちよく言い放った。自分でもおかしいくらいはまっていて、楽しくて、傍らのリラにチラリと視線を送る。彼女はもう一度「です」と付け加えて笑った。
「…………」
 張耒は狼狽しきったようにがっくりとうな垂れた。
 羽月がゆっくり近寄る。
 しかしそれより速く、張耒は懐刀を抜いていた。
「くっ……かくなる上は……」
 自害、という言葉が羽月の脳裏を過ぎる。潔く、腹でも切るつもりか。
 羽月は慌てて駆け寄った。
 しかしタッチの差で張耒が走り出す。
 彼は羽月が思っていた以上に醜悪で往生際が悪かったらしい。懐刀の鞘を投げ捨て駆けると、応接室で呑気に月餅を頬張るシルフェに彼は懐刀を突きつけたのである。
 もとより、シルフェがこの屋敷に客人として置かれていたのは、こんな時のための人質要因だったわけだが。
「…………」
 何故、彼女がこんなところにいるのか。羽月は応接室の扉の前で呆気にとられて彼女を見返した。
「こいつの命が惜しくば武器を捨てろ」
「逃げ切れるものではない」
「ふんっ、煩い。このままこの国を出るまでよ」
 張耒はシルフェを立たせると彼女を盾にするように、じりじりと羽月との距離を開いた。
「羽月さん」
 不安げにリラが声をかける。
「リラさん、アーシアさんは下がって」
 羽月は二人を手で制すると、張耒を睨みつけた。
「捨てろと言ってるんだ」
 張耒が言い放つ。
 懐刀はシルフェの喉元を薄皮一枚切り裂く勢いだ。
 羽月が刀を置く。
「…………」
 口の中で精霊を召喚するための呪文を紡いだ。だが、結果としてそれは最後まで紡がれなかった。
「あらあら、まぁまぁ。わたくし、人質にされてしまいましたの?」
 突然、シルフェがこの緊迫感を台無しにするほどおっとりとした口調で、自分の今の状況を確認してみせた。何を今更、と誰もが思ったに違いない。しかしシルフェは全く動じた風もなくのほほんとしていた。
「それがどうした?」
 イライラと張耒が吐き捨てる。
 それにシルフェはマリンオーブのネックレスを掲げてみせた。彼女の持つ聖獣装具――海皇玉からあふれ出すのは大量の海水。
 それは、滝のような、ではなく、大波が押し寄せてくるかの如き大量の海水であった。
 海水は部屋中に満ち、あっという間に彼ら全員を問答無用で飲み込んだのである。
「あらあら、まぁまぁ」
 のんびりと微笑みながら海水を優雅に楽しげに泳ぐシルフェとは裏腹に、突然のビッグウェブに、張耒だけでなく、羽月もリラもアーシアも飲み込まれてしまう。
「リラさん!!」
 羽月はリラの手を握った。リラはアーシアを抱きしめる。
 羽月が呪文を唱えた。氷の精霊の加護を得て、海水を氷らせ氷の壁の中で人心地つく。
 そうして水がおさまるのを待った。
 張耒は海水の渦に巻き込まれ、やがて水はどこへともなく引いていった。
 辺りは当たり前だが水浸しになった。
 シルフェだけがけろっとした顔で佇んでいる。
 羽月はリラから離れて、氷の壁を切り裂いた。
 そこには張耒が、ぐったりと倒れている。羽月はなんとも複雑そうな顔をして、冷たく言い捨てた。
「人質にする相手を間違えたな」



 ***** **



 パレードは大詰めを迎えていた。
「陽槐王が商家の三男とはねぇ……」
 ウェルゼが双眼鏡から顔をあげて面白くもなさそうに呟いた。
 その双眼鏡を取り上げて建一が覗く。
「あちらも終わったようですよ。――しかし、本当に本物だったとはねぇ……」






 ■起承転結の結:こうして物語はひとまずの終焉を迎えたらしい■

 皇帝陛下――生誕祭翌日。
 帝都長沙、目抜き通りの突き当たりにある朱雀門前ではキャラバンが大道芸を披露し、大いに賑わいを見せていた。
 建一が竪琴を奏で、シェルが歌い、アーシアが舞を踊る。
 白痴の少女がまるで別人のように艶やかに舞ってみせるのに、しかし羽月もリラもあまり驚いた風はなかった。
「あんたたち大活躍だったんだって? これ、槐の旦那からの差し入れだよ」
 そう言って朱遥が店の店員たちを連れて大量の蒸篭を持ってきた。
 並べられる蒸篭に光がゐの一番に駆け寄ろうとする。その後頭部を剛虎が殴った。
「何、すんだよ!」
 後頭部を押さえながら光が剛虎をにらみつけた。
「お前、あんまり活躍してないだろ」
「ムカッ!」
「そうそう。この中華まんは俺がいっただきまーす」
「あ、遼介ずるいぞ! 俺の分!!」
 中華まんを手に駆け出す遼介を光が追いかける。
「大体、饒も酷いよな。こんなのと俺様を一緒にするなんて」
「何だと!!」
 歳が同じせいか気が合うだけなのか、中華まんを取り合う二人に、剛虎はなんとも複雑な溜息を一つ吐く。それを見ていたシルフェが蒸篭を覗きながら言った。
「まぁまぁ、饒さまは中華まんはいらないのですか? では、わたくしが頂きましょう」
 そう言って、シルフェが蒸篭から二つ中華まんを取っていった。
「あ、待てよ」
 咄嗟にシルフェの肩を掴むと中華まんを一つ口の中に押し込まれる。シルフェが楽しそうに笑うのに、饒は複雑そうに口の中に入りきらなかった中華まんを手に取った。
 リラが蒸篭から中華まんを二つとって、一つをアーシアに分けた。アーシアが地面に座って食べ始めたので、リラも隣に腰を下ろす。その隣に羽月も腰を下ろして中華まんを頬張った。
 建一も竪琴の手を休めて、シェルと共に中華まんを食べ始める。他のキャラバンの面々も中華まんに舌鼓を打った。
「酒はないの?」
 中華まんを手にウェルゼが不満げな声をあげる。
「あいよ、待ってな」
 そう言って店の方に戻りかける朱遥にユリアが頭を下げた。
「ありがとうございます。何から何まで」
「いやいや。あたしの目に狂いはなかったって事だ。こっちこそ、ありがと。後でみんなで記念撮影だ」
 そう言って忙しなく駆けていった。もしかしたら照れているのかもしれない。ユリアは少しだけ肩を竦めて蒸篭を振り返った。
「ちょっ!? 私の分の中華まんは!?」
 ユリアの声が朱雀大路を駆け抜けていった。



 ***** **



 帝都長沙を後にして、再び幌馬車が走りだそうとしていた。皆が彼らとの別れを惜しむように、それを取り囲んでいた。
「この後、キャラバンはどこへ行くんですか?」
 尋ねたユリアにキャラバン団長キャダンが答えた。

「とりあえずはユニコーン地区に戻って聖都エルザードを目指す予定なんだが……何でもその途中に硝子で出来た葉を付ける不思議な森があるらしくってね、【硝子森の書棚】ってのを探してみようかと思うんだ。あんたたちも一緒に来るかい?」





 ■大団円■




■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【整理番号/PC名/性別/(外見)年齢/種族/職業】

【2994/シルフェ/女/17/エレメンタリス/水操師】
【3326/饒・剛虎/男/15/人間/賞金稼ぎ】
【0509/ウェルゼ・ビュート/女/24/魔利人(まりと)/門番】
【0929/山本建一/男/19/人間/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【1879/リラ・サファト/女/16/サイバノイド/家事?】
【1989/藤野 羽月/男/17/人間/傀儡師】
【3188/ユリアーノ・ミルベーヌ/女/18/人間/賞金稼ぎ】
【1856/湖泉・遼介/男/15/地球人/ヴィジョン使い・武道家】
【3406/芦川・光/男/15/人間/冒険者】



<登場NPC>

※キャラバン
【キャダン・トステキ/団長】:キャラバン共有NPC
【シェル/歌手】:糀谷みそWR護衛屋『獅子奮迅』 キャラバンNPC
【モル/お使いネズミ】:珠洲WR硝子森の書棚 キャラバンNPC
【アーシア/踊り子】:斎藤晃・朔 キャラバンNPC

※朔
【陽・槐王/陽皇帝】
【郭・向/隠密機動隊 隊員】

※朔-甘味処 朱庵-
【朱・遥/甘味処・朱庵 大女将】



■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。



 ◆キャラバン企画に参加しています◆
  今回はキャラバン企画第五弾ノベルとなりました。
  紺碧乃空WR→いずみ風花WR→鎧馬大佐WR→糀谷みそWR→当方

  そしてキャラバンが次に訪れるのは、珠洲WRの【硝子森の書棚】です。
  是非、引き続きご参加いただければ幸いです。



 ◆Wコラボレーション◆
 【隠密機動隊】のコラボレーションがあります。
  隠密機動隊ピンナップ

  翔田ますみ(IL)【朔-甘味処 朱庵-】冒険紀行ピンナップ

  ※募集人数 1〜9名
  ※募集期間 11月17日24時〜24日(或いは満員御礼)

  隠密機動隊の隊服に身を包むもよし!
  そのままの服で参加するもよし!
  かっこよく神獣牌を付きつけたその勇姿や、活躍の瞬間を、
  1枚のタペストリー(ピンナップ)に納めてみては!?
  是非、こちらも合わせてご参加下さい。