<東京怪談ノベル(シングル)>
少年は高みを目指す
「なんか、いい依頼ある?」
遼介は、カウンターの中の少女に話しかける。
金髪の少女は首を傾げると、じっと遼介の顔を見つめる。ガラス細工のような緑の瞳に、遼介の顔が映る。
「ハンターの湖泉・遼介(こいずみ・りょうすけ)様ですね。湖泉様がお受けできる依頼は、こちらになります」
淡々とした様子で、少女は遼介の前に数枚の依頼書を差し出す。どこに、どのような魔物が現れ、どのような被害が起きているのか、さらに報酬金額までもが記された紙を、遼介は真剣に読みはじめる。
「この、妖精って、悪いヤツなのか?」
一枚の紙を少女の目の前に示し、退治依頼魔物の項を指差す。
そこには『妖精』と記されている。妖精というと、遼介でなくとも、可愛らしい少女の姿に昆虫羽根というイメージが一般的なものだろう。
「ええ……、木に宿る妖精なのですが、人を殺して血を啜ることを覚えてしまったそうで……」
少女は顔色を変えることなく、妖精が人を襲いはじめたところから、最近の事件までを遼介に語っていく。
「うわあ……、ずいぶんひどいもんだな」
差し出された依頼の中で、一番高額だっただけはある。
「この依頼に致しますか?」
「どうしようかな……、妖精っていうと、魔法とか使うよな?」
「そうですね。魔獣などと違い、邪精に属するものは、魔力と知力が高いものが多いですから」
──この木の妖精は、魔力が特に高いですよ。
と付け加えられ、ため息をつく。
遼介は、魔法に類する力を行使することに、ためらいをもっている。今背負っている剣も、魔力を持つ武器に鍛え直してもらえるところを、わざわざ魔力を持たない武器にしてもらったぐらいだ。
俺は、ヴィジョン能力も持ってるしな。
遼介は、強くなりたい、強くありたいという意識が強い。そのためなら、自分自身を戦いの場におき、鍛えることを辞さないところもある。
剣と拳という、純粋な肉体のみの格闘技能を磨くことを目的としているために、魔法の力を使うことは自分自身の力で戦うことではないと思ってしまう。
「魔法か……」
「遼介じゃないか。久しぶりだな」
思いに沈む遼介の耳に、魅力的な声が響く。
聞いたことがある声に振り返ると、そこには赤いコートを身に纏い、微笑む美貌の青年が立っていた。
「シエル!」
以前、遼介が参加したハンターギルド1日体験の案内係であり、手にするハンター章を手渡してくれたハンターである、シエル・セレスティアルが目の前に立っていた。
「今日はどうしたんだ? そうか……、依頼探しにきたのか」
ゆったりと遼介のもとに歩み寄った彼は、カウンターの上に広げられた依頼書に目を留める。
「そうなんだけど、魔法を使うっていう魔物でさ……」
浮かない顔の遼介を見て、シエルは首を傾げる。
「魔法が使えなくとも、魔法障壁を張れるアイテムとかもあるが、そういうのを使うのは嫌いなのか?」
「うん。まあね……」
そうか、などと言葉を濁しながら、シエルは何やら考え込んでいるようだった。
「そう言えば、シエルはどうしたんだ。今日は、仕事とかないのか?」
「ああ、依頼がないからな」
その答えに、痛いところをつついてしまったのかと、遼介は慌てる。
「別に、そんなふうに気にすることはない。俺が対処しなければならない依頼がないということだから、喜ぶべきことなのだ」
「そうか……」
シエルがイモータル狩り専門のハンターだということを耳にしていた遼介は、そう言う考え方もあるのかと思う。
冒険者にとって魔物退治は、修練と収入に直結するため、非常に歓迎するものだ。だが、その地に住む者たちにとっては、魔物など現れないにこしたことはない。
とくに、強大な力を有するというイモータルなどは、シエルの言葉ではないが、依頼がない方が平和だということの証拠に他ならないだろう。
「だが、こうも暇だと、体がナマりそうでな。いまから、修練場に行くところだったんだ」
「修練場なんて、ここにあるのか?」
その単語に、遼介の瞳がキラキラ輝く。
「ああ、ここのハンターたちが、自分を鍛えるために利用しているんだ。遼介も、ハンター章をもらったのだから、もうハンターの一員だな。……案内しようか?」
「ああ」
満面の笑みとともに、遼介は勢い込んで頷いた。
ハンターギルドの奥は、少し前までそこに属することなど考えたこともなかった遼介にとってみれば、入れるというだけでとても胸を高鳴らせるものであった。
シエルが廊下を歩むたびすれ違うのハンターたちと挨拶をかわし、遼介のことを紹介してくれる。
彼らと別れた後、彼らについての簡単な説明をシエルはしてくれる。ハンターはクラスだけでなく、その技能や請負形態も様々なようであった。万能型ハンターや技能特化型のハンター、複数でチームを組んでいるハンターたちなど。上位の魔物を駆る者たちは、彼の説明によると、その能力を生かした数名で組む小隊で活動することが多いらしい。
そう遼介に説明するシエルは、イモータル狩りが専門だといっていた。それを思い出したので、チームを組むのかと聞いてみたら、俺は1人で依頼を受けるという返答があった。
ということは、魔術にも、格闘術にも、遼介の想像もつかないほどの技量を持っているという自信があるからなのだろう。
そう思うと、最近どうもそこで堂々巡りに陥る、とある悩みを思い出す。
このまま、力のみを極めることのみを続けるか。それとも──。
ため息をつく遼介の前の扉を、シエルが押し開ける。
「うわぁ……」
目の前には、明るい光が射す開けた空間が広がっていた。石畳がひかれた通路の左右には厩が、そしてその先には円形闘技場がある。
円形闘技場は、かなりの広さがある。
「すごいな……」
「ここが、俺たちの修練場だ。ここでは模擬戦闘の他に、実戦さながらに捕らえられた魔物を放し、戦うときもあるのだ」
「へぇ……」
物珍しげにきょろきょろと見回していると、くわぁという鳴き声が聞こえる。そこには、厩から首を伸ばす、一匹の魔獣の姿がある。
「あれ? もしかして、お前って……」
ライオンの体に鷲の頭。目を細め、泣きながらシエルと遼介を見つめるのは、あのときのグリフォンなのだろうか。
「わかったか? これが、あの時、遼介と俺を乗せたグリフォンだ」
グリフォンはシエルに首筋をさすられ、嬉しそうに鳴く。そして、おそるおそる差し出した遼介の手にも、くちばしをこすりつけて喉を鳴らす。
「あの時の遼介の言葉が、よっぽど嬉しかったのだろうな」
あの時、ハンターギルド1日体験の時、グリフォンの背の上でかけた言葉を覚えていたというのだろうか。あの言葉は、心の赴くままに言っただけだった。そうなのだが、人の手など簡単に喰い破れそうな魔獣がこんなふうに懐いてくる姿は、遼介に感動を与える。
「他にも、魔獣はいるのか?」
「ああ。騎獣として使われる、人に馴れたのはここだけだが、闘技場の地下には、修練用の魔獣が捕縛されている」
獣としての法をこえ、血を啜り、殺しを楽しむことを覚えたもの。
それが地下にいるということに、遼介は僅かながら、恐れに近いものを感じる。獣にではない。それを捕らえ、制してしまう力を持った、ハンターという者たちに対してだ。
──今更ながら、信じられない力を持っているんだな。
けれどこれからは、自分もその一員なのだ。
「そう言えば、修練って、どうやるんだ? その、魔獣と戦うのか?」
「そのつもりだったんだが、どうだ、俺と手合わせしてみるか?」
「え……いいのか?」
願ってもいない言葉に、遼介の瞳が輝く。それを感じたのか、グリフォンも嬉しそうに一声高く声を上げた。
円形闘技場は、魔法の力によって、様々な地形を造ることができるという。狩るべきものがいるのは、このような開けた石造りの、戦闘に向いた場所ばかりではない。
木が生い茂った深い森。切り立った断崖の狭隘な山道。足を取られるぬかるむ沼地。そのような、自分たちに取って決して有利ではない場所で戦わなくてはならないのだ。
だが今日は、手合わせということで、闘技場はこのままでということだった。
シエルに渡された、刃が潰してある手合わせ用の幅広の剣は、遼介が持つものによく似、重さもほぼ同じだった。
柄に革を巻き、握りを調節した遼介は、剣を二、三度振る。
顔を上げると、シエルも細身の片刃刀を手に、目の前にたっていた。
鈍い光をたたえる剣も、遼介が手に持つものと同様に刃を潰してある。
「用意はいいか?」
ゆったりと微笑み、シエルは剣を構えることなく、だらりと下げている。
「ああ、いいぜ」
遼介は、剣を青眼に構える。
微動だにしない、彼の右手。長い剣の切っ先は、石畳の上についている。
あれを振り上げてから振り下ろすのと、俺が振り下ろすのとは、どっちが早いのかな?
一動作ですむ、こちらの方が早い。そうは思うが、自然体の彼の隙が見えない。そのため、彼の懐に飛び込むことができず、じりじりと石畳の上で足を滑らせる。
「くわぁ!」
緊迫した空気を感じ取ったのか、厩の魔獣が一声鳴いた。
そのとき、ぴくりと動いたシエルの腕の動きを見逃さず、遼介は彼の元に走り、勢い良く剣を振り下ろした。
決まった。
そう思った。だが、鋭い金属を打ち合わせる音とともに、鋭い痛みが手に伝わる。びりびりと痺れる傷みに、思わず剣を取り落としそうになる。
「やはり遼介は、勘と目がいいな」
両手で勢い良く振り下ろされた剣を、片手で握った剣で軽々と防いだ彼は薄く微笑みながら、そんなことを言う。
どうやって、あの態勢から遼介の剣を受け止めたのか。
視界の隅を一瞬、稲妻のような白い光が走ったのしか見えなかった。
「俺が一瞬造った隙を見逃さないのは、素晴らしい」
「あれって、わざとか?」
「まあな……。普通の人間なら、まず気づかないほどのものだがな」
シエルと交わしたままの剣に目を落とした遼介は、ぎょっとする。
固い鍛鉄製の剣が、互いに打ち合わせたところから折れ曲がっていたのだ。シエルが手にした剣は細身なので、遼介のものよりひどかった。
こんな風になっていたのなら、あの手の痛みにも納得がいく。
「これって……」
「遼介の反応の良さに、俺もセーブが効かなくてな。思わず、本気を出してしまったよ」
いくら手合わせ用とはいえ、ハンターたちの修練用のものなのだから、簡単にこんな風になるはずもない。
鍛えられた鉄を曲げるほどの力とは、一体どんなものなのだ。
遼介は混乱する。
『俺も純粋な人ではない』
たしか、ハンターギルド1日体験のとき、彼がそんなことを言っていたような気がする。
「前聞いたけど、シエルって、純粋な人でないのか?」
「そうだ、母は人だから、半分は人だがな……。そのせいなのか、鉄ではやわすぎて、こんな風になってしまうのだ。だから、俺は、魔剣か聖剣を使うしかないんだ」
あまり、父親のことを話したくないのかな?
この前も思ったが、シエルは見た目から受けるような、冷たいとか、取っ付きにくいというタイプではないようだ。こちらが聞いたことに、それと同等か、それ以上の答えを返してくれることも多い。その彼が言葉を濁したのだから、父親のことはタブーなのかもしれない。
これ以上深く聞かない方がいいだろう。
遼介はそう思い、話を切り替える。
「だから、魔剣を使ってるのか?」
「それもある。それ以上に、俺自身が生きるためにも必要だからだ。……そういう目的のためなら、自分を鍛えることのみで得られるもの以外の力を借りることも、悪いことではないと思うがな」
カウンター前で話した会話の、彼なりの遼介への助言なのだ。
それに気づいた遼介は、シエルの紫の瞳をじっと見つめる。
自分が生きるために、自分を守るために、魔法の力を借りる。
「うん、考えてみるよ。いろいろ……」
遼介の言葉に、シエルは優しく微笑んだ。
─Fin─
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1856/湖泉・遼介(こいずみ・りょうすけ)/男性/15歳/ヴィジョン使い・武道家】
【NPC/シエル・セレスティアル】
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■ ライター通信 ■
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湖泉遼介様
三度目のご依頼、ありがとうございます。ライターの縞させらです。
今回の遼介様は悩みを持っているということで、こちらも悩みました。彼の悩みに回答をあえて示さない方向で、シエルは助言者という立場に置かせて頂きました。お気に召していただけましたら幸いです。
また機会がありましたら、宜しくお願い致します。
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