<クリスマス・聖なる夜の物語2006>
聖なる夜の物語 〜Mistletoe〜
【Side K...】
『ヤドリギの伝説というのを知っておるか?
何? そんな前時代的な言い伝えなど知らん、だと。
はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
ちっ、ちっ、ちっ。
よいか。クリスマスの夜、乙女達はヤドリギの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。
昔は皆、いかにターゲットの乙女をヤドリギの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ……。
ほら、お前さんもどうじゃ。
既に意中の相手はおらんのか?
おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。』
【Christmas Eve.Eve.】
「どこへ行くんですか?」
百草とじゃれていた馨は、身支度をしっかり整え出かける様子の我が妻――清芳さんに、玄関先で声をかけた。行き先も告げずに彼女が出て行く事は、そう珍しい事でもなかったが、ただの買い物にしては何となく、こそこそしているように見えたから、というのもある。
声をかけると彼女は驚いたように振り返った。
それがいつにも増して慌てたような顔をしているのに、馨の方が面食らってしまう。
心なしか頬を染めて、彼女は自分から視線をそらせてしまった。
「ちょ……ちょっと買い物に……」
わずかに言い淀む彼女に、馨は半ばうろたえた。どうして彼女は自分を見ないのだろう。自分と視線を合わせようとしない。むしろ、避けられているような。
少しだけ顔を近づけて、彼女の顔を覗き込む。
「なら、私も一緒に行きましょう」
その申し出を彼女は大慌てで手を振って断った。
「い……いや、私一人で大丈夫だから」
そう言う彼女の視線は宙を彷徨って、やっぱり自分の目を見ない。
まるで何かを隠しているみたいに。
「荷物持ちがいた方がいいんじゃないですか?」
そう尋ねると、彼女はぶんぶん首を横に振る。
「大したもんじゃないんだ。行って来る」
口早にそう言って、それ以上の追随を拒むように彼女は踵を返すと背を向けて玄関を飛び出した。
追いかける暇も与えず扉を閉めて、走り出ていく足音が遠ざかって行くのをドア越しに感じ、馨は抱いていた灰縞模様の子猫――百草の顔を覗き込む。
「どうしたんでしょうね?」
不安という小さな小さな石粒が、心の水面に投げられたような気分だった。それは波紋を描くようにあっという間に隅々まで行き渡るに違いない。だけど、それを無視するように、大丈夫と少しだけおどけてみせた。
百草は、自分の顔を怪訝そうに覗き込むご主人に、可愛らしい声をあげて前足でパンチを繰り出しただけだった。
「…………」
・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・
そうして出て行った彼女は夕暮れ遅くまで帰ってこなかった。落ち着かなくて、何度も百草を抱いて、玄関とリビングを行ったり来たりする。
やっぱり強引にでも付いて行くんだったかな、と思いかけた頃、すっかり夜になって彼女は帰ってきた。
玄関まで出迎える。
おかえりなさい、と言いかけた言葉は結局言えなかった。
「清芳さん!? どうしたんですか!?」
目を丸くする。
玄関口に立っていた彼女は顔や手は擦り傷だらけで、服は泥だらけだったのだ。
「転んだだけだ」
やっぱり、自分の顔は見ないままで、彼女が俯いたまま言った。
「どんなこけ方したんですか」
苦笑を滲ませて馨は清芳の手を取った。
冬の寒さにかじかんだ彼女が手がとても冷たくて、少しだけ胸が痛んだ。彼女が自分と目を合わせないことに、少しだけ胸が軋んだ。
だけど、彼女の手がほんのわずか強く握り返してきた事に、ホッとした。それが嬉しくて、だから―――。
彼女の手を引いて奥の部屋へ連れて行く。救急箱を引っ張り出して、傷の手当をしてやった。消毒をして、絆創膏を貼って、彼女は大人しく手当てされていた。
「遅かったですね。捜しものは見つかったんですか?」
最後の絆創膏を張りながら尋ねたら、彼女はようやく顔をあげて、自分を見返した。
「うん」
柔らかい笑みを湛えて彼女が頷く。
「良かったですね」
馨は笑みを返した。
嬉しくて。
彼女を信じようと思う。今までも特に疑っていたわけじゃないけれど。それでも少しだけ不安になったり心配したりしていたから。
でも今は、彼女を心から信じられるような気がして。
だから彼女から話してくれるまで、何も聞かないことにした。
【Christmas Eve】
今日はクリスマス・イブだというのに、いつの間にか清芳の姿見当たらなくなっていた。
また一人でどこかへ出かけてしまったのだろうかと馨は首を傾げてみる。
せっかくのイブなのだから、夕食は一緒にニ人で外で食事でも、なんて考えていたのだが。
気付いたら百草の姿も見当たらない。
家に一人でポツンといるのが無性に寂しくなって、馨は百草を探し始めた。
「モモ……。モモ……」
声をかけながら部屋を回っていると、彼女の文机の上にポツンと手紙がのっているのに気がついた。
宛名に自分の名前を見つけて馨は置手紙を取り上げる。
『 馨さんへ
今日はクリスマスなので外で待ち合わせ。ヤドリギの下まで来られたし。
尚、来ない場合の人質として百草は預かった。
馨さんが来ない場合、一匹と一人で楽しいクリスマスとやらを過ごしてくる。
以上 』
「…………」
思わず笑いがこみあげてきた。
お誘いの手紙の筈なのに、まるで果たし状みたいな文面が可笑しくて、彼女らしくて、何だかホッとした。
それで百草も先ほどから見当たらなかったのか。
人――いや、猫質か――を取らなくても、彼女に呼ばれれば自分は一も二もなく赴くのに。と、少しだけ肩を竦めて馨は自分のクローゼットを開いた。
何か理由があるのだろう。昨日は少し様子がおかしかった。自分に何かを隠してるようだったから。もしかしたら、その答えが聞けるかもしれない。
何故だか、それが悪い答えかもしれないという不安は全くなくて、馨は心を弾ませながら待ち合わせの後に、食事に行けるようにとお洒落な服を選んだ。鏡の前で、スーツに深緑のネクタイを合わせてみる。それは以前彼女に選んで貰ったものだった。
きっと、彼女は寒い中を待っているのだろう、何か暖かい飲み物も持って行ってあげたい。
それからマフラーを一つ掴んで馨は家を出た。
家を出て、再びあの置手紙を読み返す。
「えぇっと……待ち合わせの場所は……」
馨は何度も手紙を読み返して、やがて首を傾げた。
「ヤドリギの下って、どこでしょう?」
・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・
いつの間にか西の空は茜色に染まっていた。
あちこち走り回って荒い息を吐きながら、馨はその店の軒先にある貼り紙を見つけた。
それは近くの小さな教会が主催するというクリスマスパーティーの案内だった。その案内の片隅に書かれたコラムに、置手紙と同じ四文字が出ていた。
「ヤドリギ…って、これ…です…か……」
息を切らしながら誰にともなく呟いて、馨は藁をも掴む思いでふらふらと教会に向かって歩き出した。
教会につくと、既にパーティーは始まっているのか、パイプオルガンの演奏が外にまで響いていた。
パーティー会場に彼女のそれらしい姿が見当たらなくて、馨は近くにいた教会の神父に声をかける。
彼女の特徴を話すと、神父は笑顔で「ああ、そのお嬢さんなら知っていますよ」と頷いた。今日のパーティーにはどうやら来ていないらしい。
ただ、昨日、ヤドリギを一房貰っていったという。
馨はホッと胸を撫で下ろして、神父に尋ねた。
「で、ヤドリギの下ってどこなんでしょうか?」
すると神父は困惑げに首を傾げて答えた。
「さぁ? それはヤドリギを設置した彼女でないとわかりませんね」
馨はそのまま地面にがっくりと膝を付きそうになった。
また、ふりだしに戻ってしまったのだ。
世界が横転しそうになるのを気力で留めて、馨は神父にお礼を言うと教会を後にした。
彼女は昨日ヤドリギを教会で貰って、どこかに設置したらしい。ヤドリギの伝説とやらのために、かどうかはわからないが。昨日から準備をして、そのために自分を呼び出したのだろう。しかし、伝説の為だとするならいろいろ逆だろう、という気もしなくもない。それもまた彼女らしいといえば、彼女らしいということになるのだが。
今は、それよりも彼女がヤドリギを設置しそうな場所だった。どこだろうか。
昨日、彼女は擦り傷だらけで帰ってきた。泥だらけの服についていたのは緑の葉。
この季節に落葉していない常緑樹。
「確かあれは……丘の上のクスノキ?」
馨はそう呟いて走りだした。
陽は暮れて、やがて空は満天に彩られる。
けれど、時間と共に月や星は雲に隠れては顔をだすようになった。上空の風の流れが早いのだろう。
雪が降り出しそうな寒さに馨は足を速めた。
不可抗力とはいえ、この寒空の中で、一体自分は彼女を何時間待たせる気なんだ。
殆ど全力疾走で、町外れにある小高い丘を登った。
赤いリボンのたなびくクスノキ。
―――居たーーーーーーー!!
クスノキの根元で腰を下ろして、百草と楽しそうにワルツを踊っている彼女を遠目に見つけて、馨は、どっと疲れた。
まるでマラソンのゴールテープを切ったランナーのように、その瞬間力尽きて倒れたい衝動にかられた。
だけどまだ、ゴールしたわけではない。
馨はただ足を緩めた。
何度も深呼吸しながら呼吸を整える。
彼女の後ろに回りこむようにして、音をたてないように歩み寄った。
自分がしているネクタイと同じ色のコートを着た彼女に頬が緩む。
冷たい風が強く吹きつけた。
「付き合わせて悪いな、百草」
そう呟く彼女の表情は見えなかったけれど、自分に気付いたらしい百草に、人差し指を一本立てて口にあてる。
そうして馨は彼女の首に、ふわりとマフラーを巻きつけた。
―――遅くなって、すみません。
本当はこのまま背中から抱きしめたい気分だった。この腕をマフラーにして。
彼女は百草を抱き上げて振り返った。
驚いた彼女の顔が可愛くて、にやけそうになる。
彼女がわずかに視線をそらせた。
足下を見つめながらゆっくりと息を吐いている。
それから、ゆっくり息を吸い込んで、彼女は顔を上げた。
自分の目をまっすぐに見返して。
「ちゃんと、好きだからな」
今、自分はどんな顔をしているのだろう。
『誤解を受ける行動をしたとしても馨さんの事、好きだから』
彼女の目がまっすぐ、そう語っていた。
一瞬、時間が止まったような気がした。
永遠みたいな時間が過ぎた。
たとえば、それはほんの一秒にも満たなかったのかもしれないけれど。
彼女の言葉に、答えるよりも先に体が動いて。
気が付くと、彼女を抱きしめていた。
自分の腕の中にすっぽりとおさまる彼女は、何時間も待たせてしまったせいだろう冷たくて。
「勿論、信じてますよ」
彼女の耳元で囁いた。
今ここにいて、自分にそんな風に言葉をかけてくれる奇跡と彼女に、感謝の気持ちを添えて。
振り返る彼女の唇に、自分のそれを重ねた。
冷たくなった彼女に、少しでもぬくもりを。
口付けにマジマジと見つめ返す彼女に、苦笑いを浮かべつつ「こういう時は目を閉じるものですよ」と、言ったら、彼女は素直に目を閉じた。
ヤドリギの下だからだろうか。
彼女から、こんな風に求めて貰える事なんて滅多にないから、嬉しくて。とても、嬉しくて。
冷たくなった額に。
凍えた頬に。
かじかんだ指に。
ぬくもりと感謝のキスを。
もう良い、と言われるまで浴びせ続けた。
結局、もういいと言われる前にやめてしまったけど。
頬に落ちた白いわたげに反射的に顔をあげたら、空には雪が舞っていて。
互いに顔を見合わせて、笑い合って、もう一度キスをした。
・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・
食事を一緒にと誘う。
寒そうな彼女の手に百草を預け、もう一方の手は繋いで自分のコートのポケットの中に仕舞いこんだ。
「そういえば、遅かったな」
彼女が、ふと思い出したように尋ねた。
確かに自分が来るのは遅かった、と思う。家からこの丘まで一時間もないのだ。なかなか手紙を見つけられなかった、というわけでもない。
事実は、言い訳っぽく聞こえないだろうか。
馨は、明後日の方を見ながら何とも複雑な気分で答えた。
「ヤドリギの下が、どこだかわからなかったんです」
そしたら彼女は馨の横顔を暫く見つめてから言った。
「…………あ」
■A Happy Xmas!■
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★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3009/馨/男/25/人間/地術師】
【3010/清芳/女/20/人間/異界職】
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■ ライター通信 ■
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ありがとうございました、斎藤晃です。
楽しんでいただけていれば幸いです。
ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。
【Side S】は、25日の一斉公開までお待ち下さい。
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