<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


死神の食事処  三訪目


 食事処を訪ねていったばかりの時は東に傾きがちであった太陽も、昼時ともなればもうすっかり天の真ん中ほどまでに移動している。
 エルザードの市場は明るい喧騒で満たされ、軒を連ねる数多の露天商が放つ掛け声が、その賑わいを一層色濃いものへと染めていく。

 シルフェはオティーリエと連れ立ってエルザードの市を散策して回っていた。目指すは果実を並べる露天。ベリーを大量に購入するのが目的だ。
 とはいえ、なんやかんやで箱入り状態で生活しているためか、オティーリエはいまひとつ市というものを把握しきれていないようだ。
 ディートリヒが念入りにしたためた市の地図を睨みつけながら、オティーリエは小さな唸り声を洩らしている。
「何度見ても、つくづくと丁寧に描かれた地図ですわね」
 オティーリエが睨みつけている地図を横手から覗き見て、シルフェはしげしげと目をしばたかせた。
 オティーリエが手にしている地図には、エルザードが有する広大な市場の全容が事細かに記された地図と、それを補うためか、さらに事細かに書き込まれた事項が数枚にも及んでしたためられているのだ。
「これがあれば迷子にはなりようもありませんわね」
 しげしげとうなずくシルフェに、オティーリエの頬が紅潮する。
「こ、こんなものが無くたって、あたしは一人でも充分なのよっ」
 そう言い放つと、広げていた地図を丁寧に折りたたんで提げてきたカバンの中へ。
「まあ」
 シルフェはそう一言だけ告げて穏やかに微笑み、それからオティーリエの顔を覗きこむような姿勢をとって首をかしげた。
「では、オティーリエ様。ベリーを求めにまいりましょう」

 しばし時を遡る。
 いつものように食事処を訪れたシルフェは、まさに今おつかいに出立しようとしていたオティーリエと、そのオティーリエを、まさに取りすがるようにして引き止めようとしているディートリヒの姿だった。
 ヨアヒムはいつものように柱の影にひっそりと潜み、じゃれ合うふたりのやり取りをじっと見つめているだけだったが、シルフェの気配を感じ取るやいなや、その表情はみるみる明るい笑み(?)へと変わっていったのだった。
 聞けば、ベリーの類を求めに行くのだという。
 が、ディートリヒが訴えるには、オティーリエをひとりで遣いに行かせるのは忍びない、という。
 そこで、シルフェは自らオティーリエの同行をかって出たのだ。
 ベリーをたくさん扱っている店なら、数箇所ばかり心当たりがあると申し出て。

「オティーリエ様はベリーがお好きなんですの?」
 行き交う雑踏をすり抜けながら、シルフェは隣を歩くオティーリエの顔に視線を向ける。
 市の賑わいが珍しいのか、オティーリエは緊張した面持ちながらも、ひどく楽しげに目尻を緩めたりもしている。
「果物はなんでも好き」
 そう応えてシルフェを見やり、
「おまえ……し、シルフェは?」
「え?」
 シルフェの名を口にする時に見せたかすかな恥じらいを、シルフェは確かに目にした。が、それには触れる事をせず、シルフェはただ小さく微笑み、訊ねる。
「わたくし、ですか?」
「だって、ベリーを売ってる店に詳しいっていうから」
「ああ――ええ、そうですね。市場にはわりとよく参りますから、その地図ほどには及ばないかもしれませんが、どのあたりにどんなお店が出るのかとか、そういった事は存じてますわ」
「ふぅん、そうなの」
 うなずくオティーリエを横目に見やり、シルフェは頬を緩めて言葉を継げる。
「果物は、わたくしも大好きですの。もちろんベリーも大好きですわ。よろしければ、オティーリエ様。果物を買ってその場で食べてみるっていうのはいかがでしょう?」
「その場で?」
「ええ。お魚でもお野菜でも、この市ではその場で味を確めさせてくださるお店も多くございますわ。味を見なくては、買うにしても迷ってしまいますものね」
「買い食いはダメだって言われてるわ」
「まあ。それはディートリヒ様に?」
 オティーリエの頬がかすかに紅を滲ませた。
 シルフェは再び穏やかに微笑んで、オティーリエの手を軽く取る。
「大丈夫。これはわたくしとオティーリエ様とのナイショです」
「ナイショ?」
「ええ、ふたりだけの秘密ですわ。秘密の共有って、なんだか少しドキドキしますでしょう」
 訊ねたシルフェに、オティーリエが小さなうなずきを見せる。
 シルフェは眼差しを細めて首をかしげ、止めていた歩みを再びゆっくりと進ませる。
 向かう先に見えてきたのは一軒の果物屋。そこでは季節の果物を切り分けし、安価で売り分けてくれたりもしているのだ。
 むろん、ベリーの類も多く取り扱っている。
 シルフェの馴染みの店でもある。

「よう、シルフェちゃん。今日はお友達もご一緒かい」
 威勢の良い野太い声で露天の主がシルフェの名前を口にする。シルフェは穏やかに笑い、主への挨拶を口にした。
「こちら、オティーリエ様といいますの。今日はベリーを買いに来ましたわ」
「おお、ベリーな。ほら、こっちにたんと並んであるぜ」
 大柄な店主が示した場所を、シルフェとオティーリエは同時に覗き込む。
 ブルーベリーにクランベリー、ラズベリーにブラックベリー。赤や黒のベリーがたくさん並べられている。
「見慣れないものも多くあるんですのね」
 シルフェが指差したのはスグリに似た形の赤い実だった。
「こっちにも白いのがあるわ」
 続いてオティーリエも指をさす。
 店主が豪快に笑う。
「シルフェちゃんが見てんのはレッドカラウントで、オティーリエちゃんが見てんのはホワイトカラウント。スグリだ、スグリ。どっちもジャムとかにしたら美味いぜ」
「まあ、素敵ですわ」
 頬を緩めたシルフェとオティーリエに、店主は並んでいるベリーをひょいひょいとつまみ上げ、数粒づつを分けてくれた。
 どれも甘酸っぱく、美味なものばかりだった。
 グズベリーだと紹介された暗赤紫色の実は特に甘味も強く、タイベリーはラズベリーに似た実だが香りがとても強いものだった。
「どれも美味しくて素敵」
 シルフェがうっとりと眼差しを緩め、その傍らでオティーリエもまたうっとりと頬を緩めている。
「どのベリーもいただいていきますわ」
「全種類をかい!? てんこもりになっちゃうよ」
 店主が目を丸くする。
 シルフェはオティーリエと視線を合わせ、それからゆったりとうなずいた。
「ええ、てんこもりでいただいてまいります」

 果物屋を後にしたふたりは、それぞれが大量のベリーの詰まった袋を提げ持ち、サービスにと貰った小さな林檎にかじりついていた。
「そういえば、今日は、ヨアヒム様はついていらっしゃっていないようですわね」
 周りを見回しながら告げたシルフェに、オティーリエが小さなため息と共に吐き出す。
「あの人はね……まったく、最近はシルフェをよく追い回してるみたいだけど。害とかはない?」
「全くありませんわ。ヨアヒム様、いつも影から見守ってくださっているだけですもの。たまにはお声をかけてくださればよろしいのに」
「見守る。ね」
 シルフェの笑顔に、オティーリエは小さくかぶりを振った。
「ヨアヒムの笑顔を見て卒倒しなかった客っておまえぐらいなもんだわ、シルフェ」
「まあ、そうですの? なぜ卒倒されてしまうのでしょう。素敵な笑顔ですのに」
 首をかしげ、不思議そうにそう訊ねたシルフェに、オティーリエはわずかに眉をひそませる。
「……シルフェって不思議なひとよね」
「?」
「ねえ、この林檎って、飴がけにしても美味しいものかしら」
「林檎飴ですわね。とても美味しいですよ」
「ふぅん。さっきすれ違った子供が食べてたから、美味しいのかなって思って」
「食べに行ってみます?」
 林檎をすっかりとたいらげてしまった後に、シルフェはオティーリエの顔を見やって微笑んだ。
「申しましたでしょう? わたくし、こう見えて、市の事には結構詳しいんですよ」
 そう述べて胸をはってみせたシルフェに、オティーリエはゆるゆると頬を緩めていった。

 林檎飴を食べ、雑貨や布などを扱っている露天などを覗きつつ、ふたりは食事処へと帰着した。
 帰着したオティーリエに飛びついてきたディートリヒに対し蹴りで応酬しているオティーリエを眺め、シルフェはヨアヒムに向けて「ただいま戻りましたわ」と述べた。
 ヨアヒムはシルフェの言葉に満面の笑みをもって応え、ふたりが買い求めてきたベリーの確認を始める。
「……どれも質の良いものだ。……ジャムにもパイにも出来る」
「ヨアヒム様、わたくしお腹が空きましたわ」
「あたしもお腹が空いたわ。ねえ、ランチだけど、シルフェと一緒に食べてもいいかしら」
 シルフェの言葉を受けたオティーリエがそう訊ねると、ディートリヒもヨアヒムも揃って首を縦に振った。
「では、このベリーを使ったソースでランチを作りましょう」
 仰々しい所作で腰を折り曲げ、ディートリヒはヨアヒムを連れ立って厨房へと姿を消した。
 シルフェはオティーリエと顔を見合わせて首をかしげ、ふんわりとした笑みを満面に浮かべる。

 途中で林檎や林檎飴を口にした事は、シルフェとオティーリエだけの秘密事。
 同時に、
「そういえばオティーリエ様、ディートリヒ様やヨアヒム様の事をよく足蹴にされてらっしゃいますけど、お嫌いなのですか?」
 そう訊ねたシルフェに、オティーリエが見せた紅潮顔は、やはりふたりだけの秘密事だ。
 
  





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2994 / シルフェ / 女性 / 17歳(実年齢17歳) / 水操師】



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          ライター通信          
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いつもお世話様です。三度目の来訪、ありがとうございます。

今回はオティーリエとの外出ということで書かせていただきました。いかがでしたでしょうか。
今回のこのノベルの結果、オティーリエから見たシルフェ様は「友人」という存在となろうかと思われます。
以降はそのように描写させていただく事になるかと思いますので、よろしければご了承くださいませ。

少しでもお楽しみいただけていればと思います。
それでは、またお会いできますことを祈りつつ。