<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


ハルフ村湯煙旅情通り魔事件!?


 「ふ〜む…穏やかじゃないねぇ…よっしゃ! いったんエルザードに戻って、協力者を募集してくるから二、三日待ってくれる?」
 そういってギルは疾風のごとく走り去った…ように見えて村を出たところで急激に失速。
「…やっぱり長時間走るってできないね〜〜あーしんど」
 いえ、まだホンの数分しか経ってないんですがギルディアさん。


 彼なりの早足でエルザードに戻り、そのまま定宿にもよらず白山羊亭に足を運んだ。
「冒険者の皆さん、協力して欲しいことがあるんだけどさーちょっといい? 今ハルフ村…あの温泉村でちょっと厄介な事件が起こってるんだよね。 通り魔らしいんだけど、なかなか捕まらないんだって。 それでさ、張り込みとか色々と策を講じるには人手が必要なのよ。 悪いんだけど協力してくれる人いるかな〜」

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 「誰かいないかな〜?」
 白山羊亭でそんな風に呟きながら辺りをキョロキョロしていると、見知った顔を発見。
「あ! 虎王丸ちゃんみ〜っけ♪」
 奥のテーブルで食事をしていた虎王丸は、協力手を探すギルとばっちり目が合ってしまった。
「みーっけ、じゃねぇ! なんだよまた依頼で協力者探してンのか?」
「そんなかんじ〜虎王丸ちゃんもよければ力貸してくんない?」
 貸してやってもいいがとりあえずちゃん付けはやめろと怒鳴る虎王丸(こおうまる)。
 奥で二人がそんなやり取りをしている間に新たな客が白山羊亭に入ってきて、やや騒がしいこの状況についてその辺の客に尋ねた。
「…ふぅん、通り魔か。 それなら俺の出番だな」
 そう呟いたかと思うと、奥にいたギルに背中越しに話しかけた。
「よう、アンタが助っ人募集してんの? よかったら俺も力貸す―――あ?」
「あ」
 ギルを隔てて向こう側にいる虎王丸の姿を見て、少年は驚いたような顔をする。
 それと同時に虎王丸も驚いた顔で思わずその少年を指差し、互いに名前を叫びあった。
「虎王丸!」
「遼介!」
「なんだぁ、知り合いなのか。 それじゃあちょうどいい。 二人とも手を貸してくれないかい?」
 何が丁度いいんだか、と半ば嫌そうな顔をする虎王丸だが、依頼先がハルフ村ということで宿の名物的な料理など堪能できるかもしれないと頭を働かせ、結局依頼を受けることにしたようだ。
 そして遼介と呼ばれた少年も少々苦笑いはしたが、手を貸してくれるようだ。
「さて、これで一気に二人も集まったわけだけど〜範囲が広いからあと二人ぐらい人手がほしいとこだなぁ」
「わたくしで宜しければ、力をお貸ししましょうか?」
 入り口に近い席の方からくすくすと笑うおっとりした聞き覚えのある声。
 どうやら彼らのやり取りを暫く傍観していたようだ。
「おや、シルフェちゃんでないの〜こないだはありがとね〜♪」
 そんな彼女に続くように、カウンター席からくるりと振り返る、有翼人の女性が一人。
「その事件、気になりますね。私も調査協力させてくださいな」
 こんにちは☆、と軽快な挨拶で寄ってくる女性は、ベーレン・アウスレーゼと申しますと言って優雅な礼をとる。
「おうおう、麗し〜ぃ女性が二人も♪ 是非お願いするよ。 これで四人になったわけだね。 善は急げだすぐ出発しよう」
 言ってる内容と声の調子が全く合っていないことに、ホントに切迫した状況なのだろうかと首をかしげる虎王丸と遼介。
 今度もまた厄介なことになりそうだ。

「さて。 そーいやまだしっかり自己紹介してなかったね。 俺は今回の依頼の仲介兼請け負った張本人のギルディア・バッカスってしがない賞金稼ぎなの。 宜しくね〜」
 何がしがない、だ。 と言いたげな顔でギルを見やる虎王丸。
「……虎王丸。 火炎剣士だ」
「俺は湖泉遼介(こいずみ・りょうすけ)! 職業はヴィジョン使い兼武道家。 宜しくな!」
 快活に言って元気な笑顔を振りまく遼介に、シルフェもベーレンもにこやかに微笑む。
「改めまして。 シルフェと申します。 職業は水操師ですわ」
「それでは私も改めて自己紹介致しますわね。 ベーレン・アウスレーゼと申します。 職業はフードファイター、以後お見知りおきを」
 各自の自己紹介が終わった所で、ハルフ村までの道のりをてくてくと歩きながら状況の説明をする。
「――んで、一つ目が村の中を散策していた折、何かとすれ違ったと思った瞬間、衣服がバラバラになっている。 次に、気がつくと村にある宿全部の内湯、露天風呂の栓が抜かれていたことが何度か。 三つ目、夜の闇に紛れて、一人なったところを鞭のようなもので弾き飛ばされた。 最後、宿の食事が三人分ほど。一日一回どこかで消える…以上が村で起こってる現象だ」
 それを聞いて虎王丸はちらりと遼介を見やる。
「あ? なんだよ」
「…すれ違った瞬間に服がバラバラになるなんてなぁお前が得意とするトコじゃねーか。 案外お前が関わってたり――と思ってなぁ?」
「ンなわけねーっつーのッ!! 馬鹿も休み休み言え!」
 どーだか、などとまだ疑った様子の虎王丸に対し、冗談じゃないと怒る遼介。
 しかし傍目から見れば単にからかっているようにしか見えない。
 そんな二人を宥めすかした後、ギルはシルフェとベーレンの見解を聞く。
「素直に考えますと三人組…それぞれに悪戯をされている、という事でしょうか。 でも少ぅし冗談では収まらない悪戯ですねぇ」
 頬に手を添えて、考えるような素振りをしてシルフェはそう呟く。
「食事が消えるというのは、犯人が食事を盗み食いしていると考えられますね。 特徴的なのはお風呂の栓が抜かれていた、というものでしょうか。 衣服がバラバラになったり鞭のような物で弾き飛ばされるというのは明らかに人に危害を与えようとしていますが…シルフェさんの言うように、三人組の愉快犯と仮定した方が宜しいかしら」
 人に害を加える気があるようにも見えるが、ギルの話からしても幸い死者は出ていない。 鞭のような物で弾き飛ばされたといっても、当たった部分と転倒した際などの打撲や擦り傷程度であろう。
 食事が消えることとお風呂の栓を抜くという行為は、食事を取りつつ遊んでいるように思える。
「―――と、なると…早いトコ取り押さえないと更にエスカレートするんじゃないか? 少なくとも風呂の栓を抜いたり食事を取ったりする行為と衣服を切り裂いたりダメージを与える行動に入ってるって事は、そのうち洒落にならない怪我人が出る可能性もある」
 遼介の見解はもっともだ。
 困った出来事で済んでいる間に何としてでも終わらせなければ。
 それまでの歩調より少しばかりペースを上げて、一行はハルフ村までの道のりを急いだ。



 「ん〜…まだ多少は活気が残ってる…かなぁ?」
 ハルフ村に到着した一行は、村の入り口から辺りを見回し、状況確認を始める。
「各店の従業員の方々は…心なしか表情が固いですわね」
 村の中で温泉めぐりをしている客は、そう変わった様子も見られない。
 ベーレンはむしろ店員の張り付いたような笑顔に違和感を覚える。
「そうですねぇ、被害者と従業員の方だけが現状を知っていると言ったところでしょうか」
 あらあら、といった様子で浅いため息混じりにシルフェがそう呟く。
「そんなことより、早く依頼人に直接話聞きに行こうぜ。 こうしてる間にも次の事件が起こるかもしれないんだし」
 遼介の言葉に、そうだね、と返事をするギルは、一行を依頼人である村長の元へ案内した。
 村長はギルの姿を見るなり、それまで客に振りまいていた笑顔から一変し、慌しく駆け寄ってくる。
「お待たせしました〜ちゃんと助っ人連れてきたんだ、近日中に何とかしますよ」
 緊張感のない口調でそう告げると、僅かながら不安の色を残しながらも、お願いしますと頭を下げた。
「そーいやさ。 前情報として食事が一日一回三人分消えるって聞いてたけど、一回で三食分消えるのか、それとも一回で三人分の一日の食事が消えるってことなのか…どっち?」
 前者であるならば、複数犯というのは考えにくい。
 様々な所で行動を起こしている以上、複数犯ならばその程度の食事量ではもたないだろうと推測する。
 だがその代わりに、犯人の形状が如何なモノなのか、非常に判断しかねる。 想像するからに何かしらのモンスターのような形状しか思いつけない。
 後者ならば、起きている事件の内容からしてある程度納得も出来るし、人間の犯行である可能性が高い。
 その問いに対する村長の回答は、一日一回三食分、とのことだった。
「…ということは、単独犯ということでしょうか…」
「…姿が視認できないほどすばしっこくて、鞭みたいな武器と鋭い刃物を持ってて…食事掠め取ったり風呂の栓を抜いたりする単独犯ってことかぁ? ……なんつーか、想像しにくいな…」
 複雑そうな顔で頭をかく虎王丸。
「素早い剣の使い手なら、俺とどっちが素早いかな」
 などと遼介は勝負する気満々。
「――とりあえず、それぞれ現場で罠を仕掛けてみましょうか。 私に出来そうな分野としてはお風呂関係に。 水の精霊さんにお願いしまして見張りをお願いですとか。 被害に合ったお宿の一つにお泊りさせて頂きまして張り込みというものを」
「そうだね、水関係ならシルフェちゃんの専門分野だし、そっちの方はよろしく頼めるかな」
 ギルの言葉にはい、と、にこやかに答えるシルフェは村長の案内で被害にあった宿へ向かっていった。
「それでは私は囮にでもなりましょうか。 あ、私こういうの、何故かいっつもラッキーで助かる体質なんですよ。 ひょっとしたら他の方とかギルさんに被害が移るかもしれませんけど、うふふ」
 ベーレンがそんなこといいながら笑うと、男三人は背筋がゾッとする。
「……そーゆー展開って、何か知らんがよく俺とかにまわって来るんだが……」
「奇遇だね虎王丸ちゃん。 俺もだよ」
「そーゆーモンなのか? 俺はまぁ、その辺実感わかねーんだけど」
 一人小首をかしげる遼介。
 お約束の役回りが決まったような気がした。



 「――それじゃあ事情聴取とかしなきゃなんねーし、協力者にはキチンとお礼を渡すのが筋ってもんだよな。 その為にはこの村の名産品とかちゃんと吟味して――」
「その手には乗らないよ〜どうぜ俺に全部払わせて、自分もちゃっかり堪能しようって魂胆でしょ?」
 虎王丸の計画はばっちりばれていた。
「今回の依頼人はハルフ村の村長兼各旅館の責任者。 報酬として金銭は発生しないけど、その分温泉や食事を堪能してくれってことになってるからね。 依頼が完了してからゆっくりしたらいいよ」
 ただし、土産は自腹でお願いね。 とウインクしてみせるギル。
 虎王丸は渋い顔で舌打ちした。
「でも事情聴取は大事だから、まだ被害にあったお客とか湯船が空になってンのを見た人とかに話は聞いといた方がいいだろなー」
 苦虫を噛み潰す虎王丸をよそに、遼介が話を進める。
 当然虎王丸は面白くない。
「…ったく…ンじゃ俺ぁ邪魔になる荷物置いてその辺見てくらぁ」
 観光地で虎王丸のような甲冑は実に目立つもの。
 防具がない状態で戦闘になった場合を考えると聊か不安もあるが、武装していたのではすばしっこい犯人を捕まえることも囮になることも難しいだろう。
 シルフェが温泉を張るとは言っていたが、自分でも忍び込むなどして探りを入れていこうと虎王丸は考えていた。
 勿論のその旨は仲間には伝えずに。
 敵を欺くにはまず味方から、これ即ち兵法なり。
「村長とか各旅館の支配人に被害者集めてもらうのか?」
 遼介の問いに、ギルは少々考えるような素振りを見せる。
「全員集めて事情聴取というのは効率的ではありますが…その分犯人にその動向を探られやすいかもですわ」
「まぁ一つの旅館に被害が集中しているわけではないし…むしろ殆どの全部の旅館で毎日どれかの被害が発生してる感じだからねぇ…シルフェちゃんが連れて行かれたのは多分温泉の方で最初に被害があったトコだと思うから、二人はそれぞれ他のトコ当たってくれる?」
 勿論一人で深追いして取り返しがつかない事態にならないよう、慎重に行動することと釘をさして、ギルも別方向の宿へ足を運ぶ。
「…この場合、五人とも囮という感じでしょうか?」
「…かもしんねーなぁ。 ま、素早さ勝負なら受けて立つがな!」
 やる気満々で宿へ向かう遼介の背中を見送ると、ベーレンも別方向の宿へを進路をとった。



 「―――毛…ですか?」
 宿の従業員に話を聞き、何かこれまで起こったことの中に共通点などないかと尋ねると、どの現場にも髪の毛と思しき毛が落ちていたという。
 しかし、温泉宿で風呂場ともくれば抜け毛の一つや二つ落ちてるのは必至。
 それだけで犯人が特定できるわけでもない。
 だが、そこまで覚えがある特徴的なものならばもしかすると犯人に繋がるヒントになるかもしれないとシルフェは考える。
「具体的に、落ちていたその毛というのはどういったものだったのですか?」
 シルフェの問いに、従業員たちは排水溝に詰まった細くて短いオレンジ色の毛が沢山あったと答えた。
「短毛で細い毛……まるで小動物のような特徴ですね」
 当然従業員達もその可能性は考えた。 しかし小動物であるならば何かとすれ違った、という客の証言は少々不可解なものになる。
「…すれ違うということは、少なくとも人の高さはあるということでしょうし…なんだか犯人像があやふやですわね」
 食事の方に睡眠薬やきつめの酒を加えるなどやってみたかどうか尋ねれば、睡眠薬はやってみたがまるでこちらの手の内を読んでいるかのようにその食事だけを避けて他のお膳を掻っ攫うという。
 ふぅ、とため息をつき、困ったような仕草で手を頬に添えるシルフェ。
 早いところこの騒動を治めなければいずれ客寄せの方にも支障が出てしまうだろう。
 とにかく温泉の方に罠をはろう。
 シルフェはその宿の温泉と源泉を共有している所や、他の温泉宿の方にも水の精霊に頼んで見張りについてもらった。
「――あとは―――…待ちましょうか」
 と、言いつつその間に温泉を頂こうと脱衣所へ向かうシルフェであった。



  宿で軽く…といっても常人の数倍の量を平らげた虎王丸は、従業員やその宿の客で被害にあった客にその時の状況について話を聞いていた。
 衣服を切り裂かれた時に姿を視認できなかったことや、その対象は男女構わず無差別といった様子だ。
 ただ、話を聞いているうちに何処を歩いていた時にそうなったのか、複数の被害者の話が重なっていく。
「――宿の傍、夜、林の奥…か」
 村を散策していた折に被害にあったと聞いていたが、それぞれの証言した場所は近い。
「行ってみるか…」
 真剣な顔でそう呟きつつも、手には温泉饅頭の入った茶袋がしっかりと抱えられていた。



 「――鞭みたいなもので吹き飛ばされる瞬間、僅かに温かかったって?」
 別の宿でちょうど鞭のような物で弾き飛ばされ、木の幹に背中を打ちつけ宿で暫く治療を受けていた客が遼介にそう証言した。
 話によると、恋人と一緒に林を散策していて、林を抜けた先にある店でお茶をしようと話していた時に、財布を忘れていることに気づき彼女がそれをとりに行っていた間、少しばかりウロウロしていた時に、前方から鞭のような茶色っぽい何かが飛んできて、それが腹にぶち当たり、その衝撃にふっ飛ばされたという。
 その時に、腹に当たった瞬間、その物に温かみを感じると同時に、指先が偶然それにかすったらしく、柔らかい毛に包まれていたらしい。
「……長い鞭のような物で温かくて……毛まみれ…………なんかの動物かぁ??」
 動物、それも知能の高い動物。
 そう考えると遼介の頭には魔物っぽいものしか浮かんでこない。
「ん〜〜…でも貴重な証言ありがとな! とりあえず俺達がなるべく早く解決するから、ゆっくり背中治してくれ、な」
 そう言って遼介はまず証言どおりの林の方へを足を運んだ。



 「さってさて〜? 来っますっかね〜♪」
 緊張感の欠片もない即興の歌を口ずさみ、ベーレンは宿の露天風呂へ来ていた。
 相手が食事を摂取するという観点からして、固体であることは間違いない。
 それならば自分の得意技で何とかすることが可能だ。 しかし周囲への弊害が大きい為、はたして観光地で使用していいものかどうか悩む。
「…無難に剣の方がいいかもですわね〜…」
 集団食中毒とか噂されたらそれこそ依頼を片づけても結果として意味のないことになってしまう。
 ベーレンは愛刀を持って露天風呂に入っていった。
「―――ふぅ…仕事がてら温泉に入れるっていいですわね〜」
 そして仕事の報酬として宿の食事が提供される。
 フードファイトで戦うわけではないので、聊か物足りなさも感じるが、それでもこんな機会はそうそうない。
「早いトコ犯人を捕まえるか退治するかしませんと……ん?」
 露天風呂を囲う竹垣の向こうに、何ものかの気配を感じた。
 そっと愛刀を手に取り、ゆっくりと引き抜いて神経を研ぎ澄ます。
「そこですわ!」
「痛――――ぇっ!!」
 竹垣目掛けて剣を突き立てると、微かに手ごたえはあったものの、かすった程度の感触が伝わってくる。 が…
「………あら?」
 なにやら聞き覚えのある叫び声が。
 竹垣の上からひょっこりと顔を出すも、既にその場には人っ子一人いない。
「今の声…………虎王丸さん??」
 ズバリ正解であった。

「って〜〜〜〜〜ッ あの声、ってことは…あの宿にベーレンの奴がいたのか…ッ」
 そもそも何をしてるんだと誰もが突っ込みたいところだろう。
 ベーレンの剣が指先をかすった後が痛々しくはあるのだが、彼に至ってはそれも自業自得といえよう。
 そう、虎王丸は仕事の合間に実はこっそりと女湯を覗こうとしていたのだ。
 勿論、見つかった時の言い訳として依頼の事を持ち出そうとして。
 しかし狙いを定めた先にはベーレンがいた為に、あわや通り魔と勘違いされて攻撃されてしまったのだった。
 とはいっても、未遂に終わった彼の行動自体が既に犯罪なのだが…
「…次だ!」
 そもそもの目的を覚えているのかどうか激しく不安である。



  時を同じくして、シルフェが張り込んでいる宿では―――…
「今の所水辺での不審者はいないようですね」
 水の精霊から報告を受けて、思った以上に時間がかかりそうだとため息をつくシルフェ。
「――でもいい気持ちですね――…露天風呂。 うふふ♪」
 湯の効能は美肌の湯。
 これは是非とも堪能せねばなるまい。
「明日にはお肌つるつるになるでしょうか―――あら?」
 水の精霊から近くに不審者がいると報告が入った。
 この露天風呂の外に小川や小さな水溜りがあったので、ついでにその辺も見てくれるよう精霊に頼んでいたのだ。
「あらあら大変。 こっちにいらっしゃったようですね……って、あらあら…」
 水の通して見たその不審者に、シルフェは目を丸くして驚いた。
 そして――…

 直径五十センチほどの水の塊が、竹垣の下で今まさに登ろうとしている者の上にどばんと落ちた。
「!? ぶわっ!!」
 何事かと上を見上げると、そこにはシルフェのにこにこした顔。
「そんな所で何をなさってるんです? 虎王丸様」
「げ…」
「そんなことをしていては、通り魔より先に捕まってしまいますよ。 先ほどベーレン様の所でもおやりになったのでしょう?」
 それを聞いて虎王丸はぎょっとした。
 何故ばれたのか、それよりも先に彼女の能力を思い出した。
 それで先日の依頼でも似たような目にあわされたことも。
「―――あら?」
「あ?」
 竹垣の向こうでシルフェが振り返る。
「あらあら大変」
「オイ、どうした!?」
「目を放した隙にお湯が抜かれてしまいましたわ。 犯人は―――……あらまぁ」
「何が見えたんだ!?」
 虎王丸の問いに、シルフェはあらあらと笑いながら答えた。



 「う〜む…犯人は現場に戻るって言うけど…そー上手くはいかねーよなぁ」
 一人林の中をうろつき、被害者に聞いた場所らへんでウロウロしてみるが、いっこうに何の気配も感じない。
 そこへ背後からガサッと音がした。
 一息つかぬ間に遼介は剣を抜いて背後にいる何者かに切っ先を向けた。
「―――って、ギルじゃないか〜…紛らわしい出方するなよなー」
「そっちこそ! せめてもうちょっと状況判断ぐらいしたらどうなんだい!? ああっ俺の自慢の髭が――――ッ!!」
「あ、悪ィ」
 すんでで止めたはずだったのだが、思ったよりもギルの髭が長かった為か、片側だけ見事に半分斬られてしまった。
「まったく〜…そうそう、シルフェちゃんから連絡入ったよ。 通り魔の正体がわかったって」
「マジか!」
 遼介は剣を収め、ギルの後をついて走っていった。
 その後姿を、木の上から見つめる赤い小さな光が四つ。



 「―――サルぅ!? マジで?」
 素っ頓狂な声を出して遼介が再度シルフェに問うた。
 通り魔の正体が分かったことで、村長並びに各旅館の責任者が集められ、シルフェの言葉を聞いて当然ながら驚いた。
「そうです、おサルさんです。 しかも二頭の」
 鋭く長い爪を持ったサルと、長い尻尾を持ったサル。
 そうシルフェは説明した。
「排水溝のところに引っかかっていたのは彼らの毛でしょう。 先ほど湯を抜かれた時に水の精霊がはっきりと姿を目撃しましたから」
 長い爪は衣服を瞬時に引き裂き、長い尻尾はその素早さもあいまって鞭のように見えた。 要はそういうわけだ。
 食事が一日一回三食分消えるというのも、そのサル二頭分と考えれば人間の食べる量からして三食分あれば事足りるのだろう。
「恐らく、衣服を切り裂かれたり尻尾で弾き飛ばされたりしている点からして普通のおサルさんではないでしょう。 それらの行動をお越しら理由も、多分その周辺に彼らの巣があったのではないかと推測します」
「巣か………あー、なるほどね〜」
 遼介はポンッと手を打ち、納得してしまったようだ。
「小動物が犯人となると…さすがにフォノンメーザーを使うわけには参りませんねぇ」
 それでなくても弊害が多いというのに。
「んじゃあ、正体が分かった所でさっき俺と遼介がいた林に行ってみよう。 話を聞くからにあの辺がそいつらのテリトリーなんだろうしさ」



  村長含め、依頼を受けた五人がぞろぞろと林へ入っていく。
 しかし、当然ながらサルたちが現れる気配はない。
「んー……皆さんちょっと耳をふさいでくださいます?」
 ベーレンが小声でその場にいる者たちに促す。
 何を始める気なのだろうか、と思った矢先のことだ。
「キ―――――――――――――――――――――――――ッ」
「うわっ」
「げっ!」
「うおっ」
「ひぇっ!?」
「あらあら」
 それぞれが突然耳に響いた金切り声というか、超音波のような音に思わず顔を歪ませる。
 ただしシルフェは除いて。
 耳を押さえるついでに水の膜で顔の周りを瞬時に覆ったらしい。
 水の流れを誘導し、ベーレンが発した金切り声を受け流したようだ。
「あっ…」
 近くの木からドサドサッとオレンジ色の物体が落下してきた。
「サルだ」
「…結構でかいな…」
 ベーレンの金切り声をダイレクトに聞いてしまったサルたちは、目を回して木から落下してきた。
 そんなサルたちをしげしげと眺めていると、思いのほか早く彼らは復活して、その場から逃走を図る。
「そうはさせるか!」
 遼介が咄嗟にヴィジョンを召喚し、ヴィジョンの持つ幻覚能力でサルたちの平衡感覚を失わせる。
 傍目から見れば、サルたちが急に失速し、フラフラと地面をはっているに過ぎない。
「今のうちにっ」
 宿から用意してきた檻に、そのサルたちを手早く放り込むギル。
「これで一件落着な感じ?」

 かくして、ハルフ村を騒がせた一連の通り魔事件はあっけない幕切れを迎えた。





 「ところで、あのサルたちどうする気だ?」
 村長が運営する宿で一行はもてなしを受け、食事の最中ふと、虎王丸はあのサルたちの今後が気になった。
 今その件に関して各宿の責任者と話し合いをしている最中らしい。
 できることなら山へ逃がしてやりたいものだが、それでまた村まで戻ってきて同じような事件を起こされては困る。
「―――餌付けして飼っちゃえば?」
 ご飯を頬張りながら遼介がさらりと言ってのける。
 勿論、人を警戒してる節が強い為、慣らすまでに相当時間はかかるが、しっかり躾して人にならせばいい働きをしてくれそうな気がしなくもない。
 それが遼介の意見だった。
「そーだよねぇ…同じく獣だし…ちょっとその辺は同情しちゃうかもなぁ〜」
 振舞われた酒をちびちび飲みながら、ギルは遼介の意見にうんうんと頷く。
「おサルさんたちにとっても村の人々にとってもいい結果が出るとよいですね〜」
 のほほんと、料理を食べつついつもの笑顔でシルフェがそういうと、それにベーレンも同意した。
「結局の所、山を切り開いておサルさんの住処を人が奪ってしまったから、今回のようなことが起こったのかもしれませんし……できれば双方にいいような結果を出していただきたいものですわね」
「ま、とりあえずは一件落着ということで。 報酬を楽しもうよ」
 ギルの言葉に、四人とも賛成の意を唱え、賑やかなままに夜は深けていった。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【1856 / 湖泉・遼介 / 男性 / 15歳 / ヴィジョン使い・武道家】
【2994 / シルフェ / 女性 / 17歳 / 水操師】
【3342 / ベーレン・アウスレーゼ / 女性 / 20歳 / フードファイター】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
白山羊亭依頼【ハルフ村湯煙旅情通り魔事件!?】に参加頂きまことに有難う御座います。
今回もすったもんだの騒動で、展開はコミカルに負傷者はノリで負傷といった形になりました。
負傷されてしまった方も、無傷であった方も、依頼終了後の温泉宿をごゆるりと堪能していただけたことでしょう。

ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。