<PCクエストノベル(2人)>


一年ぶりの温泉旅行 〜ハルフ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【3010/清芳/異界職】
【3009/馨 /地術師】

【助力探求者】
なし

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清芳:「……温泉?」
馨:「そう、温泉」
 何だか妙に上機嫌な馨の言葉に、清芳が何度か瞬きする。
馨:「そろそろ寒くなって来たから時期的にも丁度良いかなと思うんですよ」
 それに、とその柔らかな物腰に輪をかけた笑みをゆっくりと浮かべると、
馨:「清芳さんもあそこのデザートが随分とお気に召していたじゃないですか」
 温泉で温まってから食べるのも良いのでは? と楽しげに笑いかけられて、清芳は思わずこくんと頷いていた。
 大の甘党を自負している彼女としても、そうそう毎日は食べられないだろうハルフ村特製のアイスクリームは非常に魅力的で。
 そういえば去年も二人で行ったんだったと思い出しながら、ふと首を傾げる清芳。
馨:「どうしました?」
清芳:「ううん、何でもない」
 何だろう、何か忘れているような……でも、何故かその事を馨に相談するのも躊躇われて、思案顔のまま清芳はゆるく頭を横に振ったのだった。

*****

清芳:「……」
 くん、と小さく鼻を動かし、目をそっと馨に向けると、分かっているというようにゆったりと頷く馨。
 ハルフ村――村の姿が見える前から、温泉特有の香りで近くに来たのだと気付いたのだ。
 温泉地として有名なハルフ村は、木々が色付いた頃から冬の間にかけてが一番混む時期で、王都から定期的に乗合馬車が用意される程で。他の、期待に満ちた笑みを浮かべている人々に混じって、二人も身体を寄せ合ってがたごとと揺れる馬車の中に座っていた。
 ふと、周囲の好奇の目に馨が顔を上げる。
 一瞬不思議に思ったものの、考えてみれば二人の出で立ちがあまりにもちぐはぐで、特に聖職者の格好をしている清芳と自分との取り合わせは興味を引くのだろうと納得する。
 ――納得したからといって、何をする訳でもないのだが。
 ただ、すぐ傍らにいる彼女の温もりを再確認しただけで……そして、もうあの日から一年経ったのだな、と思い出す。
 去年と今とでは、大きく違うものもあるのだけれど。
 そんな事を思い返していると、いつの間にか馬車が止まっていた。ざわめきを感じながら、すたすたと先に馬車を降りようとする清芳にほんの少しだけ苦笑を浮かべ、するりと先に降り立つ。
馨:「――お手をどうぞ」
清芳:「別にいいのに」
 動き難そうな僧服を着ているとは思えない軽々とした動きで、それでも差し出された手をすんなりと受け取ると、清芳はすとんと身軽に地面に足を付いた。

*****

 案内された部屋の椅子に腰を降ろして、思わずふっと息を付く二人。
馨:「去年と同じ部屋が空いていて良かったですね」
清芳:「どこも同じ部屋だと思うけど」
馨:「気分の問題ですよ」
 にっこりと笑って立ち上がり、特に多くも無い二人の荷物を部屋の隅にちょこんと置く。そうしてから外に面した窓を開けて身を乗り出した。
馨:「ああ……涼しくていい気持ちです。 このあたりだと、山の上はそろそろ冬に入ろうとしているのかもしれませんね」
清芳:「それはそうだろう? 冬なんだし」
 くすっとその言葉を聞いて馨が笑う。
 あなたらしい、と唇が微かに動いて囁いた事になんとなく気付いていたが、清芳は聞こえないふりをして窓の外を覗いた。
 火を入れたばかりの室内はまだどこかひんやりしているが、それでも外の空気に比べればほのかに暖かい。空気の流れがあるか無いかの違いだろうか、と思いつつ、ほうっと外へ息を吐く。
清芳:「まだ、冬には少し遠いね」
 吐く息が白くならなかったのを見て、清芳がぽつんと呟いた。

*****

 ――さて。
 温泉である。
 温泉なのである。
 部屋が暖まるのを待つ間に、何か温かい飲み物でもと馨が部屋を出て行ったのを確認して、椅子に深々と腰を降ろすと清芳がちらと部屋に用意された二人分の道具を見た。
 きちんと畳まれ、糊の効いた浴衣と、タオル。温泉に入るための準備はすっかり整っている。
 去年ここに来た時はどうだっただろうか、と考えれば、自分から二人部屋を取り、温泉にも一緒に入った……と思い出してかあっと顔が赤くなる。
清芳:「あ、あの時は……そう、まだだったしっ」
 馨は気の合う仲間という意識だったし、それに異性であっても自分の肌を晒す事に躊躇する理由は無かった。
 そう、すっかり忘れていたのだ。
 あの頃と違い、馨を異性としてしっかり意識してしまっているために、去年と同じように何の躊躇いも無く同じ浴槽に浸かると考えられなくなっていた事に。
清芳:「うーん」
 何とかして馨にはひとりで入ってもらって、自分は後でぱぱっと入るのは駄目だろうか。いや、そういえば去年馨は自分が出てからも長い間湯船に浸かってたから、出るまでの時間、こちらの間がもたない。
 といって、馨にゆーっくり浸かってもらっていたら、湯上りのデザートを食べる間も無く夕食の時間になってしまうだろう。
 馨の事だから、そのくらいは笑って許してくれるだろうが――けれど、許してくれるからと言って、二人で食べる食事をわざわざ延ばしてもらうのも個人的に嫌だった。
清芳:「ううーん……」
 けれど、二人で入るのは――もちろん馨の事は好きだし、そうでなければ夫婦になろうなんて思いもしなかっただろうけど……やっぱり、こう、無理に一緒に入らなくてもいいような気がする。うん、するする。
 その感情が羞恥によるものだと気付いているのかいないのか、別の理屈をこねてはうんうんと頷き、だがそのすぐ後にまたうーんと唸り出す清芳。
 ……結局自分で言い訳しているだけと内心では気付いているからなのだろうけど。
馨:「ただいま戻りました。……お茶を用意している間にお部屋は結構暖かくなっていましたね」
清芳:「あっ、お、おかえり。別に嫌とかそういうんじゃないんだからね?」
馨:「? ――ええ。分かってますよ」
 うんうん唸っていた清芳が、突如目の前に考え事の主が現れたのに驚いて口走った言葉に、最初首を傾げたもののにこりと笑ってぽんぽんと清芳の頭に手を置いた。
馨:「さて。食事までまだ間もありますし、温泉に行きますか?」
清芳:「あっ、そうだね。でも、その、ひとりで……って……言うわけにはいかない、ね……」
 『ひとり』と言う言葉を耳にした途端、僅かに馨の表情が変わったのを見て語尾を濁す。
 それが拗ねた様子や怒った様子であったなら、まだ言葉の続けようもあっただろうが、その目の中に浮かんでいたのは、寂しそうな色だったから。
馨:「……」
 察しのいい彼の事だ、清芳の言いたい事も考えている事も飲み込んでいるのだろう。けれど、常と違いその先を促す事も、別の話題にそらす事も無く、馨はただ黙って清芳の顔を見詰めた。
 そう――分かっていた。
 ハルフ村に誘った瞬間、ほんの少し彼女が硬直した理由も清芳より先に察していた。
 察していたけれど、気付かないふりをした。
 それが羞恥によるものだと分かっていて、そう言う風に自分を意識してくれるのは嬉しかったけれど。
 清芳がその育ち故に自分の感情を無意識に押し込めてしまう癖も知っていたし、ままごとのような夫婦生活の中で、自分なりの愛情表現を出そうと頑張っているのも知っている。だからこそ、もう少し前進したくてわざとこの日を選んだのだから。
 去年とは違う自分を意識して欲しくて。
 ――そしてやっぱり、自分としても最愛の人である清芳と一緒にこういう旅行を楽しみたかったから。
清芳:「あー……その」
馨:「うん」
清芳:「えっとね」
馨:「うんうん」
 にっこりと、楽しそうな笑みを見せる馨に、自分では気付いていないのだろう、次第に頬を桜色に染めて、ちらちらと視線を動かす清芳。
 ただの会話している風景に見えるその場は、何故か奇妙な緊張感に支配されていた。
 言うなれば、静かな攻防戦といったところか。
 ――まあ……明らかに清芳の方が劣勢だったのだけれども。
馨:「……清芳さんは」
 うー、と何か言いかけては唸りながら俯く清芳に、馨から問い掛ける。
馨:「温泉に、私と一緒に入るのは嫌なんですか?」
清芳:「嫌なんて、そんな事はっ」
 弾かれたように顔を上げ、ぷるぷると大きく首を振る清芳。
 そんな彼女に覆い被せるように笑いかけると、
馨:「――じゃ、行きましょうか」
清芳:「あ……」
 それ以上どう言えと言うのか。
 かくしてちょっぴり悔しそうに、ほんのりと頬を染めた清芳がこくんと小さく頷いたのだった。

*****

馨:「こっちの湯船は空いてますよ、清芳さん」
清芳:「え、そ、そう?」
 出来れば誰もいないところでという清芳のたっての願いを聞き入れ、温泉中をうろうろと動き回ってようやくひと気の無い場所を探し当てた馨に、清芳がほっとした声を上げる。
 本当に、変われば変わるものと少しおかしくなった馨が口元に隠し切れない笑みを浮かべると、先に手早く服を脱いで少し熱めの湯に身を沈ませた。
 ――ふう……。
 全身に染み渡る温泉の感覚に表情を綻ばせつつ、微かな衣擦れの音を楽しみながら清芳がやって来るのを背を向けて待つ。
 やがて、
 ――ひたり、と濡れた流し場に足が降りる音を聞いて、振り返った馨が一瞬目を丸くし、そしてくすくすと笑い出した。
清芳:「な、何もおかしくなんか無いだろ」
 髪を濡れないようにきっちりと頭の上で結い上げた清芳が、何度も自分の身体を見下ろす。なるべく見えないようにと相当チェックを繰り返したのだろう、胸の上できつめに巻きつけたバスタオルは、すらりと伸びた形の良い足の途中までをしっかりと覆い隠していた。
馨:「ええ、おかしくなんかありませんよ。さ、どうぞ」
 湯に浸かる前から赤い顔をほんの少し顰め、身体を開いた馨の隣から静かに布がずれないよう手で押さえながらゆっくりと身体を沈めて行く。
 ほう……っ、と清芳が息を吐いて、それから周囲をゆっくりと眺め回し――。
清芳:「……外、見えないんだ」
馨:「どうやら他の温泉の囲いで見えにくくなっているみたいですね。ここからなら少し見えますよ」
 ほら、と清芳の肩を引き寄せるようにして自分の視線の先と位置を合わせると、
清芳:「目の幅より狭い縦線の景色なんて、無いも同然じゃないか」
 つまらなさそうに口を尖らせて文句を言う清芳。
馨:「他の場所にはもう先客がいましたから、仕方ないですよ。夕食を食べてからまた来て見ましょう、その時にはいい場所が空いているかもしれませんし」
清芳:「……うん、そうだね」
 ふー、とため息を付いて、馨に寄りかかる清芳。
 それはごく自然な動作だったため、馨も特に意識せずに彼女を受け止めていた。
 一度湯に入ってしまうと羞恥が取れるのか……いや、タオルで要所をきちんと覆っている状態を変える気配は見受けられない。
馨:「……」
 ああ、そうか……と、今更のように納得した事がある。
 恥ずかしがりはしたものの、こうして一緒に身を寄せ合うのは嫌いではないらしい。
 馨でなければ決してここまでさらけ出すような真似はしなかっただろう。
 さらさらとお湯を清芳の肩にかけてやりながら、そんな事を思い。
 そして――不意に、湧き上がってきた笑みと共に清芳を引き寄せた。
清芳:「っ!? ちょっと、何を」
馨:「すみません、でも、こうさせて下さい」
 ぱしゃっ、と、お湯が跳ねる。
 だって――幸せなんです。幸せ過ぎるんですよ。
 耳元で囁かれた清芳が、その言葉でか行為にか耳まで真っ赤にして、それでも何か文句あり気な表情のまま、自分を抱き寄せた馨の腕に自分の手を重ねた。

*****

馨:「清芳さん、それはお土産のお菓子では?」
清芳:「ううん。これは私のおやつ」
 お土産はそっちの荷物に入ってると言いながら、帰りの馬車の中で甘いお菓子を楽しそうに食べる清芳。
 昨夜も二人でのぼせそうになりながら温泉を上がった後、風呂上りの一杯ならぬ一皿を何枚も重ねたのに、今もまだ口の中は甘ったるくなっていないらしい。
清芳:「……はい」
馨:「はい?」
清芳:「あげる。半分ね」
 さり気ない風を装っているが、その照れたような顔は隠しようも無く、
清芳:「一緒に……食べようって言ってるの」
 きょとんとしたままの馨に、んっ、と手を伸ばしてそれを押し付ける。
馨:「ありがとう」
清芳:「……うん」
 目と目を見交わせば、それ以上の言葉はいらないとばかりに、とん、と身体をもたせかける清芳。
 そんな彼女を目を細めて見ながら、渡されたお菓子をそっと口に運ぶ馨。
 ――見た目はちぐはぐな二人だったが、好奇に満ちた視線はそこには無い。
 今日の二人は傍目から見ても、これ以上の組み合わせは無いと思わせる雰囲気をそこに湛えていたからだった。


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お久しぶりです。注文ありがとうございました。
納品が遅れまして申し訳ありません…。
一年前と一年後の二人の違いを書き分けるのはとても楽しかったです。上手く二人の雰囲気を描写出来ましたでしょうか。気に入っていただければ幸いです。
それでは、またの機会を楽しみにしています。

間垣久実